บททั้งหมดของ 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: บทที่ 101 - บทที่ 110

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第101話

健吾が梨花をきっと睨みつけた。怪訝そうに智也が尋ねる。「凛と俺がもう……どうしたんだ?」慌てた梨花は、即座に誤魔化した。「もうあなたのことが好きじゃなくなったから、外で浮気してるの!」智也の表情がさっと険しくなった。「凛はそんなことはしないよ」凛が自分を愛してくれていることなんて、自分自身が一番よくわかっている。「どうして言い切れるわけ?」自分の息子が凛を庇う度に、梨花の苛立ちも次第に大きくなっていった。「凛はあなたになんでも言うっていうの?」「ああ。凛は俺に隠し事なんてしない」智也は迷いなく答えた。梨花は怒りをあらわにする。「あなた、完全にあの子の手のひらの上で踊らされてるみたいね!そこまでして凛を庇うなら、柚葉ちゃんのことはどうするつもりなの?とっても純粋な女の子じゃない。それに、家柄も容姿も完璧で、いつもあなたのそばにいてくれる。なのに、今の柚葉ちゃんは世間から見れば、『不倫相手』になっちゃうのよ?それでもいいのね?」「お母さん!なんで柚葉さんのこと、そんなふうに言うの?」胡桃が口を挟んだ。「元々は柚葉さんとお兄ちゃんが一緒にいたのに。後から割り込んできたのは凛さんの方じゃん」エレベーターから降りてきた凛は、ちょうどその会話を耳にした。智也が凛の姿に気づき、声をかける。「凛……」胡桃も振り返って凛を見たが、聞こえることも気にせずに続けた。「別に間違ったことは言ってないでしょ?柚葉さんが海外に行っている隙に、凛さんがちゃっかり入り込んだだけ。だから、お兄ちゃんのお嫁さんは、そもそも凛さんじゃなくて柚葉さんであるべきじゃない?」凛は瑶子に向かって言った。「瑶子さん、日和さん。申し訳ないのですが、少し用事ができてしまいまして……」瑶子と日和が車に乗るのを見送ってから、凛は再び谷口家の人々のもとへと向かった。智也には目もくれず、胡桃をまっすぐ見る。「胡桃。小林さんが義姉になることを望むなら、あなたのお兄さんに私と離婚するよう言えばいいんじゃない?そっちの方が、こんな所で喚き散らすよりずっと効果的だと思うけど」智也は目を見開いた。凛は自分と離婚したいのか?そんなことあり得ない。「私だって、お兄ちゃんには離婚してほしいに決まってるじゃん!」胡桃が凛に食ってかかろうとすると、智也が一喝した。「黙れ、
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第102話

智也は凛が少し潔癖なことを思い出した。凛がいたときは、家の中が散らかっていたことは一度もないし、少しでも汚れれば、凛はすぐに掃除をしていた。しかし、そんな凛はもう何日も家に帰ってきていない。だから、家の中は荒れ放題だった。「凛、いつ帰ってくるんだ?お前がいないと、家が汚くてさ」「智也、別にお金に困ってるわけじゃないでしょ?それに、家政婦一人雇うくらい、金や宝石を買うみたいに大金が飛ぶわけでもないんだからさ」智也はどきりとした。思わず息を呑む。「どういう意味だ?」智也が後ろめたさを感じているのだろうと悟った凛は、静かに瞬きをした。「そのままの意味だけど。何か別の意味でもあると思った?」智也は静かに呟く。「いや、ないけど」「ない?」では、柚葉に贈っていた高価なジュエリーは一体何だと言うのだろう?智也は凛のその曇りのない澄んだ瞳に見つめられ、妙に落ち着かなくなった。「別に家事をしてほしくて、戻ってこいって言ってるわけじゃない。ただお前に帰ってきてほしいんだよ。それに、お前の家でもあるんだから。なのに、ずっとよその家で世話になってるなんて、どういうことだ?」その智也の言葉が、凛にあることを気づかせる。ボーナスのお金が手元にあるうちに、急いで家を買っておかなきゃ。「分かった」凛はそう答え、携帯を取り出した。すると、智也の視線が携帯に向けられる。「いつ買い替えたんだ?前の携帯は?」智也は眉を顰め、その胸の中には再び不安がよぎった。凛に新しい友達ができた。見た目にも気を使うようになった。家にも帰ってこない。そのうえ、携帯まで買い替えて……「前のはずっと壊れてたから」凛は少し間をおく。「本当はもっと早く買い替えるべきだったんだけどね」智也は優しく聞いた。「どうして俺に言ってくれなかったんだ?」「携帯を買い替えることすら、あなたに報告しなきゃ駄目なの?」凛が不思議そうに智也を見つめた。「そういうわけじゃなくて。言ってくれれば、俺が買ってあげられたのにって思ってさ」「そういうこと……でも、大丈夫。私、自分で買えるから」「どこにそんな金があるんだ?」凛は怒りで笑ってしまいそうになった。「智也。私の月の手取りが十数万だとしても、お金はお金なの。まあ、あなたみたいな年収億超えの人には敵わな
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第103話

