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All Chapters of 怪人の花嫁: Chapter 11 - Chapter 20

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11話

「申し訳ございません。以後気をつけます」 ふさは悔しそうな顔で、今度こそ風呂の準備をしに行った。「立ちなさい」 文彦はうたの肩を抱き、ゆっくり立たせると、和装外套を脱いでうたに羽織らせた。「汚れてしまいます……」「あなたに風邪を引かれては困ります。こちらへ」 文彦はうたの肩を抱いたまま進む。途中で出くわした使用人にお茶の用意を頼むと、彼は自室にうたを連れ込んだ。うたをソファに座らせ、暖炉に火を焚べると、彼女の隣に腰を落ち着かせた。「小生がいない間、なにがあったんです? ゆっくりでいいので、話してください」「はい、実は……」 うたは文彦の不在時に使用人にされたことをすべて話した。話しながら思い出し、泣いて言葉がつっかえたりしたが、文彦は焦らせることなく、辛抱強く話を聞いてくれた。「うちの使用人が、本当にすいません。小生を嫌っているのは知っていましたが、まさかここまでとは……」 文彦がため息をついたタイミングでドアがノックされる。文彦が許可を出すと、使用人はふたりの前にティーセットを置き、恭しく一礼して出ていった。「お茶でも飲んで、少し落ち着いてください」「はい……。あの……」「どうしました?」「どうして、帰りが早かったんですか?」「正一が、『奥さんが理不尽な目にあってる』と言っていたので、仕事をあれに押し付けて、戻ってきたんですよ。大事な客人への無礼は、許せませんからね」 客人という言葉に、胸がチクリと痛む。理由はうた自身にも分からない。「そう、ですか……。ですが、使用人達は何故、文彦さんをあんなに嫌ってるんでしょう?」 うたが疑問を口にすると、文彦は一瞬目を丸くし、力を抜くようにふっと笑った。「そうでした。あなたはそういう方でしたね」「え?」「小生の容姿を、気味悪がらないのは、あなたと正一くらいですよ」 うたには文彦を気味悪がる意味が分からなかった。確かに文彦の髪や瞳は、日本人にはない色だ。初めて見た時は驚いたが、うたは純粋に美しいと思った。本人には言えないが、長い象牙色の髪をいじってみたいと思っている。「こんなに綺麗なのに……」「人間は、自分と違うものを気持ち悪いと思う生き物なんですよ。あなたは、本当に珍しい」 どう返そうか迷っていると、ドアがノックされた。「ふさです。お風呂の準備が出来ました」「行ってきな
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12話

 緊張しながら文彦の部屋に戻ると、彼はうたをベッドに座らせ、隣に座った。それだけでこれからの行為を意識してしまい、そわそわしてしまう。「それで、答えは決まりました?」「はい。私は、その……」 答えこそ決まってはいるが、どう言葉にしていいのか分からない。「おぼこいと答えを言うのもためらわれますか」 文彦は苦笑すると、優しくうたを抱き寄せる。「小生の妻になるのなら、目を閉じてください」「はい……」 ぎゅっと目を閉じると、肩に体温を感じる。ゆっくり押され、背中が布団に預けられる。押し倒されたことに気づき、体に力が入り、更に強く目を閉じてしまう。「怖がらないで。あなたには感謝しているんです。できるだけ、痛くないようにしますから」 大きくて温かい手が、うたの髪を何度も撫でる。少しだけ緊張が緩み、目を開けると、すぐ近くに文彦の顔がある。『いい、うた。口付けはとても甘いものなのよ』 ロマンス小説が好きな姉の言葉が脳内でぐるぐるする。(初めての、口付け……、されちゃうんだ……) 覚悟を決めて再び目を閉じるが、唇に熱いものが押し付けられる気配はない。だが……。「んうぅ!?」 首筋に微かな痛みと熱。目を開いて下に瞳を向けると、象牙色の髪があった。首筋を愛撫されていると知り、羞恥と少しの寂しさが生じる。「大丈夫、全部任せてくださいね。遊女に色々教わっているので、下手ではありませんので、ご安心を」「あうぅ……」 彼の指先が反対側の首筋をなぞり、背筋が粟立つ。未知の感覚にぞわぞわして怖いけど、不思議と嫌悪は感じない。これから目の前にいる美丈夫に抱かれてしまうのだという事実が、頭の中でぐるぐるして、緊張で躯がこわばっていく。「痛いことはしません。力を抜きなさい。でないと、余計な痛みを味わうはめになりますよ」 文彦の指が頬に触れる。柔らかな頬を、指先が何度も往復する。彼の普段の態度とは真逆のあたたかい指に、少しだけ力が抜けていく。「嫌なら、目を閉じて好きな人のことでも考えなさい」 突き放すような声音と言葉に、胸が締め付けられる。一時的とはいえ、夫婦になるのだ。他の男のことを考えろなど、寂しいことを言われるのは、気持ちの良いものではない。「そんなこと、言わないでください。私に好きな人はいません。それに、私はあなたの妻になるのですから、あなたを見てい
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13話

