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All Chapters of 怪人の花嫁: Chapter 21 - Chapter 30

53 Chapters

21話

 それから話の内容は、いつもどおりのものになっていく。どこのお嬢さんが嫁いだとか、結婚するならこういう人がいいとか。 自分の立場などをすっかり忘れて話し込んでいると、ふすま越しに声をかけられた。「終わりましたよ。帰りましょう」「は、はい」 ふすまの前まで行くと、ふたりに手を振ってから廊下に出る。「行きましょうか」「はい」 兄弟唯一の男児である清以外とばあやに改めて挨拶をしてから、馬車に乗る。清にも挨拶をしたがったが、彼は不在とのこと。 名残惜しくて外を眺めていると、ひとりの少女が目にとまる。「あ……!」「どうしました?」「友達が、さっき……」 文彦は御者に声をかけ、馬車を停めてくれた。「友達というのは、草履売りの娘ですか?」「えぇ、そうです。はるちゃんといって、病弱なお母さんの代わりにああやって働いてるんですよ。本当は、女学校にも行けたはずなのに……」 はるも元はうたと同じくらいの家柄の娘だった。だが、彼女の父には愛人がおり、愛人が男児を産むと、ふたりを追い出してしまったのだ。元々病弱な母は更に弱り、はるが必死に稼いでいる。そのことを思うと、胸が痛い。「確かあなたは、普段は和装でしたね。ちょうどいい。これで草履や、他に必要なものがあれば、それも買ってきなさい。釣り銭はいりません。好きになさい」 文彦は金をうたに握らせると、見送ってくれた。「はるちゃん!」 声を掛けるとはるは嬉しそうに駆け寄り、涙を流す。「うたちゃん! よかった、生きてたのね。連れ去られるところを見たけど、私、なにもできなくて……。ご家族に教えることしか、できなくて……」 どうやら、稲葉家にうたが拐われたと知らせたのは彼女のようだ。「ううん、ありがとう。逆の立場だったら、きっと私もなにもできなかったと思う。だから、自分を責めないで」「うたちゃん……」「あまり長話はできないけど、私、結婚したの。幸せよ」「そう、よかった」「草履、買わせてくれる?」「もちろん!」 支払いをしようと手のひらを見ると、1円硬貨が1枚だけ。当時の1円は、1万2000円~2万円の価値があり、そばを20杯近く食べることができる額だ。「これしかないんだけど、いい?」「えぇ!? そんなお釣りないよぉ」 1円硬貨を見るなり、はるは涙目になる。今日の食費をかせぐのにやっとなはるに
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22話

 屋敷に帰ると、さっそく草履を履いてみる。とても履き心地がよく、もう少し高くてもいいのにと思った。 玄関へ草履を置きに行くと、使用人達はクスクス笑う。「この屋敷に草履なんて古臭いもの持ち込んで」「教養がないのね」「一応華族らしいけど、嘘なんじゃない?」「きっとそうよ。ちょっと可愛い顔してるからって、調子に乗ってみっともない」 彼女たちはうたに聞こえるように、わざと大きめの声で言う。(悪口しか娯楽を知らないのね。可哀想な人たち) 少し前のうたなら、精神的に追い詰められていただろう。だが、久しぶりに家族や友の顔を見て落ち着きと余裕を取り戻した今のうたには、彼女たちは哀れな存在にしか見えない。 父は見栄っ張り故に、3姉妹全員を女学校に通わせるつもりでいるが、女が勉強をしても仕方ないと思っている人は、未だに多い。通学路で大人とすれ違うと、陰口を叩かれることも多い。「女が勉強して何になる」「花嫁修業でもしたらいい」「男の真似をして生意気だ」 こういったことは、耳にタコができるほど聞かされてきた。少しでも男子やあんみつにうつつを抜かせば後ろ指を刺され、勉学に勤しめば生意気だと言われ、花嫁修業をすれば型にはまっていてつまらない女と言われる。 うたや学友は、そういった理不尽の嵐の中で過ごしてきた。最初の頃こそ落ち込んでいたが、半年もすれば相手を同情するくらいに心が強くなった。そんなうたからしたら、使用人達の陰口など、小鳥のさえずりと大差ない。「みっともないわ」 未だにクスクス笑う使用人達に呆れ果てたうたは、ズカズカと彼女達に近づき、にっこり微笑む。「な、なにか御用ですか? 奥様」「あなた達、バケツと人間って似てるの、ご存知?」「は?」 莫迦にするような眼差しをものともせず、足元にある水がたっぷり入ったバケツを軽く蹴る。ゴンッという鈍い音が、広い玄関に響く。「中がいっぱいだと、このように、大きな音は出ません。けど」 この前の仕返しと言わんばかりに、彼女達の足元に、濁った水をぶちまける。使用人達は短い悲鳴を上げ、ハンケチで拭うが、そんな小さな布でどうにかなるわけもなく、靴の中は水浸し。西洋のメイド服とやらも、前掛けは薄汚れた濡れ鼠のよう。 うたはそんな彼女達に向かって、バケツを蹴り飛ばした。バケツは大きな音を立てながら、使用人のひとりの足
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23話

