All Chapters of 犬猿の仲……いいえ、犬猫の仲です: Chapter 81 - Chapter 90

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第七十七話:言葉の刃

来人を見る小林さんの目は、どこまでも冷たかった。見ている僕でさえ、その視線に息を飲む。「中途半端な優しさで、また祐希様を傷付けるんですか?しかも、自分の番の春馬さんまで傷付けて……とんだクズ野郎ですね」来人の顔が強張る。「狗飼家は、子供の躾がなっていませんね。こんなバカ息子に育てて」淡々とした声なのに、その一言一言が深く刺さる。僕は慌てて来人の前に立った。「もうやめて下さい!確かに来人は単純でバカだけど、こいつなりの優しさなんです!」「春馬……フォローになってない」来人が小さく呟く。「うるさい!僕はまだ、お前に怒ってるんだからな!」振り向かずに叫ぶと、背後から情けない声がした。「春馬……ちゃんと祐希には説明してきた。そいつが命懸けで助けたことも……俺と春馬が、もうパートナーだってことも……」今にも「くぅ〜ん」と鳴きそうな声だった。「来人、その話は後で!」「春馬、もう怒ってないか?」「来人!空気読んで!」「春馬が怒ってないって言うまで、空気読まない!」突然、背後から抱き締められる。「来人、待て!」思わず叫ぶと、来人はしょんぼりと離れた。その様子を見ていた小林さんが、ぽかんとした顔をしたあと、吹き出した。「敵わない。本当に……春馬君には敵わないよ」ひとしきり笑うと、「今日は、春馬君に免じて赦してあげます。祐希様も、随分ご迷惑をお掛けしたようですし」そう言って、小林さんは背を向けて歩き出した。「カッコイイよな〜小林さん」ポツリと呟く。振り返ると、来人が耳を垂らした犬みたいな顔をしていた。思わず、溜め息をついた。
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第七十八話:しつけ

「で!さっきのアレ、なに?」怒り心頭の僕の前で、来人が耳と尻尾をぺたりと垂らして立っている。(なんだろう。ライトが怒られた時に見せる、あの落ち込んだ姿にそっくりだ)「あのさ、来人。もし、僕が他に好きな人がいて、お前が竜ヶ峰にしたみたいな態度を取ったらどう思う?」「春馬!まさかお前、アイツのこと……」「来人!もしって言っただろ!今の話に小林さんは関係ない!」「でも春馬、アイツをカッコイイって……」しょぼんとした顔で言われ、思わず頭を抱える。(他は聞いてないくせに、そこは聞いてるのかよ……)「はぁ……」深い溜め息がもれる。考えれば考えるほど謎だ。小林さんが傍にいて、竜ヶ峰はなんで来人なんかを好きになったんだか……。もう一度、溜め息をつくと、僕は来人に背を向けて歩き出した。すると来人が慌てて追いかけてくる。「春馬、一緒に帰るよな?」そう言って、僕を抱き締めた。「帰らないって言ったら?」「帰るって言うまで離さない」また溜め息がこぼれる。「分かったよ。一緒に帰るから、離して」そう言うと、来人の耳と尻尾がぴんっと立った。「俺には春馬だけだから!」そう言って、もう一度抱き締めてくる。ご当主様が普段は厳しいのに、来人にだけ甘いのはこういう所なんだろうな……。良い意味でも悪い意味でも、素直というかなんというか……。来人に惚れた時点で、仕方ないのかもしれないと、半ば諦めていた。……が、だ!夜、あんなに激しく求められるとは思わなかった。いや、嫉妬したとしてもだな、僕は怒っていたのだよ!本当に……一度、ちゃんとしつけ直さないとダメかもしれない。そう思いながら、僕は心の底から誓った。今後、来人という文字には『駄犬』というフリガナを振ってやると。
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第七十九話:嫉妬 side祐希

