Semua Bab 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Bab 171 - Bab 180

449 Bab

第171話

柚葉は海外で研究していた頃、研究費の獲得競争の厳しさに何度も頭を抱えた。実験データに問題が出れば、まず設備の不具合を疑い、そのたびに家へ資金援助を頼もうと考えていた。彼女の両親は大学教授で給料もいい。そのおかげで生活に不自由したことはなく、海外留学中も恵まれた環境で暮らしていた。だが、研究となれば話は別だった。研究費として必要になる金額は、一度に数千万円単位に及ぶことも珍しくない。いくら両親の収入が高くても、個人で支えられる額には限界がある。柚葉は、次に英樹へ電話をかけた。英樹も孫娘の研究は応援していた。だが、あまりに巨額の援助をすれば、他の親族たちの不満を買ってしまう。英樹はどちらかと言えば、理論面や技術面での支援をしていた。いずれ後継者になってほしいと願っているからこそ、研究に対しては非常に厳格だったのだ。だが、柚葉はそんなものは求めていなかった。そんな折、正人から智也が出世街道を突き進んでいると聞き、柚葉は智也に目を付けたのだった。柚葉を愛していた智也は即座に多額の金を研究費として送金し、それ以降も毎月決まって6000万円を振り込むようになった。そのおかげで、柚葉の留学生活は何一つ我慢することなく進められたのだ。その金で数々の設備や材料を買い揃えたが、研究所の会計記録にはすべての支出を記さねばならない。いつの間にか彼女は、研究所における出資者という扱いになっていた。金は湯水のように使った。明細書など気にしたこともなかったが、月に6000万、1年で7億超え。少なくとも4億は研究費に充てていたはずだが、実家にそんな大金があるわけがない。英樹を加えたとしても、毎年7億も用意できるはずはないため、もし勘のいい人物がこの資金の出所を追及してきたら、それは面倒なことになる。それが国内であれば、なおのこと。智也は既に結婚している。もし凛がこの事実に気づき、夫婦共有財産として返還を求めたら、勝てる見込みは薄いうえ、面目は丸潰れだ。だが、対策を練っていないわけではない。「智也からの個人的な投資」と主張すればいいのだ。それでも、柚葉はその明細を取り寄せた覚えはなく、メールボックスにも届いていなかった。立ち尽くしたまま愕然とする。受信箱を探ってみるが、自分で送ったメールの痕跡も、相手から送られてきた明細表も一切見当
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第172話

柚葉は呆気に取られた。「タケウチ・ホテルの件に、どうして私が関係があるの?」柚葉はすぐに反論する。「どうして私を疑うの?なんでそんなことができるの!智也、まさかあなたが私を疑うなんて」女の涙はいつだって最強の武器だ。柚葉が目元を赤く染め、涙を浮かべている姿を見て、智也は自分が間違ったことを言ったとすぐに悟った。「柚葉、本当にお前を疑っているわけじゃないんだ」柚葉は鼻をすすると、悲しげに言った。「智也、あなたが私を疑うなんて思わなかったよ。胡桃ちゃんは隠し事なんてできないはずだから、きっと胡桃ちゃんじゃない……もしかして、凛さんがあなたに私が関わってるかもしれないって言ったの?だから私を疑っているの?」智也はすぐには答えなかった。柚葉は無理やり流した涙を拭うと、自嘲に満ちた笑みを浮かべた。「わかったわ。あなたたち二人は夫婦だから、凛さんの言うことは信じるのね。私を疑えと言われたら、そのまま疑う。私とあなたは何年もの付き合いなのに、結局は結婚して4年の凛さんには勝てないんだね。あの夜の出来事も、ただの気まぐれだったんでしょ?今までの私たちの愛情も、全部嘘だった……」柚葉はわざと身を引く素振りを見せ、そのまま背を向けた。彼女は確信していた。自分のために長年妻の体すら触らなかった男が、後から入り込んできた女のために、自分を捨てて去るはずがない。「柚葉!」ほら、思った通り。追いかけてきた智也に手を引かれたので、一度目は強く振り払う。二度目、少し力を緩めて振り払った。三度目……今度は振り払わなかった。そのまま足を止めると、振り向いて上目遣いで智也を見つめる。「智也、今すぐキスして。キスしてくれたら、あなたを信じる」智也は柚葉の柔らかな唇を見つめた。だが脳裏には、凛の面影が浮かんでいて、なかなか顔を近づけられない。すると、柚葉が背伸びをして、両手を智也の首に回した。彼女の方から、唇を近づけていく。それでも智也がキスを返してくれないと察した柚葉は、最後の一手に出た。「智也、愛してる。本当にあなたのことが大好きなの」あの日もそう言った途端、智也は勢いよく自分を抱き寄せ、服を脱がせた。酔いのせいもあるだろうが、愛情があったのは確かだろう。交流会の夜もそうだった。耳元でこう囁いただけで
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第173話

