All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 81 - Chapter 90

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第81話

凛の心に、一瞬だけ異様な感情が生まれたが、すぐに冷静さを取り戻し、優雅に軽く会釈をした。海斗は喉を鳴らした。体を曲げた際にも、視線の端でずっと彼女を追い続けていた。音楽が止む。盛大な拍手が沸き起こった。智也は人だかりの中で呆然と立ち尽くしていた。周りの皆が、海斗の横にいる女性は誰かと噂をしている。相手が誰であれ、海斗がダンスの相手に選んだということは、この女性が海斗にとって大切な存在であることには変わりがない。柚葉は智也の背中を見つめた。智也が嫉妬しているのがわかる。智也の心の中には、やはり凛がいるらしい。柚葉は奥歯を食いしばった。正人も拍手をせず、顔をしかめてその様子を眺めていた。智也は今回、二人の女の間で大変なことになるだろう。どちらが選ばれるかは、結局どっちがより彼を夢中にさせられるか次第だな。それにしても、自分が一番割を食う気がする。これから先、もし二人が同じ場に揃ったら……いったいどんな対応をすればいいんだ?そんなことを考えていると、同伴していた女性に正人は怒られた。「まだ見てるの?竹内社長の女まで気になるなんて」「誰が竹内社長の女だって?」と正人は諭す。「こんなことは、智也の前で言うなよ。ほら、俺らも行こう。主役がもう踊り終えたんだから、次は俺たちの番だろ?」凛と海斗がダンスフロアを去ると、止まっていた音楽がまた流れ始めた。人々は思い思いにダンスをしたり、会話を交わしたりして、パーティーは和やかな雰囲気で進んでいる。智也がこちらに歩いてこなければ、全てが問題ないのに、と凛は思った。「小林さんは足を怪我しているんでしょう?見てあげなくていいの?」凛は智也に先制攻撃をかける。赤ワインを飲んでいた海斗の指が止まった。グラスに触れる唇の端が、にやりと弧を描く。隣に座る日和も、笑いそうになるのを必死にこらえていた。「それってどういう意味だ?」智也の眼差しが鋭くなった。「友達思いのあなたなら、もっと彼女を大切にしてあげるべきじゃないかなって思って」凛の目は濁りがなく、智也もそこから一切の疑いを感じ取れなかった。「わかってる」智也はジャケットを脱ぎ、凛の肩にかけた。「凛、あまり肌を見せない方がいい」凛はようやく気づいた。彼はまさに、やった本人が被害者ぶるタイプ。つまりは、モラハラ気
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第82話

「竹内社長だって、私を利用しているんじゃないですか?」凛は男の深い漆黒の瞳を見つめる。海斗は静かに琥珀色に輝く凛の瞳に見惚れた。「イノベーション・テクノロジーとホシゾラ・テクノロジーは競合相手ですよね。竹内社長、私が谷口社長の妻だって立場を利用して、彼を煽るなんて、本当に悪趣味だと思いますよ」凛は視線を外すと、「でも、それは計算違いです。彼は私のことなんて、どうでもいいんですから」と冷たく言った。……智也が戻ると、柚葉の姿はなかった。人に尋ねてようやく見つけ出すと、胡桃が柚葉にティッシュを差していた。「胡桃?柚葉?」顔を上げた胡桃は、智也の姿を見るなり苛立ちを露わにした。「お兄ちゃん、何したの?柚葉さんを泣かせるなんて!一体何があったの?」「胡桃、誤解だよ。柚葉はただ、足を痛めただけなんだ」「そんなわけないでしょ!凛さんがいたところ、さっき見たんだから!」胡桃は怒って言った。「お兄ちゃん、なんであの女を連れてきたの?それに、あんなに高い服まで買い与えて。あのドレスは、アンティーク物で、市場には絶対出回らない代物って聞いたんだから。あの真珠だってそこらの真珠とは全然違うし!柚葉さんの気持ち考えた?もっと大切にしたら?なんでいつもあの女のためばかりお金を使うのよ!」智也は眉をひそめた。胡桃がいつも凛を目の敵にするのが気に入らない。「凛は俺の妻なんだから、お前と同じ家族だろ?」そう言ってすぐ、智也は柚葉の前だったことに気づいた。急いで柚葉を見ると、彼女の目からは大粒の涙が溢れ出していた。「柚葉、そんなつもりじゃ……」手を伸ばしたが、柚葉に振り払われる。「ごめんなさい。ずっと私の勘違いだったんだね。もう、わかったから。私、帰るね」柚葉は涙を拭い、無理やり笑顔を作り、その場を後にした。胡桃は怒鳴り散らす。「お兄ちゃん!なんで柚葉さんを傷つけるの?柚葉さんはあんなにお兄ちゃんを愛しているのに!」柚葉はもう走って遠くに行っていた。「お兄ちゃん、早く追いかけなよ!」胡桃が智也を突き飛ばす。「何迷ってるの?前はあんなに柚葉さんのこと好きだったじゃん!」智也は走りだし、柚葉に追いついた。智也自身にも自分が何を迷っていたのかは分からなかった。愛しているのは、ずっと柚葉だったのに。しかし、凛の姿や顔、そ
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第83話

