Share

第100話

Author: 花咲 錦
その頃、主治医の診察室から出てきた星歌の顔には、氷のような冷酷さが張り付いていた。

外では、啓介が手配したボディガードたちとグロが待機していた。

星歌が出てくると、グロが素早く車椅子を引き寄せ、彼女を座らせた。星歌は手元のスマートフォンを操作し、たった今録音したばかりの音声データをグロに送信した。

データを受け取ったグロは、軽く画面に目を落としてから星歌に尋ねた。「医者は認めたのですね?」

「ええ。認めたわ」

それにしても、夏蓮と陽子の母娘が自分を陥れるために費やした執念と手間には、ほとほと感心するほどだ。

「では、直ちに司法手続きに移行し、彼女を罰しますか?」

星歌は静かに首を横に振った。「いいえ。あの程度の罪でただ刑務所に打ち込むなんて、安上がりすぎるわ」

「私がY国に戻る時に……まとめて片付ける」

それまでの間は――

陽子には、権力の頂点から泥沼へと転がり落ちる、その絶望感と無力感をたっぷりと味わってもらわなければならない。

そして、夏蓮にも。

あいつはいつも、「母親」という強大な後ろ盾を笠に着て生きてきた。

彼女たちは他人の弱みにつけ込み、権力で踏み躙
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (4)
goodnovel comment avatar
May
星歌の反撃にスカッとする…本来の身分が公になった時この家族はどう思うのか… 早く続きが読みたいですー
goodnovel comment avatar
emma
100話で更新止まるのなんで〜?! 続きを待ってます!!
goodnovel comment avatar
マルコ
また…。100話で、止まってしまってるので。1日も、早く続きを、お願いします
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第202話

    そもそも、以前星歌の反抗を力技でねじ伏せていた時は、あんなに自信満々だったじゃないか。どうして今になって急に手詰まりになって、俺に泣きついてくるんだ。飛鳥は苛立たしげにタバコを深く吸い込んだ。「お前が考えないで誰が考える。昔から小賢しい悪知恵だけは回るだろうが!」たしかに、翔太は昔から機転が利くタイプではある。しかし、翔太に言わせれば、今回ばかりはワケが違った。「今回のは次元が違うんだよ!お前がやらかした事はデカすぎる。今の星歌さんはな、本気でお前を捨てようとしてるんだぞ!」翔太は容赦なく事実を突きつける。「いいか? 女が一度『この男はもういらない』って見限ったらな、過去にどんだけ愛してようが関係ない。今のお前なんか、道端の汚い犬以下にしか見えてないんだよ!」「…………っ」「犬以下」という言葉をぶつけられ、飛鳥の顔色はさらにドス黒く沈み込んだ。翔太はため息をついた。「耳の痛いことを言うようだがな、今の状態じゃ絶対に機嫌なんて取れない。お前にできる唯一の対抗手段は、意地でも離婚届に判を押さないことくらいだ。まあ、星歌さんのあの気性だ。それをやれば余計に死ぬほど嫌悪されるだろうがな」翔太の言う通りだった。現在の星歌はあらゆる手段を使って離婚を成立させようとしている。飛鳥がそれを拒み続ければ拒むほど、彼女の憎悪はさらに膨れ上がるだけだ。飛鳥はわらにもすがるような、しかしどこか威圧的な低い声で絞り出した。「……本当に、他に手はないのか?」「ないね。強いて言うなら……」翔太は少し口ごもり、やがて残酷な事実を口にした。「今すぐ星歌さんに失った子供を返してやることくらいだ」子供。その二文字を聞いた瞬間、飛鳥の心臓がドクリと嫌な音を立てた。――子供か……思えばここ数年、星歌は飛鳥の子供を授かるために信じられないほどの努力を重ねていた。しかし、この半年……翼が死に、冴島家が狂気の渦に巻き込まれてからというもの、彼女の中から子供への執着がふっつりと消え失せていたような気がする。翔太は沈黙する飛鳥の顔色を窺いながら、冷酷にトドメを刺した。「まあ、俺から言わせてもらえば……仮にお前が今、何かの奇跡を起こして子供を返せたとしても、あの星歌さんがお前を許すとは到底思えないけどな」