やっぱり……智也は柚葉の今後を心配する一方で、自分が会社の機密情報を盗んで捕まるかもしれないというリスクは考えていないらしい。「私は関わってないから、見ることすらできないと思うよ」「竹内社長がお前を関わらせてない?退職するっていうのに、社長秘書にしたくらいなんだから、お前に目をかけてるんじゃないのか?」そう言いながら、智也はその時のことを思い出し怒りに震えた。エンジンをかける前に、凛へと警告する。「凛、俺を裏切るような真似はするなよ?さもないと、ホシゾラ・テクノロジーは、お前が育った施設への支援を打ち切るからな」それでも凛は屈することなく、真っ直ぐ智也の目を見つめた。「施設への寄付は、会社のイメージ戦略やブランディングの一環じゃなかったの?」「別に施設はどこだっていいんだぞ。俺が寄付してやっていなければ、お前の大事な施設なんてとっくに潰れていただろうな!」声を張り上げ、凛に現実を知らしめようとした智也。凛は窓の外へ視線を向け、そんな智也を無視した。すると、凛の花柄のワンピースがやけに智也の目に刺さった。「もうそんな男が好きそうな服は着るなよ。お前はもう結婚してるんだからな」浮気している人ほど、他の人もきっと浮気すると思い込みがちなんだな……と、凛は心の中で思った。凛を二宮邸の前で降ろした智也は、もう一度念を押す。「何とかして竹内グループの入札状況を探ってくれ。特に大事なのはコアデータだからな。お前は大学でもこの分野を専攻していただろ?どの数字や情報が重要かくらい、分かるはずだ」……竹内家本邸。瑶子が車を降りると、夫である竹内隆(たけうちたかし)が玄関先に立っているのが目に入った。相変わらず人目を引くほど端正な佇まいだったが、その視線にはどこか拗ねたような、恨めしげな色が滲んでいた。隆が沈んだ声で口を開く。「瑶子、お前は友達が開店したレストランに行く時、なんで夫である俺を連れてってくれないんだ?そんなに、俺を人前に出すのが恥ずかしいのか?」状況を察した日和は、静かにその場から立ち去ろうとした。「日和」日和を呼び止めた瑶子。「海斗に電話してくれるかしら?今夜帰ってくるように伝えて。聞きたいことがあるの」「わかった。お母さん、お父さん、私は先に入ってるからね」日和はそそくさと家の中に入った。自分の
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第104話

