All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 161 - Chapter 170

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第161話

凛が用意したのは、イタリア風シーフードスープをはじめ、アボカドとガーリックシュリンプの和え物、オレンジ風味の手羽先、パイナップル入り酢豚、かぼちゃとトマトのミートソースパスタ。さらに、アスパラガスの牛肉巻き、厚切りサーロインステーキ、イカとパプリカの炒め物、マテ貝の塩胡椒炒めが並ぶ。そして最後の一品は、生ハムとブッラータチーズのサラダだった。薄切りにした生ハムを花のようにくるくると巻き、チーズの周りに丁寧に飾っていた凛だったが、ふとその手が止まった。このような盛り付けは、智也が好きだったから、以前彼のために学んだものだった。海斗が視線でどうしたのかと、問いかけてくる。凛は小さく首を横に振り、巻いたばかりの花を全て崩した。海斗は意味深な眼差しで凛を見つめたが、何も言わなかった。「終わったか?」「はい、できました」すると、海斗が最後の一皿を持って、キッチンを出て行った。その背中を見送る凛の胸には、形容しがたい違和感と、強い切なさが渦巻いていた。谷口家で過ごした4年間、智也は一度もキッチンに足を踏み入れたことはなかったし、ましてや皿を運ぶことなどあり得なかった。凛はゆっくりとエプロンを外し、ダイニングテーブルへと向かう。その時ふと、海斗が持ってきてくれたフルーツの籠が目に留まったので、凛が手を伸ばすと、海斗も同時に手を伸ばしたらしく、二人の指先が空中でかすかに触れ合った。凛は手を引いた。「俺がやる」海斗は籠を手に取り再びキッチンへ戻ると、戸棚から真っ白な磁器の皿を取り出し、洗ったばかりの果物をきれいに盛り付ける。予定されていた食事の時間よりも30分早く準備が終わった。まあ、ランチとしては悪くない時間だろう。海斗が最初に箸をつけたのは、ステーキだった。凛は思わず彼に視線を向ける。「日和さんからもらった資料だと、社長はミディアムが好みだと」「日和がわざわざ君に会いに来ていたのは、俺の好みを伝えるためだったのか」海斗はステーキを上品に咀嚼し、次々と口へ運んだ。彼が満足していることは、聞かなくても分かった。満足してもらえたのなら、借りを返せたと言えるだろう。二人が静かに食事を続け、料理が半分ほどになった頃、凛の携帯が震え、菜々子から午前の講座が終わったという通知が入った。ちょうどその頃
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第162話

食事の途中、凛に菜々子から電話がかかってきて、同時にメッセージも送られてきた。【ご主人がきてます!】凛はすぐに箸を置くと、海斗にひと声かけ、窓際へ行き電話に出た。「もしもし?どうしましょう。凛さんのご主人がいきなり来て、受付の人が私を『谷口様』って呼んだから、危うく顔を合わせるところでした」電話の向こうから、菜々子の必死になっている小声が聞こえる。「取り敢えずトイレに隠れましたが、外で待たれてるんです!どうしましょう?凛さんに何か連絡はありませんでしたか?」凛は智也とのやり取りを確認したが、自分の腹の具合を心配する内容しか送ってきていない。「受付の人は、彼が何をしに来たって言ってたの?」「サプライズだって言っていました。私が見た限り、花束を持ってたから、講座が終わるのを待って、お昼を食べに行こうとしてたのかもしれません」自分が見つからないから、講座会場まで押しかけたということか。「静かにしてて。私も今行くから」電話を切り、すぐに智也への返信を打ち込む。【お腹がすごく痛いの。たぶん生理が近いからだと思う。急に迎えにくるなんて、どうしたの?それに、受付の人にあなたがサプライズで来たって言われたんだけど。それに、さっき花束を抱えた人が見えたんだけど、それってあなた?】【凛、謝りたいんだ。本当にごめん。だから、連絡を無視するのだけはやめてくれよ】実のところ、メッセージを何通も送ったあの夜以降、智也は忙しすぎてあまりメッセージを送っていなかった。入札日が迫り、案内を受け取った企業はどこも目がまわるほど忙しかったのだ。今朝は何事もなかったような顔をしていた海斗だったが、昨夜の【暴走する社長を支える会】は大騒ぎだった。残業代がきちんと支給され、夜食代まで会社持ちでなければ、大の大人の彼らが本気で泣いていただろう。恵たちが退社したのは、深夜1時を過ぎてからだったらしい。凛は、優雅に食事をしている海斗の元へ向かった。「竹内社長、すみません。どうしても外せない急用ができてしまって。続きはまた改めて」そう言い残し、凛は足早に家を出ようとしたが、「待て」と海斗に引き留められる。ナプキンで口を拭いながら、どこか機嫌が悪そうに海斗が言った。「そんなに急いでどこに行くんだ?まだ食事も終わっていないのに。理由も
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第163話