この写真を受け取った拓海は内容を確認し、すぐさまタブレットを持って社長室へと向かう。「竹内社長。この写真から見るに、小林さんは中心部の『ウォーターフロント・コート』に住んでいるようです」ウォーターフロント・コートは竹内グループが開発した物件だ。「調べたところ、小林さんは最近そこでマンションを購入したようで、支払い口座の名義は『谷口』でした」間違いなく智也だろう。海斗は写真の隅々まで確認し、その瞳に嫌悪感を滲ませた。「これらの写真は全て保管しておけ。後で役に立つ」これ以上見るのが耐えられなかったのか、海斗がタブレットを拓海に突き返しながら、問いかけた。「谷口社長が毎月、小林に6000万円を振り込んでいる件、間違いないな?」「間違いありません」と拓海は微笑んだ。「資料は既に全てまとめてあります」「この写真も追加しておけ」「承知しました」拓海は海斗の意図を汲み取り、口角を上げた。ライバルを排除するための絶好のチャンスだろう。「凛さんにも送っておいてやれ」これは海斗が凛と交わしていた約束で、凛も智也が柚葉に送金していた証拠を欲しがっていたのだ。拓海は頷く。「承知しました」すると、海斗がふと思い出したように口を開いた。「写真を見せて彼女の気分を害さないようにな」「心得ております」ちょうど凛の話題が出たので、拓海は続けて聞いた。「竹内社長、谷口さんの退職手続きですが、急いだほうがよろしいかと。人事への届出もありますし、経理でも勤怠管理が必要なので」海斗が眉を寄せる。「もうそんなに経つのか?」「来週の水曜日が最終出社日で、最終日は挨拶回りや荷物の片付け、システムの削除などを行いますから」「ああ」と海斗は軽く頷いた。拓海は社長室を出ると、【暴走する社長を支える会】にメッセージを送る。【谷口さん。退職手続きのこと、竹内社長に報告済みです。特にトラブルがなければ月曜には受理されると思います】それを見た凛は返信した。【ありがとうございます】理央も会話に加わる。【凛さん、本当に辞めちゃうの?これからは恵さんと私しか残らないなんて……悲しすぎる】凛は言った。【この街にはいるから、時間が合えば会おうね】恵も会話を続ける。【凛さんはこれからどうするの?】【少し個人的なことを片付けたら、やりたいこと
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第174話

