All Chapters of 犬猿の仲……いいえ、犬猫の仲です: Chapter 61 - Chapter 70

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第五十九話:閑話休題①

実家とは違う、広い平屋の和風建築。「奥様! 奥様!」屋敷内では、使用人たちがバタバタと走り回っている。行き交う人をすり抜けながら、自由人な狗飼咲月は屋敷を抜け出そうとしていた。「咲月さん? どこに行くんです?」そんな咲月の首根っこを捕まえ、背後からバリトンボイスが呼び止める。「あ……亮二さん?」えへへ、と笑いながら「ちょっと……買い物?」と答えた。亮二と呼ばれた狗飼家の当主は、威厳のある雰囲気のまま咲月を見下ろす。「でしたら、護衛を連れて行ってください」そう言われると、咲月は唇を尖らせた。「私、自由にしたいの」「咲月さん。あなたはもう猫柳家の人間ではなく、狗飼家の人間なんです。そこをきちんと踏まえて……」「もういいです! 実家に帰らせて頂きます!」咲月はそう叫ぶと、最初からそのつもりだったのだろう。旅行用バッグを片手に、そのまま家を飛び出してしまった。ぷんぷんと怒る咲月の背中を見送りながら、亮二は深いため息をついた。⸻***「で、なんでうちなわけ?」呆れた顔でお茶を出す愛しい息子の春馬に、咲月は唇を尖らせた。「春馬のいるところが、私の実家なの!」「はいはい。で、今日は何したの?」苦笑いする春馬に、咲月は春馬の隣で借りてきた猫のようになっている来人を見る。「来人くん、この態度……酷いと思わない?」ぷんぷん怒る咲月に、来人も苦笑いするしかない。元々女性が苦手な来人にとって、義母である咲月はどう接したらいいのか分からないようだった。春馬が怒涛のピンポン連打に対応している間、来人は父親に咲月の到着連絡を入れていた。ほんの三十分前、父親から『咲月さんがそちらに向かった。仕事が終わり次第、迎えに行く』と連絡が入っていたのだ。「だって、新婚なのよ! 春馬と来人くんだってラブラブしてるのに、亮二さんは私より仕事なのよ!」テーブルを叩き、クレームを言う母親に、春馬は正直(知らんがな!)と言いたかった。咲月の長い長い片想いが実ったのだと、母親からは聞かされてはいた。春馬の父親のことは、家族としての愛情はあったし、あれも愛だったと言っているが……。どう見ても、狗飼家ご当主にかまってほしくて駄々をこねているとしか思えない。そもそも猫柳家も、きちんと春馬には鈴本を付けていたし、咲月にも護衛を付けていた。もっと
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第六十話:閑話休題②

第六十話:閉話休題②「とにかく、母さんは狗飼家に嫁いだんだから、ちゃんと従わないとダメだろう!」「だって……」「だってじゃないだろう!その度に、ご当主様がわざわざ迎えに来てさ。忙しいのに、迷惑かけちゃダメじゃないか!」そう言った春馬に、咲月は頬を膨らませて拗ねてしまう。「何よ! 春馬は母さんより、亮二さんの方が大切なの!」「だから、そういう問題じゃないって言ってるの!」春馬と咲月が言い争いを始めると、来人は春馬と咲月に挟まれてオロオロし始めた。すると、来客を知らせるチャイムが鳴り響く。「あ、親父だ」来人の呟きを聞くが早いか、咲月は物凄い速さで玄関に走り出したのだ。「亮二さん! 春馬が酷いの~」玄関に現れた亮二に抱き着く咲月に、それぞれの連れ子である春馬と来人は複雑な心境になっていた。(親の恋愛事情とか……見たくない……)二人の気持ちをよそに「迎えが遅くなってすみません」仕事を大急ぎで終わらせ、飛んできたのだろう。亮二は外出する時、必ず洋服に着替えるのだが、狗飼家の中で着ている和装で現れたのだ。そんな亮二に、それぞれの息子が見ている前でも平然と抱き着ける咲月はさすがだ。亮二はそんな咲月を受け止めると「来人と春馬君にも、世話をかけたな」と、首に咲月をぶら下げて普通に会話しているのはさすがである。そして、そっと咲月の肩を掴んで身体から咲月を引き剥がした。「ほら、咲月さん。本題を話さなくて、良いのですか?」「だって、春馬が怒ったんだもん!」プクッと頬を膨らませる咲月に、亮二は優しい眼差しのまま「でも、春馬君に伝えたい事があったから、抜け出そうとしたのですよね?」そう諭している。そんな様子を見て、息子の春馬でさえ、咲月の行動は意味不明なのに、まだ結婚して日も浅いのに、咲月を理解しているらしい亮二の言葉に、春馬は唖然としていた。そんな春馬の気持ちをよそに、咲月は意を決したように来人と向き合った。「あのね、来人君。きちんと……竜ヶ峰君を振ってあげて」そう呟いた。「え?」「友達でも良いから、繋がっていたいなんて……考えちゃ駄目よ」来人の考えを読んだような言葉に、今度は来人が絶句した。「あなたのお父さんも、そういう人だったからさ……。でもね、友達でいたいなんて……一番言われたくない言葉だわ!」咲月の言葉に、春馬
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第六十一話:二人と1匹

