All Chapters of 今世は貴方を愛さないと誓ったのに、何故縋りついてくるのか: Chapter 61 - Chapter 70

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第61話

「――先輩!美里先輩!」「……ッ!」声に驚いて顔を上げると、春奈が心配そうに美里を見つめていた。どうやら会議中に考え事をしてしまっていたようだ。いつも真面目な美里にとって初めてのことだった。「珍しいな、永山くんがボーッとするだなんて」「す、すみません……」「顔色が悪いな、今日はもう帰りなさい」「い、いえ!本当に平気ですから!」「そんなこと言って悪化したらどうするんだ!」美里は慌てて首を横に振ったが社長は聞き入れず、結局彼女は速やかに帰宅することとなった。後輩の春奈が、美里に付き添った。「社長は永山家のお嬢様に甘いんだから」「いいわよねー権力者の娘は」「……」心無い言葉が彼女の耳に入った。美里に付き添っていた春奈が彼女に耳打ちした。「先輩、気にしちゃダメですよ!気にしたら負けですから!」「そ、そうね……」春奈は美里を連れて会議室を出て行った。「先輩、私の車で家まで送っていきますよ。これは貸しですよ?今度かっこいい男の人紹介してくださいね」「そうね……考えておくわ」美里の返事に、春奈がやったあと声を上げて喜んだ。永山家の令嬢である美里の知り合いなら、きっととんでもなくハイスペックな男がいるに違いない。そう確信したからだ。会社の駐車場にとめてあったピンク色の軽自動車が春奈のマイカーだ。その助手席に美里は乗り込んだ。「先輩の家ってここからそんなに遠くないですよね?」「あ……そのことなんだけど……」言いづらそうに口ごもった美里を、春奈がきょとんとした目で見た。「……城田家の邸宅まで送ってほしいの」「はえ?城田家?」理解が追いついていない様子の春奈に、美里は事の事情を説明した。「てことは、先輩は今城田家の御曹司と同棲してるってことですか!?」「同棲だなんて……ただ彼の実家で一緒に暮らしているだけよ」「それを同棲というんですよ!」春奈は興奮気味で美里の手を握った。「それより先輩、前に城田家の御曹司とは何もないって言ってませんでした?」「そ、それは……」気まずそうに視線を逸らす美里に、春奈がうつむいた。「私、悲しいです!先輩が本当のことを話してくれなかったなんて……私は先輩にとってその程度の存在だったんですね……」まずいと思った美里は、とっさに口を開いた。「は、春奈!今度かっこよくて高学歴高収入な人紹介するか
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第62話

「わぁ、すごい大きな家!先輩の家も大きかったけど……さすがは城田家の本邸って感じですね!」「ええ、そうね……」車から降り、目の前に広がる大豪邸に春奈は興奮を隠しきれなかった。いつもよりだいぶ早い帰宅に、城田家の執事が声をかけた。「美里様、お帰りなさいませ。そちらの方は……」美里が紹介する前に春奈は一歩前に出た。「私、美里様の会社の後輩の井上春奈です!体調の優れない美里様を家まで送ってきたんです!」「そうだったのですね。美里様、お医者様を呼びましょうか?」「平気よ、そこまでじゃないわ」執事は事情を聞くと、美里と春奈を敷地内へ通した。庭園の花に見惚れていた春奈が尋ねた。「私も入ってよかったんですか?」「ええ、奥様がお礼も兼ねてお茶でもとおっしゃっていましたので」「嬉しいです!」邸宅へ入ると、春奈が目をキラキラと輝かせた。「何て素敵なんでしょう!お姫様が住んでいるみたいです!」「アンティーク家具は奥様の趣味なんですよ」春奈が美里のほうを振り返った。「先輩、こんなお城みたいなおうちに住んでいるなんて羨ましいです」「そ、そうかしら……」実際は羨むようなことなんてあまりないのだけれど。美里は心の中でつぶやいた。「――あれ、美里さん。もう仕事は終わったのか?」「……宗真くん」エントランスにいる美里たちの元へやってきたのは宗真だった。「いえ、早退してきたんです。そういう宗真くんも今日は休みなんですか?」「ああ、研究が一段落ついたからね。やっと休めるよ」「お疲れ様です」美里と話していた宗真は、後ろでじっとしていた春奈の存在に気が付いた。「あれ、そっちの子は――」「――この方が先輩の彼氏さんなんですね!噂通り、本当に素敵な方!」「「!?」」美里と宗真は固まった。何かこのくだり前にもあったような、そんな気がしてならない。「彼氏だなんて……あぁ、やっぱりそう見えるんだ俺たち。何だか照れ――」「――違います」美里はキッパリと否定した。「この方は城田家の次男の宗真くんです」「次男……ということは城田さんの弟さんだったんですね。失礼しました」春奈は宗真の前に出ると、深くお辞儀をした。「私は美里先輩の会社の後輩の井上春奈です」「俺は城田宗真。城田家の御曹司っていっても兄貴に何かない限り会社を継ぐことはないから、そんな固く
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第63話