「ありがとうございます、竹内社長」凛はタクシーで急ぎながら、携帯で智也にメッセージを送り、時間稼ぎを始める。【生理が始まっちゃって。ナプキン持ってないし、ズボンも汚れちゃって。申し訳ないんだけど、近くのスーパーでこのナプキンを買ってきてもらえないかな?】メッセージとともに、生理用品の写真を送る。智也から返信はすぐに来なかったので、凛は彼が本当に買いに行ってくれるのか、確信が持てず不安だった。1分後。智也から返信が届いた【フロントに聞いてみる】凛は思わず息をのむ。忘れていた。智也は誰からも好かれる気配り上手だし、人付き合いも完璧。つまり、生理用品の有無について聞くことくらい、彼にとっては朝飯前なのだろう。凛は再びメッセージを入力する。【このメーカーのじゃないと合わなくて……できれば、これがいいの】同じ画像をもう一度送った。【お前が俺に頼み事をするなんて、珍しいな】智也が何を思っているのか測りかね、凛は少し緊張した。【お前の方からこんなお願い事をしてくれて、俺はすごく嬉しいよ】少しほっとした凛は、タクシーの運転手にもっと急いで欲しいと伝える。【受付の人はなんだって?】【そのメーカーのはないって言われたから、近くのスーパーで買ってくるよ】【ありがとう】タクシーを降りてすぐ、凛はマスクをつけ、智也と会わないよう細心の注意を払って女性用トイレに駆け込んだ。菜々子がいる個室のドアを軽く叩く。「私よ」凛の声を聞いて鍵を開けた菜々子の表情から、さっきまでの張り詰めた緊張感が消え去っていった。「凛さん、やっと来てくれたんですね。私、もう出てもいいですか?」「まずは服を替えて」智也が菜々子を見ていないとは言い切れない。「わかりました」そして、菜々子は着替えながら、凛に聞いた。「凛さん、なんでご主人に秘密にするんですか?突然現れたりして、私すごく焦っちゃいましたよ」「育児講座なんか受けたくないの」「直接断ればいいじゃないですか。もしかして、強要されてるとか?」「うん」凛は菜々子の帽子を被りながら、不思議がる菜々子のために付け加えた。「あの男は浮気してるから、あいつの子どもなんて産みたくないの」菜々子は目を見開いた。「最低!」着替えも終わり、菜々子は髪をまとめて顔
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第164話

