それから話の内容は、いつもどおりのものになっていく。どこのお嬢さんが嫁いだとか、結婚するならこういう人がいいとか。 自分の立場などをすっかり忘れて話し込んでいると、ふすま越しに声をかけられた。「終わりましたよ。帰りましょう」「は、はい」 ふすまの前まで行くと、ふたりに手を振ってから廊下に出る。「行きましょうか」「はい」 兄弟唯一の男児である清以外とばあやに改めて挨拶をしてから、馬車に乗る。清にも挨拶をしたがったが、彼は不在とのこと。 名残惜しくて外を眺めていると、ひとりの少女が目にとまる。「あ……!」「どうしました?」「友達が、さっき……」 文彦は御者に声をかけ、馬車を停めてくれた。「友達というのは、草履売りの娘ですか?」「えぇ、そうです。はるちゃんといって、病弱なお母さんの代わりにああやって働いてるんですよ。本当は、女学校にも行けたはずなのに……」 はるも元はうたと同じくらいの家柄の娘だった。だが、彼女の父には愛人がおり、愛人が男児を産むと、ふたりを追い出してしまったのだ。元々病弱な母は更に弱り、はるが必死に稼いでいる。そのことを思うと、胸が痛い。「確かあなたは、普段は和装でしたね。ちょうどいい。これで草履や、他に必要なものがあれば、それも買ってきなさい。釣り銭はいりません。好きになさい」 文彦は金をうたに握らせると、見送ってくれた。「はるちゃん!」 声を掛けるとはるは嬉しそうに駆け寄り、涙を流す。「うたちゃん! よかった、生きてたのね。連れ去られるところを見たけど、私、なにもできなくて……。ご家族に教えることしか、できなくて……」 どうやら、稲葉家にうたが拐われたと知らせたのは彼女のようだ。「ううん、ありがとう。逆の立場だったら、きっと私もなにもできなかったと思う。だから、自分を責めないで」「うたちゃん……」「あまり長話はできないけど、私、結婚したの。幸せよ」「そう、よかった」「草履、買わせてくれる?」「もちろん!」 支払いをしようと手のひらを見ると、1円硬貨が1枚だけ。当時の1円は、1万2000円~2万円の価値があり、そばを20杯近く食べることができる額だ。「これしかないんだけど、いい?」「えぇ!? そんなお釣りないよぉ」 1円硬貨を見るなり、はるは涙目になる。今日の食費をかせぐのにやっとなはるに
Read more