「それで、昨日は城田さんと同じ部屋で寝たのに何もなかったんですか?」「ええ、そうね」「それ絶対EDですって」「そんなことないわよ、前世ではちゃんと……いえ、何でもないわ」城田家の客間で、美里と春奈は会話に花を咲かせていた。内容は主に美里と宗助についてだ。元々恋バナが大好きな春奈は興味津々で彼女の話を聞いていた。「彼は私を愛してるっていうんだけどね……私にはそうは見えないのよ」「そうですかね?記念日でもないのにアクセサリーをプレゼントしたり、他の男の人と会うなって言ったりするならそれはもう好きなんだと思いますよ」春奈は出されたお茶菓子を口に運びながら言った。「本当に萌子を過去のものとして捉えているのなら、どうして前世ではあんなことをしたのよ……」「何か言いましたか?先輩」「いいえ、何でもないわ」美里は慌てて口を噤んだ。彼女が前世の記憶を持っていることを知っているのは、宗助だけだ。とはいえ彼も、前世ではなく予知夢として認識しているだけだが。前世、美里は宗助と結婚したが、彼が彼女を顧みることはなかった。それどころか両親の死後、彼は萌子を白羽区に呼び戻し、生活のすべてを面倒見ていた。「ねぇ、春奈。一つ聞きたいんだけど……」「何ですか?」お菓子に夢中になっていた春奈が顔を上げた。「結婚した夫がこっそりほかの女を養っていたとしたら……あなたはどう思う?」「何ですか、それ!当然、耐えられません!浮気と変わらないじゃないですかそんなの!」「そうよね……」やはり自分の感覚はおかしくなかったのだと、美里は安心した。城田家の社長である宗助にとって、女一人の生活の面倒を見ることくらい、なんということもない。もしかすると彼は本当に不倫などしておらず、そのような軽い気持ちで萌子を白羽区に呼んだのだろうか。両親のことで萌子には負い目があっただろうし。しかし仮にそうだったとしても、事前に自分に相談しておいてほしかったと美里は思った。「先輩、城田さんともう少し向き合うべきですよ」「宗助と……?」「彼がせっかく勇気を出して告白してくれたっていうのに、その気持ちを勘違いだと決めつけるだなんて……私が城田さんの立場だったらすごい悲しいと思います」「……」春奈の言う通りだった。美里はこれまで彼の想いをすべて嘘だと決めつけ、まともに取り合ったことが
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第64話