「すみません」智也が再び、菜々子に話しかける。菜々子は深く息を吸い、何食わぬ顔で振り返った。「私ですか?」「ええ」智也は菜々子に近寄り、紳士的な態度で頼み込む。「すみませんが、妻にこれを届けてくれませんか?今、トイレの中にいて」そう言って手渡されたのは、黒い袋だった、女性なら一目でそれがナプキンの袋だとわかるだろう。よかった。疑われていないみたい。菜々子は素早く受け取り、再びトイレへ向かった。「あの、すみません。旦那さんから届けてくれって言われまして」菜々子は智也に聞こえるよう、わざと少し大きめの声で言った。凛が手を伸ばし、それを受け取る。「ありがとう」凛はわざと中身を出し、一枚使うと、黒色のビニール袋を提げて外に出た。「凛」智也は凛の姿を見ると、パッと顔を輝かせて駆け寄った。そして花束を差し出す。前回智也が花をくれたのは、結婚式だった。凛は智也の媚びるような視線を受け止め、大人しく薔薇の花を受け取った。「鞄は持ってないのか?」凛がぶら下げている黒色のビニール袋を見た智也は、凛が頷くとそれを代わりに持ち、手を繋いだ。「よし、ランチに行こう」「ええ」凛は気乗りしないまま、近くの商業施設に入っているレストランまで行った。料理が来るまでの間、大きく深呼吸をした智也は、意を決してあの夜の話を切り出す。「凛……胡桃がホテルでお前にしたこと、許してやってくれないか?」「凛のコップを持つ手が止まった。凛は顔を上げてきっぱりと言う。「胡桃がしたことだって知ったのね」「ああ」智也が頷く。「俺がしっかり見てなかったのが悪いんだ。あいつの代わりに謝りたい。本当にすまなかった。それに、あの時無理やり家へ連れ戻して謝らせようとしたことも……ごめん」智也の眼差しは真剣そのものだったが、智也の「ごめん」という言葉に、凛は何の重みも感じられなかった。なんだかんだ言いながら、この男は妹がやったと分かっていても結局は身内を庇うのだから。自分という妻など取るに足りない存在で、「ごめん」という言葉だけで済まそうとしている。「あなたがやったことじゃないでしょう?なのに、なんであなたが謝るの?」凛は聞いた。「胡桃は口が利けないとか?」智也は少し眉をひそめた。「俺が胡桃の代わりに謝るし、俺だってお前に謝った。
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第165話

智也が沈黙する時は、たいてい谷口家の誰かが度を越えたことをした時。智也もそれは分かっているはずなのに、一度だって自分の味方をしてくれたことがない。このような不公平な状況で中立を保つということは、罪に加担しているのと同じこと。凛はまっすぐに智也を見つめた。しかし、智也は凛を見つめ返すことができない。食事が運ばれてきて、智也は凛の皿に料理を取り分けると、ようやく口を開いた。「お腹空いただろ?たくさん食べろよ」昔の凛なら、ここで不満を抑えていたはずだ。智也が板挟みになって悩むのを見るのが辛く、俯いて苦しそうな顔をする彼を見たくなかったから。しかし今日の凛は、智也の葛藤を無視して続けた。「そもそも胡桃には、あんな大胆なことはできないと思うの」智也が顔を上げた。「どういうことだ?」「胡桃は強い者には弱く、肝も据わってない。そうでなきゃ、みんなに責められたからってすぐ寮を替えたりなんてしないでしょ?それに、胡桃が私のお酒に入れた薬、国では認可が下りてない、海外から輸入された未承認の薬って知ってた?」智也の瞳孔が小さく震える。「別に薬自体は違法なものじゃないの。海外では普通に販売されてるからね。でも、この国でも売買や所持は立派な犯罪になる。それに普通の人じゃ絶対に手に入らない。なのに、女の子との小競り合いばかりしてきた胡桃が、そんな入手ルートを持ってると思う?」逆に、海外にいた柚葉となれば話が別だ。凛は真剣に問いかける。「智也、疑ったことはないの?胡桃が何のお咎めもなしに警察から出られたのは十分な証拠がなかったから。ネット社会の今、ネットで調べたり買ったりしてたら必ず痕跡が残るはずでしょ?」智也の体は硬直したまま。なぜなら、凛の指摘には筋が通っていたから。「いつもあなたは胡桃を『誰かに唆されたんだ』って庇ってたよね?彼女が誰かに操られやすいっていうあなたの意見には、確かに私だってずっと同意してた。ねえ、智也。あなたが今の地位まで来れたのは、接待での頑張りだけじゃなくて、その頭があったからでしょ?賢いあなたなら、もうよく分かってるよね?」凛が静かに昼食をとる傍ら、智也は味も分からないまま、凛の身に起きたあの日の出来事を頭の中で巡らせていた。あの日、その件に関わったのは胡桃と……柚葉しかいない。柚葉が
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第166話

