私、伊崎紗千香には憧れている人がいる。その人は声だけで人を楽しませたり喜ばせたり、時には感動で涙を誘ったりする。私はその声に心を奪われた。 ちょうどその時は進学か就職か悩んでいた時期で、親と教師の板挟みに疲れ、行き詰まり心が荒んでいたのもあったのかもしれない。『気楽に生きればいい。笑える人生を歩め』と言う台詞が当時の私の心に突き刺さり、耳に響く低音の声が優しくて、とても心地良かった。 私はその声の主のように、心を動かせる人になりたい。そう思った…… *** あれから数年── 私は、憧れの人と同じ声優を選び、今年で二年が経った。 まだまだ下っ端で主要キャラなんて大役は貰えないけど、少しづつ台詞が増えるようになった。 声優という仕事は、声を通じてそのキャラクターに命を吹き込まなければならない。声一つにも、演技力や表現力が求められる大変な仕事だと、この世界に入って初めて知った。 経験を通して学ぶ事も多く、辛いこともあって何度も挫けそうになった。だけど、その度にあの人の声を聞き、活力に変えた。 今では、この仕事について良かったと思えるぐらいには充実している。 それでも憧れの人には全然追いつけない。 (一目ぐらいは会ってみたいな) 会話なんて烏滸がましい真似はしない。遠目でいいから姿をみたい。 (ま、それすらも烏滸がましいってね) 憧れはもはや偶像崇拝の域に達している。 今日も、その姿を脳内で拝みつつスタジオの扉を開けた。 「おはようございま──……」 扉を開けて、いの一番に視界に飛び込んできたのは、つい数秒前まで会いたいと願っていた人物、仲佐皓也だった。 「お、紗千香来たな!あのな──って、あれ?」 ディレクターの小柴さんが説明をしようとしてくれたが、初めて生で目にする仲佐さんの姿に、堪らず扉を閉め返してしまった。 (えぇぇ!?ちょっと待って、夢!?) 会いたい思いが強すぎて具現化したかと思った。 紗千香はその場にしゃがみこみ、高鳴る胸を抑えつつ真っ赤に染った顔を両手で覆っていた。 立っているだけで感じる圧倒的な存在感と艶かしい色気。一瞬、目にしただけでもこれほどまでの破壊力。 (はぁぁぁ~……無理……かっこいい……) 会話なんて
Last Updated : 2026-02-26 Read more