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第201話

    だが翔太は構わず、容赦なく傷口をえぐるように畳み掛けた。「俺にキレても無駄だぜ。あの大騒動の時、お前が星歌さんに見せた態度は流産を信じていないなんて生易しいものじゃなかった。客観的に見て……『お前の流産なんて、夏蓮さんのトラブルに比べたらこれっぽっちも重要じゃない』って、全身で表現してたからな?」自分の子の命より、夏蓮の方が重要――翔太の放った言葉は、残酷なまでに的を射ていた。認めたくはなくても、あの時の飛鳥が星歌に見せた態度は、間違いなくそういうことだったのだ。飛鳥は翔太の言葉に深く図星を突かれ、ガンガンと割れるように頭が痛んだ。「……俺は、あいつが本当に流産していたなんて、これっぽっちも知らなかったんだ」翔太は呆れたように鼻で笑った。「誤魔化すなよ。これまで夏蓮さんのトラブルとなれば、お前はなんだって特別扱いしてきたじゃないか」「俺がいつ、あの女を特別扱いしたって言うんだ!?」飛鳥は苛立ちのあまり、デスクをドンッと強く叩きつけた。――特別扱いだと?ふざけるな。飛鳥は頭がおかしくなりそうだった。どうして周囲の人間は皆、俺が夏蓮さんを特別に想っているなどと勘違いするのか。翔太は冷ややかな目で飛鳥を見た。「違うのか?」「全部……死んだ兄さんのためだ!俺があそこまで夏蓮さんの世話を焼いたのは、兄さんが遺したものを守りたかったからに決まってるだろ!!」翼のことになると、飛鳥は今でも息が詰まる。この半年間、自分がどうやって正気を保ってきたのか、思い出すことすら恐ろしかった。翼の死は、巨大な岩のように飛鳥の心臓にのしかかっていた。周りの人間は皆、口を揃えて飛鳥に言い含めたのだ。「絶対に翼の血を絶やしてはならない」「何がなんでも夏蓮のお腹の子供を守れ」と。「子供」という二文字が、やがて絶対的な責任という呪いとなって、彼の心を雁字搦めにしていたのだ。土砂降りの雨の中で行われた翼の葬儀。身重の体で泣き崩れ、何度も気を失う夏蓮。あの時、冴島家という世界は、完全に音を立てて崩れ去ってしまったのだ。翔太はふっと鼻で笑った。「あー、そうかい。つまりお前は、死んだ兄貴のために義理の姉を大事に大事に庇護して……その結果、自分の家庭をぶっ壊したってわけだ」「お前……っ!」「お前が何

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第200話

    それからしばらくして。呼び出された翔太が別荘へ到着した。書斎のドアを開けた瞬間、むせ返るようなタバコの匂いが押し寄せてくる。翔太は思わず顔をしかめ、そのまま回れ右をして出て行きそうになった。「ゲッ……お前、ここでボヤ騒ぎでも起こす気かよ」息が詰まりそうになる。飛鳥は翔太の文句を完全に無視して、また深く煙を吸い込んだ。そして、手元のタバコの箱を無造作に翔太へ向かって放り投げる。翔太はそれをキャッチしながら呆れたように息を吐いた。「俺は遠慮する。ヘビースモーカーが一人いるだけで十分だ。これ以上煙が増えたら、マジで火災報知器が作動するぞ」言いながら窓を開けようとした翔太は、怪訝な顔で飛鳥を振り返った。「で?こんな夕暮れ時に、わざわざ呼び出して何の用だよ。飯でも食いに行くのか?俺たち、お前の家で飯食うようなガラじゃないだろ」飛鳥は何も答えない。ただ、灰皿の縁でトントンと静かに灰を落とすと、暗く澱んだ瞳で翔太を見据えた。「……女が、心の底から怒り狂っている時……どうすれば、機嫌を直す?」「……は?」翔太は思わず素っ頓狂な声を出した。心の底から怒り狂っている時?星歌さんのことか……?翔太は一瞬言葉を失ったが、飛鳥がこれ以上何も言わないのを見て、皮肉っぽく口の端を曲げた。「お前……今更、機嫌を取ろうとしてるわけ?もしかして、星歌さんが今までずっとブチギレてたことに、今日やっと気づいたとか言わないよな?」散々妻を冷遇しておきながら、何を聞いているんだこいつは。翔太が呆れ果てて皮肉をぶつけても、飛鳥は怒りすらしない。ただ、虚ろで、どこか恐ろしいほど静かな眼差しのまま、翔太を見つめていた。そして、ひび割れたような低い声で、ぽつりと呟いた。「……星歌は、本当に俺の子供を流産していたんだ」「…………」その言葉が落ちた瞬間。翔太は、次に放とうとしていた軽口を完全に飲み込んだ。ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。飛鳥の口から出たあまりにも重すぎる事実。翔太の口は縫い止められたように塞がり、煙が立ち込める書斎は、まるで墓場のように不気味な静寂に包まれた。飛鳥は手に残っていたタバコを、チリチリと根元まで一気に吸い込んだ。そして、肺の奥から絞り出すように息を吐く。「……あいつは