あの頃、智也は心から柚葉を愛していた。努力に努力を重ね、胃に穴が開くほど酒を飲んでまで今の地位まで上り詰めたのも、すべては柚葉が金銭に困ることなく研究に専念できるようにするためだった。柚葉が自分らしく自由に、好きな分野で才能を発揮できることを何よりも願っていた。智也は、一生陰ながら彼女を支え続ける覚悟を決めていたのだ。それなのに、彼女はいまさら自分を愛しているなどと言った。しかも、自分に妻がいる今の状況で。智也の目が徐々に冷めていくのを見た柚葉は、一瞬どきりとした。「ごめん、智也。こんなわがまま言って……」彼女は智也の胸に飛び込んだ。智也がいなくなったら、これほど都合のいいATMなんて見つからない。長年自分を愛してくれた男だ。急に愛が冷めるはずがない。そして、認めない。「もう困らせたりしない」柚葉は智也の胸に顔をすり寄せる。「智也、本当にあなたが大好きなの」しばらくして、智也は小さく呟いた。「俺もだよ」柚葉が落ち着くと、二人は再び会場へ戻った。あたりを見回しても凛の姿は見当たらない。凛を探していると、胡桃が若い男たちと楽しそうに話していたため、智也は眉をひそめながらその方へ向かった。すると、そこには見知った顔があった。「茅野さん?」茅野と呼ばれた青年が笑って振り返る。「あ、谷口社長。祖父と親しいそうですね。それと、茅野だと祖父と紛らわしいと思うので、名前で呼んでください。涼太です」茅野涼太(かやの りょうた)は手を差し出した。智也もそれに応じる。握手をしている時、涼太は智也の隣に立つ華やかな女性に視線を移した。「こちらの女性は?」智也が言いかけようとした瞬間。胡桃が智也よりも早く柚葉の腕に絡みついた。「柚葉さんはお兄ちゃんの恋人なの!それに、国家プロジェクトの顧問をするために、海外から戻ってきたばかりなんだから!すごいでしょ?」涼太はにこりと笑う。「それは素晴らしいですね。初めまして」柚葉は微笑んだ。「母方の祖父が松田というのですが、涼太さんのおじい様とは古い知り合いみたいで」松田という名を聞いて涼太はピンと来た。「ああ、松田先生のお孫さんでしたか。お二人は、本当にお似合いですね」「でしょ?私もそう思うの!早く結婚してくれたら、堂々とお義姉ちゃんって呼べる
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第84話

