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私、
──と、言い出しっぺの小柴さんとスタッフ数人、そして仲佐さんに連れられて居酒屋へ行き、何だかんだ楽しくて飲み過ぎた自覚はある。 「……」 目が覚めた時、見知らぬベッドに寝ていた時のやっちまった感は言葉に言い表すことは出来ない。 出来るだけ心を落ち着かせ、部屋を見渡してみる。物が少なく統一感がある部屋。殺風景と言うのとはちょっと違う。人の気配はするのに、生活感がない。まるでホテルの一室のようだと思った。 窓から見える街の灯りは随分下に見える。明らかに高層階。こんな部屋に住んでいるのは…… (……嫌な予感がする……) 眉間に皺を寄せながら頭を悩ませていると、カチャッとドアが開いた。 「あ、起きた?」 思わず「ヒュッ」と喉が鳴った。 紗千香の視界に飛び込んできたのは、風呂上がりの仲佐。 湯上りで熱を帯びた肌はほんのり色付き、しっかり拭かれていない髪からは水が滴り落ちている。それだけでも十分目のやり場に困ると言うのに、普段見られないラフなTシャツ姿とゆったりとしたパンツ姿にドキドキも止まらない。 「気分はどう?」 ベッドに腰掛けながら、気遣う言葉をかけてくれる。 「えっと、私、昨日……」 「覚えてない?」 この手の返し方は、十中八九こちら側に非がある言い方。だが、聞き返された所で返す言葉が見つからない。不幸中の幸いなのは服を着ていたという点だけ。 (最悪……) 仲佐に認められるどころか、迷惑しか掛けてない。仕事でも失敗して、酒でも失敗して……こんなの呆れられて当然だ。 そう思ったら、目頭が熱くなり涙が頬を伝った。 「どうしたどうした!?」 急に泣き出した私を見てギョッとしている。 「す、すみません……私、迷惑ばかり……」 また困らせると分かっているのに、一度溢れた涙は止まらない。 「憧れの仲佐さんに少しでも近づけるかと思って今回の役を引き受けたのに、失敗ばかりで皆さんに迷惑ばかりかけて……」 酒が抜けていないのか、感情が抑えられない。 「紗千香ちゃんは頑張ってるよ」 そう言って宥めようとしてくるが、今は慰めの言葉すら惨めに感じてしまう。 「そもそも!仲佐さんのその駄々洩れの色気が悪いんです!」 完全に論点がずれた逆ギレ。酔っ払いにありがちな絡み方。これほど面倒臭い絡み方は
二人が演じる『北風と太陽』は、幼なじみである男女の恋模様を描いた作品。 ふわふわとした愛らしい主人公の杏が、ヤクザの若頭である樹に迫り、脅迫紛いの言葉で付き合う所から物語が始まる。 この手の話は需要があるらしく結構耳にする。 「……これは……」 紗千香は台本を開いて言葉を失った。 「あ、気付いた?」 同じように台本を手にしている小柴さんが嬉しそうに声をかけてくる。 私の記憶が間違いでなければ、この原作は全年齢対象だったはず。だが、台本に書かれている台詞はツラツラと甘い言葉が並べられ、キスシーンや絡み合う場面が多い。 「監督からの指示でね。ギリR15」 親指を力強く立たせ、ウィンクで決めてきた。 (冗談でしょ……) ただでさえ緊張してるのに、更に追い詰められた感が半端ない。 一方、動揺する紗千香とは対称的に淡々と台本に目を通す仲佐。眼鏡をかけ、顎に手を置きながら真剣に取り組みむ姿は、もはや絵画のよう。 「収録は後日。今日は顔合わせと台本を渡すために呼んだだけだから、これにて解散ね」 気持ちを落ち着かせる間もなく外へ放り出された。 暫くは茫然とスタジオの扉を眺めていたが、こうしていても埒が明かないと気付いた。 (こうなったら腹を括るしかない) 覚悟を決め、拳をグッと握りしめた。やるからには全力でやってやる。個人的な感情を仕事に持ち込むなんてプロとして失格だ。 折角、私を押してもらえたんだ。そんな彼を失望させるなんて真似できない。 そうだ。これは憧れの人に認めてもらえるチャンスだと思えばいい。彼に少しでも近づけるように…… ──収録は一週間後。 *** 『樹ちゃん。これなぁんだ』 『……それ、お前が子供の頃どうしても書けって迫った誓約書じゃねか』 『そうです。私が20になったら結婚してくれるって誓約書ですねぇ。──で、私の現在の年齢は?』 あっという間に一週間が経ち、収録の日がやって来た。滑り出しは順調。始まる前は緊張で吐きそうになっていたが、いざ始まってしまえば役になりきることが出来る。 『ガキの頃の約束なんざ無効だ無効』 『他人には嘘をつくなって偉そうな事言ってるのに自分は良いんですか?』 『お前なぁ……』 隣では『樹』になりきった仲佐さん
私、伊崎紗千香には憧れている人がいる。その人は声だけで人を楽しませたり喜ばせたり、時には感動で涙を誘ったりする。私はその声に心を奪われた。 ちょうどその時は進学か就職か悩んでいた時期で、親と教師の板挟みに疲れ、行き詰まり心が荒んでいたのもあったのかもしれない。『気楽に生きればいい。笑える人生を歩め』と言う台詞が当時の私の心に突き刺さり、耳に響く低音の声が優しくて、とても心地良かった。 私はその声の主のように、心を動かせる人になりたい。そう思った…… *** あれから数年── 私は、憧れの人と同じ声優を選び、今年で二年が経った。 まだまだ下っ端で主要キャラなんて大役は貰えないけど、少しづつ台詞が増えるようになった。 声優という仕事は、声を通じてそのキャラクターに命を吹き込まなければならない。声一つにも、演技力や表現力が求められる大変な仕事だと、この世界に入って初めて知った。 経験を通して学ぶ事も多く、辛いこともあって何度も挫けそうになった。だけど、その度にあの人の声を聞き、活力に変えた。 今では、この仕事について良かったと思えるぐらいには充実している。 それでも憧れの人には全然追いつけない。 (一目ぐらいは会ってみたいな) 会話なんて烏滸がましい真似はしない。遠目でいいから姿をみたい。 (ま、それすらも烏滸がましいってね) 憧れはもはや偶像崇拝の域に達している。 今日も、その姿を脳内で拝みつつスタジオの扉を開けた。 「おはようございま──……」 扉を開けて、いの一番に視界に飛び込んできたのは、つい数秒前まで会いたいと願っていた人物、仲佐皓也だった。 「お、紗千香来たな!あのな──って、あれ?」 ディレクターの小柴さんが説明をしようとしてくれたが、初めて生で目にする仲佐さんの姿に、堪らず扉を閉め返してしまった。 (えぇぇ!?ちょっと待って、夢!?) 会いたい思いが強すぎて具現化したかと思った。 紗千香はその場にしゃがみこみ、高鳴る胸を抑えつつ真っ赤に染った顔を両手で覆っていた。 立っているだけで感じる圧倒的な存在感と艶かしい色気。一瞬、目にしただけでもこれほどまでの破壊力。 (はぁぁぁ~……無理……かっこいい……) 会話なんて