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第199話

    「大人しくしてろ。もう少し眠れ」麻酔から覚めたばかりで、まだ頭がぼんやりしているはずだ。飛鳥の声は、獲物を囲い込むように低く、そして異常なほど甘かった。だが、星歌は眉間にシワを寄せ、容赦のない言葉を吐き捨てた。「あんたの匂い、吐き気がするんだけど」「…………」「…………」その一言で、車内の狭い空間にシベリアの寒波のような極寒の空気が流れ込んだ。一真は「御影山の別荘にはすでに専門の医療チームが待機しております」と報告しようと口を開きかけていたが、あまりの恐ろしさにそのままスッと息を潜めた。飛鳥はゆっくりと視線を落とし、腕の中の妻を見つめた。そして、長い指を伸ばして彼女の華奢な顎をグッと掴み上げた。「……俺が気持ち悪いか?」低くドスを効かせた声が響く。星歌は鬱陶しそうに頭を振り、男の指から逃れようとした。しかし、飛鳥はさらに指の力を強め、彼女の顎をガッチリと固定した。「答えろ」星歌は痛みに顔をしかめながらも、負けじと冷たく睨み返した。「自分がどれだけ気持ち悪いか、胸に手でも当てて考えてみれば!?」その痛烈な拒絶の言葉に、飛鳥の口の端が歪な弧を描いた。「ああ、そうだな。俺は反吐が出るほど気持ち悪い男だ」狂気を孕んだ声で、飛鳥は彼女の耳元で囁く。「だが安心しろ。この先一生、お前にへばりついて気持ち悪がらせてやるからな」「…………」星歌は呆れて絶句した。運転席の一真もまた、勘弁してくれ……と内心で頭を抱えていた。ボス夫婦の血みどろの修羅場に挟まれる下っ端ほど、惨めで胃が痛くなるポジションはないのだ。一真は今すぐこの車から飛び降りて、地中の奥深くにでも隠れたい気分だった。......一時間後、車は御影山の別荘に到着した。星歌は逃げ出したかったが、今のボロボロの体ではどう足掻いても無理だった。結局、無言のまま飛鳥に抱き抱えられて車を降りるしかない。外に出た瞬間、冷たい風が頬を打ち、ガンガンと頭が痛んだ。今日は一段と冷え込んでいる。ここは山の中腹に建つ豪邸だ。ふもとよりもさらに気温が低い。星歌がたまらず体を縮こまらせると、飛鳥が彼女を見下ろした。「……寒いのか?」星歌は答えない。視線を合わせることすら反吐が出る。飛鳥は彼女を包む自分のコート