『ガシャーン』 大きな音を立てて、食器が床に散らばった。 「祐希!」 荒れる僕に、兄さんの叱責が飛ぶ。 「うるさい! うるさい! うるさい!」 癇癪を起こす僕に、兄さんは呆れたように溜め息をついた。 来人が猫柳春馬を追い掛けて行くのを見送り、窓の外に目を向けたその時──息を呑んだ。 猫柳春馬と小林が、仲良さそうに話していた。 しかも、普段は微笑みしか浮かべない小林《アイツ》が、破顔していた。 ──なんだよ、それ。 その後で、何食わぬ顔をして食事なんか持って来られても、素直に食えるかよ。 ……別に、それがどうしたって話だけど。 でも、何故か、無性にイライラした。 大体、小林《アイツ》は──小学一年の僕に、小学六年の分際で『好きだ』なんて言ってきたくせに。 ……あれか? ショタコンか? 猫柳春馬、童顔だもんな。 好みなんだろうよ。 ぶちまけた食器を、何も言わずに片付けている小林《アイツ》を見て、余計に腹が立つ。 猫柳春馬も、猫柳春馬だ。 僕から来人を奪っておいて──今度は小林か? いい子ぶって、抜け目ないよな。 ……なんだか分からない。 でも、とにかくイライラする。 「小林、そこまでする必要ない! 祐希、小林に謝りなさい!」 兄さんの声に、さらに苛立ちが募る。 「嫌だ!」 プイッと顔を背けると、 「構いません。私が、祐希様の機嫌を損ねることをしたのでしょう」 まるで最初から分かっていたみたいな顔で、そう言われて──余計に腹が立った。 「小林、お前の顔を見てると腹が立つ! 二度と顔を見せるな!」 言ってしまった瞬間、空気が止まった。 片付けていた小林の手も、ぴたりと止まる。 ──しまった。 そう思った時には、もう遅かった。 小林は何も言わずに片付けを終えると、 「祐希様の前に顔を見せて、申し訳ありませんでした」 そう言って、静かに頭を下げて部屋を出て行った。 「あ……」 思わず手を伸ばしかけて──そのまま、強く握り締める。 怖かった。 また、誰かを求めたら── 失うんじゃないかって。 どうせ小林も、最後は── 猫柳春馬みたいな、ああいう“選ばれる側”を選ぶに決まっている。 僕みたいな、面倒で、
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第八十話:長い片想い side小林静

「はぁ……」 深く息を吐く。 祐希の言葉が、何度も胸の奥で響く。 『小林、お前の顔を見てると腹が立つ! 二度と顔を見せるな!』 ──思えば、最初から間違っていたのかもしれない。 初めて会ったのは、親友の綾人に 「俺の弟の祐希だ」 と紹介された、あの日。まだあどけない祐希は、大きな瞳で俺を見つめて 「はじめまして。竜ヶ峰祐希です」と、ぺこりと頭を下げた。雪のように白い肌。雪の中で色づく南天のような、赤い唇。 ──その瞬間、恋に落ちた。 「好きだ」気付いた時には、手を掴んでそう言っていた。当然のように、祐希は怯えて―― 「怖い……!」と、泣いた。それからというもの、 「うちの可愛い祐希を泣かせやがって!」と綾人に怒鳴られ、祐希に近付くことすら許されなくなった。それでも。遠くから、ただ静かに見守ってきた。どんどん綺麗になっていく祐希を。傍にいられなくてもいい。せめて、身の回りの世話だけでも出来たなら──そう思い、神職として奉職することを決めた。そして竜ヶ峰神社で過ごす中で、祐希が抱えている闇を知り──神道の道に進むと決めた。少しでもいい。きみを、苦しみから救えたら。ただ、それだけのために──どんな修業にも耐えられた。そんな日々の中で。祐希は、大学一年の春に――狗飼来人の恋人になった。……もう、届かないのだと。そう思った。だから俺は。この想いを隠すために、自分を『私』と呼ぶようにして、祐希を『祐希様』と呼んだ。距離を作るために。どれだけ想っても。祐希の気持ちは、ずっと赤信号のまま。縁談を勧められても、心は一度も動かなかった。情けないほどに、祐希に
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第八十二話アンバランス