「なぁ……来人」「ん?」「母さんが言ってた神蛇家って、何なの?」母さんたちを見送り、ライトのブラッシングをしながら尋ねると、本を読んでいた来人が静かに本を閉じた。「春馬は、十三家紋のことをどこまで知ってる?」逆にそう聞かれてしまう。ぶっちゃけ、僕は何も聞かされていない。それは……じいちゃんたちが、僕を外部に出すつもりがなかったからだ。あの日、来人が現れなければ、僕は猫柳家の保護下で、今も何も知らずに生きていたのだろう。黙り込んでいる僕に何を思ったのか、来人が自分の隣のソファーを軽く叩いた。その瞬間、ライトが耳をピクリと動かすと「わん!」と鳴いて、来人が叩いていた場所に飛び乗り、得意げに尻尾を振っている。「あ……いや、ライト? 俺は春馬をだな……」来人がそう呟くと、ライトは首を傾げた。「くっそ! 可愛いな、ライト」来人がギュッとライトを抱きしめると、ライトも嬉しそうに来人の顔を舐めている。「あはははは、ライトくすぐったい」破顔して笑う来人を見て、僕は小さく微笑んだ。僕たちとここで暮らし始めてから、来人は声を上げてよく笑うようになった。本家にいた頃は、こんなに笑った顔を見たことなんてなかった。そんなことを考えていると、「ほら、春馬も来いよ」そう言って、来人が両手を広げた。僕は笑顔で頷き、来人の胸に飛び込んだ。するとライトが僕と来人の上に飛び乗り、僕たちはバランスを崩してソファーに倒れ込んでしまう。そのままライトは、僕たちをべろべろに舐めまくった。「あ~あ、俺らベタベタだ」ライトの涎でベタベタになった顔を見合わせ、思わず吹き出した。「ほら、行くぞ」来人が手を差し出す。「え? 一緒にお風呂入るの?」僕が顔を引きつらせると、「ライトの涎ベタベタでいたいなら、無理強いはしないけど?」来人が意地悪な笑みを浮かべて言った。「僕が先に入る!」そう叫んで、僕は浴室へダッシュした。「あ! 春馬、卑怯だぞ!」来人も慌てて追いかけてくる。その瞬間、ライトも嬉しそうに僕たちの後を追ってダッシュした。この日、仕方なく――二人と一匹でお風呂に入ることになった。
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第六十二話:不安な陰

「異議申し立てが来た!」それは、狗飼家本家に僕と来人が呼び出された日のことだった。どうやら神蛇直己が、狗飼家と猫柳家に異議申し立ての書類を送りつけてきたらしい。内容は、元猫柳家当主の咲月と、その息子である春馬を狗飼籍に入れることは、十三家紋の均衡を損なうというものだった。しかも――竜ヶ峰祐希の力は、来人のせいで失われたと記されていた。だから、僕の力も来人のせいで失われるのではないか。そんな主張だった。来人は、その抗議文を黙って聞いていた。「まったく、何を勝手なことを言っているのかしら!だから私、爬虫類の苗字の人って嫌いなのよ!」怒り心頭の母さんに、僕は心の中でツッコミを入れる。(母さん、それ全国の爬虫類の文字が入っている家系の人に失礼だよ)「来人君、気にすることないわよ!」そう叫ぶ母さんに、来人は静かに答えた。「いえ……。祐希の件は、真摯に受け止めます。春馬が初めて力を使った日以来、祐希は神楽を舞っても神を降ろせなくなりました」「来人、それは……」僕の言葉を遮るように、来人が叫んだ。「アイツが禁忌を犯していたのかもしれなくても、少なくとも祐希は……俺を守るためにしかあの力を使わなかった!」そして突然、来人は土下座した。「親父、頼む。祐希の暴走は俺が必ず止める。だから、アイツを罰さないでくれ」「来人……」「祐希をあんなふうに追い詰めたのは、全部俺の責任なんだ!」その言葉に、僕の胸が痛んだ。もしかしたら、来人はまだ祐希を――。そう思っていると、狗飼家当主は深い溜め息をついた。「竜ヶ峰家の当主も、今、十三家紋に頭を下げて回っているらしい」そしてゆっくりと言った。「まずは、竜ヶ峰祐希を止めてからだ。いいな」そう言うと、当主は席を立った。部屋を出る間際、来人をちらりと見て言う。「竜ヶ峰が心配なのは分かったが、春馬君の気持ちも考えてやれ」そして冷静に言い放った。「二兎を追う者は、一兎も得ずだぞ。来人」そう言い残し、当主は部屋を後にした。来人はハッとした顔で僕を見た。「春馬……そんな顔をさせてごめん」僕はきっと――今、嫉妬で嫌な顔をしているのだろう。
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第六十三話:僕たちと竜ヶ峰