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第198話

    星歌が目を覚ました時、頭の中にはまだ麻酔の気怠い靄がかかっていた。ゆっくりと重い目を開けると、ベッドの脇に置かれた椅子に、飛鳥が座っていた。その指先には火のついていないタバコが一本、手持ち無沙汰に挟まれている。星歌が身じろぎした音に気づき、飛鳥がゆっくりと顔を上げた。その瞬間、星歌は背筋にゾクッと冷たいものが走るのを感じた。飛鳥の瞳が、光の届かない底なしの井戸のように、不気味なほど深く濁っていたからだ。「……ここ、病院?」星歌は自分が着ている薄っぺらい病衣を見下ろして、かすれた声で呟いた。「今すぐ退院したいか?」飛鳥が唐突に尋ねてきた。星歌は訝しげに片眉をピクリと跳ね上げる。「は?どういう意味?」「お前は、病院の消毒液の匂いが嫌いだろう?御影山の別荘に帰った方が、ゆっくり休めると思ってな」飛鳥の声は、ひどく甘く、優しかった。あまりにも優しすぎて、星歌にとっては背筋が凍るほど気持ち悪く、不気味でしかなかった。星歌は何も答えず、ただ冷ややかな目で飛鳥をじっと見つめ返した。へえ……この男が、私の好きなものや嫌いなものを知っているなんて。結婚してから今日まで、私に微塵も興味を持たなかったくせに。本当に、珍しいこともあるものね。飛鳥はゆっくりと手を伸ばし、星歌の青白い頬を指の腹でそっと撫でた。「……帰るか?」「帰りたいなら、あなた一人で帰ればいいじゃない」星歌は彼の手を鬱陶しそうに払い退け、冷たく言い放った。飛鳥は喉の奥で低く笑った。「俺一人で帰れ?そして俺が目を離した隙に、お前はまた跡形もなく消えるつもりだろう?」あの日、ほんの少し目を離した隙に、彼女は自分の前から姿を消した。あんな思いは二度とご免だ。これからはもう、一秒たりとも自分の視界から逃がすつもりはない。その病的なまでの執着心に、星歌は不快げに顔を顰めた。「……で?お医者様はなんて言ってたの?」「…………」その言葉を聞いた瞬間、飛鳥の表情が一瞬だけ硬直した。指の間に挟まれていたタバコが、無意識に込められた強い力によってグシャリと無惨にひしゃげる。だが、その動揺はほんの一瞬のことだった。飛鳥はすぐにいつもの無表情を取り繕うと、淡々と言った。「別に大したことじゃない。しばらくは絶対安静にし

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第197話

    さっきまでいた総合病院に引き返すには遠すぎる。「そこへ向かえ!!」「承知しました!」一真は急ハンドルを切り、猛スピードで車を走らせた。飛鳥は腕の中の星歌をきつく抱きしめ、焦燥に駆られた声で呼びかけた。「どういうことだ!?なぜまたこんなに出血しているんだ!?」しかし、星歌はもう答えることはなく、そのまま力なく意識を手放してしまった。......ツンとした消毒液の匂いが鼻を突く。頭の中は真っ白で、現実感がすっぽりと抜け落ちていた。星歌を病院に担ぎ込んでからというもの、飛鳥の思考は完全に停止していた。星歌は救急処置室に運び込まれ、飛鳥はその扉の前で、まるでコンクリートで固められたかのように一歩も動けずに立ち尽くしていた。手続きと支払いを済ませて戻ってきた一真は、飛鳥に何か声をかけようとしたが、彼の全身から放たれるあまりにも凄まじい絶望と殺気のようなオーラに圧倒され、結局何も言えずに立ち止まった。ポケットの中のスマートフォンが、さっきから「ブー、ブー」と無機質な振動を繰り返している。おそらく都子か夏蓮からの電話だろう。だが、飛鳥はピクリとも反応せず、電話に出るどころか画面を確認することすらしない。それから一時間後。ようやく処置室の扉が開き、まだ意識が混濁した状態の星歌がストレッチャーで運ばれてきた。飛鳥は弾かれたように医師の元へ駆け寄った。「先生!妻は……妻はどうなったんですか!?」医師はマスクを外し、飛鳥を厳しい顔つきで睨みつけた。「……流産後の身体のダメージを甘く見ないでください。こんな風に外を連れ回すなんて、もってのほかです!非常に危険な状態でしたよ」――流産。その二文字が耳に入った瞬間、氷漬けになっていた飛鳥の時間がさらに凍りついた。彼は耳を疑い、信じられないものを見るような目で医師を見つめた。「……な、なんだと?流産……?」「最近の若い人たちは、流産をただの生理や軽い病気のように思って、すぐに働きに出たり動き回ったりしますがね。女性の身体にとっては出産と同じくらい、いや、それ以上に深刻なダメージなんです!きちんと休養を取らせないなんて、夫としてどういうつもりですか!」目の前の男が、本港市で泣く子も黙る冴島グループの御曹司だとは知る由もない医師は、まる

