All Chapters of 元カレの宿敵の腕で幸せになります!: Chapter 291 - Chapter 300

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第291話

咲夜は英樹の和解の申し出を聞くと、薄く微笑んだ。「いいえ、英樹さん。それは違います。取り返しのつかない事態になるのは、あなたたち森崎家のほうです。花江家は今さら失うものなんてありません。最悪、完全に没落するだけ。でも、それ以上に悪い結末なんてありますか?」三年という歳月は、雅紀と真奈美が花江家の没落を受け入れるには十分すぎる時間だった。だが、森崎家は違う。彼らはずっと人の上に立ち、周囲から持て囃されることに慣れきっている。もし森崎家が没落する日が来れば、その現実を到底受け入れられないだろう。失うもののない者に怖いものはない。咲夜は、自分に恐れる理由など何一つないと思っていた。咲夜の言葉に、英樹の表情がわずかに曇る。図星を突かれた。だが彼はすぐに表情を整え、話を続けた。「花江家と森崎家は共存共栄だってできる。君が花江家の倒産も覚悟しているとしても、そこまで過激なやり方を取る必要があるのか?これまでのことは水に流そう。これからは互いに干渉せず、それぞれ実力でやっていけばいい」咲夜は鼻で笑い、途中で言葉を遮った。「私は今まさに、自分の力で花江グループを立て直そうと必死なんです。でも、それを何度も邪魔してきたのはあなたでしょう?花江グループが再起することを、英樹さんは何度も阻もうとしてきましたよね。そんなことを散々しておいて、今さら『過去は水に流そう』なんて、よく言えますね。おいしいところは全部森崎家が持っていって、私たちが耐え切れなくなれば、今度は外で『花江家は恩知らずだ』なんて言いふらすつもりですか?」皮肉げな笑みを浮かべた。「何の恩を忘れたっていうんです?何の義理を裏切ったっていうんです?あの頃、花江家が支えていなければ、森崎家なんてとっくに潰れていました。本当に恩知らずなのは、一体どっちですか?表では立派な顔をして、裏では別の顔を見せる。それがあなたたち森崎家です。花江家を陥れ、私の両親まで陥れようとしておきながら、自分だけは高潔で情に厚い人間のつもりですか?胸に手を当てて、自分自身に聞いてみてください。英樹さんにそんなことを語る資格がありますか?」咲夜は立ち上がり、真っ直ぐ英樹を見据えた。「昔、森崎家の思い通りにならなかったように、これから先も絶対になりません。両親は両家の情を思って踏
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第292話

咲夜は笑みを浮かべながら言った。「森崎英樹はあの地位を簡単に手放すような人じゃないわ。それに、今日の和解だって本心じゃない。ただ時間を稼ぎたいだけでしょう」森崎家とはここ数年関わってきた。だからこそ、咲夜はあの一家のことをよく分かっている。今日、英樹が突然和解を持ちかけてきたのも、本気だとはまったく思っていなかった。きっと裏では、また何か企んでいるはずだ。千暁は静かに応じる。「つまり、まだ花江家を潰すつもりだってことか?」「たぶんね」咲夜はしばらく考え込んでから続けた。「でも、一つだけどうしても分からないことがあるの。当時、森崎英樹はあれだけ花江グループを追い詰めて、倒産寸前まで追い込んだのに、この三年間、一度も買収や吸収合併に動かなかったでしょ?最初は、花江グループを利用して森崎グループの何かを隠そうとしてるんだと思ってた。でも実際は、その手口で自分の懐を潤してただけだった。だったら、いっそのこと花江グループに全部の責任を押しつけて倒産させたほうが、彼にとって都合がよかったんじゃない?」それは、澄江と静香に接点があり、さらに当時の花江グループが倒産寸前まで追い込まれた件にも森崎家が関わっている可能性を知って以来、ずっと咲夜が腑に落ちなかった点だった。花江グループが請け負った数々のプロジェクトでは、利益を得るのは森崎グループであり、万が一問題が起きた場合の責任はすべて花江グループが負うという契約になっていた。英樹の性格なら、わざと計画を失敗させて花江グループを潰したほうが、彼らしいやり方ではないか。電話の向こうで、千暁は黙り込んだ。長い沈黙の末、低い声で口を開く。「今、君は『森崎英樹が花江グループを倒産寸前まで追い込んだ』と言ったな。咲夜、何か知っているのか?」千暁は、咲夜の何気ない一言の中から核心だけを正確に拾い上げた。その言葉で、咲夜もようやく自分が何の警戒もなく、その話を口にしてしまったことに気づく。少し考えた末、彼女はあの日、洸との取引で手に入れた情報を、包み隠さず千暁に話した。千暁の声がわずかに低くなる。「つまり、森崎家は三年前の時点ですでに花江家を潰そうとしていた。でも、その後の三年間、森崎英樹は決定的な行動を起こしていない……だとしたら、何か彼を縛る事情があったんじゃないか?」わず
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第293話