「わ、私……。なんてはしたない、声を……」「気持ちよくなれている証拠です。怖がらないで、恥ずかしがらないで。あなたは上手くお務めを果たせていますよ」「そう、なのですか……? 私、何も知らなくて……」 目にいっぱい涙を溜めて見上げると、文彦は安心したように笑いかけ、うたの横に身を横たえ、優しく抱きしめる。「こうすれば、少しは安心できるでしょう? 大丈夫ですから」 片手で肩を抱き、もう片方の手で、うたの太ももを撫でる。その手つきにいやらしさはなく、自分より高い体温に、少しずつ緊張が溶けていく。「足を開いてください。大丈夫、ここからなら、小生にも見えませんから」「は、はい……」 恥ずかしさでどうにかなりそうだが、文彦がこんなに気遣ってくれているのだから、自分だけ駄々をこねるわけにはいかない。やんわり押してくる文彦の手の動きに合わせ、ゆっくり足を開いていく。(うぅ、見られてなくても、こんな格好は……) 羞恥のあまり、文彦の胸に顔を埋めると、大きな手が頭を撫でてくれる。「上手ですよ。触りますからね」 2本の指が、花園の入口を優しく撫でる。くちゅっと小さな水音が聞こえてきて、耳までかぁっと赤くなってしまう。「濡れてる……」「い、言わないで、ください……」「大事なことですよ。あなたが感じてくれないと、子作りは上手くいきませんから」 彼の声音に、辱めてやろうという意思は微塵も感じられない。むしろ、うたへの気遣いが伺える。(この人が初めてで、よかったのかも……) うたは文彦に身を委ねながら、小さく息を吐く。 入口を撫でていた指は、そっと入口を開く。蜜が零れ、シーツを濡らす。「あぅ……」「気持ちいい場所、触りますよ」 囁かれた直後、下から上へ、雷が走ったような感覚がした。強すぎる快楽に息が詰まる。「んひぃ!? あ、あ、あぁっ! こ、こわ、い……」「おぼこには刺激が強すぎましたか、すいません」 うたが落ち着くまで、文彦は髪を撫で続けてくれた。ありがたいやら、情けないやらで、涙が込み上げてきてしまう。泣いても困らせてしまうだけなのに。「ご、ごめん、なさっ……。わた、私……!」「さっきのは、小生が悪かったんです。大丈夫ですから」 子供をあやすように、背中をさすってくれる。おかげで少し、気持ちが落ち着いた。「今日はここまでにしておきま
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14話