「どうして? そんなに安いんですか? ここ」「月給15円です」「じゅっ……!? えぇ!?」 驚きのあまり、大きな声が出る。時期によるが、当時の1円は1万2000円から2万円ほど。住み込みで働いて15円ももらえるなんて、夢のような話だ。誰だって食いつくだろう。「それなら、なおさら解雇して、ちゃんと働いてくれる人を雇うべきですよ」「来るわけがないでしょう。怪人と暮らさないといけないんですから」 自嘲する文彦に、胸が締め付けられる。うたは文彦の象牙色の髪も、眼帯で隠された青空のような瞳も、美しいと思う。だが、大半の人間は、自分と違いすぎるものを気味悪がることが多いのも事実。「実際、あなたのご両親も、小生の髪を見て顔を引き攣らせていたでしょう。少なくとも母君は、小生に嫁がせるのを嫌がっていたようですしね」「そんな……」「それより、話があります。このまま立ち話も疲れますから、小生の部屋へ」「は、はい」 もやもやした気持ちを抱えたまま、文彦の部屋に入る。改めて見回すと、寂しい部屋だ。最低限の調度品はうたでも高価なものと分かるが、物も色合いも少なく、個性がない。誰かの部屋と言われるより、どこかの宿の一室と言われたほうがしっくり来る。「あの、話って?」 ソファに身を沈めると、おずおずと尋ねる。昔から「話がある」という言葉が嫌いだ。怒られる前兆は、だいたいこの言葉だと相場で決まっているからだ。「女学校のことです」「え?」 間の抜けた声が出る。特別勉強嫌いというわけではないが、家族と友に会えた安心感で、女学校のことなどすっかり忘れていたのだ。「あなたの父君が、せめて卒業させてやってほしいと言ってましてね。小生も賛成しました。あなたのように頭が回る女性を、ずっと屋敷に閉じ込めておくのは、もったいないですから」「あ、ありがとうございます! そんなことなら、道具とか持ってくるんだった……」 実家に行くことは、直前まで知らせてもらえなかった。それに、姉妹との話に夢中になり、私物を持って帰ろうという考えに至らなかった。「その辺は心配ありませんよ。明日、あなたの母君が、いくつか荷物を届けに来るそうですから」「お母様が?」「えぇ。娘の嫁ぎ先を見ておきたいそうですよ」「そう、ですか……」 少なくとも数カ月は会うことはないと思っていたから、拍子抜けだ。
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24話