まさか、その金を持って逃げるつもりなんだろうか?千雪の言葉に、咲夜は彼女に視線を向け、笑みを浮かべた。「それはないわ。白羽洸には選択肢がなかったの。森崎静香から示談金をできるだけ引き出すしかなかった。自分一人の力では森崎家を倒せないってことくらい、本人が一番よく分かっているから。あれだけ強気な態度を貫いていたのも、示談金を吊り上げるためだっただけよ」結果的に見れば、洸もそこまで愚かではなかった。少なくとも、その状況を利用して、自分の利益を最大化する術は心得ていた。千雪はさらに尋ねる。「じゃあ、お金を受け取ったあと、どうするんでしょう?景浦市を離れるとか……」「いいえ」咲夜はきっぱりと否定した。「彼女は景浦市を離れないわ」景浦市に戻ってきてからというもの、洸はずっと晴南に養われ、贅沢な暮らしに慣れきっていた。たかだか四億程度で、その暮らしを維持できるはずがない。洸が欲しいものは、たった四億などではない。それに、これまで何度もそれとなく示してきたこともあり、咲夜には洸が本当に狙っているものがよく分かっていた。千雪は少し心配そうな表情になる。「でも、絶対とは言い切れません。こちらに入った情報だと、森崎静香は白羽洸が以前囲っていた若い男を景浦市に呼び寄せるよう、人を向かわせたそうです」洸に大金を持っていかれたことがよほど悔しかったのだろう。だから嫌がらせを仕掛けるつもりなのだ。千雪の話を聞いた咲夜は、唇を引き結んだまま黙り込んだ。もし静香が本当にそこまでやるつもりだったのなら、あの男にも金を渡し、彼を利用して洸に仕向けた可能性がある。しばらくして、咲夜は千雪を見た。「白羽洸を少し助けてあげない?」突然の言葉に、千雪はすぐ意図を察する。「社長……白羽洸を守るということですか?」いつの間に洸が味方になったのか。そんな疑問が喉まで出かかった。咲夜は意味深に微笑む。「敵の敵は味方よ。白羽洸はうちの大事な『味方』だから。小林さん、お願いね」千雪は呆気に取られた。咲夜が何を狙っているのかは分からない。だが、自分は指示どおり動けばいいだけだ。千雪が執務室を出て行くと、咲夜は少し考え込み、やがてスマートフォンを取り出して洸に電話をかけた。一度目はつながらなかった。しばらくしてもう一度かけると
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第294話