その日、僕たちはほとんど会話もないまま帰宅した。 来人が竜ヶ峰を心配する気持ちもわかる。 あれが友情から来ていることも、ちゃんとわかっている。──でも。正直、気分の良いものではなかった。どうであれ、僕は竜ヶ峰に傷つけられたのだから。あの出来事を、なかったことにできるほど──まだ、時間は経っていない。 「ねぇ……来人。本当は……」そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。言ってはいけないことを、口にしてしまいそうで怖かった。そして、ふと思う。もしかして――竜ヶ峰も、ずっとこんな気持ちを抱えていたのかもしれない。僕にとって竜ヶ峰は“傷つけた人“でも、竜ヶ峰から見れば──僕もまた、“傷つけた側”だったのかもしれない。 ……どうして。どうして、同じ人を好きになってしまうんだろう。もし、一人に一人だけだったなら──こんなふうに傷つけ合うことなんて、なかったのに。初めて竜ヶ峰に出会った時、僕は正直、彼に憧れた。綺麗で。来人と並ぶその姿は、本当に一枚の絵のようだった。でも──僕に向けられる敵意。棘のある言葉。それが積み重なって、いつしか僕は彼を嫌いになっていた。あれがなければ──もっと違う関係になれていたのかもしれない。そう思うと、恋愛というものは――本当に厄介だと思った。 「ねぇ……来人」 「ん?」 「竜ヶ峰って……どんな人だったの?」そう呟くと、来人は一瞬だけ驚いた顔をして僕を見た。 「突然どうした?」視線を前に戻しながら、静かに問い返してくる。 「来人と竜ヶ峰って……いつ出会ったの?」 「十八歳だな」 「え……今、来人は二十七歳だから──約十年……か」ぽつりと呟いた、その瞬間。
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第六十四話:闇に囚われた祐希

あの日から、瘴気の発生が明らかに減った。時折感じていた、あの悪意の視線も――消えた。なのに。胸に去来する、この言いようのない不安は……なんだろう。僕は、そんな日々を過ごしていた。──そんなある日の夜だった。隣で眠っていた来人が、苦しそうにうなされていた。「止め……ろ……!それ以上、傷つけるな……!止めろ! 祐希!」最後の叫びと共に、来人が飛び起きる。荒い呼吸。異常なほどの汗。僕はそっと、来人の身体を抱き締めた。「春馬……祐希が……」そう言いかけて、来人はハッと口を噤んだ。「来人、なに?竜ヶ峰がどうしたの?」問いかけると、来人は黙り込んでしまう。「来人、僕なら大丈夫だから。ねぇ……竜ヶ峰がどうしたの?」しばらくして、来人は重い口を開いた。「……閉じ込められているみたいなんだ。暗い蔵の中に……」苦しそうに言葉を絞り出す。「俺に……救いを求めてる」その姿に、僕はそっと背中をさすった。「来人――行こう」「え?」「竜ヶ峰を、助けに行こう」来人が驚いた顔をする。「春馬?」「だって、竜ヶ峰が助けを求めてるんだよね?」僕は真っ直ぐに言った。「……でも」「来人!」思わず声が強くなる。「今、竜ヶ峰を切り捨てたら――絶対に後悔するよ!」「でも……どこにいるのか分からないのに、どうやって……」戸惑う来人に、僕は小さく笑った。「いるじゃん。僕たちの傍には――先が読める自由人が」「まさか……義母さん?」「そうだよ」僕は頷く。「うちの母さん、何気にすごいんだよ。だてに猫柳家の当主だったわけじゃないんだから」来人は、まだ戸惑っている。「きっと母さんは、竜ヶ峰に何か起こることを知っていた。だからあの日、僕たちに会いに来たんだと思う」「春馬……」「行こう、来人。竜ヶ峰を助けに!」僕は、来人に手を差し出した。「春馬……」「多分──祐希を闇から救えるのは、来人だけだよ」来人は、じっと僕を見つめる。「春馬は……それでいいのか?」僕は、迷わず頷いた。「だって──今、来人が好きなのは僕でしょう?」その言葉に、来人の目から涙がこぼれた。「春馬……ありがとう」そう言って、強く抱き締められる。──きっと。祐希が闇に堕ちてから、来人はずっと自分を責め続けていた。だから。僕は決めた。来人と
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第六十五話:闇の中(side祐希)

