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2.帰れない①

مؤلف: 鷹槻れん
last update تاريخ النشر: 2026-01-30 04:15:00

細波さざなみ鳴矢なるやから逃げるようにして家へ帰り着いた芽生めいは、それでも何となく不安に駆られてすぐさま後ろ手に玄関の鍵を掛けた。

芽生の住まいはアパートやマンションなどではなく、庭付き平屋の一軒家だ。その言葉面ことばづらだけだとすごく贅沢な感じに聞こえるが、実際はあちこちで立ち退きが進んでいるような、築五十年以上の昭和レトロなおんぼろ家屋。

今施錠したドアだって、おのを「えい!」と振り下ろせば、さしたる抵抗もなく微塵みじんになってしまうような頼りない木製だ。そんな扉でも、一応外界と隔絶かくぜつしてくれる。そう思えただけで、芽生はホッと胸を撫でおろせた。

「怖かったぁー」

そして、何より気持ち悪かった。

なかなか整わない呼吸は、なにもダッシュで帰ってきた事ばかりが原因ではない。

安心したと同時、握られた手から鼻を刺すような細波さざなみの下品な香水の香りが漂ってきて、芽生は思わず眉根を寄せた。

いそいそと左手に見える出入り口を抜けて台所へ向かうと、いつもなら一プッシュのところを三プッシュもして、ハンドソープの泡をたっぷり手の上へ盛る。今愛用しているものは、手をこすり合わせなくてもポンプから直にふわふわの泡が出てくるのが嬉しい。

施設には基本ネットで蛇口へ吊るされたレモン型の黄色い石鹸せっけんしかなかったので、大人になって一人暮らしを始めた時、泡ハンドソープにいたく感動したのを覚えている。

芽生は、薬用の〝桃の香り〟と謳われた泡ハンドソープが特にお気に入りだった。

この家には洗面所なんて小洒落こじゃれたものはついていないので、手洗いや歯磨きなどは全てキッチンの流しでしなければいけない。トイレだって今どき珍しい和式便所だし、風呂も昭和臭ぷんぷんのステンレス製の銀ギラな浴槽で、それを取り囲むのは冬とっても寒い玉石タイプのモザイクタイル張り。

その分3DKの広い庭付き物件にもかかわらず家賃が月三万円と破格なのだが、不便がないかと言われれば嘘になる。

そんななので、必然的に流し台付近にはキッチングッズだけでなく、洗面用品や手洗い石鹸なども並べてあった。

お気に入りのハンドソープで手を清めて、恐る恐る匂いを嗅ぐと、嫌な匂いは取れて優しい桃の香りになっていてホッとする。

それと同時、現金なもの。腹の虫がグゥーと鳴いた。

「お腹すいた……」

芽生は帰りにスーパーへ寄って、一人前の鍋焼きうどんセットを買って帰ろうと思っていたことを思い出して小さく吐息を落とした。

細波さざなみさんのせいで買いそびれちゃった)

仕方なく何か作れやしないかと冷蔵庫を開けてみたのだけれど、牛乳とお茶、それからマヨネーズとケチャップしか入っていない冷蔵庫では、空腹を満たせそうにない。

(ラーメンとか買い置きしてあったら、こういうとき違うかな)

芽生は少しだけ考えて、細波と出会でくわしそうな玄関からではなく、台所にあるお勝手口から裏口を抜けてコンビニへ走ろうかな? と思いついた。

スーパーまでは結構距離があるけれど、コンビニならすぐそこだ。

芽生はちょっとだけ迷って、屋内の電気をつけたまま出かけることにした。実は芽生、施設暮らしでずっと誰かがいる生活に慣れていたからか、あかりのともっていない自宅へ帰宅するのはちょっぴり苦手なのだ。

「行ってきます」

誰もいない部屋に向かってそうつぶやくと、芽生は財布とスマートフォン、それからお買い物袋だけをかかえてお勝手口からこっそり外へ抜け出した。

自宅を出てすぐ、先ほど見かけたド派手で悪趣味な金ピカセダンを見かけた芽生は、電柱の影に隠れてそれをやり過ごした。細波に家を教えた覚えはないが、この感じ。絶対に知られていると確信して、何だかすごく怖くなる。

あまり早く帰宅したら、細波と鉢合わせしてしまうかも知れない。コンビニへ行ったら、少し時間を潰してから帰ろう。

芽生は上着の前をギュッと掻き抱くようにして身体をちぢこめると、そう思った。

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