咲夜は思わず、静香の策士ぶりに拍手したくなった。受話器の向こうでは、洸が口を開くたびに静香を罵り、聞くに堪えない悪態が次々と飛び出してくる。咲夜はスマートフォンを少し耳から離し、洸が一通り怒りをぶちまけ終えるのを待ってから、ようやく口を開いた。「木下峯のほうは、私ができるだけ足止めしておくわ。その間に、あなたはやりたいことを急いで進めて。どれだけ時間を稼げるかは保証できないけど」そのくらいの手助けなら、咲夜にもできた。洸は半信半疑な声を上げる。「あんたがそんな親切なことするなんて、本気で思えないんだけど?」これまで何度も咲夜を陥れてきた自分を、咲夜が本当に水に流してくれるなど信じられなかった。その言葉に、咲夜は鼻で笑う。「今の私たちは目的が一致してるの。あなたを助けることは、私自身を助けることでもある。でも、それで今までの因縁が帳消しになるわけじゃない。白羽――私をがっかりさせないで」その一線だけは、咲夜自身が誰よりもよく分かっていた。洸を助けるのは善意からではない。自分はそこまでお人好しではないと、咲夜は思っている。もっとも、今は洸に森崎家の混乱にさらに油を注いでもらわなければならなかった。森崎家が混乱すればするほど、当時の真相に近づける。それこそが、咲夜が洸に接触した本当の理由だった。咲夜には分かっていた。今の洸は、どんな手を使ってでも晴南にしがみつくしかない。特に病院で咲夜からそれとなく示唆を受けて以降、洸が諦めることなどあり得なかった。そして咲夜が最初から望んでいたのも、洸が自ら晴南に執着し、決して手放さないこと。できることなら、そのまま森崎家を根底からひっくり返してくれればいい。電話の向こうで、洸は少し勝ち気な口調で答えた。「それならいいわ。吉報を待ってなさい。絶対にあんたを失望させないから」そう言い残すと、一方的に電話を切った。咲夜は、洸の闘争心に火がついたことを悟る。これから洸が何をするのか、心配する必要はなかった。彼女の性格なら、好き勝手に暴れ回っても森崎家だけは絶対に楽をさせない。自分はその様子を見守れば十分だ。ただ一つ気がかりなのは、峯だった。彼については、しばらく注意深く監視するしかない。もっとも、今の咲夜には別の悩みもあった。シ
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第295話

「みんなには仕事の話があるって伝えておきました。それで、それぞれ写真とプロフィールも送ってもらっています。見てもらって、気に入った子がいたら、このグループで直接連絡してもらえれば大丈夫です」十人だけの小さなグループだった。見れば分かる。どのメンバーも、普段から紗々と親しくしている友人たちなのだろう。グループ内では誰からともなく順番に、自分の普段の写真と身長・体重などの基本情報を投稿していた。きれいに並んで投稿されており、全員が終わるまで誰一人として余計な発言を挟む者はいなかった。咲夜は驚いたように紗々を見た。「みんな、お友達なんですか?」紗々はうなずく。「はい。苦しい時期を一緒に乗り越えてきた仲間です。仕事がなくて食事にも困るような時は、グループのみんなが投げ銭して助け合ってきました。だから、みんな信頼できる子たちです」その話を聞きながら、咲夜はグループに投稿された写真を一枚ずつ確認していく。ひと通り見終えると、スマートフォンを紗々に返した。「鈴木さん、一つお願いしてもいいですか?皆さんに一度こちらに来ていただいて、デザイナーに直接見てもらえませんか?私はデザイナーではないので、作品に合うモデルかどうかを判断することはできません。実際にデザイナーが見たほうが適切だと思うんです。ただ、来ていただいても必ず選ばれるとはお約束できません。その点だけはご了承ください。でも、交通費と宿泊費はこちらで負担します」咲夜は先ほど、グループ内の表示名が「名前・居住地・電話番号」という形式になっていることに気づいていた。グループで連絡がつかない場合でも、すぐ電話できるようにしてあるのだろう。そこまで気づいた咲夜に、紗々は少し驚いたように笑う。「みんなに聞いてみますね」交通費も宿泊費も主催側が負担してくれる。そんな条件を提示されたのは初めてだった。これまでオーディションや面接に行く際は、すべて自費が当たり前だった。咲夜が提示した条件だけでも、紗々には胸を張って仲間たちを誘えるだけの十分な理由になった。紗々はスマートフォンを手に取り、勢いよくメッセージを打ち始める。その軽快な指の動きからも、今の彼女がどれほど嬉しく興奮しているかが伝わってきた。そんな笑顔を見ているうちに、咲夜もつられるように口元を緩
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第296話

