元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚 のすべてのチャプター: チャプター 241 - チャプター 250

456 チャプター

第241話

凛が松ぼっくりの風鈴を鳴らしていると、インターホンが鳴った。モニターに映っていたのは、腕を組んでカメラを見つめる少し不機嫌そうな日和の姿だった。凛は少し驚いた。昨日から今日まで、日和からのメッセージが一つも届いていなかったからだ。ドアを開ける。目の前に立った日和は、怒っているのか呆れているのか分からないような目で凛を睨んでいたが、漆黒の瞳をくるりと回すと、驚きと喜びが混じった笑みをぱっと咲かせた。「凛さん!もう、本当に最高じゃないですか!」日和は喜びのあまりその場で地団駄を踏み、大きく手を広げて凛を抱きしめた。少し強く抱きしめられて凛は息が詰まりそうになったが、日和が本気で怒っているわけではないと分かり、そっと笑みを浮かべる。「連絡もなかったから、怒ってるのかと思ったよ」日和はため息をひとつついてから凛の手を離すと、ソファーの方へ歩き出した。「教授のせいなんです。凛さんに関する報道をチェックしてたのに、急に呼び出されたと思ったら、さっきまでずっと研究室に閉じ込められてたんですから」凛は彼女の隣に腰掛け、パックジュースを差し出す。日和はそれを一気に飲み干すと、キラキラした瞳で凛を見つめた。「凛さんと最初に出会ったとき、論文を見てもらったじゃないですか。その時から『タダ者じゃない』って思ってたんですけど、まさかこんなに凄かったなんて思いませんでしたよ。昨日はうちの家族全員がひっくり返るほど驚いたんですからね!それも家族のみんな、お兄ちゃんを褒めるどころか、凛さんのことしか話題にならなかったんですよ」大げさすぎる気がして、凛は静かに笑った。「あ、そうだ。凛さんの元旦那さんと愛人さんが捕まったって噂、本当ですか?もしそうなら、景山グループが情報操作して外には全く漏れないようにしてるってことですよね?」「本当」と凛は頷く。「でも、智也は嫌疑が晴れて出てきたわ。柚葉はまだ出られないみたいだけど」マイクロチップ開発プロジェクトに関わっているため、少しでも動きがあればすぐに関係者から、凛のところへと連絡が入っていた。そしてちょうど今、柚葉が弁護士と面会しているという知らせが届いた。神谷利明(かみや としあき)が鞄を手に警察署に入り、柚葉と面会していた。10時間以上拘束されていた柚葉はもう疲労困憊で、昨日
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第242話

「どうだと思う?」柚葉は曖昧に返した。だが、利明も柚葉に男がいると確信したのだろう。その後、利明は柚葉との間に適度な距離感を保つようになった。それでも頻繁に連絡は来たし、節目には贈り物もくれた。ただ、智也と比べると少し物足りない。後になって考えてみれば、利明に取り入ろうとしなかったのは正解だったのかもしれない。彼は弁護士だ。そういう人間は総じて抜け目がないから、智也のように、自分のためなら何でも差し出すような真似はしないだろう。仮に結婚することになったとしても、きっと分厚い婚前契約書を用意されるはずだ。それでも、口先では彼を友人と呼びつつ、心の中では手綱を緩めなかった。これほど優秀な人脈はそういないのだから。ほら、今こうして役に立っている。電話一本で、利明は夜通しでA市へ飛んできてくれた。「利明、私は無実なの」柚葉は訴えた。「国家の機密を漏洩しようだなんて、そんなことは微塵も思ってない」「分かってるよ」利明は真剣な眼差しで柚葉を見つめた。「何があったのか、最初から詳しく話してくれるか?」「ええ」柚葉は帰国後、マイクロチップ開発プロジェクトに配属されてから受けた仕打ちを、悲劇のヒロインのように語る。「あの動画のことなんだけど、それは私もプロジェクトの一員だから、誰かに聞かれた時、全く知らなかったら、それはそれで困ると思って、つい……」利明は問い返した。「結局、そのデータは入手できたのか?」「いいえ」柚葉は切なげに表情を歪めた。「言ったでしょ?凛さんはずっと私を警戒していて。それに、プロジェクトメンバー全員が、私を敵視していたんだから」利明は頷き、何かを思案するように黙り込んだ。「なぜ谷口博士は、君がデータを漏洩すると思ったんだ?君とホシゾラ・テクノロジーの谷口社長の関係を知っていたからかい?」核心を突かれた。柚葉は三人の関係を隠そうとしたが、それはどうやら無理らしい。唇を噛み締め、小さく頷いた。「利明……私だって最初は、智也と凛が夫婦だなんて知らなかったの」利明は目を見開き、信じられないという目で柚葉を見た。「谷口社長と谷口博士が夫婦だって?それじゃあ、君が二人の関係に割り込んだっていうことか?」柚葉は反論した。「割り込んでなんてない。私は大学時代から智也とは付き合っていたんだけど
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第243話