涼太は、祖父の書斎に飾られた集合写真を見たことがあったので、凛のことを知っていた。写真には専門家たちばかりだったので、そのほとんどが五十を過ぎていた。その中で、若者はわずか3人なうえに、唯一の女性だったため、かなり印象に残っていたのだ。おまけに翼もたびたび凛の話をしていた。そんな凛を見間違えるはずがないと確信した涼太は、手にしたグラスを置いてすぐさま歩み寄り、大きな声で「谷口博士!」と呼びかけた。近くにいた者たちにも、その声ははっきりと聞こえた。凛の体はビクリと震えた。誰だ、自分を谷口博士と呼んだのは?振り向くのが怖くてたまらない。振り返ることは、つまり認めるということになるから。つい二日前、凛は竹内兄妹たちに対して修士までだ、と伝えたばかりなのに。「谷口博士!谷口博士ですよね!こんにちは!」涼太は目を輝かせながら、凛に手を差し出した。「僕、茅野涼太といいます。祖父からよく谷口博士の話はうかがっております」凛は心の中でまずい、とつぶやく。涼太は凛が深く敬愛する先生の孫にあたる人物だった。さらに、智也、胡桃、柚葉の3人もこちらに歩いてきている。智也はかなり怪しんでいるようだし、柚葉も眉間に深くしわを寄せていた。「人違いではないですか?茅野さん」と、凛は軽く会釈をした。「茅野さん、絶対に人違いだよ。この女が博士なんてありえないから」胡桃が馬鹿にするように笑う。「前までは竹内グループの下っ端事務員だったのに、どういう運か竹内社長に気に入られて今は秘書をやってるの。いつも野暮ったい格好をしてたのに、今日少しまともな服を着てるだけ。そんな女が博士なんて、絶対ないから」智也は顔を暗くして嗜める。「胡桃」胡桃は口を曲げた。「事実を言っただけでしょ?」日和が呆れて言い返した。「あなた、そんなこと言えるの?自分は実家で兄におんぶにだっこのくせに。外に出たって、掃除のバイトすらできないんじゃないの?」「な、何てこと!」胡桃は日和に食ってかかろうとしたが、何も言い返せずに、結局は怒りのあまり智也の背後に隠れた。涼太は「えっ?」と驚き、もう一度目の前の凛を見る。「本当に、谷口博士じゃないんですか?」人違いなのか?いや、そんなことはあり得ない。目の前の女性は濃い化粧もしていないし、写真の印象と全く変わらない。
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第85話

「彼女は本当に違いますから」凛が答える前に、智也はそう答えた。涼太は智也を振り返り言った。「谷口社長はどうして違うと言えるんですか?彼女と親しいんですか?親友か何か?」凛はふいに智也の方を見やった。日和もまた、智也の顔をじっと見つめ、何と答えるのかを待っていた。智也の背中に、嫌な汗が流れる。先ほど胡桃が、柚葉のことを恋人だと言ってしまった。もし今、ここで凛を妻だと正直に認めれば、茅野は智也をどう思うだろう?翼にだってなんと言われるか分からない。翼は先端的技術の特許をいくつも抱えている。今、今の地位を守るためにも、智也は何としてでも大型の共同プロジェクトが不可欠だった。智也は心の中で凛に謝る。どうか分かってほしい、と願うしかなかった。「ええ」智也は頷いた。涼太は、首をかしげた。ただの友人だというのなら、さっと答えればいいのに。柚葉は、これ幸いとばかりに凛の目の前で智也の手を掴んだ。凛はそれを見て、茅野に向かって言った。「ええ、友人なんです」その言葉を耳にした智也の心には、喜びどころか、言いようのない空虚感が広がった。「日和さん、退屈だって言ってたよね?もう行こうよ」俯きながら、入口の方を向く凛の瞳には、複雑な感情が浮かんでいた。智也は、心臓に鋭い痛みを感じた。思わず凛の手を掴もうとしたが、片側の手を柚葉に引っ張られ、さらに割り込んできた胡桃に阻まれてしまった。「お兄ちゃん!あっちへ行こうよ!涼太さんも、早く早く」自分の隣をすり抜けていく凛。彼女はもう、智也の方を一切見ようとはしなかった。結局、智也はその背中を追った。出口の先、凛が日和の車に乗り込もうとしていた。赤い高級スポーツカーはあまりにも目立ち、凛の白い肌をいっそう際立たせている。「凛!」駆け寄った智也は、肩で息をしていた。ふと、凛はある日のことを思い出す。付き合い始めの頃、交差点の向こう側から、智也が笑いながら息を切らして駆け寄ってきてくれたことを。あの晴れた午後、凛は智也からプロポーズを受けたのだった。「谷口社長、何か御用ですか?」日和は車のドアを激しく閉めると、怒った目で智也を睨みつけた。智也は日和を一瞥すると、凛に向かって必死に言い訳をする。「凛、さっきのは違うんだ。お前のことを友達だなんて言ったのは、
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第86話