「やっぱり、いい人」 先程の会話を脳内で繰り返す。いつも無表情だから冷たい印象が拭えないが、常にうたを気遣ってくれる。最初はやっていく自信が皆無だったが、今ならなんとかやっていけそうな気がする。 ただ、問題は……。「あの使用人達、どうにかならないかしら」 いくらうたに悪口耐性があるとはいえ、聞いてて気分の良いものではない。それに、争い事は嫌いだ。このままだと、いつ使用人達と言い争いをするか、分かったものじゃない。「15円ももらってるなら、ちゃんと働けばいいのに」 実家にいた頃、うたの小遣いは庶民より少し多いくらいだった。父がケチだからそれしかもらえなかったのだが、おかげでまともな金銭感覚を手に入れた。普通なら、15円稼ぐのに数ヶ月かかるだろう。それを1月でもらっているのなら、どんなに主人が嫌いでも、表にそれを出すのは間違っている。「17の私でも分かることなのに、なんで分からないんだろう?」 彼女達の稚拙さに呆れていると、誰かがドアをノックした。「奥様、湯浴みの準備が整いました」 ふさの声だ。「今行きます。……あ」 返事をしたところで、文彦に来るように言われたことも今更思い出し、鼓動が早くなり、緊張と不安が押し寄せる。「私、うまくお相手できるかな……?」 不安と着替えを抱え、浴室に向かった。 湯浴みが終わると、文彦が食事を持ってうたの部屋に来る。テーブルの上にはステーキやスープ、サラダなどが並べられる。「さぁ、食事の練習をしましょうか」 内心ドキドキしているうたと違って、文彦はいつもどおりだ。自分だけがこんな気持ちを抱えているのかと思うと、虚しくなる。「食器は外側から使います」 文彦は優雅にステーキを切り分け、口に運ぶ。夜のことで頭がいっぱいのうたは、何度も注意されながら、なんとか食べ終わらせた。味などは分からずじまいのまま。 文彦が湯浴みをしている間、歯を磨いて着替えを済ませ、文彦の部屋で彼を待つ。ベッドの隅に腰を掛けて身を固くしていると、ドアが開かれ、文彦が入ってくる。 濡れた象牙色の髪と、ガウンの隙間から見える肌にドキッとして目をそらす。「慣れなさい」 不快そうな声に恐る恐る顔を上げると、文彦はしかめっ面でうたを見下ろしていた。「む、無理です……。家族以外の男の人と、ほとんど話したことないのに、いきなり、こういう
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25話

「少しずつ、慣れてください」 やんわり押し倒され、薄いランジェリーの上から躯を撫で回される。それだけで初夜のことを思い出してしまい、躯が火照ってしまう。「んぅ、ふ……」 なんとか声を我慢しようと手で口をおおうと、どかされてしまう。「感じている声を聞かせるのが、礼儀というものですよ」「そんなこと言われても……。あぅ……」 軽くふくらみを掴まれただけで、淫らな声が出てしまう。それが恥ずかしくてしかたがない。「もっと聞かせて、小生を楽しませなさい」 心もとないランジェリーさえ剥がされてしまい、心細くなる。手で隠してもどかされてしまうのは分かっている。少しでも恥ずかしさをやわらげようと、顔をそむけた。「一度見られたのに、そんなに恥じらうものですか」「だ、だって……。ひゃうぅ♡」 桃色の頂を音を立てて吸われ、軽く仰け反ってしまう。文彦はどことなく楽しそうに、指先でそれをつまみ、うたの反応を観察している。「や、んんっ♡ そんなに、見ないで……。んあぁっ♡」「何を言うのです。あなたは小生の妻でしょう。全部見せてください」 妻という言葉に、胸が高鳴る。自分が彼を愛しているのか分からない。ましてや、彼が自分を愛するとは、到底思えないのに。「そんな顔をしないでください」「……っ!」 太ももを撫でられ、緊張で息が詰まる。破瓜の痛みを躯が思い出し、こわばってしまう。「怖いですか?」「すいません……」「謝らないでください。男の小生に、あなたの痛みは理解できません。それでも、数日前に痛みを感じた行為を再びするのですから、怖いと思うのは理解できます」「文彦さん……」「痛かったら、今日はやめましょう。傷になっていては、大変ですから」「はい……」 うたがうなずくと、文彦は彼女の足を開かせる。初夜の時でさえ見られなかった秘部を見られて、耳まで熱くなる。「濡れてますね。指、入れますよ」 文彦は入口に1本の指を這わせ、乙女の蜜を指に絡ませる。時折敏感な蕾に指先が触れ、そのたびに躯をくねらせてしまう。「ん、あぁっ♡ ふ、んんっ♡ や、そこ……。ああっ♡」「そろそろですかね」 ゆっくり指が蜜壺に侵入してくる。前回と比べてマシになったとはいえ、まだ快楽よりも異物感が強い。指が少し進んだところで、小さな痛みを感じ、うめき声をあげる。「いっ、うぅ……」
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26話

