時間が流れ、瀬奈が退院する日となった。大きめのバッグを持った彼女は、目の前に広がる大病院を見上げた。瀬奈が入院していたのは、黒川区内にある総合病院だった。「お世話になりました」「いえいえ、お大事になさってください」瀬奈は自身を献身的に看病してくれた医師たちに礼を言った。今瀬奈がいつも通りの日常を過ごせているのは湊斗のおかげではあるが、彼らのおかげでもあった。瀬奈は最後に一礼をすると、世話になった病院から背を向けて立ち去った。今は、新しく向き合わなければならない問題がある。(神宮司邸に帰らないと……里亜もいるし……)――何より、湊斗と一度話し合わなければならなかった。彼もきっとそれを望んでいるだろう。タクシーで帰ろうとしていた瀬奈の前に、一台の車が停まった。運転席の窓が開き、中から姿を現したのは……「………湊斗?」「――迎えに来た」運転席に座っていたのは湊斗だった。彼は瀬奈に助手席に乗るよう指示し、彼女は黙ってそれを受け入れた。シートベルトをしたのを確認すると、彼はアクセルを踏んで車を発進させた。前に乗ったときと違って、車内は重苦しい空気に包まれていた。何か言わないとと思うものの、瀬奈は何の言葉も出てこなかった。彼と二人きりになったのは初めてではないし、むしろ何度もあったことだった。それなのに、今日に限って何故こうも緊張するのだろうか。結局、先に口を開いたのは湊斗だった。彼はハンドルを片手に前を向いたまま、瀬奈に声をかけた。「里亜がお前を心配していたぞ、早く会いたいとも言っていたな」「……里亜が」拉致されたあの日から、瀬奈は里亜にずっと会っていなかった。当然、娘に会いたいという気持ちはあったものの、入院中の自分を見たら余計に心配させてしまうような気がして。(……湊斗、あなたは一体今何を考えているの?)とっくに彼女の視線に気付いているはずなのに、こちらを見ようともしない。以前とまるで違うその反応が、瀬奈の胸を締め付けた。しばらく湊斗の横顔をじっと眺めていた瀬奈は、勇気を振り絞って話しかけた。「ねぇ、湊斗……」「――俺に話すことがたくさんあるだろう。それは里亜と会ってから聞くとしよう」「……」彼は瀬奈の言うことを予想していたのか、今は聞きたくないと言った様子で遮った。里亜が湊斗の子だと彼が知ってしまった以上、避けては通れない
Last Updated : 2026-06-23 Read more