「もし告訴を取り下げたとしても、やられた分をやり返すのが当然でしょ?」と凛は冷静に言い返した。「それに、ちょっと待ってほしいと言っただけ。週末は講座があるんだもの。まあ。あなたが講座に出なくてもいいって言うなら別だけど」「講座はもちろん受けなきゃだろ?だって、仕事を辞めて戻ってきたら、本格的に妊活を始めるんだから」「うん」凛はそっけなく答えると、椅子に残されたバラの花束には見向きもせずに、その場を離れた。智也は花を拾い上げると凛を追いかけ、そのまま午後の講座へと送っていった。別れ際、彼は花を凛の腕の中に押し付け、周囲の目も構わずに凛を抱きしめる。「あれって谷口夫人?旦那さん自ら送ってくるなんて、本当に仲がいいのね」「奥さん想いの優しい旦那さんよね。奥さんに惜しみなくお金を使って、花束までプレゼントしてくれるなんて。うちなんて全然浪漫のかけらもないんだから。この授業だって、散々ねだってやっと受けさせてもらったんだから」そんな会話が耳に入ると、智也は満足そうに口元を緩めた。他人が向ける羨望の眼差しが、何よりの快感だった。智也はさらに凛の腰を引き寄せ、抱きしめる力を強めた。凛の体がまるで石像のようにこわばる。彼女は小声で急かした。「もう時間だから」「ああ」智也の眼差しには、離れがたいような感情が混じっていた。智也の視線を背中に感じながら、凛は教室へ急ぐと、菜々子と決めていた通り、目立たないよう一番後ろの席へと腰を下ろす。席についてすぐ、智也からメッセージ通が届いた。通知をオフにしていたが、どうしても先頭に表示されてしまう。【さっき聞いたんだけど、ずっとマスクをしたまま誰とも話してないのか?】【あなたに恥をかかせちゃいけないと思って。だって、あなたたちの家族は、私が人前に出るのを好まないでしょ?】その返信を見て、智也の胸は締め付けられた。【二度とそんな思いはさせない。お前が子どもを産んだら、俺の両親だって大喜びするはずだから】【授業が始まるから、また後でね】凛は携帯を裏返し、熱心に講座を半分ほど受けると、トイレに立つふりをして、廊下で菜々子と上着を交換した。菜々子が小声で言う。「スパイの隠密任務みたいでドキドキしますけど、こんなのずっと続けられないですよね?」「大丈夫」凛は日付を確認した。「来週
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第167話

【冷蔵庫。海斗】凛は振り返り、きれいに片付いたダイニングを見渡すと、もう一度整頓されたキッチンに視線を戻し、戸惑いで目を瞬かせる。そして、冷蔵庫を開けてみると、そこにはラップがかけられたお昼の残りが入れられていた。その上にも、やはりメモ用紙がある。【もったいないのは嫌いだろう。君が食べておけ。海斗】凛はふっと笑みをこぼした。そう、自分は食べ物を無駄にするのが嫌いだ。満足に食べることもできなかった施設で育った子どもたちにとって、食事を残すことは、あってはならないことだった。しかし谷口家の人々は、そんな凛を貧乏くさいと罵り、蔑んでいた。凛は昼の残りを冷蔵庫から取り出して温め直し、ダイニングに座ってゆっくりと食べた。一人なのに、こんなに楽しく食事をしたのは久しぶりだった。完食すると、谷口家の人々へ自分の投稿を見られないように設定し、インスタのストーリーを投稿する。【完食】食器を洗う時は、食器洗浄機を使ってみた。【竹内社長。食器洗浄機、すごく使いやすかったです。ありがとうございました】【ああ、あれは竹内グループの製品だ】凛はその短い言葉から少し誇らしげな響きを感じた。【さすがです、竹内社長】海斗の顔に微かだが笑みが浮かぶ。しかし、返信は素っ気ないものだった。【媚を売るな】……二日後、智也は家に戻ってきた。ちょうどその時、健吾と梨花は自分の息子の離縁の話をしていたが、ドアが開く音が聞こえた瞬間、二人ともすぐに口をつぐんだ。息子が帰ってきたのを見て少し驚いたが、聞かれていなかったことに安堵する。「おかえり」梨花は智也に近づいた。「柚葉ちゃんから聞いたわよ。ここ数日忙しくて、連絡もろくに返せなかったんですって?」智也は上着を脱ぎながら、機嫌の良さそうな両親を見て尋ねた。「何かいいことでもあったのか?」もちろん、凛という仕事もできず子も成せない無能な嫁と自分の息子が離縁できるからに決まっている。「サプライズがあるの。あと数日したら教えてあげるからね」梨花は息子の少し疲れた表情を見て、心配そうに声をかける。「仕事ばかりで、最近よく眠れていないんじゃない?」「仕事だけじゃないんだ」ずっと凛の言葉が、智也の脳裏を巡っていたのだ。柚葉を疑いたくはない。やはり、胡桃に直接聞
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第168話

