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第101話

夏蓮は、身体を少し回転させて両手を男の腹の辺りに当てて身体をずらし、素早く両足を男の腰に巻き付けた。「うわっ」と男が驚いて腕の力を緩めると、スルリと身体を引き抜き、一旦足でぶら下がったが、すぐに起き上がって今度は両腕で腹に捕まり足をほどいた。そして体に腿を引きつけながら足を揃えて男の尻の辺りに足の裏を当てたかと思うと、「やっ!」と腕を離して思い切り蹴った。小さな体は勢いよく男から離れ、後方宙返りをして、見事にしゃがんで着地した。一息遅れて陽亮も全く同じ動きで男から離れると、今度は帽子の上に付けていたゴーグルで目を覆い、ポシェットから催涙スプレーを出して、四人に向かって噴射した。二人に蹴り飛ばされてしゃがみ込んでいた男たちも、狼狽えて身構えながら子供たちを見ていた女たちも二人の方を向いていた為、まともにそれを受けてしまい、目を抑えて叫びながらパニック状態になってしまった。「なんなの?この子たち!」「痛い!痛い!なんだよこれ!」四人が叫んでいるうちに、陽亮と夏蓮は車の陰に隠れてゴーグルとネックウォーマーを元の位置に戻して、両親が待つさっきのテーブルまで駆け戻って行った。あっと言う間の二人の脱出劇を遠巻きに見守っていたボディカードたちは、「おいおい、ホントに五歳かよ。」「容赦ないな…。」と呟いた。リーダーだけは僅かに口角を上げて、満足そうに頷いていた。ふたりがテーブルに向かって駆け戻る姿が見えると、既に着替えを終えた涼禾と隼翔が立ち上がり二人を迎えた。「大丈夫だったか?」「怪我はない?」涼禾と隼翔の心配そうな顔に、二人は満面の笑顔で、「「だいじょうぶ〜!たのしかった〜!」」と答えた。間もなく隼翔の携帯にリーダーからメッセージが入った。『計画Ⅰ 無事完遂。計画Ⅱ 実行中』「?、いつの間に計画番号が付いていたんだ。……、無事だったからまぁ、いいのか…?」一方、それまで待機状態だった情報収集班は、忙しそうに作業を開始していた。計画Ⅱは犯行依頼者を特定することだった。四人組は、ひとしきり騒いだ後、何とか目をしばしばさせながら「くっそー!後少しだったのに。」「親たちに捕まる前に早く逃げよう。」「あの人に報告しなくちゃ。」などと口々に言いながら車でその場を後にした。四人は、 途中何度か振り返ったが誰かが追いかけてくる様子も無
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第102話

隼翔は、はっとして涼禾に寄り添い、「ごめん。君のせいじゃないよ。奴らに腹がたっただけだからね。せっかくの僕らの時間を邪魔した奴らにさ。」と言うと、「そうだよ。ママげんき出して。まだあとふつかあるからね。みんなでたのしもう!」と陽亮も声を掛けた。翌日、四人が近くの遺跡公園で昼食を楽しんでいると、遠くの方で賑やかな一団が見えた。背の高い男性たちを中心に、女性たちが楽しげに群がっているようだ。芸能人のロケでも来たのかと様子を伺っていると、男性の一人が涼禾たちに気付いて、大声で呼びながら手を振った。「兄さんたちー!応援に来たよー!」その声を聞いて周辺の人達が、一斉に涼禾たちに注目した。涼禾と隼翔は恥ずかしくて顔を伏せ、子供たちを抱き寄せた。が、少し顔を上げ何事かとよくよく見ると、それぞれ別のタイプの美形の4人の男たちが女性たちと共に嬉しそうに近づいてくる。「「「「……、雅輝(さん)たち。」」」」雅輝と亮と剣太郎と柔次狼は、さすがに涼禾達の近くまで来ると女性たちに向かって、「案内ありがとう、無事に合流出来たからここで失礼するね、バイバ〜イ!」と、別れを言った。女性たちも笑顔で手を振って、「さよなら〜、観光楽しんでくださ〜い!」と言ってそれぞれの方向に散って行った。隼翔が、「一体何事だ。なぜここが分かったんだ?」と、ちょっと呆れながら雅輝に聞くと、「陽亮にメッセージ貰った。昨日の夜、陽亮から電話があって話を聞いたんだけどさ、お姉さんが元気ないって心配してたんだよ。」