咲夜は紗々の件を完全に千雪に任せた。そしてデザイン部に向かい、詩乃が戻っているか確認しようとした、その時だった。詩乃が交通事故に遭ったという知らせが咲夜のもとに飛び込んできた。事故を起こしたのが咲夜名義の車だったため、警察から直接彼女に電話が入り、現場に来て対応してほしいと言われたのだ。事故現場は花江グループからそれほど離れていなかった。咲夜はすぐに駆けつけた。詩乃はその時、警察から事情聴取を受けていた。咲夜の車は、まるでサンドイッチの具のように、前方のミキサー車と後方の大型トラックに挟まれていた。現場の状況を見る限りでは、後ろの大型トラックが咲夜の車に追突し、その衝撃で押し出された車が前方のミキサー車にぶつかったようだった。詩乃はとっさに危険を察知し、ハンドルを切って車の向きを変えたらしい。さらに大型トラックも急ブレーキをかけていた。車は前後とも原形をとどめないほど大破していたものの、幸い詩乃に怪我はなかった。もし詩乃に何かあっていたら、自分は智之にどう顔向けすればいいのか分からない。咲夜は身分証明書を提示して車の所有者であることを証明し、いくつか質問を受けた後、詩乃のもとに向かった。詩乃は顔色こそ少し青白かったが、目立った外傷はなかった。事情を聞いてみると、やはり咲夜が先ほど推測した通りだった。詩乃が咄嗟にハンドルを左に切り、車体を少し左に寄せたおかげで、左側にいた詩乃と後部座席の同乗者は大きな衝撃を受けずに済んだ。まさに不幸中の幸いだった。詩乃は安心させるように咲夜に視線を向ける。「トラックの運転手さん、居眠り運転だったみたい。一瞬うとうとして、そのまま追突しちゃったって。でもすぐブレーキを踏んでくれたから助かったの。パニックになってアクセルとブレーキを踏み間違えなかったおかげで、衝撃もかなり抑えられたのよ。そうじゃなかったら、本当にサンドイッチみたいに挟まれてたかも」咲夜をあまり心配させたくなかったのか、詩乃は冗談めかしてそう笑った。そして、ひしゃげた車を見つめながら、申し訳なさそうに口を開く。「ごめん。初めて車を借りたのに、こんなことになっちゃって……車は私が弁償するわ」ここまで大破させてしまい、詩乃は心苦しくて仕方なかった。咲夜は詩乃を見ながら言う。「今はそん
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第297話

よく耳を澄ませば、千暁の声はかすかに震えていた。咲夜は驚いたまま、されるがままに彼に抱き締められていた。頬を千暁の胸に寄せると、彼の鼓動が激しく打っているのが伝わってくる。耳元で聞こえる張り詰めた声も相まって、千暁がどれほど怯えていたのかを、咲夜ははっきりと感じ取った。きっと事故の知らせを聞いた瞬間、事故に遭ったのは自分だと思って、何もかも放り出して駆けつけてくれたのだろう。咲夜は思わず腕を伸ばし、そっと彼を抱き返した。優しく背中をさすりながら、静かな声で言う。「私は大丈夫だから。心配しないで」穏やかな口調で落ち着かせようとしても、千暁は事故のことを思い返すだけで、今なお恐怖が込み上げてきた。彼は何も言わず、抱き締める腕にさらに力を込める。自分をこれほどまでに大切に思ってくれている――その想いが痛いほど伝わってきて、咲夜の胸は言葉にならないほど温かさで満たされた。彼の負傷している左腕に負担がかからないよう気をつけながら、咲夜は身じろぎひとつせず、強く抱き締められたままでいた。無理に離れようとして、彼の傷に触れてしまうのが怖かったからだ。そこに検査を終えた詩乃が戻ってきた。二人が抱き合っている姿を目にすると、彼女はわざとらしく軽く咳払いをした。その音に気づき、咲夜は千暁の腕の中から身を離し、詩乃の前に歩み寄る。「どうだった?先生は何て言ってた?」「大丈夫よ。まだ結果が出ていない検査も少しあるけど」詩乃は事故の瞬間こそ大きな衝撃を受け、動悸と胸の違和感があったものの、落ち着いた今では痛みもほとんど気にならなくなっていた。詩乃が無事だと聞き、咲夜はようやく胸を撫で下ろした。その横で、千暁はスマートフォンを取り出し、良太に電話をかけた。詩乃の検査結果を優先的に確認してもらうよう頼んだのだ。電話を切って十五分も経たないうちに、検査結果が届いた。詩乃は軽いショックを受けただけで、それ以外に特に異常は見つからなかった。咲夜は詩乃にそのまま帰宅して休むよう勧めたが、詩乃はどうしても会社に戻ると言って譲らなかった。咲夜は詩乃を会社まで送り届け、その道中で紗々の件を説明した。話を聞き終えた詩乃は頷く。「咲夜さんがそれでいいなら、私も大丈夫。もし必要なら、うちには長く付き合いのあるモデル事務所
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第298話