智也は交流会の会場に戻ったが、心は上の空だった。柚葉が何度話しかけても、智也は生返事をするばかり。笑う者がいれば、泣く者だっているのだ。智也は後者だった。一方で、海斗は前者だった。凛がようやく地獄のような結婚生活から解放され、離婚の手続きを進めているという日和からの朗報が、海斗の携帯に届いたのだ。海斗は返信する。【今頃知ったのか?】まるで勝ち誇っているようなその返事に、日和は憤慨し、凛の腕を取って言った。「凛さん、私たちが一番仲良しですよね?!」凛はその勢いに少し戸惑ったが、甘えてくる日和には敵わず、小さく頷く。「うん、そうだね」「お兄ちゃんより、ずっと仲良しですよね?」凛は迷わず答えた。「もちろん」海斗とは仕事上の関係しかないのだから。今は、社長と秘書という関係だが、もし竹内グループが凛のプロジェクトに入札したとしたら、「取引先」という関係にはなるかもしれないが、ただそれだ。それ聞いた日和は気をよくし、スマホに誇らしげな返信を入力し送ったが、既読がつくだけで返事はなかった。きっと、苛ついているに違いない。「ねえ凛さん。急いで帰らなきゃいけないですか?」日和が目を輝かせる。凛が尋ねた。「どうしたの?」「お祝いしましょうよ!やっと、あのクズ男とさよならできるんですから!」少し考え込んだ凛の頬を、秋の風が撫でた。凛は頷く。「確かに。これはお祝いしないとだよね」4年の結婚生活だった。これがもし十数年も続いていたら、今のように綺麗に別れられただろうか?日和は凛を連れて、行きつけの洒落たバーへ向かった。生歌が流れ、程よい静けさが漂うかなり良い場所だった。二人は店全体が見渡せる二階の席に腰を下ろす。ここは日和の特等席だった。「内緒ですけど、実は私がここのオーナーなんです」「え?」日和がお酒好きに見えなかった凛は驚いた。「暇つぶしみたいなものです。毎日研究室でじっとしているのに耐えられなくなって、息抜きがしたかった時に、自由に使えるお金があったから何となくここを始めて。だから、気分を変えたくなるとここに来て、ちょこっとだけお酒を飲むんです」そう言うと、日和は凛にお酒を注ぐ。「これ飲んでみてください。マスターが作った果実酒です。度数も低いから酔わないし、甘酸っぱくて美味しいですよ」一
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第87話

海斗は顔を上げ、二階の席に座る白い背中を見つけた。凛だ。海斗は大またで二階へ上がった。二階は静かで、特に彼女たちがいるエリアは二人きりだった。日和はすでに机に突っ伏して寝ている。凛は座ったままだったが、片手で頭を支え、もう片方の手で酒を注いでいた。しかし、かなりふらついているようで、グラスの周りには、酒がこぼれていた。まだ酒を注ごうとしている凛の手から、海斗が酒を取り上げる。凛は顔を上げた。そこには、白シャツに赤ネクタイの海斗が立っていた。しかし、思考が鈍くなっていた凛は、ゆっくりと瞬きをするだけだった。赤くなった彼女の目尻と涙の跡に気づいた海斗は、責めようと思っていた言葉を飲み込む。「帰るぞ」「どこへですか?」「家だ」海斗は凛の手首を掴んだ。その手首は想像以上に細く、華奢だった。凛が手を抜こうとする。「私に家なんてありません」そう言ってまた、凛は涙をこぼした。しかし、凛は自分が泣いていることにも気づいていないのか、静かに座っていた。海斗は仕方なく凛の隣に座ると、テーブルの上に置いてあった紙ナプキンをとった。そして、凛の顎を掴み、自分の方を向かせる。海斗は紙ナプキンで凛の涙を拭った。すると、突然凛が海斗に向かって言った。「院長先生」海斗の手が止まる。「院長先生」視界がかすみ、凛は自分が泣いているとに気づいた。しかし、泣きたくなかった凛は、声を震わせながら言った。「智也、智也は別の女と寝たの……しかも、私と智也のベッドで!それに、そもそもあの人は私を愛してなんかいなかった。結婚したのも、ただ……」たまりに溜まった感情が溢れ出す。「私と結婚することで、柚葉が智也のために帰ってきてくれるかどうか試したかっただけなんだから。私の人生を賭けた結婚は、彼にとってはただのテストだったみたい。今も離婚していないのは、無料で洗濯や食事をしてくれる家政婦を手放すが惜しいだけなの」凛はすすり泣きながら、涙を拭った。「でもいいの。智也が離してくれないなら、私から離れればいいだけだから。この4年はドブに捨てたと思えばいいし。院長先生、私また院長先生のとこに帰ってもいいかな?わ、私を追い出さないよね?」凛は潤んだ目で目の前の人を見つめる。その瞳に見つめられた海斗は、胸が締め付けられた。「
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第88話