「痛いですか?」 「い、いえ……。違和感が……あ……」 くいっと指を曲げられ、奥が疼いてくる。ざらりとした場所を撫でられ、快楽の波がじわりじわりと押し寄せてくる。 「あ、あぁっ♡ ん、はぁ♡」 「気持ちいいですか?」 「は、はい……んうぅ♡」 文彦の指は時間をかけて奥へ侵入していく。おかげで違和感もほとんどなくなり、快楽だけを追える。 「そろそろ増やしますよ」 指が増やされ、圧迫感が生じる。 「あうぅ……!」 「痛いですか?」 「大丈夫、です……」 「もう少し、辛抱してくださいね」 2本の指がバラバラに動き、狭い蜜壺を広げていく。ナカで感じることを覚えた躯は、再び感じる場所に触れてもらおうと、無意識にくねる。 「あ、んんっ♡ふ、はぁ……♡」 「上手に感じられてますね。そろそろ……」 指を抜かれ、物足りなさに困惑していると、文彦が覆いかぶさってきた。彼は躯をうたの足の間に置き、足を閉じれなくしてしまった。 「あなたの初めて、いただきますよ」 そう告げられ、いよいよ処女を喪失してしまうのかと、再び緊張してしまう。 「少しずつ進めていきましょう。焦らせませんから」 蜜壺に熱いものが押し当てられ、息を呑む。破瓜の痛みは未知故に、恐怖がある。「怖がらないで。小生はあなたを痛めつけたいわけではありません」 文彦は安心させるようにうたを抱きしめる。蜜壺の上に、熱いものが何度も当たるが、あやすように髪を撫でられ、恐怖と緊張が和らいでいく。「ん、ふぅ……♡あぁっ♡」「もう、大丈夫そうですね」 熱い楔の先端が、ぐっと押し付けられ、蜜壺の入口を広げていく。指と比べ物にならない太さに、恐ろしさと僅かな期待を抱く。「んうぅ……ふ……」「そのまま、力を抜いていてくださいね。先端は、入りましたから」 文彦はうたを気遣い、ゆっくり腰を落としていく。じわり、じわりと未開拓の躯を押し広げられていく感覚に、背筋が震える。「んっ、あ、く……ふぅ……」 微かに鈍痛を感じたところで、進入が止まる。(これが破瓜の痛み? 良かった、大したことなくて)「散らしますよ」「え? んぐっ!?」 ずぷっと押し込まれ、ぷつっと何かが破れるような感覚と共に、痛みが込み上げる。ひどい生理痛のような痛みに、思わず顔をしかめた。「いっ……! くぅ……
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15話

「ひぎぃ!? い、いだっ……!」 想像以上の痛みに怯えていると、大きな手がうたの髪を優しく撫でる。「大丈夫、大丈夫ですから。ゆっくり、息をして」 普段の文彦から想像さえつかないあたたかい声で、安心させるように声をかけてくれる。おかげで落ち着きを取り戻し、痛みも耐えられないものではないと気づいた。「ご、ごめんなさい……。私、気が動転してしまって……」「初めてですからね。気にする必要はありません。ゆっくり、動きますからね」 文彦はもう一度髪を撫でると、ゆっくり律動を始めた。それはとてもゆるやかなものだが、処女膜があったであろう箇所が、じんじん痛む。「んぐ、ひっ……! くぅ……」「もう少しの辛抱ですから……」 少し前まで痛みでパニックになりかけてたというのに、彼の過保護なまでの気遣いで、僅かな気持ちの余裕が出てくる。(こんなに優しい人が、どうして怪人だなんて……)「んあぁっ」 そんな疑問も、込み上げてきた快楽にかき消されてしまう。痛みは熱に変わり、熱は快楽に変わっていく。子宮が疼くような切ない感覚に、生理的な涙が零れる。「あ、あ、あぁ♡ んっ、はぁ……」「ふふ、声に艶が出てきましたね。少し、速度をあげますよ」「え? ひゃうぅっ!?」 先程までの倍近いはやさに、躯も心も追いつかない。押し寄せる快楽の波に溺れないように、必死に文彦にしがみつく。「あ、あぁっ! も、もう少し、ゆっくり……。んうぅ」「痛みますか?」「痛くない、けど……、ひあぁっ! こ、怖い……」 うたの言葉を聞き、文彦は口元に三日月を描き、優美に微笑む。「怖い? 気持ちいいの間違いでしょう? ほら、1回止まってあげますから、息を整えて」 文彦は腰を引き、先端のみが入った状態で動きを止める。うたは言われた通り、大きく息を吸って、呼吸を整えた。「あ……」 落ち着くと、先程まで怖いと思っていたものが、また欲しくなってしまう。先端しか入れていない楔を、奥まで打ち込んでほしいと願ってしまう。(私、どうして……) はしたない自分の考えに困惑していくと、文彦が小さく笑い、再び律動を始める。「あ、あぁっ♡ 私、なんて声を……きゃうぅっ♡」「それでいいんですよ。痛みを我慢しているよりも、ずっといいでしょう?」 甘く囁かれ、脳まで溶けてしまいそう。うたは無意識に、文彦の動き
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16話