一方その頃、久々の休みだった宗真は邸宅を出ていた。「美里さんが家にいるって考えるとなんか落ち着かないんだよなぁ……」今日はちょうど両親も兄も家にはいなかった。つまり、彼と美里だけだったのだ。もちろん他にも人はいたが、邸で暮らしているのは二人だけだった。自分がなにか間違いを犯してしまいそうで、慌てて家を出たのだ。「とはいっても行くところなんてないしなぁ……適当に散歩でもするか……」宗真は軽装で家の近所を歩き始めた。「あら、宗真くん。久しぶりね」「黒木さん、久しぶり」宗真は城田家の中で唯一近隣住民と親しくしていた。宗助は近付けないし、社長夫妻もあまり他人を寄せ付けるタイプではなかった。そのとき、突然誰かがぶつかってきた。「――キャッ!」「わっ!」彼にぶつかったのは宗真と同年代の女性だった。驚いた宗真の服には、コーヒーがべっとりとついていた。「す、すみません……私、前を見てなくて……」「ああ……気にしないでいいよ……服くらいまた買えばいいからさ」宗真は明らかにわざとぶつかってきた彼女に不快感を覚えながらも、人の目もあったため、そう答えた。「――あれ、もしかして、城田宗真くんですか?」「……俺を知っているの?」宗真は顔を上げた彼女の顔に見覚えがなかった。有名な兄と違って、宗真は影の薄い城田家の次男だったため、知らない人も多くいたくらいなのに。もしかして、最初から知っていてこのようなことを仕掛けたのか。彼は警戒を強めた。寄ってくる者たちを簡単に信用するなというのは父の教えだった。「やっぱり!宗真くんといえば、城田家の次男ですよね!」「……君は一体誰だ?何故俺を知っている?」「――私、神城里奈って言います。宗助くんとは中学時代の同級生だったんです」名前を聞いたところで宗真はわからなかった。宗助は昔の話をする人ではないから当然だった。「あの、服を汚してしまってすみません。私がクリーニングに出します」「いや……別にそこまでしてもらわなくとも……」大体そっちがわざとぶつかってきたんだろう。宗真はそう言いかけたのを何とかこらえた。「いけません!汚したのは私ですから」「ちょ、ちょっと……」里奈は宗真の上着を強引に脱がせた。彼の上着をはぎ取ると、里奈は満足そうに胸に抱えた。「なるべく早くお返ししますね!」それだけ言うと彼女
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第65話

――山本探偵事務所数年前に瑠璃子が設立した白羽区にある探偵事務所だ。探偵である瑠璃子の元へはさまざまな依頼がくる。人探し調査や、結婚前に相手の素性を調べる婚前調査、浮気調査など多岐にわたる。彼女の探偵の腕はたしかで、評判もよかった。そんな彼女の元に、とある来客があった。「美里、計画はうまくいったのかしら……」「さぁ……宗助と今野萌子を引き合わせることには成功したらしいけど……」美里の幼馴染・流星だった。萌子と流星は大学こそ違ったものの、お互いまったく知らないというわけではなかった。彼らは共通の友人である美里を介して何度か会ったことがあり、以前クリスマスパーティーまでした。「俺は美里が心配なんだ。今野萌子、あの女は危険だ。何をするかわからない」「そうね……」流星の言葉に、瑠璃子はこの間見た萌子の姿を思い浮かべた。美しいが、どこか危険な香りのする女性。瑠璃子は彼女に初めて会ったときから妙な違和感を感じた。瑠璃子は大学時代に萌子を何度か見たことがある。萌子は絶世の美女として構内で噂になっていたからだ。そして、あの城田家の御曹司宗助の恋人でもあった。あの大学に通っていた人間なら誰もが彼女のことを知っているほどの有名人だった。「実は私……今野萌子のことちょっと調べてみたのよ」「美里からの依頼か?」「いいえ、ただ私が気になっただけよ」美里は大学時代からの仲だ。彼女が危ない目に遭うのをただ黙って見ているわけにはいかない。瑠璃子はテーブルの上に一枚の紙を置いた。「――彼女、五年前に父親が交通事故を起こしているようね」「……何だって?」流星は驚いた。五年前といえば、ちょうど萌子が大学を自主退学したころだった。彼女が白羽区を出て行ったことと、父親の交通事故。何の関係もないとは思えなかったからだ。「……もしかして、その事故が原因で今野萌子は」「白羽区から出て行った……という風に考えるのが自然ね」流星と瑠璃子は萌子が白羽区を出たのは、宗助の両親がそうさせたからだとずっと思っていた。その点でいえば、彼らは萌子に同情もしていた。「おそらく城田社長夫妻はそこに目をつけたんじゃないかしら。賠償金を肩代わりするだのなんだの言って。今野萌子の実家は父親サラリーマンの一般家庭のようだから、社長の提案を断るはずがないわ」「……まぁ、あの人たちならやりそう
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第66話