「小生はソファで寝ます」「そんな! 風邪を引いてしまいますよ」「問題ありません。地下の書物庫に比べれば、天国ですから」「え……?」 彼の言葉に愕然としてしまう。こんなに立派な屋敷で生まれ育った文彦が、そんなところで寝ていたというのだろうか? 何故そんなことを? 答えを示すように、彼の象牙色の髪が揺れる。(文彦さんも、周りの人も、怪人だって……。でも、そんなのって……) 彼の悲惨な生い立ちの片鱗を見た気がして、胸が締め付けられる。気づけば起き上がり、彼の服の裾を掴んでいた。「どうかなさいました?」「あ、あの……! 一緒に、寝ませんか……?」「はい?」 鳩が豆鉄砲を食らったような顔がなんだか可愛らしくて、自然と頬が緩む。「夫婦になるんですから。別に寝るなんて、寂しいと思いませんか?」 文彦は何度か瞬きをした後、呆れたようにふと笑った。「ここまで変わり者だったとは……。お言葉に甘えましょう」 ベッドに入ってくれたが、隅でうたに背を向けている。それが寂しく感じた。(少しずつで、いいよね) うたは自分にそう言い聞かせ、眠りについた。 翌朝、騒がしくて目が覚めた。文彦はどこにもおらず、彼が寝ていたところに触れてみるも、温度は感じられない。「どうしたんだろ?」 起き上がり、手櫛で軽く身支度を整えると、部屋を出る。すると使用人達が大小様々な荷物を抱え、右往左往していた。 両手で抱えられるサイズの荷物を持つふさを見つけ、声をかける。いつもの陰気な雰囲気は消え、疲労でぐったりしている。「あの、なにかあったんですか?」「玄関に行けば分かりますよ。あぁ、忙しい忙しい」 ふさはそれだけ言うと立ち去る。目で彼女を追うと、何故かうたの部屋に荷物を運んでいた。 ふさに言われた通り玄関に行くと、様々な箱がずらりと並んでいる。その隣には、うたの部屋にあった調度品がいくつか置かれていた。荷物の近くには、文彦と正一がいる。「あの、どうしたんですか、これ」「あぁ、あなたですか。おはようございます。いつもなら着替えもしないで客人の前に出るなんて、と説教をするところですが、今日は仕方ありませんね」 肩をすくめながら言う文彦の言葉で、自分がランジェリー姿だと気づき、慌てて腕で胸元を隠す。「これでも羽織ってなさい」 肩にかけられた外套は、微かに煙管の香り
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27話

「えっと……。まずは、ありがとうございます……?」「いいって。ふみが結婚するなら、盛大に祝わないとな!」 嬉しそうに笑う正一を、文彦は容赦なく殴る。「いってぇ!」「相談くらいなさい。おかげで予定が狂いそうですよ」 文彦がため息をつき、荷物に目を向けようとした時、チャイムが鳴る。「誰ですか、こんな忙しい時に」 文彦が玄関を開けると、うたの母であるみえと、姉のえみが立っていた。「おふたりでしたか。本日はどのような……。あぁ……」 途中で言葉を切り、ため息をつく文彦に、みえとえみは不安そうな顔をする。「うたの荷物を運びに来たのですが、ご迷惑でしたか?」「あぁ、失礼。少々散らかっていますが、問題ありません。運ぶのを手伝いましょう」「わ、私も」「あなたがおふたりを、応接室にご案内してさしあげなさい」「分かりました。お母様、お姉様、こちらです」 ふたりを応接室に案内しようと、背を向ける。「俺はー?」「お前さんは手伝いなさい」 ゴツッという鈍い音と、正一の悲鳴で、何があったのかは見なくても分かった。「まぁ、これが本物の応接室なのねぇ」 応接室につくと、みえは感動しながら室内を見回す。えみも目を輝かせていた。「お茶持ってくるね」「どんなお茶が出るのかしら」「楽しみね」 ふたりを微笑ましいと思いながら、キッチンへ行き、紅茶を淹れる。文彦に教わったとおりに淹れると、来客用の洋菓子と一緒に持っていく。「素敵な湯呑み」「ティーカップっていうのよ。やぁね、お母様ったら」 西洋やロマンスに憧れの強いえみは、得意げに言うと、紅茶を啜る。「これが異国の味なのね」「私は、日本茶のほうが落ち着くわ」 正反対の会話にくすっと笑う。女家族との時間は、うたにとって数少ない楽しみのひとつだった。「ふふ、最初は違和感があるけど、慣れると美味しいのよ」「もうすっかり水月家の人間ね」 にやりと笑うえみに、顔が熱くなる。「そんなこと……! 私、テーブルマナーとか、まだ完璧じゃないし……」(それに、文彦さんのことをよく知らない……) その事実が、胸を締め付ける。愛のない結婚だが、彼はうたを気遣ってくれる。それに、彼は男児が産まれたらうたを手放すつもりでいるようだが、うたとしてはそんな寂しい関係は嫌だった。 だからこそ、文彦を知り、自分を知っても
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28話