「プロジェクトメンバーである君は、ただデータを確認したかっただけ。それに、もし外部へ漏洩させたという確たる証拠がなければ、24時間後には釈放されるはずだよ」利明は立ち上がり、柚葉に念を押す。「君がデータを入手できなかったのなら、漏洩の意図があったかどうかなんて、本人のさじ加減一つだ」選択問題には答えがあるが、記述式には正解などないようなものだ。柚葉はその意味を察した。自分が単にデータを確認したかっただけだと主張し、漏洩の意思を否定し続ければ、誰も自分を縛りつけることはできない。「利明、この後はどうするの?」「谷口社長と会ってから、竹内社長と谷口博士を調べる」そう言って利明はきびすを返した。柚葉は彼を呼び止める。「利明、智也は……彼は関係ないの。私自身の意思でやったことだから、彼を責めないであげて」利明は深くため息をついた。「柚葉、いい加減にしろ。この世界の男は智也だけじゃないんだから」柚葉は目を潤ませる。「利明……」言葉をそこで切った。利明は頷き、警察を後にした。すぐに智也との面会を調整し、秘書を派遣して海斗と凛の繋がりを調べさせた。漏洩というなら、凛だって海斗に流した疑いがある。それに、入札に勝ったのは竹内グループなのだから。……凛は検索画面で「利明」の名前を見つけ、ウェブに表示されている経歴を眺めていた。利明の写真を目にした瞬間、胸の奥で何かがざわつく。それはうまく言語化できない感覚だった。日和もその画面を覗き込んだ。「神谷家の御曹司?」「知り合い?」凛は陽気に寝転がる日和に視線を向けた。「聞いたことがある程度ですね」日和は画面の写真を指差して言った。「今の当主とすごく似てるらしいです。お母さんとお父さんは、彼と同じ地区で育ったようで、幼馴染みたいなもんだって言ってました。でもその後お母さんは引っ越すことになったし、神谷家の当主も結婚してその地区から出て行ってしまったみたいなので、それからは疎遠になった、と。確か神谷弁護士が1歳の頃、どこか詳しい場所までは知らないけれど、南の方の県に転勤になったみたいですね。それから家で大きな問題があったらしくて。私のお母さんが教えてくれないところを見るに、多分神谷弁護士の母親が精神的におかしくなっちゃったんだと思います。そこで、神谷弁護士のお父
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第244話