その問いに、しばらくの間答えない海斗。「ねえ。あなたは今、自分の感情に自信が持てないんでしょう?」瑶子は、じっと息子を見つめた。「海斗。凛さんの状況は聞いているのよね?」「ああ」海斗が頷く。「今、谷口社長と離婚の話を進めているところだ」「じゃあ、彼女の過去については?」海斗は、少し緊張した面持ちで母親を見た。「施設で育ったことに、何か問題でもあるのか?」「彼女は人生で一度捨てられたってことでしょ?」瑶子は穏やかな口調で続けた。「そして今、谷口社長との離婚が……二度目」「母さん。離婚に対して『捨てられた』って言葉は違うと思う」海斗が訂正する。瑶子は頷き、確かに自分があまりよくない言い方をしてしまったことを認め、言い直した。「そうね……じゃあ、二度傷つけられたと言うべきかしら。凛さんは、もう二度も深く傷ついているの。だからね、海斗。もしあなたが自分の気持ちをはっきりさせられず、彼女の心の傷を受け入れられる覚悟がないのなら……そして、彼女のすべてを受け入れる覚悟をしていないというのなら……彼女を傷つける『三度目』にならないでちょうだい」母の一言一言は、海斗の胸に強く叩きつけられた。それはまるで、警告の鐘のように。海斗は指先をわずかに震わせ、静かに視線を落とした。「海斗。再婚だなんてまだ先のことを考えるより、まずは自分の気持ちと向き合いなさい」そう言うと、瑶子は優しく微笑んだ。隆も神妙な面持ちで頷く。「母さんの言う通りだ。よく考えなさい。恋愛も結婚も人生の大事な選択だ。本当に相手を想う気持ちがあってこそ、結婚には意味があるんだからな」「ああ」海斗は頷いた。……松田家。柚葉が松田家に帰ってきたことは、すぐさま英樹へと伝えられた。「柚葉さんがいらっしゃいましたよ!」英樹にとって、柚葉は何よりも可愛がっている存在だったため、家の者は皆、柚葉に愛想よく振る舞い、柚葉も笑顔で一人一人に挨拶を返す。「旦那様は書斎で書道を嗜んでおられますので、以前と同じように、そのまま入っていただいて大丈夫ですよ」「ありがとう」柚葉はノックもせず、中へと入る。気配を感じた英樹が言った。「10日も顔を見せないなんて、両親に手足でも縛られてたのか?」「そんなことあるわけないでしょ、お爺様。父と母は、私をずっとここ
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第105話

柚葉が不満げに口をとがらす。「それじゃ、私の論文はどうなるの?」「そのうち、直接会いに行ってくるよ」「私も行く」その谷口博士とやらがどんな人なのか、自分の目で確かめてみたいのだ。英樹は顔を顰めた。「陰口の種をこれ以上増やしてどうするんだ?お前がついてくれば、わしが立場を利用して圧力をかけにきたと思われるだろう?」それでも、柚葉はなんとしてでもその谷口博士とやらに会いたかった。この間の交流会で、涼太が凛を谷口博士と勘違いした時から、柚葉の中には言い知れぬ疑念が燻っていたのだ。「ねえ、お爺様。谷口博士と茅野先生は面識があるのよね?」「面識があるどころの話ではない」と、英樹は鼻で笑った。「翼と史哉は、学生の取り合いで本気で揉めかけたことがあってな。で、その取り合った学生っていうのが、谷口なんだよ」柚葉はどきりとした。「それじゃ、茅野先生のお孫さんは谷口博士と会ったことがあるの?」「あそこの坊主か……」英樹は少し考え込んでから、頭を振った。「会ったことはないはずだ。7年前にはもう史哉に付いて、谷口はプロジェクトに参加していたし、その頃から計画自体が機密扱いだったしな。でもその後、史哉が亡くなってプロジェクト自体が一時中断されてしまったんだが、その後極秘扱いで再始動し、谷口が責任者を任された。だから、谷口に関する情報は国家レベルで保護されている。翼の孫程度の立場じゃ、接触どころか存在すら簡単には知り得ないと思うぞ」柚葉は胸をなでおろした。やはり、勘違いだったか。「それにしても、急にどうして翼の孫の話なんかするんだ?パーティーで何かあったのか?」英樹が意味深な笑みを浮かべる。柚葉は間髪入れず答えた。「お爺様!私には好きな人がいるって言ったでしょ?彼も、私のことずっと待っててくれてるんだから」「ああ、あのホシゾラ・テクノロジーの谷口社長だろ?ここ数年の急成長ぶりはわしも知っているし、実力も確かだな。業界でも名を馳せている男だ」「智也は本当にすごいのよ?私が海外にいる間だって、私の研究をずっとサポートしてくれてたんだから」しかし、レストランでの出来事を思い出し、柚葉は少し顔を曇らせた。「どうした。喧嘩でもしたのか?」「もちろん違うわ。智也は私のことをとても大切にしてくれているもの。私と喧嘩するなんて、あの人には
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第106話