雅輝に続いて亮も、「僕は夏蓮から連絡貰った。で、ちょうど二人が遊びに来てて話を聞いて、じゃあ僕たちがボディーガードを兼ねて元気付けに行こうってことになって。」「そこに僕が相談しようと思って亮ちゃんに電話したんだ。で、僕も一緒に来たんだ。」『せっかくの家族水入らずのはずが…。』と複雑な表情の隼翔に対して、涼禾は嬉しそうな笑顔で、「みんな、ありがとう。賑やかになって嬉しいわ。みんな頼もしいし。」と歓迎した。陽亮は雅輝に駆け寄って、「まさきさん、ありがとう!」と抱きついた。夏蓮は、「りょうおじさん、けんちゃん、じゅうちゃん、ありがとう〜。」と、駆け寄って行き、三人に順番に抱っこしてもらい上機嫌だった。涼禾達の新婚旅行は、思いがけず大人数の観光旅行となり、安全で楽
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第103話

健人からは、涼禾から情報を得て一発逆転を夢見る馬鹿の心当たりに付いてだが、役員の中に三人ほど新薬開発を提唱する人物がいるらしい、とのことだった。しかし、実際に誘拐や盗聴の支持を出している人物は、その時々で偽名を使い、連絡方法も変えるため特定ができていない。先日も後一歩の所で逃げられてしまった。「今の状況では、どうやって相手に気づかれずに丸野さんに会えばいいか決めかねるよね。」相談の為に涼禾の家に来ていた颯太が言った。「多分、丸おじさんは新薬についての大事な情報を預かってくれていると思います。」「僕もそう思います。それだけに、おじさんの存在自体奴らに知られる訳にはいかない、と思っています。」姉弟の言葉に、颯太が何気なく言った。「ところでさ、どうしても二人一緒に行かなくてはいけないの?」一瞬ポカンとした二人だったが、顔を見合わせたあと涼禾が、「そう言われてみれば、そうよね。」と言うと、亮も、「どっちか一人でも、と言うか、僕一人でもいいような気もします。」「あっ、でも亮は丸おじさんのこと覚えていないんじゃない?」「はっきりとは……。でも、僕はお母さんに似てるって言われるし、おじさんには分かって貰えるんじゃないかな。」「前もって連絡して、家族写真でも持って行けば?」「それ、行けそう。」と言うことで、亮一人で訪ねる計画を立てることにした。丸野の家は、西逗子(にしずし)にある。西逗子は、東都と中京市の中間にある県の、半島の南西部にあり、新幹線の駅から少し離れている為、結構時間がかかることがわかった。「これは……、やっぱり亮一人じゃ心配だわ。」「僕、A国でも一人で行けるよ。大丈夫だよ。」「何言っているの!危害を加えようと狙っている人たちがいるのよ。もし亮が私のような目遭ったらと思うと…。」悲壮な顔で訴える涼禾を見て、亮も真剣な顔になり、「そうだね。油断はいけないね。」「でも、ボディーガードをぞろぞろ連れて行けば、大事な所に行ってきますって教えるようなもんだよね。」三人で悩んでいると、陽亮と夏蓮が話に加わってきた。「りょうおじさん、どこに行くの〜?」「ぼくたちがいっしょに行こうか?」「だめよ。危ないかもしれないのよ。」咄嗟に涼禾が止めたが、少し考え込んだ颯太が、「それ、いいかも。」と、言い出した。「どういうこと?」颯太
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第104話

「最近、あの周辺にリゾート施設が出来たそうだ。そこからなら丸野さんの家まで車で10分くらいだ。更に10分ほどの所にショッピングモールもある。そこを利用すれば気づかれずに会いに行けるんじゃないか。」「そうなんだ。お兄さん、ありがとうございます。」嬉しそうな亮の様子に、隼翔は顔を横にして照れながら、「いや、大丈夫。」と、素っ気なく返した。結婚式の後、亮は隼翔のことを『お兄さん』と呼ぶようになった。最初に呼ばれた時は、大いに照れてしまってまともに返事もできなかった。なので、亮が元に戻そうとすると、「いや、いい、これからもそのままで。」と言うのでその後も『お兄さん』と呼ぶと、やはり照れてしまってぶっきらぼうな反応をしてしまうのだ。