日和と海斗は確かに忙しく、実家へ帰ることは少なかったが、それでも隆は、瑶子に寂しい思いをさせることなんてない。竹内グループを息子に任せてからというもの、かつてビジネスの最前線で鳴らしたその知力を、今はもっぱら妻を喜ばせることに全振りしているのだ。そんな両親を見ていると、日和は自分や兄の存在が邪魔なのでは、と思う時さえある。二人を見ていると日和は、子どもより夫婦仲が何より大事とはこういうことなのかと、思わざるを得なかった。凛は承諾した。「暇ができたら見に行ってあげる。ただロボットになるとチップの組み合わせは複雑だから、私にできるかどうかわからないけど」「凛さん、ありがとう!」日和はそう言うと、力いっぱい抱きついた。「ねえ凛さん、私は断言できます。うちのお兄ちゃんに、凛さんなんてもったいないです!」「え?」「ううん、何でもないですから、気にしないでください」と日和はへへへと笑った。日和がいてくれたおかげで、凛は午後を楽しく過ごせた。時を同じくして、智也は景山グループの株主をやり込め、今度はホシゾラ・テクノロジーの上層部を相手にするなど、一日中、飛び交う議論にさらされていた。ホシゾラ・テクノロジー側はまだましで、智也本人を前に露骨に盾突いてくることはない。それでも、全身の精気を根こそぎ吸い取られたような感覚だった。社長室の椅子に沈み込み、ようやく一息をつけたのは、夕方の5時半を過ぎてからだった。浩が水を差し出す。「社長、小林さんが釈放されました。とはいえ、依然として調査中ではありますが」「頼んでおいた弁護士は?」智也は眉間を揉み解してから、水を一口飲むと、ようやく落ち着けた気がした。「小林さんはご自身で神谷弁護士を雇われました。そして今、その神谷弁護士が社長とお話がしたいと、ロビーにいらっしゃいます」利明の名は知っている。その法律事務所は、主に金融機関や大手商社をクライアントにしていた。分野がまるで違うのに、柚葉は一体なぜ彼を選んだのか?「神谷弁護士が俺と会いたがっている?」「小林さんの機密漏洩が立証されるか否かは、社長の証言次第ですから」智也はずっと、この件で柚葉のことを心配していたので、頷いた。「ここに呼んでくれ」浩が受付に連絡する。受付がエレベーターキーを渡し、利明に告げた。「神谷様
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第245話

「誰が離婚したって?」智也は、そう言い返して露骨に不機嫌になる。どうやら、柚葉が何か嘘をついているようだが、利明はこの場では何も言わないことにした。「神谷弁護士。柚葉の件はもう話が終わっただろう?それに、こっちも柚葉のために全て話したつもりだ」「田中」智也は浩を呼んだ。利明はすぐにその場を追い出された。利明は智也の礼を欠いた態度に苛立ちつつ、柚葉のこれまでの境遇を思うと胸が痛んだ。智也はこんなに自分の妻を大事そうにしているのに、なぜ柚葉はこの男に執着するのだ?きっと智也にうまく言いくるめられているに違いない。ただ、さっきの智也の様子を見て、ふと嫌な予感がよぎった。秘書が調べてくれた情報が間違っているのだろうか?利明はさっそく、部下が送ってくれたシステムのスクリーンショットを確認した。システム上では既に離婚手続きが完了しているとあるので、こればかりは嘘ではない。まさか、本人が離婚したことを知らないのか?ずっと状況が掴めなかった智也は、いてもたってもいられず凛を探しに行くことにした。仕事も一段落したし、柚葉のことも何とかなりそうな今、凛にしっかり説明しなければ。智也はコートを掴むとオフィスを飛び出した。浩も連れず、自分でハンドルを握った。二宮邸へ強引に車を乗り入れる。警備員に止められても無視し、危うく警察を呼ばれそうになった。最後は仁が慌てて出てきて、警備員たちを下げさせた。「谷口社長。何してるんですか?」仁は智也を冷ややかな目で見据える。「あなたが警察に連れて行かれるのは勝手ですが、こちらまで巻き込まないでください」「凛に会わせてください」智也は車から降りると、焦った様子で何度も屋敷の奥を覗き込んだ。「凛がここにいるのは分かってるんです。あいつに他に行き場所なんてないはずですから。お願いします、会わせてください。凛と話をして、柚葉との誤解を解きたいんです」「小林さんとあなたの間に起きたことを説明して、何になるんですか」仁は頑なに立ちはだかり、それ以上奥へ入らせなかった。「あなたが不貞を働いたというのは事実です。どんな言い訳をしたところで、過去は変わりませんよ」智也は顔をしかめた。「とにかく凛に会いたいんです。本人とじゃないと話せないこともありますので」騒ぎを聞きつけた杏も出てき
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第246話