翌日の午前、凛はいつも通り出勤した。周囲の同僚たちは皆、最新プロジェクトの入札で大忙しだが、彼女は比較的余裕があり、海斗の出張の手配を進めていた。まだ秘書としては駆け出しで、海斗の好みも把握していなかったため、凛が作成した日程はかなりタイトなもので、唯一の休息時間は飛行機の中のみとなっていた。手配を終えると、午後の休暇申請の手続きに取りかかった。秘書課の休暇申請は簡単で、直接社長に提出し許可が出れば、そのまま総務部に送ればよかった。しかし、30分経っても進展がないことに気づいた凛は、社長室に向かった。ふとドアの方に視線を向けた海斗は、社長室の前に立っている凛を見て固まった。入るように指示するでもなく、さりとて出て行けというわけでもない海斗の態度に、凛は不思議そうな視線を彼に向ける。これは、どういう状況?大きな目で自分を見つめ、首を少し傾げる凛の様子は、まるで静かな猫のようだった。海斗は静かに息を吐き出すと、頷いて入室を許可した。「社長。午後に用事がありますので、早退させていただいてもよろしいでしょうか?」「どこへ……」そこまで言いかけた海斗だったが、自分が踏み込みすぎたことに気づく。すぐさま私用だと判断し、言葉を変えた。「私用だと、給料から引かれるぞ」「問題ありません」竹内グループの給料など凛にとっては形だけのものだったので、天引きされたところで痛くも痒くもない。凛が全く気にしていない様子を見て、海斗の胸には言いようのない苛立ちが込み上げたが、必死に抑え込んだ。母である瑶子の言葉が鋭い刃のようになって、常に彼を戒めていたから。自分の気持ちを確信できないうちは、軽はずみに相手の人生に踏み込むな。今は我慢だ。昼休憩の時間、偶然凛のそばを通りかかった海斗の耳に、凛が電話で話している声が聞こえてきた。相手が誰かは分からなかったが、「後ろ盾」という言葉が聞こえた気がする。「今回の呼び出しも、また私を困らせようっていうことなんですか?私には、もう後ろ盾なんてないのに」海斗の眉間に皺が寄った。電話を終えた凛が振り返ると、そこにはコーヒーを手にした海斗が立っていた。二人の視線がぶつかる。「あ、竹内社長」凛は軽く会釈すると、鞄を抱え直し、去ろうとした。「待て」凛を呼び止めた海斗だったが、一瞬言葉に
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第107話

前回の交流会で柚葉と智也の様子を見てから、克哉はもう柚葉を敬称で呼ぶことさえやめ、呼び捨てにするようになっていたのだ。「プロジェクトに参加させてあげたっていうのに、まだ何かあるんですかね?」凛は、自分がなぜ呼び出されたのかさっぱり分からなかった。克哉が核心を突く。「狙いは論文だろうな。このプロジェクトの論文には、当然ながら研究チーム全員が共著者として名を連ねることになる。でも、松田さんや小林が欲しいのは、おそらくそれだけではない……」凛は言葉を失った。「彼女、もう特任研究員のポストに座っていて、論文でも何人もの前に名前が載る立場ですよね?それなのに、まだ第一著者の座まで欲しいっていうんですか?」克哉は黙り込んだ。本当に何とも言えないのだ。「第一著者の座までは狙えないはずだ。君の申請資料は、もうずいぶん前に提出されているからね」克哉は落ち着いた口調で言った。「安心して。そんなことにはならないよ。僕がいる」「心配はしてないんです。もし、小林さんが第一著者の座を奪おうとするなら、私はコアデータを持って辞めるだけですから」克哉は思わず目を見開いた。それはさすがに、専門家としての許容範囲を試すような提案ではないか?だが、よく考えてみると……いや、できないこともない。なにより、凛にはそうできるだけの能力がある。だがそんなことより、克哉は凛の私生活の方が心配だった。「それと……なんだ。気を悪くしないでほしいんだけど、谷口社長との離婚の件はどうなった?」「まだ離婚準備中です」凛は克哉が気にかけてくれていることを知っていた。おそらく、あの交流会の夜から今まで、ずっと聞きたくて仕方がなかったのだろう。気を遣って尋ねるのを我慢していたのだと思うと、年配の彼に対して少し申し訳ない気持ちにもなった。「離婚協議書へのサインはあるので、あとは離婚届に記入してもらうだけなんです」「そうか」克哉は険しい顔をした。「まだ法的には離婚していないのに、谷口社長は小林とあんな付き合い方をするなんて……」「いいんですよ」凛には分かっていた。柚葉は世間に智也との関係を認めさせることで、彼女自身の立場を確かなものにしようとしている。そして、最終目的は、智也との結婚なのだろう。まあ、願ったり叶ったりだ。「君は何年もあの男の身の回りの世話をし、さ
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第108話