「おかえりなさいませ、宗助様」「ああ」夜になり、城田家の本邸に宗助が帰宅した。彼が真っ先に気にかけるのは当然彼女のことだった。「美里は……」「美里様は部屋でお休みになっています」「そうか」彼は安堵の息を吐いた。彼女が自分の元から突然いなくなってしまうのではないかという恐怖は未だに消えていなかったからだ。宗助は美里を失ったら今度こそ本当に壊れてしまうだろう。彼にとって彼女の存在はそれほど大きなものとなっていた。「……俺は想像以上に美里を大切に想っているようだ」彼の呟きに、青山がクスリと笑った。「そのようですね、美里様ほど宗助様の心を乱される方は見たことがありません」「……俺はそんなにわかりやすかったか?」「わかる人にはわかると思いますよ」「そうだったのか……」自分でもつい最近気付いた彼女への好意が、周囲に知られていたことに宗助は何だか恥ずかしくなった。彼は書斎のソファにドサッと座り込んだ。「……俺は、美里がこの先ずっと俺の傍にいてくれるんだと思ってた」「宗助様」「そんなわけがないのにな……俺はいつからこんなに愚かな男になったんだろうな……」宗助は顔を手で覆った。これまでの美里がどのような気持ちで彼の傍を守っていたか、そのことを考えると胸が締め付けられた。彼は美里を愛している。しかし、彼女の意思を無視して行動するようなことはできるだけしたくなかった。そうは思っているものの、彼にとっては到底諦められるような思いではなかった。彼は美里の悲痛な叫びを聞き、一日中考え込んだ。「宗助様、過去を消すことはできませんが……」青山が落ち込んだ様子の彼のすぐ傍に歩み寄った。「――未来を変えることはいくらでもできます」「青山……」「まだすべてが終わったわけではありません。宗助様の行動次第ですよ」青山は秘書として宗助の幸せを願っている。しかし、宗助がこれまでどれだけ美里に冷たく接し、彼女を傷つけたかをよく知っていた。その件に関して、彼は宗助を擁護するつもりはなかった。美里が彼から離れようとする気持ちもわからなくもない。いくら宗助に幸せになってほしいからとはいえ、美里の気持ちを強要することはできない。青山は彼女がどのような選択を取ろうと、絶対に反対はしないと心に決めていた。「真摯に向き合えば、美里様はきっとわかってくださいます」
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第67話

その頃、ちょうど美里は宗助の部屋のソファでくつろいでいた。彼の部屋に入ったことはこれまで何度もあったものの、一人でいるのは落ち着かなかった。美里が城田家へ来て今日で二日目だ。いつになったら帰れるんだろう。そんなことを考えながら寝る準備をした。ここへ来てからというもの、妙に気持ちが落ち着かなかった。美里は男性経験がほとんどない。幼い頃から宗助だけを想い続けてきた美里は、二十五になっても彼氏ができたことすらなかった。そんな彼女にとっては、宗助が最初で最後の相手だったわけで。「それより、宗助はいつ帰ってくるのかしら……」噂をすれば。部屋の扉が開き、宗助が姿を現した。「おかえりなさい」「……!」宗助は驚きで目を見開いたあと、言葉を返した。「……ただいま」「……遅かったのね」「もっと早く部屋へ来ればよかったな」宗助は美里が寝ずに自分を待ってくれていたということに小さな喜びを感じた。初々しいその姿はまるで新婚夫婦のようだった。「今日は……何か変わったことはなかったか」「特に何もないわ。いつも通りよ」「そうか……」宗助は美里が返事をしてくれることに安心した。彼は気持ちを伝えるなら今しかない、と思った。ベッドサイドに腰をかけていた美里に、宗助が近づいた。彼は至近距離で彼女を見下ろすと、真剣な瞳で口を開いた。「――美里、俺はやっぱりお前を諦められない」「……」美里は何も言わなかった。いつにも増して真剣な表情の彼に、不思議と拒絶の言葉が出てこなかったのだ。「一日中考えたが、お前が俺の前からいなくなるのは耐えられそうにないんだ。仕事中もお前が恋しくてたまらない。こんな気持ちは初めてだ」そこまで言うと、彼は彼女の前に跪いた。「――だから待ち続けるよ。お前が俺を受け入れてくれる、その日まで」「…………私があなたを永遠に愛さないと言っても?」「かまわない、その分俺がお前を愛せばいいだけだ」美里は宗助を見下ろした。彼が嘘をついているようには見えなかった。今の宗助は前世の自分とそっくりだと美里は思った。「正直に言うと……私はあなたの気持ちを未だに信じられなかった。あなたが好きなのは今野萌子だけだと、ずっとそう決めつけていたわ」「……」「……一応、あなたの言葉を信じることにするわ」「美里……!」宗助は驚いて美里を見上げた。彼を受
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第68話