「あぁ、そんなに締め付けて、期待してるんですか?」「わ、わかんにゃ、ひああぁっ♡」 徐々に高まっていく速度と快楽に、目の前がチカチカしてくる。更に先に何かがあるをの感じ取り、期待と恐怖で胸が震える。(私、どうなっちゃうの……? 怖い……。でも……!)「あ、あぁっ♡ これ以上は、だめぇ♡」「拒絶は許しませんよ」 腰をがっちり掴まれ、激しく腰を打ち付けられる。今までとは比べ物にならない暴力的な快楽に、呼吸さえままならない。「あ、あ、ああっ♡なんか、来ちゃ、ひああああっ♡」 うたは絶頂を迎え、仰け反りながら甘い悲鳴をあげる。少し遅れて文彦が悩ましいうめき声を上げ、うたのナカに白い欲を放った。 子宮口に叩きつけられる熱に、敏感な躯は反応し、再び軽い絶頂を迎えてしまう。「んあああぁっ♡あ、熱いぃ♡」 疲れが押し寄せ、瞼が重くなる。何度も奥に押し込まれるような感覚を味わいながら、うたは意識を手放した……。「まったく、調子が狂う……」 事後、文彦はため息をつきながら、うたの寝顔を見る。口調こそ呆れ返っているが、彼女を見つめる眼差しは優しい。「……このままというのも、良くないでしょうね」 うたに上着をかけると、ぬるま湯と彼女の着替えを用意する。うたの躯を丁寧に拭くと、ネグリジェを着せた。「さて、部屋にお連れしましょうか」 彼女を抱き上げようとした腕が止まる。このまま抱き上げて、うたを起こしてしまうのは忍びない。「構いませんよね。仮にも、夫婦なのですから……」 許可を出す者などいないのにつぶやくと、うたを抱き寄せて眠った。 翌朝、うたの目覚めは爽快といえるものではなかった。躯が、主に腰や下腹部に鈍痛があり、動くのもやっとだ。「うぅ、いった……」 起き上がり、ここが自室でないことに気づき、耳まで熱くなる。(そうだ、私……。昨晩に……) 生娘でなくなったことを改めて自覚し、胸が締め付けられる。文彦に初めてを捧げたことに後悔はないが、言いようのない喪失感がある。「あら?」 うつむいてため息をつき、自分が裸でないことにようやく気づく。きっと文彦が着せてくれたのだろう。恥ずかしくもあり、嬉しくもある。むず痒い気持ちを抱えながら立ち上がると、自分でも笑ってしまうほどおぼつかない。数歩まっすぐ歩けたら良い方で、1歩踏み出すごとに、足があっちへ行
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17話

「けほ、ごほっ……。うぅ……」 少し目が覚めてきて、喉のわずかな痛みに気づく。昨晩あれだけ声を出していたのだから、仕方がないことなのだが、不調のすべてが昨晩のことを思い出させてくるので、居心地が悪い。「お待たせしました」 文彦はワゴンを押して戻って来る。ワゴンの上には、サンドイッチと生姜湯が並んでいた。テーブルをうたの前に移動させると、文彦は丁寧にそれらをテーブルの上に並べる。「これはサンドイッチといって、手で食べるものです。ナイフもフォークも必要ありません」「気を使わせてしまって、すいません」「謝るべきなのは、小生の方です」「え?」 顔を上げると、文彦は申し訳無さそうにうたを見ている。彼に感謝することこそあれど、謝罪されるような心当たりなど、ひとつもないというのに。「小生が留守の間、苦労をかけましたね。しばらくの間、食堂ではなく、ここで食べましょう。テーブルマナーをお教えします」「苦労だなんて、そんな……。私が無知だっただけで……」 謙遜の言葉を口にするが、使用人達に笑われたことを思い出し、表情が曇ってしまう。笑おうと思えば思うほど、うつむいてしまう。「誰にでも知らないことはあります。少しずつ、知っていけばいいんですよ。さぁ、冷めないうちに生姜湯を飲んでください」「はい」 ゆっくり生姜湯を流し込むと、ピリッとした辛さが舌や喉を刺激する。そのあとじんわりあたたかくなる。「小生も食事をしてきます。今日はマナーなど気にせず、好きなようにお食べなさい」 礼を言う間もなく、文彦は出ていってしまう。少し寂しく思うが、彼の不器用な優しさが嬉しかった。「サンドイッチ、だっけ……」 初めて見る食べ物を恐る恐る手で掴むと、そっと持ち上げる。パンがふわふわと柔らかいが、力を抜くと落としてしまいそうだ。 かじってみると、新鮮な野菜と肉の味がする。パンがそれらをまとめあげている。「美味しい……!」 人体とは不思議なもので、腹が減ったように感じなくとも、空腹時に食べ物を胃に落とすと、一気に空腹を感じるものだ。 誰もいないことをいいことに、食欲に身を任せてサンドイッチを頬張った。 食事を終えると、腹も気持ちも落ち着いてくる。ものは試しと躯を動かそうとするも、やはり痛くてしんどい。「どうしよう……。流石に、ずっとこのままというわけにも……」 こ
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18話