凛だけが中に入り、克哉と英樹の秘書はドアの外に立っていた。英樹の秘書に、ドアから離れるように言われたが、凛のことが心配だった克哉は、やはり少し離れた場所で待つことにした。英樹の秘書もそれ以上は何も言わず、自分の業務に戻っていった。克哉は先ほど、凛が柚葉も来ているらしいと言っていたことを思い出す。今、研究所で特に大きな進捗すらないのに、なぜコアデータに触れる権限すらない特任研究員が来ているのか?違和感を覚えた克哉は、辺りを見回す。すると、案の定物陰に鮮やかなスカートの裾が見えた。更に近づいてみるとハイヒールも見え、克哉の違和感が確信に変わった。研究所で柚葉ほど着飾っている人間はほとんどいない。目が回るほど忙しい日々を送り、時間ができれば、家族や友人との時間を優先する。ここで働く者に、自分を飾り立てる暇など、あるはずもないのだ。「小林さん?」柚葉は一瞬固まり、慌てて携帯を隠そうとしたのだが、緊張のあまり、鞄に入れようとした携帯を床に落としてしまった。画面には、今しがた盗撮したばかりの写真。そしてそれは、凛の横顔が写った唯一の写真だった。だがあいにく、写真の中の女は白いマスクで顔の半分を覆い、更には少し伏せ目がちで、目元も前髪で隠れていた。余程親しい間柄でない限り、この横顔だけで誰かを特定するのは難しいだろう。克哉は自ら携帯を拾い上げた。顔を真っ青にした柚葉。研究所内への携帯持ち込みは禁止されており、特に撮影などは厳重に罰せられる。克哉は祖父ほどの影響力こそないが、それでも自分よりはるかに上の立場にいるし、何より、この業界では名の知れた存在だ。だから、プロジェクトチームの他の研究者たちのように、祖父の名前をちらつかせれば押し切れるような相手ではない。「さ、佐野先生。私は、その……そ、祖父と一緒に来てて。携帯の電源を切るのを忘れてしまったんです」それでも柚葉は、祖父の名前を出すしかなかった。だが、克哉は温厚で人当たりがよく、世渡りも上手な人物だと聞いている。自分が写真一枚撮ったくらいで、わざわざ大ごとにはしないだろう。「なんだ、そうだったのか。まあ、気をつけて」克哉は笑顔でそう言うと、柚葉が先ほど撮った写真を全て削除し、「最近削除した項目」を確認することも忘れなかった。「特に写真を撮ってたってわけで
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第109話