「来人!見てないで、こいつどうにかしてよ!」怒る竜ヶ峰に、来人はクスクスと笑いながら、「はいはい。春馬……どうどう」そう言って、竜ヶ峰から引き剥がした。「どうどうって、僕は馬か!」「春馬だから?」「それな!……って、違うだろう!」僕と来人のやり取りに、竜ヶ峰はぽかんとしたあと、クスクスと笑い出した。あ……笑った顔、初めて見た。竜ヶ峰の笑顔は、まるで幼い子供みたいだった。妖艶さと幼さを同時に抱えた、危うい存在。僕は、思わず不安を覚えた。竜ヶ峰は、脆い硝子細工みたいだ。美しさに惹かれて手に取れば、きっと壊してしまう。だからこそ、自分を守るために、全身に棘を纏うことを覚えたのだろう。そして、そんな竜ヶ峰が唯一、心を許して委ねたのが来人だったのかもしれない。今思えば、竜ヶ峰は来人を奪われまいと、必死だったのだろう。……もっと早く気付いていたら、僕たちの関係は変わっていたのかな。そんなことを考えていると、来人が花瓶に花を無造作に入れ始めた。「ちょっ……!来人、せっかく綺麗な花を、なんて入れ方してるんだよ」慌てて花瓶と花を奪い取る。そして──思わず固まった。「……来人?」「ん?」「花瓶に水……入ってないけど?」「水?あぁ、入れんのか!」ぽん、と手を叩く。「もういい!僕がやる!」「サンキュー」来人の飄々とした態度に呆れていると、竜ヶ峰が眩しそうに僕たちを見ていた。けれど、僕と目が合うと、すぐに顔を逸らす。……なんか、竜ヶ峰って猫みたいだな。そう思いながら、「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」そう言って、僕は病室を後にした。病室には、小林さんの結界がきちんと施されている。まだ新しい……ということは、近くにいるの
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第八十三話:赤い薔薇

「お見舞いに来て下さったのですか?わざわざ、お花まで……」 そう言われて、僕は 「はい。まだ固形物を食べられないと聞いたので、無難ですが……」 と答えながら、小林さんと並んで歩いた。 「淡い色合いの、明るくて可愛いアレンジメントですね。……一本だけ、赤い薔薇が入っていますが、アクセントですか?」 そう言われて、 「来人が……竜ヶ峰が赤い薔薇が好きだったって言って、選んだんです。でも……赤い薔薇って、竜ヶ峰みたいですよね」 「え?」 「華やかで綺麗で、でも棘がある」小さく笑う。すると、小林さんは静かに言った。 「私から見たら……祐希様は、今にも折れてしまいそうな白百合のような方ですけどね」その言葉に、思わず小林さんの顔を見る。 (え?小林さんって……やっぱり竜ヶ峰を?)そう思って見上げると、小林さんはただ不思議そうにこちらを見ていた。どうやら、深い意味はないらしい。僕は、人の恋愛に口を出すのはやめようと思い、鞄から花ばさみを取り出した。そして、花を整え始める。すると、小林さんが興味深そうに手元を見ている。 「珍しいですか?」花の根元を切りながら聞くと、 「春馬君は、何でも出来るんですね」と言われた。 「え?何にも出来ないですよ。これは学校で必須科目だったから、生けられるだけです」そう答えると、 「男に生け花が必須科目?」小林さんが首を傾げる。僕は苦笑いを返した。 「私はどうも……こういうのは苦手で……」 「小林さんに苦手がある方が、意外ですよ」 「え?そうですか?苦手なことばかりですよ」思わず顔を見合わせて、微笑み合う。その時だった。 「何で小林と猫柳が一緒にいるの?」低い声が響く。
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第八十三話:すれ違う気持ち

「竜ヶ峰、誤解だよ。偶然、会ったんだ」慌ててフォローしたけれど、「うるさい!お前は、そうやって僕から全部奪うつもりだろう?来人だけじゃ飽き足らず、小林まで奪うのか!」竜ヶ峰が叫ぶ。来人は何も言わず、そのまま車椅子を押して病室へ戻り始めた。「来人!戻って!まだ話は終わってない!」竜ヶ峰の怒鳴り声に、看護師たちが集まってくる。他の病室の人たちも、遠巻きにこちらを見ていた。……なんかこれ、僕が悪者みたいじゃないか。来人がドアを閉めた瞬間、外は一気に静かになった。結界のおかげで、声は外に漏れていない。僕は小さく息をつく。「私のせいで、巻き込んでしまい……すみません」小林さんが、静かに頭を下げた。「そんな!小林さんのせいじゃないです」慌てて言うと、小林さんは悲しそうに微笑んだ。「祐希様に気付かれないよう、結界を張っていたのですが……油断しました。祐希様は、私のことが嫌いなもので」ぽつりと呟く。「あの……」「はい?」「竜ヶ峰は、小林さんのことを嫌っていないと思いますよ」そう言うと、小林さんは小さく笑った。「お気を遣わせてしまい、すみません」そう返されてしまう。「幼い頃に、祐希様を怖がらせることをしてしまいましてね。それ以来、嫌われているのです」その言葉に、僕は何も言えなくなった。その時だった。竜ヶ峰の病室へ、看護師たちが慌ただしく駆け込んでいくのが見えた。僕と小林さんは顔を見合わせ、急いで病室へ向かう。中に入ると、ちょうど竜ヶ峰が鎮静剤で眠ったところだった。「来人、どうしたの?」僕が聞くと、「あの後、パニック発作を起こしたんだ。今、薬で眠ったところだ」
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第八十四話:衝突