パーティーの終わり、柚葉は智也の腕に手を添えて、幸せそうに挨拶を交わしていた。今夜の成果は上々だ。松田英樹の孫娘、機密プロジェクトの専門家、そして智也の恋人だということを、知らしめるのに成功したのだから。近年急速に名を馳せた智也には、もともと視線が集まりやすい。さらに研究者の恋人がいるとなれば、注目度はなおさらだった。多くの招待客が、帰りがけにわざわざ智也を探して、声をかけにくる。人もまばらになった頃、胡桃がにやにやしながら近寄ってきた。「お兄ちゃん、やっぱり柚葉さんとお兄ちゃんはお似合いだよ。凛さんに比べて……」智也は冷ややかな視線を胡桃に投げつける。胡桃は舌を出した。全く、どうしてお兄ちゃんはこうも凛の味方をするんだろう?今夜は竹内社長のおかげでいい思いができたかもしれないが、それがどうしたというのか。あの有名な竹内社長が、まさか本気であの女なんかを相手にしたりするわけがないんだから。良くても、都合のいい遊び相手だろう。いや、そうだ!もしそうならば、あの女は浮気したことになるから、お兄ちゃんだって離婚できるのではないのか?「また変なこと考えてるんだろ?」胡桃の性格を知り抜いている智也は、胡桃の目が輝き出した瞬間に碌でもないことを考えていると悟り、警告した。「あまり凛にひどいことするなよ」「ひどいことをしてるのは、一体どっち?私はあの女にビンタされたんだよ?もう忘れちゃったの?」胡桃は柚葉の背後に隠れ、心強い味方を盾に言った。今夜気分が良かった柚葉は、智也が少し凛を庇ったことなど気にせず、笑いながら言った。「智也、胡桃ちゃんはあなたの大切な家族でしょ?そんな厳しくしなくても、ね?」「そうだよ」胡桃が鼻を鳴らす。そこへ、涼太が年配の男性と共に歩いてきた。その男性のそばには、克哉に梓、それに拓海と恵、理央たちの姿もあった。拓海が言った。「茅野様、大変申し訳ありません。竹内が急用で不在のため、私どもだけでのお送りになってしまって」「こんな大勢で見送らなくたって構わんよ。体も丈夫だし、それに涼太も一緒だからな」翼はよく通る声で、力強く足を進めた。しかし表情は厳しく、迂闊に話しかけられるような相手には見えない。胡桃は翼が誰かは知らなかったが、涼太なら知っている。資産家ではないが、そこそこの家柄だから、取り入
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第89話