「やり直す機会?この4年、凛のことなんて一度も考えてこなかったくせに。もし一度でも考えていたら、今日みたいなことにはなってなかったんだよ!今の惨めな現状は、全部自業自得だからね。凛に会えるなんて思わないこと」杏が智也を完全に拒絶したのを見て、智也は敷地内で凛の名前を叫び始めた。凛が自分を避けるはずがないと、彼は信じて疑わなかったのだ。なぜなら、凛は自分を心から愛しているのだから。昔は「柚葉とはただの友達」という自分の嘘も、凛は信じてくれた。「藤田、警備員を呼んで」杏はもう限界だった。仁がすぐさま警備員を呼んだ。「凛!」それでも、智也は敷地の奥に向かって叫び続けた。「お願いだ、顔を見せてくれ!話を聞いてほしいんだ!」引きずり出される前に、智也は必死の形相で屋敷に駆け込み、凛の姿を探した。仁が追いかけながら言う。「谷口社長、不法侵入ですよ!」すると、杏が仁を制した。「行かせてやりな」智也は片っ端からドアを開けていくが、どこにも凛の姿はない。凛の名を叫び続ける声は、必死さを通り越して焦りとなっていた。凛が見つからない。不意にある寝室に突き当たり、スタンドハンガーに懐かしい服が掛かっているのを見つけた。智也は中へ踏み入り、灰色のパーカーを手に取った。そう、これは自分とお揃いで買ったもの。凛が見せてくれた時、自分は買うと言った。だが結局、自分は一度も袖を通すことはなかった。それなのに、この凛のパーカーは何度も洗濯を繰り返して色あせ、毛玉までできている。智也は指を震わせながら、再度屋敷の中を見回した。ベランダにも、トイレにも、カーテンの後ろにもいない。クローゼット以外の場所は全て探した。クローゼットを開けると、凛に似合う寒色系の美しい服がびっしりと並んでいた。その服を見て、智也は少し立ち止まった。自宅のクローゼットはパンパンだが、そこには自分の服ばかりで、凛の服が入り込む隙間なんてどこにもなかった。入り口に現れた仁が静かに言った。「谷口社長、凛様の服を汚さないでいただけますか?すべて私と杏様が心を込めて選んだものなのです。あなたのところでは4年も着古した服を着せていたようですが、ここではそんなことはさせません」智也はクローゼットを閉め、仁を見返した。「これからは大切にします」
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第247話

浩が言った。「谷口社長、凛さんが家と二宮家にいないとなれば、残る可能性はホテルか友人宅、それか故郷の施設ぐらいです」智也は即座に言った。「施設には正月まで帰らない。それに今は竹内グループとのプロジェクトが進行中だから、短期間でA市を離れる時間はないはずだ」消去法でホテルか友人宅に絞られる。彼は浩にA市内の主要ホテルを洗うよう命じ、自分は日和に会いに行くことにした。日和は、ここ数年で凛が心を許している唯一の友人だったから。「あと一つ」智也は、仁の言葉の数々と二宮邸での凛のクローゼットを見て思い出したのか、彼らの真似をすることにしたのだ。「高級服飾店の店長たちに連絡し、凛の身長体重に合わせた服を全て自宅に届けさせろ。お前が直接動け」「承知いたしました」智也は電話を切ると、車を出して二宮邸を後にした。上階からその様子を見ていた仁が振り返り、報告をした。「谷口社長は帰られました」杏は小さく頷く。「今の出来事は凛に内緒だからね。私たちが、谷口社長からまた迷惑をかけられると心配して、凛自身が会いにいってしまうかもしれないから」「承知いたしました」……南山ヒルズ9号棟。凛と日和はテイクアウトの料理をテーブルいっぱいに並べ、シャンパンを注ぎ、まさにこれからパーティーを始めようとしていた。その時、インターホンの音が鳴り響く。「誰ですかね?」日和が立ち上がり、玄関へ向かった。今日は本当に来客が多いな、と凛は内心でぼんやりと思った。モニター越しに来客を見た日和は、それが自分の兄だと気づく。「……」だから、開けないことにした。せっかく凛さんと楽しむところを、お兄ちゃんなんかに邪魔されたくない!インターホンを切られたのに、ドアが開かないことに少しの疑念を抱いた海斗だったが、構わず押し続ける。次の瞬間、インターホンは再び切られた。瞳の色が少し深まる。海斗は携帯を取り出し、相手が出るや否や、声を低くして命じた。「日和、ドアを開けろ」日和は携帯を落としそうになるほど驚いた。「えっ!?なんで私って分かったの!」「早くしろ」海斗の声は依然として冷たい。なぜ分かったんだ?それは、凛であればこんな失礼なことはしないから。前回来た時も先客がいたが、凛は律儀に顔を出して説明してくれた。お
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第248話

