裕衣は、音羽を蔑むように見た後、顎をくいっと動かして口を開いた。 「音羽さん、座ったらどうですか?」 「──座る必要は無いわ。何の用?」 「ふ、ふふっ。私なんかと話す事は無いって事かしら?まあ、私も音羽さんと話したい訳じゃないんですけど……」 裕衣は、茶色く染まった柔らかそうな髪の毛をふわり、と手で払う。 その表示に、裕衣の首筋が顕になった。 そして、そこにくっきりと刻み込まれた赤い鬱血痕までもが音羽の目にしっかりと映る。 十中八九、樹が付けたキスマークだ。 音羽は、瞬時に理解した。 もしや、わざわざそんな痕を見せつけるために来たのだろうか。 そんな考えが一瞬、音羽の頭を過ぎるがそんな事は無いはずだ。 音羽は、樹と裕衣が体の関係を持っていた事を知っている。 ならば、一体何の用なのか──。 音羽が裕衣を睨み付けると、裕衣は余裕たっぷりの笑みを口元に乗せると、言葉を紡ぐ。 「樹さん──、ああ、失礼しました。ここ最近、社長が体調を崩されていまして」 裕衣は、わざと樹さん、と名前を口にしてわざとらしく言い直す。 その口ぶりから、2人の仲は音羽が表に居た頃よりも深まっているのが良く分かった。 「音羽さんって、社長が体調を崩された時に胃腸に優しい薬膳スープを作っていたのですよね?」 「……そんな事もあったわね」 「その薬膳スープの作り方、教えてくださいませんか?社長、とてもお辛そうにされているので……。社長の専属秘書として、作って飲ませて差し上げたいのです」 裕衣の言葉に、音羽は吐き気を堪えるのに必死だった。 裕衣の口ぶりから、裕衣は既に夫である樹の家に転がり込んでいるのだろう。 いや、もしかしたら樹が裕衣を家に連れ込んでいるのかもしれない。 堂々と妻である音羽の目の前で裕衣は、そんな事を言う。 その心は、音羽を既に妻だとも思っていない、と言う事だ。 裕衣の中で、音羽は既に樹の妻ではなく、前妻扱いなのだろう。自分が樹の妻気取りになっている。 音羽は、乾いた笑いを零した。 体調が悪い、なんて大した事はないのだろう。 そうでなければ、裕衣の首筋にあれほどくっきりとキスマークを付ける元気などないはずだ。 「──あら、音羽さん?ごめんなさい、ショックかしら?でも、奥様がいない社長を、ご家庭で支えるのは秘書の役目ですから……。
Huling Na-update : 2026-02-17 Magbasa pa