 裏庭のベンチに座り、息を整える。悔しさで涙が溢れる。止めようとしても、とめどなく溢れてきてしまう。「なんであんな酷いこと言うの……?」 外見で差別したがる人の心など、うたには理解できなかった。母は応接室やティーカップを褒めた。それらは西洋人が考えたものだろう。何度か遠目で見たことがある西洋人は、文彦のような髪や瞳をしていた。そんな文彦を差別するのは、矛盾に感じて不愉快だった。「こんなところで何してんの?」 顔をあげると正一がにこにこ笑っていた。うたはとっさに涙を拭う。「あー、そんなに顔を擦っちゃ、玉の肌に傷がついちゃうよ」 いつの間にか隣に座っていた正一は、ハンケチでうたの涙を優しく拭いてくれた。子供扱いされているようで、むず痒い。「す、すいません」「いいって。お母さんと喧嘩したの?」「え?」「君のお母さんとお姉さんが探してるよ。ついでに、ふみも」「あ、えっと……」「なにがあった?」「私、は……」 言葉に詰まる。この悔しさをうまく言葉にできる自信がなかった。「ゆっくりでいいよ」「はい……。私、悔しくて……。文彦さんを、怪人呼ばわり、されて……。なんでか分からないけど、でも、そんなのって……」 あやすように肩をさすられ、引っ込んだはずの涙がまた溢れてくる。「君は優しいね。結婚に至る経緯が経緯だから、もっと不満を持ってもいいはずなのに、そんなにふみを気遣うなんて」「そんな、不満なんて……! 文彦さんには、良くしてもらってますから……」「そっか、あいつなりに、君を大事にしようとしてるんだ」「えぇ、服も買ってくれて、マナーも教えてくれて……。他にも、色々優しくしてもらいました。でも、それを除いても、人を怪人呼ばわりなんて、あんまりだと思うんです」「君は、本当にいい子だね。ふみが気に入るわけだ」「え?」 驚いて正一を見上げると、いたずらっぽく笑った。「ま、本人は自覚ないから、この先苦労するだろうけど。けど、あいつを頼むよ」「はい、最初から、そのつもりです」「そこまで覚悟ができるなんて、君は立派だ。さ、行こう」「はい」 涙を拭い、玄関に行くと、みえがうたを痛いくらいに抱きしめてきた。「わっ!?」「うた、ごめん、ごめんね……。悪気はなかったの」「う、うん……。もう、ああいうこと、言わないでね」「分かってる。ごめ
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29話