周囲は、「なぜあんなに照れるのか、わけが分からない。」と不思議がっているが、雅輝だけは心当たりがあるのかニヤけ顔で、「ま、兄さんにもいろいろあるのさ。」と言っていた。涼禾一家が、亮と一緒に西逗子へ旅行に出かけると聞いた雅輝、剣太郎、柔治狼が家に訪ねてきた。「ずるいよ姉さん!何で亮ちゃんだけ連れて行くの?」まず雅輝が問いかけた。「そうだよ。僕たちだって久しぶりに姉さんに会えたんだ、一緒に行きたい!」「まだ危ない奴らが狙っているんだろ。亮君だけじゃ心配だよ。」剣太郎と柔治狼も心配そうに言ってきた。「心配してくれるのは嬉しいわ。でも、あまり大人数で目立つのもちょっと……。」言葉を濁す涼禾を見て、自分の考えを確かめるように剣太郎が問いかけた。「今回の旅行って、もしかしておじさん達の知り合いに会いに行くの?」ズバリと言い当てられて黙ってしまった涼禾を見て、「やっぱりそうなんだね。奴らに気付かれないように、こっそりその人から情報を得るつもりなんでしょ。」「………。」「だったら、僕たちも連れて行くべきだよ。いろいろ役に立つよ、僕たち。」最後の雅輝の言葉に、涼禾も折れて、「ありがとう。隼翔さんと相談してみるわ。」話を聞いた隼翔は、またしても家族旅行が団体旅行になることにちょっと不満そうな顔になった。しかし、安全に丸野と接触するにはいい案かもしれないと考えた。いろいろ考えた結果、涼禾一家と亮は予定通り一緒に移動して、別便で雅輝たち三人が移動することにした。そして途中で剣太郎と亮が入れ替わり丸野と会った
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第105話

声の主はすぐに出てきて、右手を差し出してきた。打ち合わせ通り家族写真を手渡し、8歳の自分を指さした。相手は亮と写真の子供を見比べると、「可愛い。」と呟いた後、笑顔で中へと促した。「いらっしゃい、祖父が楽しみに待っていますよ。」彼は亮を応接室へと誘導しながら興味津々で話しかけてくる。「お姉さんは一緒じゃないんですね。残念だなぁ。美人のお姉さんにも会いたかった。」「またの機会に来させていただきたいと言っていましたよ。」亮も答えながら案内された部屋に入って行った。「楽しみです。お掛けになってお待ちください。すぐに呼んできます。」亮は座って部屋の中を見回してみた。部屋の壁には沢山の写真が飾られている。恐らく保養所だった頃に、訪れた人達が記念に撮ったものだろう。同僚風の数人のグループのもの、家族連れのもの、恋人か夫婦のもの。いずれもリラックスした笑顔を浮かべている。次々と順番に見ていると、懐かしい笑顔の男性が3歳位の男の子を抱っこし、小学生の女の子と手をつないだ女性と並んで映っている写真に目を止めた。思わず写真の前に移動して近くでじっと見ていると、どんどん視界が滲んできた。無意識のうちに、「父さん、母さん。」と呟いた時、気付かないうちに部屋に入って来た老人が、「大きくなったね、亮君。確かに面差しが楓さんに似ているね。」と声をかけてきた。はっとしてして、慌てて目元を拭って老人の方に向き直ると、丁寧にお辞儀をして挨拶をした。「お邪魔しています。丸野さんですね。浅野亮です。この度は…、よろしくお願いします。」「はい。この日を待っていたよ。ようやく二人からの頼みを叶えてあげられそうで私も嬉しいよ。」向き合って椅子に座ると、テーブルの上にはいつの間にか紅茶とお菓子が置かれていた。始めは亮から、香子が丸野に電話をした後の事を話した。丸野はとても驚き心配したが、現在の様子を聞いて心から喜んでくれた。それから更に、亮は今の自分の研究の進み具合や指導教授についても話した。丸野は今度は真剣な表情で頷きながら聞いていた。話が一区切りした所で、「なるほど、よく分かったよ。まずはひと口お茶を飲みなさい。」「はい。」丸野は、ゆっくり紅茶を口に含んだ亮の前に、1枚の手紙を入れた厚みのある額を置いた。「これは……。」これは涼禾が言っていた、母と一緒に
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第106話