通話を終えた胡桃は、心の中に言いようのない不安を感じていた。傍にいた柚葉も、電話の相手が誰か気づいたのか尋ねてきた。「どうしたの?また智也に怒られた?」「ううん、帰ってこいって言われただけ。でも、お兄ちゃん、少し怒ってるみたいだった」胡桃は母親にメッセージを送り、様子を聞くと、母親からの返信で、すぐに智也が自分を呼び出した目的を知った。胡桃は目を見開いた。「お兄ちゃん、私に凛さんへ謝罪させる気なの?!なんでそんなことしなきゃいけないわけ!」トーク画面をちらりと見た柚葉は、後半の一文が気になった。【智也は胡桃にもっと重要な話があるらしい】重要な話とは?それは恐らく凛に関係することだろう。まさか、タケウチ・ホテルの件なのか?柚葉も少し不安になってきた。最近、智也が以前にも増して凛のことを気にし、あえて自分とも距離を置こうとしている。以前、凛は自分が黒幕ではないかと疑っていた。もしかして、その疑念を智也に伝えた?その可能性も否定できない。「胡桃ちゃん、智也を責めないであげて。きっと凛さんに何か言われたんだよ」柚葉は優しい笑みを浮かべ、胡桃の頭を撫でた。「大丈夫。智也が一番大切に思っているのは胡桃ちゃんだから」「知ってるけど……」胡桃はすぐにその言葉を鵜呑みにし、唇を尖らせた。「全部、凛さんのせいだよ。お兄ちゃん最近、すごく怖いの。いつも凛さんのことばっかり庇ってさ。ねえ、柚葉さん。柚葉さんも一緒に来てくれない?お父さんとお母さんじゃお兄ちゃんを止められないかもしれないから、柚葉さんが間に入ってよ!」「それはまずいんじゃない?」柚葉が困ったような顔を見せた。「私と智也の今の関係じゃ……」柚葉は含みを持たせて答える。胡桃は心を痛めて言った。「柚葉さん、大丈夫。うちの家族は誰も凛さんなんて好きじゃないんだから。お兄ちゃんも、柚葉さんのことしか考えてないよ。お兄ちゃんは、自分の気持ちに気が付いてないだけ」柚葉の表情に、微かな変化が走る。「本当は柚葉さんが大好きなのに、無駄な責任感だけで凛さんと離婚しないでいる。もうみんないい大人なんだから、そんな責任なんてあるわけないのに。なんだか、お兄ちゃんだけが凛さんとの関係にこだわってるみたいだよね」胡桃は思ったことをそのまま口にしていた。柚葉の目に、一瞬だけ軽
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第169話