千暁は軽く咳払いをしてから口を開いた。「酒に酔った勢いで女性に絡んで、そのままホテルに行ったらしい。何があったのかは知らないけど、結局二人とも病院送りになってな。救急車で運ばれた時は、二人が絡み合ったままの状態だったそうだ」その騒動が起きたのは、明け方の四時から五時頃。これほど大きな騒ぎで、しかも晴南本人に関わる話だ。今になってもまったく噂が漏れていないはずがない。話によると、病院から連絡を受けた静香がすぐに駆けつけ、多額の費用を払ってこの件を揉み消したうえで、晴南を隣市で最も大きな泌尿器科クリニックに緊急搬送し、手術を受けさせたという。もっとも、それでも隠し通せるものではなかった。最初に運び込まれたのは黒澤グループ傘下の病院だったため、この話は自然と良太の耳にも入った。ちょうどさっき千暁が詩乃の検査結果を急ぐよう電話をしてきたので、良太は笑い話のつもりでこの一件を聞かせたのだ。咲夜は目を丸くした。「えっ、そんなに派手に遊んでたの?」千暁は露骨に顔をしかめる。「運ばれてきた時は、とにかく二人が離れられない状態だったらしい。どれだけ派手だったかは知らないけど……俺が聞いたのは、病院に着いた時には、あそこがひどい損傷を負っていたってことだ」当時は容体がかなり切迫しており、救急医がそのまま救命処置に移そうとしていたところに、静香が駆け込んできたのだという。咲夜は思わず感心したように息を漏らした。「でも、おかしいわね。晴南がそんなことになったのに、森崎英樹は全然慌ててなかったの?今日だって普通に私のところに来てたのよ?」どう考えても不自然だった。咲夜は心の中で首をかしげる。英樹が晴南をどれほど溺愛しているかは、自分もよく知っている。まるで掌中の珠のように大事にしているのだから。千暁は笑みを浮かべながら言った。「森崎静香が、まだ彼に知らせる時間がなかったって可能性は?」静香はまず何より先に、この件を揉み消すことを優先した。しかし晴南の容体は一刻を争っていたため、英樹に連絡する暇もなく、そのまま隣市に搬送したらしい。そう説明されると、咲夜も納得できた。最近の森崎家は問題続きで、英樹は目の回るような忙しさだ。しかも晴南がこんな醜聞を起こしたとなれば、静香の性格では、真っ先に英樹に報告する勇気はなか
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第299話