日和はすぐさま否定した。「私じゃないですよ」となれば、海斗しかいない。海斗は自分のグラスを持ち上げ、凛の目の前にあるグラスと軽くぶつける。「おめでとう、凛さん」今度は「谷口博士」ではなかった。海斗はグラスの半分を一気に空けた。「竹内社長もおめでとうございます」凛もまた、グラスを半分空けた。横で見ていた日和は眉をひそめ、凛が潰れてしまわないかとハラハラしていた。「お兄ちゃん、凛さんはそんなにお酒に強くないんだから」海斗は、彼女がお酒に弱いことも、酔った時にどんな様子になるかもよく知っている。それでも彼は、凛がずっと本当の自分を隠し、溜め込んでいた気持ちを少しは外に出すべきだと感じていた。以前酔った時、少し本音を漏らす姿はどこか人間味があり、普通の人と同じく、ずっと押し殺していた苦しみや不満を言葉にできていたのだ。シャンパンとはいえ、グラス半分が腹に入ると、凛の顔がじわじわと熱くなってきた。手を伸ばし、頬にそっと触れる。日和は海斗を睨みつけた。お兄ちゃんのせいだからね!その時、海斗は出会った当初よりも凛の手がずいぶんと白く、柔らかくなっていることに気づいた。智也、あの畜生。あの男のために家事をしなくて良くなったから、こんなにも手が綺麗になったのだ。あの男は、本当に畜生だ。海斗は心の中でそう吐き捨てた。視線を戻した彼は、いまだに自分を睨みつけている日和を冷たい目で一瞥し、「黙って食べてろ」と突き放した。日和が食事を再開したのも束の間、彼女の携帯が騒がしく鳴り響いた。バーの店長からの着信だった。海斗にはバレていると思いつつも、日和はこっそりと席を外して電話に出た。「え?誰かが店で暴れてるの?」「そうなんだよ。オーナーと直接話をしないと絶対に帰らないって騒いでて」「分かった。すぐに行く」日和は電話を切り、二人の前に戻ってきた。何事かと言う前に、海斗と凛が同時に口を開いた。「どうしたの?」「どうした?」日和は二人を見つめた。この二人、いつからこんなに息が合うようになったの?「なんでもないです。でも、急用ができちゃったので、戻らなきゃいけないんです」日和は凛の体を抱きしめ、耳元で小声でささやいた。「お兄ちゃんのこと、頃合いを見て追い出していいですからね」そして海
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第249話