理恵はパッと目を輝かせたが、すぐに残念そうな顔をする。「もうすぐ辞めちゃうんですよね。昨日の夜中、竹内社長があなたの退職届を承認したのを、今朝の出勤中に見たから……」社長は凛さんを引き止めたがってたみたいだけど、どうやらひと月ももたなかったようね。「これから凛さんの手作りパンが食べられなくなるなんて、寂しくなります」凛は微笑んだ。理恵と別れ、凛は自分のオフィスへと向かった。出勤のタイミングもちょうど皆と重なり、同僚たちも次々と出勤してくる。凛がみんなにパンを配ると、理央は凛と恵に牛乳を渡し、三人は仲良く並んで朝食をとった。窓も開いているし、パンの匂いもさほど強くないが、それでも海斗と拓海がオフィスに入ってくると、パンの香りが漂っていた。海斗はふと歩みを止め、オフィスの三人を見つめる。彼女たちが持つパンを見つめる拓海は、すでに空腹を感じていた。「森田さん」凛が声をかけ、パンを一つ差し出す。拓海はとても食べたかったが、海斗の手前、すぐには受け取れない。「手を骨折でもしたのか?なぜずっと、凛さんに差し出させているんだ?」海斗の低く厳しい声が、拓海の耳元で響いた。拓海は慌てて手を伸ばし、パンを受け取る。すると、海斗の視線が凛の手から拓海の手へ渡ったパンへと注がれた。社長、後でこっそりお渡ししますから、と心の中で呟く拓海。パンを渡し終えた凛が海斗を見て、聞いた。「社長、朝食は食べられますか?」「食べない」海斗は険しい顔で歩き出す。凛はデスクに残ったパンに視線を落とした。「じゃあ、私が自分で食べますね」「……?」海斗の足が止まった。拓海が慌てて「社長、谷口さんは社長の分も用意してくれていたみたいですよ?」と、フォローを入れる。海斗は半信半疑で凛を振り返った。前回のパンも、前回の特産品も自分だけなかったのに、今回は自分の分があるのか?「凛さん、社長の分ってこれ?」機転を利かせた恵がパンを凛に渡す。「社長、パンです」凛が海斗に差し出した。拓海が気を利かせて代わりにとろうとした瞬間、海斗に奪われ、さらには鋭い眼光を向けられた。どうやら、自分は余計なことをしてしまったらしい。パンを持って社長室に入った海斗は、デスクにつくとさっそく食べ始めた。食べ終わるなり、凛に来週のスケジュ
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第175話

凛は電話を切った。受付の女性が、退職作業の一環として凛の勤務実績を確認し、書類へのサインを求め、また、精算が必要な経費がないか経理課へ確認に行くよう指示する。特に経費で落とすようなものもなかったが、凛は指示通り経理課へ行き、承認印をもらった。午後は仕事の引き継ぎに追われた。引き継ぎ相手は恵で、マニュアルに従い、淡々と業務を引き継いでいく。そこには、会社の備品の返却も含まれていた。だから凛は引き出しから、前に海斗からもらった携帯を取り出し、恵に差し出した。恵は少し驚いた顔をして、真っ赤な唇を軽く開いた。「凛さん、これは社長からのボーナスなんだから、仕事用の携帯じゃないわ。凛さん自身のものよ。早くしまって。社長に見つかったら大変なんだから」もし社長に見つかれば、不機嫌になるのは目に見えているし、社長の機嫌が悪くなれば、オフィス中が凍りついてしまう。もう冬だっていうのに、そんな状況になったら寒くてたまらない。凛は大人しく携帯を鞄に戻す。恵は溜め息をつきながら、心の中で思った。竹内社長……好きな女一人すら、自分のそばに留めておけないなんて。「凛さん、デスクの荷物を入れる箱はもらった?」「荷物といっても、水筒と携帯ぐらいだから」最初から辞めるつもりでいた凛の私物はそれくらいで、あとはすべて会社の支給品だった。それを聞いた恵は妙に納得した。「なるほど。だからデスクがあんなに綺麗だったのね」二人はそのまま業務の引き継ぎ作業を続けた。恵が自分の欄に署名して書類を凛に渡す。「私との引き継ぎはこれで終わり。あとは社長の直筆サインをもらって、退勤時に提出すれば手続き完了だから」凛は社長室の方を見た。彼は窓辺に立って電話中で、何を話しているかは聞こえなかったが、ふと横を向いた際にその整った横顔が見えた。海斗が通話を終えるのを待ってから、凛は部屋のドアをノックする。「入れ」海斗は携帯を置くと、ポケットに片手を突っ込み、窓際に立ったまま、凛が入ってくるのを静かに見ていた。凛は普段あまり髪を巻くことはなく、安いヘアゴムでポニーテールにするか、机の上のペンを櫛がわりにし、頭の後ろでまとめている。今日は、ペンでまとめられた髪型だった。額やこめかみには少しだけ後れ毛が落ちていて、鼻筋にはいつもの縁なしの眼鏡が掛かっ
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第176話