「里奈お嬢様、どちらへ行っていたのですか?」「ちょっと用事があってね……」――神城家の邸宅神城フーズは里奈の父親が社長を務める大手食品会社だ。里奈は社長である父に溺愛されて育った。里奈は裏口入学した大学を卒業したあとはまともに就職活動もせず、父親の会社に社員として入社した。しかし、彼女は他の社員からはいない者として扱われている。里奈は社員として籍を置いているだけで、まともに仕事をしたことがない。社長の娘であるため誰も何も言うことができないのだ。そしてそんな里奈を、社長は甘やかし続けている。「あっ、それと上着はクリーニングに出しておいてくれた?」「はい、お嬢様」「そう」里奈はいつものように部屋へ戻ろうとした。「里奈、待ちなさい」「……お母さん?」里奈を呼び止めたのは彼女の母親だった。「里奈、今日も出社せずに遊び歩いていたそうね」「それが何だっていうのよ」「いい加減にしなさい、あなたはもう子供じゃないのよ。いつでも遊んでいるわけにはいかないでしょう」里奈は母親の小言を聞くのには慣れていた。母は里奈を甘やかす父とは違い、何かと彼女に苦言を呈してくるのだ。「うるさいわね、私の勝手でしょ!お父さんが良いって言ってるのに何が問題なのよ!」「あの人はいつもあなたを甘やかしてばかり……本当に困ったわ」母親は里奈の現状を問題視していた。二十五歳になってもまともに働きもせず遊んでばかりの娘の将来を案じていたのだ。大学を裏口入学しようとしたときも、母だけは猛反対していた。結局彼女の願い虚しく、父が強行してしまったが。「お母さんはいつもそうやって私を責める!私は何も悪くないわ!」「ええ、そうね……あなたがこんな子に育ってしまったのはすべて私たちのせいだわ……」「何よ、お父さんを悪く言わないで!」大学を卒業してからというもの、二人は衝突してばかりだった。もちろん母は里奈を心配して言っているのだが、彼女にはその気持ちが伝わっていないのだ。「お母さんは本当に面倒な人ね……そんなんだからお父さんにも不倫されちゃうのよ」「な、何を……!」社長である夫が神城フーズの女性社員を、長年愛人として囲っていることは妻である彼女も知っていた。そして娘である里奈が愛人のほうに懐いているということも。彼女は屈辱だった。夫だけではなく、娘までも愛人に奪われた
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第69話