今、僕は――暗くて冷たい闇の中にいる。「祐希、起きろ!」冷たい水を浴びせられ、意識が引き戻される。「……っ」ゆっくりと目を開けると、「よぉ、蛇一族の恥晒し」そこに立っていたのは、神蛇直己だった。あの日。来人たちを瘴気で覆い、逃げようとしたところを――捕まったらしい。「随分、探したよ。祐希」顎を掴まれ、無理やり顔を上げられる。ニヤリと笑うその顔に、吐き気がした。「随分と、やらかしたみたいだね」頬を撫でられたあと、髪を乱暴に掴まれる。「母親を殺されたくなかったら――分かるよね?」思い出したくもない、暗い過去が脳裏をよぎる。「お前に“男”を教えたのは誰だ?」低く囁かれる声。「なぁに……元に戻るだけだよ」その言葉とともに、髪を掴んでいた手が離された。「さて……まずは綺麗にしてもらわないとね」直己が手を叩く。次の瞬間、数人がかりで押さえつけられ――無理やり衣服を剥がされ、風呂へと放り込まれた。着せ替え人形のように、直己の好む服を着せられ――気がつけば、薄暗い蔵の中に閉じ込められていた。昼間でも、光はほとんど届かない。――そこで、僕は。生きることを、放棄した。水は最小限。食事も取らない。ただ――高い位置にある、小さな四角い窓を見上げていた。『祐希……』差し出された手は……誰のものだった?『祐希……愛してる』優しく名前を呼んでくれたのは――誰だった?もう、僕の手には……何も残っていない。来人……きみは、僕の明
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第六十六話:遅すぎた救出

『ドンドンドンドン!』激しくドアを叩く音で、僕と来人は飛び起きた。扉を開けた瞬間──言葉を失う。「助けて下さい! 祐希様が……祐希様が……!」見知らぬ神主姿の男性が、青白い顔の竜ヶ峰を抱えて立っていた。「祐希! 祐希!」来人が必死に呼びかける。だが――竜ヶ峰は、ピクリとも動かない。「とにかく、中へ!」男性の背に触れた瞬間、ぬるりとした感触。手を見ると――真っ赤な血に染まっていた。「来人! ご当主を呼んで!僕はじいちゃんに連絡する!」叫んだ、その瞬間。――パチン。家の明かりが落ちた。「……ッ」ライトが低く唸る。そして、庭の垣根の向こう。そこに――人影が立っていた。「……神蛇直己」背に無数の蛇の妖を従え、ゆっくりと手を差し出してくる。「さぁ……大人しく、私の“人形”を返してもらおうか?」距離があるはずなのに、その声は直接頭に響いた。「自我を失った今――コイツは神の依り代になる」その言葉と同時に、竜ヶ峰の身体が――ふわりと浮かび上がる。「祐希様!」神主が手を伸ばす。だが次の瞬間――光の刃が、その腕を切り裂いた。「――ッ!」その刹那。来人の手に、光の剣が現れる。「はあああッ!!」刃を弾き返し、竜ヶ峰の身体に巻きついた光の縄を一閃で断ち切る。そのまま――落ちてきた身体を受け止めた。「春馬! 結界を頼む!」――思考が止まっていた。だが、来人の声に我に返る。「う、うん!」
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第六十八話:竜ヶ峰祐希の悲しい運命