凛はすぐに踵を返し、社長室の扉を閉めた。自分がつい口を出してしまったことに、凛自身も驚いていた。だが、凛は海斗なら自分の意図をきちんと理解してくれると信じていた。あとは竹内グループの実力と、研究所側の判断次第。入札の結果がどうなるかは、もう誰にもわからない。海斗はじっと探るような目で凛の背中を見つめていた。凛は理恵のもとへ向かった。すでに準備していた理恵は退職の書類を受け取り、凛のシステム上のアクセス権限を、一つずつ削除していく。全て片付いた頃には、ちょうど夕方の5時半になっていた。ネームカードを返そうと差し出すと、理恵はそれを受け取らずに言った。「持ってたほうがいいと思いますよ。だって、1ヶ月も竹内グループのために働いたんですから。それと、これからはどうするんですか?いい仕事先を紹介してあげますよ。それも高待遇のやつを」「ありがとうございます、中村さん。でも、今のところは大丈夫ですので」「困ったらいつでも電話してくださいね」「あの、中村さん」凛は携帯を取り出す。「ライン、交換してもらえませんか?今までお世話になりましたので」「もちろん」理恵はそう言って、凛のQRコードを読み込み、友だち追加を済ませた。凛はネームカードを手に席へ戻り、パソコンのチャット履歴や閲覧履歴が綺麗に消えているか確認すると、電源を切って机の上を綺麗に片付けた。恵と理央がそれぞれ入れ替わりで凛に抱きついてきて、翌日のエデンの園での食事会について触れた。だから別れ際の言葉は、「また明日!」だった。会社を一歩出たところで、智也からまた電話がかかってきた。「手続きは終わったか?」「終わったよ」「そうか」智也の口調は、午前中よりも明るい。「今夜は残業であまりにも遅くなったら、そのまま帰らないかもしれない。お前は一人でしっかりご飯を食べて、ゆっくり休むんだぞ。明日は朝ごはんを作らなくていいし、会社のことなんて忘れろ。ただ寝てればいい、いいな?」彼のそんな気遣いを聞いても、凛の心にはもう何の波も立たなかった。「家に帰るのは、数日後にするよ」「わかった」智也はすぐに電話を切ろうとせず、優しく言った。「凛、もう一ヶ月も帰ってきてないんだから、そろそろ戻ってきたらどうだ?人の家ばかりじゃ落ち着かないだろ?それに、二宮先生はよく
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第177話

谷口家。しばらくここにはきていなかった。谷口家の門に貼られた正月飾りを目にした瞬間、凛の脳裏にある光景がよみがえった。毎年年末になると、彼女は一人で正月飾りを準備していた。開け放たれた扉の向こうから聞こえてくるのは、楽しげな笑い声。家の中には温かな団らんの時間が流れていたのに、自分はその輪の中にはいない。リビングのソファでは健吾と智也が並んでくつろぎ、梨花は洗ったばかりの果物を盛った皿を運んでくる。すると、胡桃がその後ろをぴったりついて歩き、果物を一つつまんでかじりながらソファへ向かうのだ。そして腰を下ろすなり、当たり前のように智也の肩にもたれかかる。それは、この家ではごく自然な光景だった。凛は瞼を軽く閉じ、深呼吸してから、チャイムを鳴らす。玄関を開けたのは、梨花だった。「来たのね」今日の梨花は妙に愛想が良く、彼女をそのまま書斎へと案内した。健吾が引き出しを開け、机の上に一枚の書類を置く。しかし、それは凛が望んでいた緑の紙ではなく、なぜか真っ白なものだった。怪訝な表情で凛がよく見ると、そこには「離婚届受理証明書」の文字。凛の視線はその書類に釘付けになり、思わず息をのんだ。凛はただ、智也の署名済みの離婚届を用意してほしいと頼んだだけだった。それなのに、どんな手を使ったのかはわからないが、健吾はすでに凛と智也の離婚手続きを終わらせ、離婚届受理証明書まで取り寄せていたのだ。さすがというべきか。健吾の人脈の広さは、やはり侮れなかった。彼女が手を伸ばそうとすると、健吾が素早くそれを取り上げ、鋭い眼光を凛に向ける。「凛、俺との約束は覚えているよな?」「覚えています」凛は書類から視線を外し、冷静に健吾を見返した。「智也との婚姻関係を言いふらすことはしませんし、私たちが夫婦だったことを知らない人にも何も話しません。関係者に対しても、自分から離婚のことは口にしないと約束します」梨花が健吾のそばに立ち、これまた獲物を狙う獣のような目で凛を睨みつけた。「智也のこれからの人生を邪魔しないこと、そして智也と柚葉ちゃんとの関係についても外で一切触れないことを約束して」凛は黙ったまま、ただ静かに彼らを見つめ続ける。「自分から言うことはしません」もっとも、尋ねられた場合は別だ。そうした含みを聞き取った梨花は、「誰に対しても
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第178話