「先日、私に触るなって言いましたよね?」 来人の手を払おうとした小林さんの腕を、来人が強く握ったままだったらしい。 小林さんは眉間に皺を寄せる。 「何の真似ですか?」 睨み上げる小林さんを、来人は鼻で笑った。 「何の真似だ?……それは、こっちのセリフだ」 低く言い放ち、そのまま睨み返す。 「あんた、どういうつもりで祐希の傍にいる?」 「は?」 「は?じゃねぇんだよ。俺は……自分の身勝手さで祐希を傷付けた。だから、祐希には幸せになってほしいんだ」 その言葉に、小林さんが鼻で笑う。 「随分と勝手な言い分ですね。自分の都合で祐希様を傷付けたくせに」 空気が、一気に張り詰めた。 今にもぶつかりそうな、危うい空気。 「俺は……自分の気持ちを、どうであろうと祐希にも春馬にもぶつけてきた。だから、自分の身勝手な行動を責められても逃げねぇ。それがケジメだと思ってる」 来人は、まっすぐに言い切る。 「だけど、あんたはなんだ?いい人ぶって、何も伝えず傍にいやがる。しかも一丁前に『祐希様』なんて呼んで、微妙に距離作ってんじゃねぇか」 低く、吐き捨てるように言った。 「本気で祐希と向き合う気がねぇなら——二度と祐希に近付くな」 その瞬間だった。 小林さんが、来人の胸ぐらを掴んだ。 「ふざけるな!祐希を弄んで捨てたくせに、勝手なことを言うな!」 声が、震えている。 怒りだけじゃない。 何かを押し殺しているような、そんな声だった。 「弄ぶ?……聞き捨てならねぇな」 来人の目が細くなる。 「俺は祐希を愛してた。春馬に出会って、心変わりしたのは悪いと思ってる。だけど——あんたみたいに、傷付かない距離で“いい人”やる気はねぇ」 その言葉に、空気がさらに重くなる。 ……珍しく、来人がまともなことを言っている。 思わず止めるのも忘れて、僕は息を飲んだ。 竜ヶ峰を愛している小林さんと、竜ヶ峰を愛していた来人。 だからこそ分かるものがあるのだろう。 僕は、何も言わず──二人の出す答えを待っていた。
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第八十五話:剥き出しの想い

「お前に……お前に何がわかる!」 低く、唸るような声だった。 「自分の浅はかさで祐希に怖がられ、近寄ることも許されなかった。神職に奉仕して、ようやく近付けたと思ったら……お前が横からかっさらったんだろうが!」 初めて見た。 嫉妬、怒り、憎しみを剥き出しにした、小林さんの顔。 ……でも、それだけじゃない。 その奥に、確かに悲しみが滲んでいて、聞いている僕の胸まで締め付けられる。 長い年月をかけて、ゆっくりと。 まるで薄皮を剥がすように、信頼を重ねてきたのだろう。 だからこそ── 竜ヶ峰の癇癪の奥にある想いに、気付けないのかもしれない。 竜ヶ峰の癇癪は、 「気付いてほしい」という願いと、 「失うことへの恐れ」が混ざり合っている。 まるで……小さな子供のようだ。 あんなに綺麗な人なのに、 抱えている孤独と闇が、深すぎる。 多分、来人は── 竜ヶ峰を救えるのは、小林さんだと肌で感じているのだろう。だからこそ、彼のどっちつかずの在り方に、苛立っている。 ……まあ、来人は頭で考えるより、感覚で動く人だからな。 僕はそう思いながら、二人の睨み合いを見守っていた。ねぇ、竜ヶ峰。眠っていても……聞こえているよね?小林さんの、本当の気持ち。こんなにも──きみを想っているんだよ。だから、少しだけ。ほんの少しだけでいいから……素直になれたら── きっと、きみたちの関係は変わる。 僕は、そう思う。不器用な二人の恋に、僕は過去のことなんて全部忘れて、応援したくなっていた。多分それは──来人も、同じなんだと。僕は、そう感じていた。
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