咲夜は、まさか千暁の仕事がこれほどまでに早いとは思ってもいなかった。予想をはるかに超える手際の良さだった。千暁はただ微笑むだけで、何も言わなかった。もともと彼は、英樹の注意をそらすために何か別の騒ぎを起こそうと考えていた。そこに都合よく、晴南のほうから格好の材料を差し出してきたのだ。向こうから転がり込んできた好機を、利用しない手はない。案の定、この件は瞬く間に大きな話題となった。そして英樹の耳にも、晴南がしでかした不祥事が届く。英樹は何もかも放り出し、静香に電話をかけると、そのまま隣市の病院に怒鳴り込んだ。病室に入った途端、目に飛び込んできたのは、顔に青あざを残した晴南の姿だった。とはいえ、顔の傷自体はそれほど多くない。ここ数日、酒に酔っては袋を被せられ、何者かに殴られていたことを、晴南は家族には黙っていた。一つは情けなくて言えなかったから。もう一つは、殴られたのはほとんど体で、顔に目立つ痕は残らず、痛みだけが残っていたからだった。晴南は手術を終えたばかりで、青白い顔をして病床に横たわっていた。その傍らでは、静香が付き添って看病している。怒りに満ちた表情で病室に飛び込んできた英樹を見た瞬間、静香は慌てて駆け寄った。必死に英樹にしがみついて止めたため、振り上げた足は病床を蹴るにとどまった。本来なら、その一撃は晴南本人に向けられていたはずだった。英樹は静香を乱暴に突き飛ばし、晴南を指差して怒鳴る。「この役立たずが!俺が何と言った?しばらくは大人しくしていろ、咲夜には近づくな、家でおじいちゃんの怒りが収まるのを待てと言っただろ!それなのに、君はこんな大騒ぎを起こしやがって!君もこれで有名人だな。女遊びで救急搬送されるとは!君みたいなクズは何ができるんだ!」静香は突き飛ばされて壁に背中を打ちつけ、後頭部には鈍い痛みが走っていた。しかし、英樹の言葉を聞いた途端、愕然として目を見開く。「あなた……何を言ってるの?」英樹は怒鳴り返した。「君の息子が女絡みのスキャンダルでネット中を騒がせてるんだ!それ以外に何がある!甘やかす母親は子どもを駄目にするって、何度言えば分かる!甘やかすなと言ったのに、君が甘やかした結果が、このどうしようもない役立たずだ!」その言葉を聞いた瞬間、静香
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第300話

「黙れ、このバカが!」英樹は形相を変え、額には青筋が浮かんでいた。そのまま晴南の頬に、容赦なく平手打ちを叩き込む。晴南の顔は勢いよく横に弾かれ、耳鳴りが激しく響いた。頬にはたちまち真っ赤な指の跡が浮かび上がる。叩いた英樹の手もじんと痺れていたが、顔色は鉄のように青く、怒りに満ちた目で晴南を睨みつける。「こんな騒ぎを自分で引き起こしておいて、よく人のせいにできるな!自分が何をしでかしたのか、少しは反省しろ!俺は君をそんなふうに育てた覚えはない!」あまりの怒りに胸が激しく上下し、込み上げた息が喉元で詰まり、英樹は苦しそうに肩で息をしていた。しかし、その一発のおかげで、晴南もようやく少し冷静さを取り戻す。拳を固く握り締め、父の失望しきった眼差しを見返した。「父さん……じゃあ、これからどうすればいいんだ?」英樹は怒りを押し殺しながら吐き捨てた。「どうもこうもあるか!もうトレンドのトップにまで載ってるんだぞ!俺に何ができる!どう考えても誰かが意図的に仕組んだことだ。君が最初から俺の言うことを聞いて、咲夜を嫁に迎え、おじいちゃんが咲夜に渡した株をうまく手に入れていれば、こんな面倒は何一つ起きなかった。言うことを聞けと言えば、君は束縛だと反発する。どうだ、これで満足か!」英樹は腰に手を当て、怒りのあまり再び殴りたくなる衝動を必死で抑えていた。結局、その怒りの矛先は脇にあった椅子に向けられる。彼は椅子を思い切り蹴り飛ばした。しかし今度の晴南は唇を噛み締めたまま、一言も言い返そうとはしなかった。最初の頃、家族が自分と咲夜の交際に口を出してくることが、本当に嫌だった。晴南自身、咲夜を愛していたことは認めている。だが家族は耳にたこができるほど、「早く結婚しろ」と言い続けた。祖父が咲夜に譲る株式も、結婚した後でうまく咲夜から取り戻せばいい。そうすれば花江グループそのものも、いずれ自分のものになる。それなら風一が当時出した条件にも反しない。さらに、もし咲夜との間に子どもが生まれれば、それが一番理想だった。孫さえできれば、祖父は自分を後継者として指定すると言っていたからだ。英樹は何度も何度も言い聞かせた。まずは咲夜を手放さず、自分のものにしろ。そうすれば風一の株も花江グループもす
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