梨花が鼻で笑い、歪んだ笑みを凛に向けた。そして、孤児のうえに、離婚歴があることを引き合いに出し、どうせ誰にももらってもらえないと、凛を侮蔑する。仮に再婚できたとしても、歳を重ねた男の再婚相手として後妻に入るのが関の山だろうと笑い捨てた。凛の悲惨な未来を勝手に妄想する梨花の表情からは、隠しきれない満足感が滲み出ている。凛なんて自分の息子と離婚したら、何でもないんだから。「さあ、離婚は済んだんだから、さっさと出ていってちょうだい」と、梨花が凛を追い出す。凛は自分の手元に置かれた離婚届受理証明書を手に取った。「智也の分の書類も忘れず彼に渡してよね。離婚したことを知らなかったら、柚葉ちゃんと結婚できないでしょ?」すると健吾が言った。「そんなことは言われなくても分かっている。時期が来れば、俺が渡してやるから」「分かりました」と答えた凛は、しっかりと書類を握りしめ、背を向けて書斎を後にした。ちょうど買い物を抱えて帰宅した胡桃は、凛の姿を見るなり足を止め、喚いた。「うちになにしに来たの!まさか書斎で盗みでもしたんじゃないでしょうね!」智也に嫁いで初めての年にも、凛は胡桃に盗みの濡れ衣を着せられたことがあった。それは、週末の家族揃っての食事の席でのことで、遅れてきた胡桃は、椅子に座るなりこう言ったのだ。「6万円もする私のクリームが減ってる気がするんだけど。誰が勝手に使ったの?」その言葉は、明らかに凛へと向けられたもので、胡桃の顔にはまるで、「凛が盗んだ」と書いてあるようだった。家族の視線が凛に集中する中、智也だけが「どんなクリームなんだ?」と冷静に聞いた。「これ」と、胡桃が携帯の画像を突き出す。それを見て凛は、共用洗面所にはそもそもそのクリームは置いていなかった、と言おうとした。健吾と梨花、それに胡桃の部屋にはそれぞれ専用のバスルームがある。一方、凛と智也が帰省したときに使う部屋には付いていないため、共用の洗面所を使うしかなかった。だが、その前に智也が口を開いた。「俺が使ったよ」もちろん胡桃は信じなかった。鼻で笑うと、あからさまに軽蔑するような視線を何度も凛へ向ける。喉元まで言葉が込み上げ、凛は何か言い返したかったが、智也からは食事をするよう目で促され、そのまま話は終わり、結局この件はうやむやになったのだっ
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第179話