「美里、土曜日に舞台を観に行かないか?」「舞台……?」翌日、書斎で彼の仕事を手伝っていた美里に、宗助が声をかけた。「あぁ、お前は観劇が好きだっただろう?」「……………覚えていたの?」彼の言う通り、美里は観劇を趣味としていた。しかしそれを宗助が覚えていたのに驚きを隠せなかった。当人である彼女ですら、いつ言ったか覚えてないくらいポロッと口にしたことだったからだ。「お前が昔言っていたのをたまたま思い出したんだ」「そうだったのね……」「チケットはもう取ってあるから」そう言いながら彼が手にしたのは、なかなか取れないと都内で噂の人気公演のチケットだった。たしか、倍率は十倍以上だったはず。美里が応募することすら諦めていたそのチケットを、観劇に興味もない宗助がわざわざ手に入れたのか。「私のために……?しかもSS席……」「せっかくのデートなんだ。お前が横にいるわけだし……一番良い席で見たいと思うのは当然のことだろう?」「宗助……」彼は本当に変わったのだろうか。以前とはまるで別人のようだった。美里が彼の横顔をじっと見つめていると、視線に気付いた宗助が顔を上げた。「……」視線が合うと、美里は何だかむず痒い気持ちになった。いくら彼女が彼を見るようになったとはいえ、彼女の中で宗助への複雑な感情があることはたしかだった。「……最近もあの夢を見るのか」「……え?」宗助の問いに、美里は思わず聞き返した。「俺は今でも定期的に見るんだ。見たくもない、お前が死んでいく夢をだ」宗助は未だに前世の記憶の夢をたびたび見ているようだった。そのせいか、今の宗助の目の下には薄っすらとクマがあった。「夢の中の俺は……死んでいくお前をただ眺めているだけで……」「……」美里はただ黙って彼の話を聞いていた。彼が見た夢の内容はところどころ欠けているようだったが、まさに前世の記憶そのものだった。「目が覚めるのはいつもお前が亡くなったあとだ。目覚めて初めて、お前が生きているということに酷く安心する。その繰り返しだ」そこまで言うと、彼は手に持っていた書類を置いて立ち上がった。「――なぁ、美里」「宗助……?」宗助は虚ろな目で美里の頬に手を添えた。その顔はいつもより疲れているように見える。「――お前は、この夢の正体が何だかわかっているんだろう?」「……」美里は視線を
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第70話

土曜日。「宗助、お待たせ」出かける準備を済ませた美里は、宗助のいるエントランスへと降りた。美里はピンク色の清楚なワンピースに上着を羽織っていた。長い髪の毛はハーフアップにし、結び目にはゴールドのバレッタを着けた。今日は観劇に行く予定だったため、いつもより上品な格好にしたのだ。「……」彼はそんな美里を見て時が止まったかのように固まった。今日の美里は誰から見ても美しかった。街行く人々の視線を集めるだろうということは明白だった。「どうかした?宗助」「い、いや……何でもない」美里と目を合わせた彼の頬がほんのりと赤く染まった。美里が元々美しいということは、彼も十分すぎるくらいわかっていた。しかし彼女に対する気持ちを自覚したあとでは、以前と感じ方がまるで違った。彼は胸の高鳴りを抑えることができなかった。「行こう、美里」「ええ」宗助の差し出した手を取った美里は、彼と共に城田家の車庫へと向かった。「あら、今日はあなたが運転するの?」「ああ」宗助は、以前美里を職場まで送って行った愛車に乗り込んだ。彼はいつも一人でのドライブを好んでいたということは美里もよく知っていた。助手席に乗り込んだ美里は、車のキーを差し込んだ宗助に声をかけた。「最近よくあなたが運転する姿を見る気がするわ」「…………いから」「………え?」上手く言葉を聞き取れなかった美里が聞き返すと、ハンドルを握った彼と目が合った。「女は運転が上手い男をカッコよく感じるって聞いた」「まさか、そのために……?」宗助は何も言わずに車を発進させた。それがまさに肯定を意味していた。「宗助……」信号待ちで、彼は自分を見つめる美里にチラリと視線をやった。彼の意図を汲み取った美里は、クスリと笑みを深めた。「そうね……なら見させてもらおうかしら……」美里がそう言った瞬間、ちょうど信号が青に変わった。その言葉でやる気が出てきたかのように、宗助は思いきりアクセルを踏んだ。***美里と宗助が出かけた後、城田家にて。「宗真様、お客様がいらっしゃっています」「お客……?今日は誰とも約束してないけど」自室で研究をしていた宗真は、その声で顔を上げた。「どれだけ言ってもお帰りになられないんですよ……」彼は助けを求めるような目で宗真を見つめた。仕方ないと、宗真は部屋を出た。宗真が邸宅を出ると
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