柚葉と胡桃は一緒に谷口家へ戻った。柚葉は余裕たっぷりに声をかける。「智也、ここ数日会えてなかったね」「仕事が忙しくてさ」智也は柚葉の輝くような柔らかな笑みを見つめ、複雑な表情を浮かべた。柚葉に限って、あんなことをするはずがない。だが、常に落ち着いている凛が嘘をつくとも思えなかったのだ。智也は柚葉のためにお茶を用意し、ソファで休むように勧めると、胡桃を連れて書斎で話をすることにした。谷口家で書斎に呼び出されるのは、学校で職員室に呼ばれるのと同じくらい胃が痛くなることだった。胡桃の体中が緊張で固まる。両親の方を向くと、心配しなくていいと目線で伝えられた。柚葉の方を見ると、彼女も「大丈夫」と視線で安心させてくれる。書斎のドアが閉まると、外の世界から隔離された。智也は単刀直入に尋ねる。「タケウチ・ホテルの件、お前の他に誰が関わっているんだ?」胡桃の心臓がヒヤリとした。やっぱり、この話だったか。柚葉さんはさすがだ。すべて見抜いていたなんて!「私だけだよ。他に誰がいるっていうの?」胡桃は呆れたような表情を浮かべる。「お兄ちゃん、私のことそんなに低く見積もってるわけ?」反省の気配もなく、逆に誇らしげに語る胡桃の様子を見て、智也は怒りを隠しきれなくなった。「いい加減にしろ!自分が間違ったことをした自覚はあるのか?」「凛さんは無事だったじゃない?」胡桃は悪びれる様子もない。智也は叱り飛ばした。「万が一のことがあったらどうしたんだ!」そう考えた智也はゾッとして身震いした。自分ですら、ここまで凛に手を出したことなどないというのに。「誤魔化すな、正直に話せ。誰がお前に協力したんだ?俺の手で調べるようなことになれば、小遣いを止めるだけじゃ済まないからな」「止めるなら、止めれば?」自分には柚葉さんがいる。凛さんと違ってケチじゃない柚葉さんは、惜しみなく自分にお金を使ってくれるんだから。「私が自分でやったの。警察署にも行ったんだし、これ以上何を言えっていうのよ?」そう言って不貞腐れる胡桃。しかし、智也はそんな抗議を無視して問い詰めた。「薬はどこから手に入れたんだ?」「そ、それは……ネットで適当に見つけたの」「ネットで見つかる程度なら、とっくに警察の調べがついてる。いいか胡桃、そんなものを勝手に
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第170話

「凛さんはただ、お兄ちゃんと柚葉さんの仲を引き裂いて、お兄ちゃんを独り占めしたいだけなんだよ。そんなの、嫉妬深すぎない?自分の夫に女性の友達がいるのも許せないなんてさ」智也は少し動きを止めた。「凛が嫉妬しているって言うのか?」「そうじゃなかったら、何?」胡桃が鼻で笑った。「もともと凛さんは性格が悪いこと忘れたの?この前、私が入院したときのことだってそう。患者の家族が病院に押しかけてきたでしょ?あのときだって、お金を渡して穏便に済ませることもできたはずなのに、わざわざ、お兄ちゃんがホシゾラ・テクノロジーの社長だって話したんだよ?あれって、会社まで嫌がらせに行くように仕向けるつもりだったに決まってるじゃん」智也は言葉を失った。「このこと、お父さんとお母さんからは聞いてないでしょ?」胡桃はここぞとばかりに畳み掛ける。「凛さんはそこまでいい人じゃないのに、お兄ちゃんはどうしてあの人の言いなりなの?柚葉さんがお兄ちゃんに疑われてるって知ったら、どれだけ悲しむと思う?柚葉さんはここ数年、海外でずっと研究に打ち込む以外は、ずっとお兄ちゃんのことだけを想ってきてくれたのに。それなのにお兄ちゃんは、柚葉さんの気持ちを無視して、疑ってるなんて。もう!今から柚葉さんに言ってやるんだから!」そう言って、胡桃は立ち去る芝居を打った。「待て」智也は胡桃を引き留め、歩み寄ると妹を上から覗き込んだ。「本当にお前が一人でやったんだな?」「もうお兄ちゃんとは話したくない。柚葉さんに言いつけてやるから」胡桃がドアを開けると、その瞬間、智也に腕を掴まれた。「もういい。この話は終わりだ」智也は結局、胡桃の言葉と柚葉の人柄を信じることにした。「いいか?これからは、余計なことを喋るな。それから、必ず凛には謝罪しろよ。謝罪しなければ告訴を取り下げないそうだからな。留学したいんだろ?今のうちに終わらせないと、お前のビザに関わるぞ」胡桃は目を見開いた。「今すぐ行って謝ってくる!」謝るくらいでどうにかなるなら安いものだ。「胡桃、前回お前が凛の荷物を盗んで、わざと待たせたんだろ?じゃあ、今回はお前が待たされる番だ」「あの女、頭おかしいんじゃないの!」胡桃は一瞬で、かっとなった。「私の留学に影響したらどうするのよ」智也はため息をつき、胡桃より先に出て行った
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