すると杏は、凛にまずは二宮邸へ来るように言った。1時間後、凛が二宮邸へと到着すると、正門の前で杏と仁が待ってくれていた。夜風はひどく冷たい。車を降りた凛は思わず首をすくめ、小走りで二人のもとへ駆け寄った。「杏さん、藤田さん。外はこんなに寒いのに、どうして出てきたんですか?」凛が杏の腕を支えながら、家の中へ入るように促すと、杏は穏やかな表情で凛の手を握った。「私は着込んでいるから平気。それより凛、そんな薄着をして。今日はぐっと冷え込んだんだから、気をつけないと」「はい」「今日、谷口家に行くんだったのなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったんだい?言ってくれれば、藤田と一緒に迎えに行けて、凛だって谷口家の人間からぞんざいな扱いを受けなかったのに」「大丈夫です」凛にとって、そんなことはもうどうでもよかった。「じゃあ、智也はもう知っているの?」智也に内緒で離婚した凛が、智也から報復を受けないか、杏は心配していた。たとえ自分の両親が関係していたとしても、智也は自分の両親を責めたりはせず、間違いなくその怒りをすべて凛にぶつけてくるだろう。自分が知らないところで離婚されて、黙っていられる男などいるはずがない。凛は首を振った。「まだです。谷口家から、智也がこの入札を終えるまでは、内緒にしていろと言われましたので」三人はそのまま家の中へ入る。冷えに弱い杏のために、部屋の中はとても温められていた。リビングに座るなり、杏は凛に離婚届受理証明書を出させ、仁へと手渡した。「すぐに確認できます」仁が電話をかけるため席を外す。凛は緊張で手のひらにじんわりと汗をかいていた。「水でも飲んで」杏はグラスに水を入れ、凛の前に置くと優しく言った。「大丈夫。谷口家が手続きをしたんでしょ?きっと本物だよ」もし、智也を通していたら、確信は持てなかっただろう。智也はいつだってそうだ。誰も傷つけたくないと言いながら、結局はどちらも手放せない。両方をなだめ、両方を繋ぎ止めようとする。だが、その優柔不断さこそが、誰より人を傷つけていた。この世にそんなうまい話はない。「そうですね」谷口家が嘘の書類を作るはずはないと思い、凛は頷いたが、心の奥ではまだ不安があった。でも自分は、谷口家にしてみれば、利用価値など皆無に等しく、智也の箔付
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第180話

仁が微笑む。「凛様。夕食はまだお済みではないですよね?」「お腹空いてないんです」実際、空腹はまったく感じていなかった。きっと、考え事で頭がいっぱいだったせいだろう。離婚した。自分は本当に智也と離婚したのだ。「何か少しでも食べておきなさい」杏はそう言って仁に目配せをする。「海鮮雑炊を作ってやって」海鮮雑炊を食べ終えた凛は、部屋に戻って寝支度を済ませると、電気を消してベッドに潜り込んだ。しかし、どうしても眠れない。頭の中は過去の思い出や、これからのことでいっぱいだった。それに、智也と4年過ごしたあの家に、自分の荷物を取りに行かなければならない。荷物はわずかしかないから、持ち出しても智也が気づくことはないだろう。そしてこれから、智也は「元夫」になるのだ。明日は同僚に贈るプレゼントを買いに行こう。恵さんは化粧品とハイヒール、理央さんはスイーツやぬいぐるみ。森田さんは……特に好みを把握していないが、頻繁にメガネを替えているから、メガネチェーンがいいかもしれない。あとは、竹内社長。あの人は何が好きなんだろう?足りないものなんて何一つない気がする。それに、男性へのプレゼント選びなんて、今までずっと智也のためだけにしてきたから、勝手が分からない。智也の服や靴、ネクタイやネクタイピン。智也の歯ブラシやシェーバー、靴磨きのクリームや靴べら。智也の傘や万年筆……脳裏がまた智也で埋め尽くされたので、凛は目を大きく見開いて、無理やりその思考を振り払う。寝返りを打ち、ベッドサイドの携帯を取り出して、再びネットで検索を始めた。【上司に贈り物をしたいのだが、何がいい?】なかなか難しいところがある。賄賂だと思われてはいけないから高価すぎるものは避けなければならないが、かといって、上司への贈り物なのだから、あまりに安っぽいものでも失礼になる。あれこれ調べてみたところ、ネットでは地元の特産品あたりが無難だと勧められていた。それは駄目だ。自分用のストックがあまりない。人にあげたら自分の分がなくなってしまう。そうなると、定番のお酒か消えものか。やはり、定番のものにしようと決めた凛は、そのままネットで調べ続けていたが……いつの間にか眠ってしまっていた。翌朝、体内時計とともに目が覚めた。今日は朝から晴
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