柚葉の笑顔が引きつる。しかし、拓海は目を細めて笑った。「先ほど、妹さんは小林さんのことを、未来の義姉だと仰っていた気がするのですが。本日の交流会が終わる頃には、お二人がお似合いのカップルだと、多くの人が噂していましたよ」「谷口社長と松田英樹の孫娘が恋人同士?」翼が眉をひそめた。「なら……」凛はなんだというのか?「茅野先生」克哉が被せるように言った。「夜も遅いですし、お疲れでしょうから、そろそろお戻りになった方がよろしいかと」翼は頷く。「ああ、そろそろ行くとするよ」智也と柚葉は道を空けた。翼を護衛するように皆で出口まで送り、車に乗り込むのを見送った。涼太は車に乗るとすぐに聞いた。「爺ちゃん、なんで松田先生の名前が出ただけで怒ったの?それに、孫娘にまで冷たい態度を取るなんてさ。今夜、小林さんに媚を売ろうとする人が、いっぱいいたのに」「奴らに関わるのはよせ。松田の腕は確かだが、人を育てる才能はいまいちだ。下の奴らのほとんどが半人前ばかりなのに、プライドだけは一丁前に高い。だから、人の手柄を横取りして自分たちのものにしてばっかりなんだよ。以前から自分の子供を大物にするのに必死で、ようやく少しは芽の出そうな孫娘が現れたから、躍起になってお膳立てでもしてるんだろうよ。でも、あの孫娘……専門家だかなんだかって言ってただろう?そんな大層な名前を名乗ったって、せいぜいお前らみたいな連中を騙すのが関の山だ」涼太も学界の後ろ暗い内情は知っていた。数年前には、ある教授が学生に自分の子供の論文を書かせたり、指導教官が教え子の業績を盗んだりする話が後を絶たなかった。だが、どんな世界であれ、後ろ盾なしに純粋な実力だけで這い上がるのは至難の業だ。「だから、爺ちゃんは谷口博士を大事にしてるんだよね。でも、今夜は彼女の姿は見えなかったけど」と、涼太は残念そうに言った。翼は横目で涼太を見る。「わしはちゃんと見たぞ。さっきのアシスタントの小林梓ってやつは、凛の後輩だしな」「え?」涼太は驚いた。「じゃあ最初に見かけた人がそうだったの?でも本人は違うって……」翼は鼻で笑った。「あいつに認めさせたいのか?松田の孫娘みたいに、自己顕示欲が強いやつだとでも?」「本当にあの人だったんだ……」涼太は後悔に打ちのめされた。翼が釘を刺す。「だが、次に会って
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第90話

「谷口社長、奥様と凛様はすでにお休みになられています。特に、杏様は寝つきが悪い方でして、一度起きてしまうと再び眠りにつくのは難しいのです。申し訳ありませんが、また明日にでもお越しいただけませんか?」仁は50歳を過ぎていた。だから、30そこらの若造に、心の揺らぎなど見抜かれるはずがなかった。仁は笑顔を崩さない。智也は、仁から特に不審な点は感じなかった。ただ、「二人は一緒の部屋で寝ている」と言われていることだけは理解した。だが、どうも落ち着かない。凛が日和と共に去る間際、残した言葉が気になって仕方ない。胸にぽっかりと穴が開いたようで、どうにも居心地が悪かった。「客間はありますか?」智也は今夜ここに泊まり、明日目を覚ましたら凛の顔がみたかった。しかし、仁は穏やかな笑みで断る。「申し訳ございません。当主様がいなくなって以来、二宮家ではお客様を受け入れないことにしておりますので」智也は眉をひそめた。「私は凛の夫なのですが」身内として扱われるものだと思っていたのに。藤田さんは一言も発さなかった。しかし、その目つきは雄弁に語っている。お前は、部外者だと……智也は今夜、二宮家の敷居をくぐることができないと悟った。「藤田さん、凛に伝えてくれませんか?私が迎えに来たことと、そろそろ家に帰ってくるように、と」家に戻ると、夜もすっかり更けていた。服を着替えようとウォークインクローゼットを開けて、彼は絶句した。凛の服がぽつりぽつりと掛かっているだけになっていたからだ。凛は自分用の服などほとんど買わず、いつも智也のためにお金を使ってくれていた。そのためクローゼットの3分の2が智也の物で、その残りが凛の服だったはずなのだが、元々少なかったそのスペースがさらにスカスカになっている。智也の中で、言いようのない苛立ちが募る。シャワーを浴びていると、シャンプーもボディソープが空になっていた。しかし、新しいストックがどこにあるのか、智也はまったく知らなかった。結婚前は親が世話を焼いてくれ、一人暮らしの時は家政婦が片付けていた。そして、結婚してからは、家事はすべて凛がこなしてくれていたのだ。改めて考える、凛はもう4、5日も家に帰ってきていない。簡単にシャワーを済ませてから、彼はスマホを取り出し、再び凛にメッセージを送る。【凛、家
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