 泣き疲れたのか、疲れが残っていたのか、うたはいつの間にか眠ってしまった。次に目を覚ましたのは、昼過ぎのこと。躯を起こすと、テーブルの上には握り飯とたくあんが並んでいた。 一口かじると、少ししょっぱい。中には梅干しが入っているのだが、種を取らずにまるまるひとつ入っていた。きっと、料理をロクにしたことがない者が作ったのだろう。「もしかして、文彦さんが? まさか……」 使用人が作ったのだろうと思ったが、首を横にふる。「きっと、文彦さん……。形が不格好だもの」 それに、使用人が意地悪で作ったと思うより、文彦が作ったと思うほうが、気持ちが楽だ。 翌朝、文彦はオムレツ、パン、スープをふたり分持ってくると、テーブルの上に並べた。「美味しそう……」「今日から食事のマナーを教えます。洋食は和食の時と違って、お皿を持つことはマナー違反です」「え、じゃあどうやって……」 テーブルを見下ろすが、食べ方など見当もつかない。「フォークとナイフを使って、食べやすい大きさに切ります。肩に力は入れず、肘より下のみを動かすことを意識して……」 文彦は説明をしながら、優雅にオムレツを切り分けてみせる。簡単そうに見えたが、実際にやってみると難しい。食器はカチャカチャ音が鳴ってしまうし、オムレツもぐちゃぐちゃだ。「む、難しいです……」「あなた、不器用なんですね。初めてですし、多目に見ましょう。次はスープですが、スプーンですくって、口に持っていきます。半分から八分目までをすくうのがコツです。飲む時はすすらず、スプーンを傾けてください」 言われたとおりに飲んでみるが、無意識に頭を前に持ってきてしまい、呆れられる。「頭のてっぺんを糸で吊るされていると想像しながら食べてみてください。そうすれば、少しはよくなるでしょう」 文彦の助言のおかげでなんとか食べることができたが、不慣れなせいか味わう余裕などなく、肩が凝る。この家にいる限り、こんな食べ方をしないといけないのかと思うと、げんなりする。「そういえば、躯の痛みはどうですか?」「えぇ、良くなってきました」「歩き回っても支障はなさそうですか?」「はい」「では、食事を終えたら出かけますよ」「どこに?」「さて、どこでしょうね」 いくら聞いても文彦ははぐらかすばかり。うたは諦めて身支度をし、馬車が待つ外へ出る。 文彦の手
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19話