亮はそれを両手でしっかりと受け取り、鞄の中に丁寧にしまった。「ありがとうございます。必ず、やり遂げます。そして、次は姉と甥や姪も一緒に会いに来ますね。」「ああ、楽しみにしているよ。」亮は雅輝たちに迎えに来てくれるように連絡をして、彼らが着いたという連絡を受けるともう一度丁寧に挨拶をして帰って行った。玄関先で亮を見送り扉を閉めると、いつの間にか孫の昂(あきら)が後に立っていた。「やっと持ち主に手渡せたんだね。」「ああ、やっとね。」「じゃあ、今度は結果を見届けなくちゃね。おじいちゃん、ちゃんと治療受けてね。」「分かってる。ちゃんと見届けるまで、まだまだ元気で頑張るさ。」亮は雅輝達と共に、涼禾たちが待つホテルに真っ直ぐに向かった。そして約十分後無事に着くことが出来た。涼禾達は、連絡を受けてすぐに迎えに出たいのを我慢して三人が部屋に着くのを待った。三人が部屋に入って少しして、隼翔にボディーガードのリーダーから連絡が入った。「ご安心ください。奴らは気づいていません。」「分かった。ありがとう。」ほっと安心して頷く隼翔と共に、パソコンを操作していた雅輝も表情を緩めて頷いた。「こちらも異常なし。この部屋の中の情報は漏れないよ。」そこで一同はやっと心から安堵した。亮はようやく鞄を開けて丸野から預かった額を取り出した。「これがおじさんが預かってくれていたものだよ。」全員が額に注目した。「これって…。」驚いて額の中の手紙を見る涼禾に、亮は頷いた。「そう、これは瀬川聡美さんが子供の頃に両親に書いた手紙だよ。姉さんが母さんと見たものだ。そして……。」亮は額を裏返して、鞄から取り出したミニ工具セットから一番小さなドライバーを出して後ろの板を外し始めた。この時、柔治狼だけが目を見張った後、一人でクスクス笑い始めた。緊張しながら亮の手元に注目していた剣太郎がそれに気づいて、軽く肘で突いた。「おい、何一人で笑ってんだよ。」そこで柔治狼は我慢しきれず声を出して笑い出した。「だってさぁ、何で亮ちゃん工具セットなんて持ち歩いているの?おかしくない?」「「えっ?持ってないの?」」すかさず雅輝と涼禾が聞き返して、自分の鞄からミニ工具セットを取り出した。「「えっ?みんな持ってるものなの?」」と剣太郎と柔治狼が隼翔を見た。隼翔は「いや、さすがに工具セ
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第107話

すぐに雅輝がノートパソコンを取り出し、メモリーをロードしてみると、1本目は、薬品の情報のようだった。2本目は患者から得るべき診療情報の項目について 。3本目は薬を適切に使用するために必要とされるシステムについて、が収められていた。亮はざっと見ただけだが、かなりの興奮状態で、「これは…すごい。十年前にここまで出来ていたなんて…。」と呟いた。亮以外の者たちは、当然のことながら訳が分からずただ見ていただけだったが、3本目だけは雅輝が、「これは…。」と、真剣に見ていた。そして雅輝は、「ねぇ、亮ちゃん、最後のは、もしよかったら僕にも協力させて。」と申し出た。「助かります。この部分は多分僕では無理です。」一通り資料に目を通してメモリーを一旦取り出した亮に、涼禾が問いかけた。「ねぇ亮、そろそろ丸おじさんの話を聞かせてもらえないかしら。」「あぁごめん。つい資料に夢中になってしまって。」「そんなに貴重なものなの?」「うん。まだちゃんと見れていないけど、今まで僕が行き詰まっていた点を解決してくれるのは確かだと思う。その上に、実用化に向けての具体的なプランも作られている。」「そうだったの。」「丸おじさんの話だったね。最初は5年前のことや最近の僕たちの事を話したんだ。おじさんは随分驚いていたよ。その後おじさんが十年前の父さんと母さんの身に起こった事と、これを預かった時の事を話してくれた。」十年前、颯太たちが調べたように、感染症の新薬開発を依頼された両親は、まずは症状を緩和する薬の製薬を始めた。その過程で、この感染症はかなりの数の人達が後遺症を患っていることがわかった。