 昼過ぎ、荷物も片付き、正一達も帰り、一段落した。使用人達はぐったりしている。「部屋の確認をしてみてください」「はい」 一緒に部屋に入り、目を疑った。ベッドもクローゼットも、小ぶりで使いにくかったのだが、成人向けの大きな物に変わっている。絨毯もどことなく幼いデザインから、洗練されたアラベスク模様に。 小物まで一新されており、まるで別の部屋だ。「わぁ、すごい……!」「気に入りましたか?」「はい、とっても」「よかった。クローゼットの中はどうですか?」「え?」 また新しい洋服が増えたのかと身構え、開けてみると、着物や袴が入っていた。それらは以前身につけていたもので、どれもうたのお気に入りだ。「嬉しい……。お母様達ね」「学校関連のものは、机の周りに置いてあります。明日から通えますよ」「本当に、女学校に……」 目を閉じれば学友や教師の顔が思い浮かぶ。はやく彼女達に会いたかった。「今日は予習でもしてなさい」 そう言って文彦は部屋から出ていった。「嬉しい……」 机の上には、教科書や筆記用具、裁縫道具などが並んでいる。どれも愛用していたものだ。久しぶりに教科書を開き、予習を始めた。 翌朝、うたは馬車で女学校に向かった。隣には文彦がいる。彼が仕事に行くついでに、うたも乗せてもらった形だ。 馬車から降りると、数人の学友が駆け寄ってきた。「馬車で来るなんて、優雅ねぇ」「聞いたわよ。結婚するんですって?」「婚約者の家にいるって聞いたわ。ねぇ、どんな方なの?」「えっと……」 矢継ぎ早に飛んでくる質問に困惑していると、咳払いが聞こえた。「皆さん、こんな場所で立ち話など、はしたないですよ。それに、他の生徒の邪魔になっています」 厳格な中年女性に、女生徒達はげんなりする。彼女は山畑先生。うた達の担任だが、厳しく古臭いため、山姥先生と裏で呼ばれている。「はやく教室に行きなさい。うたさんは先生と来るように」「は、はい」 山畑先生の前だと、自然と背筋が伸びる。山畑先生に連れてこられたのは、おばけが出ると言われている空き教室だ。この教室には、誰も近寄らない。外の木々や塀のせいで、常に日陰になっているような教室は、朝だと言うのにどんよりしている。 向かい合わせになるように座ると、山畑先生は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。いつもむすっとしている彼女が
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30話

「ですが、大丈夫ですか?」「え?」「水月家の人間は、冷徹だと聞きます。現当主がどういう方かは知りませんが、先代は血も涙もない悪名高い男でしたから……」 山畑先生の気遣いが、ただただ嬉しかった。水月家がよく思われていないのは、うたも前から知っていた。だが、母もそうだが、皆文彦の悪口ばかりでげんなりしていた。「文彦さんは、とても優しい方です」「そうですか。もしよければ、新しい暮らしについて、教えてくださる? きっとあなたが今している貴重な経験は、今後活かされていくはずですから」「役に立つかは分かりませんが……」 うたは水月家で学んだことや、苦労したことなどを話した。山畑先生は真剣に聞き、時にはメモをとっていた。「ありがとうございます。今後の教育に、きっと役に立たせます」「はぁ、お役に立てたのなら、何よりです」 教室に戻ると1時限目がちょうど終わったところで、女生徒達がうたに群がってくる。休んでた間の授業について聞くと、蜘蛛の子を散らすように散っていくのだから、分かりやすい。 久しぶりの女学校はイレギュラーなことこそあれど、無事に終わった。 校門に立ち、馬車を待つ。その間も結婚について聞いてくる女生徒がいてげんなりし、馬車がはやく来ることを祈った。 だが、いざ馬車が来ると、不躾に馬車の中を覗き、文彦の顔を見た女生徒が、黄色い声を上げてどこかに行き、やかましかった。「なんですか、あれば」「すいません、同級生です……」「あなたも苦労するのですね」「えぇ、まぁ……。でも、楽しかったです」「そうですか」 いつもどおりの無表情だが、眼差しは優しいものに感じられた。 それからうたの日常は忙しないものになっていった。女学校が終われば、花嫁修業と言う名の使用人からのいびりに、文彦とのテーブルマナーの練習。食事と湯浴みが終わると、予習をしなくてはならない。土曜の夜は文彦との夜伽があるから、土曜の予習は日曜にする。 唯一休めそうだと思っていた日曜は、文彦に食事以外のマナーを教わるのに忙しく、まとまった自分の時間を持てない。
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