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第1話

    病院独特の、鼻をつく薬液の臭い。それが胃の腑を締め上げ、こみ上げる吐き気をこらえるだけで精一杯だった。冴島星歌(さえじま せいか)は、蒼白な顔でベッドに横たわり、浅い呼吸を繰り返している。スマートフォンの呼び出し音が途切れ、通話がつながった。星歌は乾ききった唇を、ようやく開く。「……流産の手術、同意書にサインが必要なの。病院に来てちょうだい」受話器の向こうで、一瞬の沈黙が落ちた。やがて響いたのは、夫である冴島飛鳥(さえじま あすか)の低く、不機嫌な声だった。「妊娠?いったいいつの話だ。俺が知らないはずがないだろう。星歌、気を引きたいからって、嘘や芝居も大概にしろよ」「……来

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第7話

    忘れ物を取りに戻った江里子は、病室に足を踏み入れた瞬間、目の前の異様な光景に息を呑んだ。咄嗟に星歌の元へ駆け寄ろうとしたが、飛鳥が放った冷徹な視線に射すくめられ、足が止まる。「星歌……!」江里子の声も届かないほど、病室は一触即発の熱気に包まれていた。飛鳥の髪は乱れ、眉間には怒りのあまり青筋が浮き出ている。「星歌!」彼が掴んでいる星歌の手首には、骨が砕けそうなほど強い力が込められていた。「離しなさいよ!」江里子の叫びを無視し、星歌は飛鳥の凍てついた瞳を真っ向から見据えた。「どうしたの?夏蓮さんのために私を殴りたいわけ?」その挑発的な一言に、飛鳥の手の力がさらに

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第6話

    ところが、その一歩を踏み出した直後、足元に重い衝撃が走った。視線を落とすと、そこには先ほどまで泣きじゃくっていた夏蓮が、車椅子から崩れ落ちるように床に倒れ伏していた。彼女は意識を失っている。「夏蓮様!……ああ、血が、血がこんなに……!」周囲の者たちが悲鳴を上げた。星歌へと向かおうとした飛鳥の足が、まるで見えない鉛を流し込まれたかのように、その場に縫い付けられる。駆けつけた医師たちによってストレッチャーに乗せられたとき、星歌の意識は、僅かに、澱のように浮き上がった。霞む視界の端に映ったのは、必死な形相で夏蓮を抱き上げる飛鳥の姿だった。――ああ、やっぱり。その光景を

  • 二度の流産を越え、極悪セレブ界を完全制圧   第5話

    心血を注ぎ、数ヶ月の夜を捧げた『龍稲峡』のデザイン。それが無惨に奪われていたことを思い出し、星歌の眼差しには、より深い嘲弄が混じり始めた。沈黙が二人の間を支配する。およそ三十秒ほど経っただろうか。飛鳥が、絞り出すような声で再び口を開いた。「……どういう意味だ?」「彼女を、何の罪で訴えるつもりだ」『裁判所』という言葉を聞いた瞬間、飛鳥の心臓が大きく跳ねた。星歌を見つめる彼の瞳からも、一切の温度が消え失せていた。「分からない?」星歌は蔑むように彼を見上げた。「飛鳥。龍稲峡のプロジェクトで私のデザインが落選したって知らせ……それを真っ先に私に伝えてくれたのは、あんただったわよ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status