その為、出来るだけ早く症状を抑えて体内の損傷を防ぐ薬から、その後回復を促す薬効を持った薬へと段階を経て投与する薬を創っていった。ところが、製薬会社は前半部分だけを無断で販売し、ほとんどの権利も奪った。抗議はほとんど聞き入れられずに契約は終了した。にも関わらず、後半の回復薬や後遺症の回復薬の進捗状況を知るや、その情報の権利を主張し始めた。研究所側はきっぱりと拒否したが、製薬会社は研究者個人に情報提供を迫った。しかし、両親が担当していた後遺症に関する薬は、当時の技術では一般に販売して使用出来るまでには至っていなかった。が、あの会社に渡ってしまえばまた中途半端なまま世に出すに違い
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第108話

隼翔は早速リーダーを呼んで箱に入った“額”を預けた。身軽になった一行は、その後屋外にあるバーベキューの出来るレストランに向かった。次々と運ばれてくる、下ごしらえ済みのお肉や野菜を剣太郎と柔治狼が器用に焼いていく。「やっと役に立てそうだ!ここは僕たちに任せて!」活動的な叔父一家は、キャンプやツーリングなども大好きで、度々家族で出かけていた。その為、二人もバーベキューなどは得意分野だ。製薬やITなどの話はよく分からず大人しく話を聞くばかりだった二人は、嬉々として調理役を買って出た。バーベキューなどほとんど経験のない陽亮と夏蓮は、大喜びで二人を手伝いながら美味しそうに食事を楽しんだ。「三人が一緒に来てくれて本当に良かったわ。」涼禾は楽しそうにその様子を見ていた。「いろいろ役に立つでしょ、僕たち。」雅輝の自慢げな言葉に、「確かに。助かったよ、ありがとう。」隼翔も素直にお礼を言った。隼翔の心は幸せで満ちていた。香子が行方不明になり、もう二度と会えないかもしれないと思った時、自分は家庭を持つことのない人生を送るのだと思っていた。しかし今、香子と子供たちが家族として笑顔で側にいてくれる。そのことがとても嬉しかった。一行は翌日、近くの水族館に行ったりロープウェイで山頂に向かったりとたっぷりと遊び、もう一泊してから東都に帰った。おみやげを持って江崎家に帰ると、美沙がちょっと拗ねながら、「楽しかったようで良かったわね。」と、出迎えた。美沙の様子を見た陽亮と夏蓮は、「うん!とってもたのしかったの〜。」「つぎはね、おじいちゃんとおばあちゃんもいっしょがいいの〜。」と美沙に抱きついたので、あっと言う間に機嫌を直して、「あら〜、嬉しいわ。どこがいいかしら。楽しみね〜。さぁさぁ、みんな早く中に入って。」と、奥へと迎え入れた。無事両親からの資料を受け取った亮は、その後暫くは研究に専念した。涼禾も子供たちの送迎や家事をこなしながら、アトリエの仕事にも参加して充実した日々を過ごした。年が明けて暫く経った頃、瀬川聡から隼翔に連絡が入った。保留になっていた浅野夫妻と瀬川グループとの関わりについて、情報がまとまったので説明するという話だった。今回も颯太も一緒に三人で話をすることになった。隼翔はそこでふと思い出した。あれから颯太と果奈はどうなった
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第109話

会合の日、いつにも増して緊張の面持ちで現れた颯太に、隼翔は笑顔で声をかけた。「大丈夫だよ。聡さんは始めから君を気に入っていた。報告しても喜んでくれるよ。」「そうでしょうか。僕なんかじゃ彼女に釣り合わないとか言われませんか。」「果奈さんは何て?」「隼翔さんと同じ事を言ってくれています。」「だったら間違いないよ。今日、報告するの?」「はい、話の後、彼女と合流して報告するつもりです。聡さんが認めてくれたら、彼女の方はご両親もみんな大丈夫なのだそうです。うちは多分、みんな喜んでくれると思います。」「そうだね。おめでとう。涼禾には僕から伝えてもいい?」「ええ、但し、聡さんの了承が得られてからで。メッセージ入れます。」「わかったよ。まずは聡さんの話を聞こう。」「はい。」