来人は、竜ヶ峰の兄の言葉に涙を溢れさせた。 「……すみません……でした」 今にも崩れ落ちそうな来人の身体を、ご当主様がそっと支える。 「来人、しっかりしろ!」 その一喝に、来人は奥歯を噛み締め、涙を拭った。 そして―― 「祐希の……仇は、俺が取ります。 せめて、それくらいはさせて下さい」 そう言って、深く頭を下げる。 だが―― 竜ヶ峰の兄は、静かに首を横に振った。 「……必要ないです」 低く、しかしはっきりと。 「復讐とか、仇とか……もう、たくさんだ」 吐き捨てるような声。 「祐希は……母親の復讐の駒として生きてきたんです」 その言葉に、空気が凍る。 「でも……来人君と一緒にいた時だけ、祐希はその呪縛から解放されていた」 ──ハッとした。 「まさか……」 「元々、祐希には神を降ろす力があった」 兄は静かに続ける。 「ですが、母は……祐希の覚醒を待てなかった。 だから──禁忌を犯した」 人の身体に神を縛り付ける術。 その言葉に、僕は理解した。 あの日。 僕の力が覚醒した時、竜ヶ峰が背中に負った傷の意味を。 一度禁忌を犯した人間に、再び覚醒は起こらない。 そして── 禁忌で神を降ろした人間は、もう一度それを行えば命を奪われる。 つまり── 神蛇直己は、それを知った上で 竜ヶ峰に、再び禁忌を行わせようとしていた。 だから── 彼は竜ヶ峰を、“人”ではなく「人形」と呼んでいたのだ。 「……おそらく神蛇一族は、祐希にもう一度禁忌を行うつもりだったのでしょう」 兄は目を伏せる。 「そうなっていたら……もう助けることは出来なかった」 静かな声。 「だから……こうして力を貸していただいただけで、もう十分です」 そして、深く頭を下げた。 「これ以上、祐希を……復讐や憎しみの中に巻き込まないで下さい」 ──何も言えなかった。 僕たちは、ただ立ち尽くすしかなかった。 病院は、狗飼家の結界によって守られている。 許可された者以外は、祐希の部屋には辿り着けない。 それでも── 僕はさらに結界を重ねた。 神蛇が従えていた妖は、あまりにも強かった。 何が起こるか分からない。 だから、僕は── 僕に出来ることをやるしかない。 その時だった。 病院の駐車場に──
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第六十七話:茨の中の眠り姫

無機質な機械音と、酸素吸入器の音だけが響く病室。 白い壁。白いシーツ。 ──そして、それ以上に白い顔。 竜ヶ峰は、静かに眠っていた。 予断を許さない状態。 その報せを受け、竜ヶ峰の父親と兄が駆け付けた。 集中治療室。 管に繋がれた祐希の姿に、生気はなかった。 「……祐希……」 父親は、その場で膝から崩れ落ちた。 「小林……お前が祐希を助けてくれたのか?」 兄が声をかける。 病院の椅子に座り込んでいた神主姿の男性は、今にも倒れそうな顔をしていた。 だが―― 首を、横に振る。 「……間に合わなかった……!」 その声は、震えていた。 「間に合わなかったんだ!!」 叫ぶと同時に、涙が溢れ出す。 次の瞬間―― 彼は来人の胸ぐらを掴んだ。 「何故捨てた!!」 壁に叩きつけるように、何度も何度も揺さぶる。 「祐希様には、お前だけだった!!」 震える声。 「愛していたんじゃないのか!?」 感情が、爆発する。 「八年だ!! 八年も、祐希様はお前に尽くしてきたじゃないか!!」 来人は――何も言わなかった。 抵抗もせず、ただ受け止めていた。 「小林、やめろ!」 兄が慌てて止めに入る。 「心変わりは……仕方ないじゃないか……」 「……っ」 その言葉に、小林は息を呑む。 来人は、俯いたまま―― 「……すみません……すみません……すみません……」 ただ、繰り返す。 「来人君、それは君が謝ることじゃない」 兄は静かに言った。 「君のせいじゃない」 そして振り返り、 「小林、来人君に謝れ」 低く、しかし強く言い放つ。 だが―― 小林さんは顔を背け、拳を握り締めたまま そのまま、病室を飛び出していった。 「……ごめんね」 兄は小さくため息をつく。 「あいつ、普段はあんな奴じゃないんだけど……祐希のことになると、見境がなくなるんだ」 苦笑する。 そして―― 僕を見た。 「きみが……猫柳春菜さんだった……春馬君だよね?」 そう言うと、深く頭を下げた。 「祐希が……大分、ご迷惑をお掛けしたと聞いています」 「え……あの、大丈夫ですので……」 慌てる僕に、彼は続ける。 「それなのに……愚弟を助けて下さり、本当にありがとうございました」
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