亜季の耳に母親の言葉など届いていなかった。彼女は看護師の差し出す消毒用のピンセットを乱暴に払いのけた。「出てって!さっさと失せなさいよ!」「ヒッ……」看護師は怯えきり、文句一つ言えずに固まる。都子が冷ややかに一瞥した。「あなたは先に出ていなさい」「は、はい!」看護師は赦しを得たかのように、慌てて病室から逃げ出した。都子と亜季の二人きりになると、亜季はサイドテーブルの上のトレイを床へ払い落とした。ガシャン、と甲高い金属音が病室に響き渡る。亜季は憎悪に顔を歪めて吐き捨てた。「絶対に返さないわよ。冗談じゃないわ!」あの女に返す?あり得ない。絶対に、何が何でも返してやるものか!これまで星歌から巻き上げたものは、意地でも手放すつもりはなかった。都子も深く頷いた。「その通りよ。返す義理なんてあるもんですか。あの女のせいで、飛鳥にこんな大怪我をさせられたのよ!」都子も腹の虫が収まらなかった。亜季の顔面に灰皿をぶち当てたのは飛鳥だが、元凶は紛れもなく星歌だ。昨夜は本来、陽子の別荘が放火された件で星歌を締め上げるつもりだったのだ。それなのに、星歌を問い詰めるどころか、飛鳥が亜季の顔を叩き割るという最悪の結末で終わってしまった。「結局、あの女も馬脚を現したのよ。今までは欲のないいい子のふりをしてたけど、本音では冴島家のお金が目当てだったんじゃないの!」「だからこそ、絶対に渡しては駄目よ」都子は険しい顔で同意し、さらに強い口調で付け加えた。「指一本だって触れさせるもんですか」今まで「お金なんていらない」と殊勝なふりをしておきながら、今になって「すべて返せ」だと?寝言は寝て言うことだ。絶対にくれてやるものか!亜季がさらに何かを言いかけた時、都子のスマートフォンが鳴った。画面には、飛鳥の側近である一真の名前が表示されている。不機嫌さも露わに、都子は電話に出た。「何よ、一真!」「都子様。今、亜季お嬢様と一緒に病院にいらっしゃいますか?まもなく弁護士を連れてそちらに伺います」弁護士を連れてくる。その言葉を聞いた瞬間、都子の怒りが爆発した。「何の用だっていうの!」「いくつか、書類にサインをいただきたいのですが」「飛鳥にこう伝えなさい!寝言は休み休み言えってね!星歌が今まで冴島家のものを『いら
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