凛はぼんやりした頭で、ゆっくりとまばたきをしてから答える。「してません」テーブルの上からまだ湯気を立てているスープがポタポタとこぼれ、床に小さな水たまりを作っていた。海斗は、素早く動いてよかったと思った。そうでなければ、凛の足にこぼれるところだった。「竹内社長……」凛が静かに唇を開いた。男は横を向き、鼻を抜けるような少し掠れた声で返す。「ん?」二人の鼻先が再び重なると、電流が流れたかのような感覚に、凛の体がわずかに震えた。「下ろしてください」少し酒の混じった香りと共に、凛が小さな声で言った。海斗はシャンパン程度で酔う男ではない。だが、凛からほのかに漂う酒の香りには、思わず酔わされそうになった。それからしばらくして、海斗がようやく凛を下ろした。水をごくりと一気に飲み干して振り返ると、そこにはティッシュを手に持ち、テーブルにこぼれたスープを拭いている凛の姿があった。目を離した隙に、また家事をしている。海斗は凛の手首を掴み、低く落ち着いた声で言った。「動くな」「汚れたので、拭かなくては……」凛の言葉は少し拙くなっており、立ち上がる時もふらついている。海斗は彼女の側に立ち、その細い手首を強く握った。まるで骨そのものに触れているような細さだ。痛くないように、彼はすぐに力を少し緩める。片手が塞がれているのに気づいた凛は、もう片方の手でまたティッシュを求めて手を伸ばした。仕方がなく、海斗はもう一度ネクタイで凛の両手を縛り、フラフラする彼女を引き寄せてソファに座らせた。そして携帯を取り出す。「美穂子さん、南山ヒルズ9号棟へ来てくれ」電話を切ってローテーブルの上に携帯を投げ置き、視線を落とすと、ソファに大人しく座っている凛が見えた。彼女の視線は宙を彷徨い、どこか朦朧としている。「凛さん?」海斗が声をかけるが、返事はない。海斗は手を伸ばす。すると凛がいきなり口を開き、彼の手に噛みついてきた。「いっ」海斗は痛みに声を漏らした。今日の自分の手は散々だ。関節にはすでに擦り傷があり、親指の付け根までまた噛まれてしまった。なかなか鋭い歯をしている。海斗は口角を上げ、手を引き抜こうとした。しかし、凛は何かの好物を食べているかのように、離そうとせず、何度も噛み続けていた。その口から、何とも舌の
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第250話

凛はすでにソファの上で眠りについていた。「海斗様、片付けは終わりました」美穂子は声を低くして言った。海斗は「ああ」と短く返すと、「これからはここで、凛さんの身の回りの世話をしてやってくれ」と命じた。「かしこまりました!」美穂子は兵士が命令を受けたかのように背筋を正した。海斗は言葉を失った。母親は穏やかでその上教養もあり、誰からも愛される性格なのだが、なぜこれほどまでにクセのある使用人ばかり雇うのか。それもよりによって自分の側にばかり寄こすのだ。海斗は、両手を縛られたままソファに丸くなっている凛を見て、軽く眉をひそめた。不安そうな顔で眠っている。「彼女に家事をさせてはならない」「海斗様、ご安心を。私がいる限り、凛さんにそんなことは絶対にさせませんから」「もし彼女に家事をさせたら、すぐに荷物をまとめて竹内家から出て行ってもらうからな」美穂子は手でOKのポーズをとった。「海斗様、凛さんをソファに寝かせたままだと、彼女が風邪をひいてしまいますよ?」彼女はにっと笑う。「お部屋に運んであげてください」「ああ」海斗は身を屈めて、凛を抱き上げると、少しだけ揺さぶってみた。軽すぎる。智也の畜生め。「一日三食、しっかり食べさせろ」「承知いたしました。明日にも献立を作成し、海斗様に提出しますね」海斗は凛を二階へと運んだが、寝室は空っぽだった。拓海の情報によると、この家の名義は雅美になっていたらしいので、ゲストルームを使うことにしたのだろう。海斗は腕の中ですやすやと眠る凛を見つめながら、静かにベッドへ寝かせ、布団をかけてやった。「智也……」凛が寝言をもらす。海斗は眉をひそめ、彼女がまた何かを口にしようとするのを見て手で塞ぎ、「話せないなら黙ってろ」と低く言い捨てた。そして、腹いせのように頭まで布団をかぶせる。それでもすぐにまた布団を下げ、顔が見えるようにしてやった。電気を消して、部屋を去った。ドアが閉まるや否や、凛は再び寝言をつぶやいた。「智也、もう私の前に現れないで……」……日和のバーは、「RELAX」という名前だった。短くて覚えやすい。日和が店に入ると、ちょうど店長が酔っ払った客に頭を下げているところだった。日和を見つけた店長が、すぐに駆け寄ってくる。「ど
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