二人の会話が終わったすぐ後に聡が部屋に入って来た。「お待たせしてすまない。今日は来てくれてありがとう。」「いえ、よろしくお願いします。」「早速だが、調べた結果を話すよ。」十年前、聡はまだグループの専務の一人で製薬部門の責任者だった。当時国内で流行した感染症対策の薬については扱うかどうか検討中だった。どの製薬会社のものがより有効的なのか判断も難しかった。製薬を進めていた数社の情報を調べていた頃、娘の聡美が感染し、重症化してしまった。対処療法で何とか命を取り留めたものの後遺症が残ってしまった。娘の将来を思い、何とかしてあげたいと懸命に情報収集をしていた時、浅野夫妻が後遺症対策の薬を開発中だという情報を得た。嬉しくて、妻と娘に話したところ、二人はとても期待して手紙を送ったと言っていた。しかし、少ししてご夫妻が交通事故で亡くなったと聞いて随分落胆したのだった。その事故のあった日、聡は直属の部下からある研究者に会って欲しいと言われ、中京市の北部にある瀬川グループ系列のホテルで待機していた。部下は彼らの到着を今か今かと待っていたが、待ちきれずにボディカードの一人に様子を見に行かせた。そして、その研究者がホテルに向かう途中で事故に遭い来れなくなったと報告を受けた。自分が会うはずだった研究者が浅野夫妻だったと知ったのは随分後の事だった。部下はなぜ自分と彼らを会わせようとしたのか、語らなかった。聡も特に聞かなかった。5年後、妹の果奈の同僚として浅野夫妻の娘さんが入社したことは知っ
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第110話

しかし、自分たちは一介の研究者でしかない。当時のモリタ製薬はそれなりの勢いがある大企業で、彼はその会社の部長職にあった。立ち打ちできる自信がなかった。夫妻は薬と娘を守る為、学生時代に親交のあった聡の部下に頼んで、聡に会わせて貰おうとした。聡に会って、彼らの開発した薬の情報を提供する代わりに娘を守って欲しいと頼むつもりだった。モリタ製薬に奪われるくらいなら、瀬川グループに託した方がよっぽど有効に使ってもらえるだろう。更に、彼らの開発した薬は、まだ販売するのは難しいが、個人的に処方すれば後遺症を克服できる効果はあった。だから、自分たちが責任を持って娘さんを健康な体に回復させると約束するつもりだった。そんな彼らの動きを察した男は、あの日、山道を猛スピードで追いかけて事故を起こさせた。部下の男はそうは思ったが、証拠が掴めずに口を噤むしかなかった。最後に、浅野夫妻を追い詰めたのは、大田原拳造、現在のモリタ製薬の専務の一人だと言った。聡の話を聞き終えて、隼翔も颯太も怒りや悔しさで暫く言葉が出なかった。ようやく颯太が聡に深く頭を下げてお礼を言った。「調べてくださってありがとうございました。今、僕たちが一番知りたかった事の一つがわかりました。感謝します。」「役に立てたならよかった。しかし、僕自身、今まで知ろうとしなかった事を後悔したよ。もっと早くに知っていれば防げたこともいろいろあっただろうに。それに、娘も今頃健康を手に入れて、やりたい事を思う存分にできていただろうに。」「それに関しては近い将来に叶うと思いますよ。」隼翔は何でもないことのように言った。「何だって?」「詳しいことは僕からは言えませんが、今現在、優秀な研究者たちがあと少しというところまで進めています。」「それは、その情報はどうすれば手に入るんだ?」「そのうちに。時期がくれば相手方から接触してくるかと。」「ならばそれまでは待てばいいのだな。」「はい。」「なるほど。今日も有意義な話が出来た。では、今日は…。」「待ってください。この後、もう少しお時間をください。」「まだ何か?」「はい。あの、別の件なので江崎社長はここまで、と言うことで。」緊張でぎこちない話し方の颯太に、隼翔はにっこり微笑みながら、「そう言うことなので、僕はお先に失礼します。今日はありがとうございました。この後
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