 うたが呆気にとられていると、文彦は呆れたようにばあやの背中を見ていた。「使用人は彼女しかいないのですか?」「えぇ、そうです。あまり大きな声では言えませんけど、華族と言っても、そんなに立派な家ではないので、見栄のためにひとり、やっと雇ってるといった状態でして」「そうでしょうね」 文彦はそっけなく言うと、足を進める。うたは呆れられてしまっただろうかと不安に思いながら、彼に続いて玄関へ向かう。玄関はふたりが開けようとする前に開き、母のみえが出てきた。みえはうたを見るなり目を丸くし、口をパクパクしだした。顔色は真っ青で、まるで幽霊でも見たような顔だ。「ほ、本当に、い、生き……」「お母様、うたです。生きてます」 うたが口を開くと、みえはわっと泣き出し、痛いくらいにうたを抱きしめた。「うた、うたぁ! よかった、よかった……! お前が拐われたところを見たって聞いてから、お前はもう、うぅ……」「お母様、この方が助けてくださったの」「え?」 みえはようやく文彦に気づき、彼の姿を見て口をあんぐりさせる。「あなた様は、まさか……!」「お初にお目にかかります。水月文彦と申します」「ま、まぁまぁ! 少々お待ち下さいね。うた、お客様を応接室へ案内して!」「はい、お母様。文彦さん、こちらです」 みえは慌てて奥へ引っ込む。残されたうたは、文彦を居間に連れて行く。みえは応接室だなんて大層な言い方をしたが、この日本家屋に、そんなものはない。ただ、それだと貧相だと思った父の茂が、客人が来た時は居間を応接室と言うようにと、ずっと言い聞かせてきたのだ。 うたは数日ぶりの家を懐かしみながら、居間へ進む。「適当に座ってください」 座ってから文彦に言うと、彼はうたの隣に座った。状況からして正面に座るのはおかしいと分かってはいるが、隣に座られるのも落ち着かない。だが、嫌ではなかった。 まもなく稲葉夫妻が来てふたりの前に座ると、少し遅れて来たばあやが、4人の前に湯呑みを置いてそそくさと立ち去った。「私は稲葉家当主、稲葉茂と申します。水月殿のお噂はかねがねおうかがいしております。うちの愚女が迷惑をかけたそうで、大変申し訳ございません」 いつも威張り散らしている父が、自分より少し年上の男にへこへこ頭を下げているのがあまりにも滑稽で、いつもなら気に障る男尊女卑発言も気にならな
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20話

「もちろん、娘さんを大事にします。こちら、結納金です」 文彦は懐から分厚い封筒を出すと、茂の前に置いた。無遠慮に中身を確認してにやりと笑う父を、うたは心底軽蔑した。見えっ張りなのは仕方ないが、娘を売るような形で大金を得て笑う父など、見たくなかった。「うた、あなたは、その、納得、してるの?」「莫迦者! 失礼なことを言うな! 愚女ですが、どうぞよろしくお願いします」 茂はみえを叱咤すると、にやけ顔をこちらに向け、頭を下げる。(あの人拐いの男と一緒じゃない。いいえ、それ以上に最低) 父を蔑んでいると、肩に手を置かれ、小さく跳ねる。「久しぶりの実家でしょう。御兄弟のところにでも行ってきなさい。小生は、ご両親と話がありますから」「はい、ありがとうございます」 ご厚意に甘えてふすまを開けると、姉のえみと、妹のちえがいた。「びっくりした……。何してるの」「うたが帰ってきたって、ばあやから聞いたから来たの」「おねえ、会いたかった!」 3人娘が会話をしていると、茂がわざとらしく咳払いをする。慌てて居間から出ていき、えみの部屋に逃げ込んだ。部屋の中央に置かれた小さなちゃぶ台の上には、3人分のお茶とまんじゅうがある。ばあやから聞いてすぐに用意したと思うとなんだかおかしくて、小さく笑った。「さぁ、座って。なにがあったか話しなさい」 3人はちゃぶ台を囲んで座る。えみの向かいに、うたのちえが寄り添って座る形になる。 3人娘は、上から20、17,13と歳が離れているが、父という共通の敵がいるからか、仲が良い。特に気の強い姉は、父に時代遅れだの見栄っ張りだの、言いたくても言えないことを言ってくれるのだから、気持ちがいい。えみはうたとちえにとって、最高の姉だ。「あの人、怪人でしょ? ちえでも知ってるよ」 ちえは声を潜めて言う。「けど、いい男だったわ」 恋愛小説が好きなえみは、うっとりする。「あの人は怪人なんかじゃないわ。とってもいい人よ」 うたがムキになると、ふたりはにやりと笑う。「あらぁ、随分入れ込んでるじゃない」「おねえ、聞かせて聞かせて」 いつの時代も、乙女の娯楽の代表格は恋バナ。特に、恋愛小説マニアのえみと、恋に恋するお年頃のちえは、恋愛に興味津々だ。いつもどこの店の店主が男前だとか、素敵な男児を見かけたとか、そういった話をしては盛り上がっ
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