咲夜は、あまりにも落ち着きすぎていた。詩乃は思わず咲夜の手を引いて前に出ようとしたが、逆に咲夜に引き止められる。咲夜は静かに首を横に振った。今ここで出て行けば、困るのは千暁だ。千暁は二人に背を向けていたため、咲夜と詩乃が来ていることには気づいていなかった。彼は目の前の女性を、いかにも煩わしそうな表情で見つめている。一方の高岡冬美(たかおか ふゆみ)は、視界の端で咲夜の姿を捉えていた。今日ずっと千暁のそばにいた女性だと、すぐに分かった。さらに、千暁が自分に向ける露骨な不機嫌そうな態度を見て、冬美の表情が一変する。彼女は東雲市高岡家の一人娘。学生時代から千暁の同級生で、ずっと彼に想いを寄せてきた。しかし、どれほど好意を示しても、この男性の心は少しも動かなかった。今日こうして千暁をここに呼び出すためにも、冬美はかなり骨を折っていた。咲夜の名前を口実にして人を使い、千暁をデッキに呼び出した。そして、もう一度千暁に想いを伝えようとした。冬美は信じていなかった。千暁が本当に咲夜のような女性を好きになるなんて。まして、自分がこれほど何度も想いを伝えているのに、一度も心を動かされないなんてあり得ない、と。「千暁……私はあなたが好き」冬美は咲夜から視線を戻し、目の前の男性を真っ直ぐ見つめながら真剣に告白した。決して小さくはないその声は、咲夜と詩乃の耳にもはっきり届いた。咲夜は感じ取っていた。冬美が自分に向ける、露骨な挑発の視線を。最初から自分の存在に気づいていて、わざわざ目の前で千暁に告白したのだ。挑発以外の何ものでもない。冬美の言葉を聞いた千暁は、不快そうに眉を寄せた。「前にも言ったはずだ。俺には好きな人がいる。お前の告白は、もう迷惑でしかない」以前とまったく同じ答えだった。冬美は両手を強く握り締め、千暁を見据える。「そんなの、信じない」しかし千暁は、それ以上取り合う気すらない。踵を返し、この場を立ち去ろうとした。これ以上、冬美のために時間を費やすつもりはなかった。冬美は諦めきれず、千暁に飛びつく。彼を抱き締めて引き止めようと手を伸ばした。だが、千暁は彼女に触れる隙すら与えなかった。彼女が飛びつこうとした瞬間、横に一歩身を引いた。冬美は勢い余って空
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