「まだ1ヶ月経ってません」もっとも、新しい風を吹き込んでくれたという話については、あえてコメントしなかった。口にすれば、英樹を怒らせてしまいかねないと思ったから。柚葉は毎日着飾って研究室に現れるが、そこでの存在価値はせいぜい目の保養程度だった。だが、プロジェクトを管理するのに必要なのは能力であって、美貌ではない。「谷口、お前さんは史哉とそっくりだな」英樹が鋭い視線で凛を見据える。「でも、若いうちから人の後追いをするのは、あまり感心しないな」史哉は誰もが認める研究一筋の学者だった。研究に人生を捧げるような人物で、性格は実直そのもの。思ったことは遠慮なく口にするため、学界のお偉方から反感を買うことも少なくなかった。凛は聞こえなかったふりをして、堂々と言った。「いつか私が二宮教授と同じところまで行けたら、とても誇らしく思います」「な、なんだと……!」英樹はもうこれ以上凛と駆け引きを続ける気はなかった。「いい加減にしろ。史哉が人を敵に回しても平気なのは、あいつにそれだけの地位があったから。だがお前さんは……」「ご指摘ありがとうございます」凛は全く聞く耳を持たない。英樹は苛立たしげに椅子へ腰を下ろすと、凛に命令した。「柚葉がコアデータを見たがっている。お前さんが直接持って行って見せてやれ」「彼女は当プロジェクトに関わっていないため、コアデータを見せることはできません」凛は屈せずに言い返す。「もし小林さんにコアデータを共有してしまったら、プロジェクトメンバーの努力に背く行為になりますので」「誰が反対してるんだ?言ってみろ」英樹は鼻で笑った。凛はもちろんチームメンバーを売ることはなく、迷いなく答えた。「私です」「みんな異論を唱えていないのに、なぜお前さんだけ反対するんだ?谷口、お前さんはただの孤児だ。それに、こっちだって他の連中のように無茶なことを言っているわけじゃないし、責任者の座や第一著者なども求めていない。ただ、柚葉にプロジェクトのコアデータを見せてほしいと言っているだけじゃないか」英樹が怒りをあらわにする。しかし凛は動じなかった。「データをお見せすることは構いませんが、それと同時に、私は特許を取り下げ、プロジェクトを持って研究所を去らせていただきます」英樹は息をのんだ。「わしを脅しているのか?」「
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第110話

柚葉はまだ研究所内をうろついているだろう。かなりの確率で顔を合わせることになるだろうからと、克哉が凛にコートを脱ぐよう言い、代わりに彼自身の黒いジャケットを着せた。少し大きくて、地味だが、まあ仕方がない。「あとこれも被って。完全に顔を隠さないと」克哉は鞄から灰色のキャップを取り出し、凛の頭に深く被せた。「どうしてキャップまで持ってるんですか?」と凛は首をかしげる。「娘のだ」克哉が凛を見た。「だいぶましになったな。これから、研究所に出入りする時は変装用の服を用意しておいて。用心するに越したことはないから」「分かりました」凛は小さく頷く。凛よりも長く生きてきた克哉からすると、凛はとても静かで大人しい。だから、余計に目を付けられてしまうのだろう。克哉は溜息をつき、「離婚して正解だ」とぶつぶつ言い続けている。苦笑いをする凛。今でもこの話題に触れられると、やはり胸がざわついてしまうのだ。自分は智也という男を4年間、本当に愛していたのだから。「僕の車に乗って。外まで送るよ」車がゲートに差し掛かったとき、サイドミラー越しに柚葉の姿が見えた。克哉ははっとして、独り言をこぼす。「しつこい女だな。やっぱり松田さんに言っておくかな。だってあの子、松田さんの言うことしか聞かないから」克哉が助手席の凛に尋ねた。「どこに送る?」二宮家へ、と答えようとした時、凛の携帯が鳴った。院長先生からだった。克哉は凛へ電話に出るよう合図をする。「もしもし、院長先生?」凛の声がぱっと明るくなる。まるで故郷の家族に電話をしたときのような、安らかな調子だ。「私は元気です。先生たちはどうですか?」「私も子どもたちもみんな元気よ。実はね、あの子たちがあなたのために手作りしたものや、お手紙、それにこっちの名物を送ったの。もちろん、あなたの大好きなピーナッツのお菓子も入れてあるから。智也さんの家に届くはずだから、取りに行ってね」「分かりました。すぐ行きますね」凛がこれまで届け先として伝えていたのは、ずっと智也と暮らしていた家の住所だった。だが、もうすぐ離婚する以上、今後は院長先生にも別の宛先を伝えたほうがいいだろう。とはいえ、まだ自分名義の家はない。二宮家に送ってもらうのも気が引けるし、まして竹内グループなどは論外だ。「院長先生、あの……当分
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