元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚 のすべてのチャプター: チャプター 391 - チャプター 400

435 チャプター

第391話

とっくに夕食の時間は過ぎているというのに、皆まだここで通知書や提訴について話し合っていた。凛は尋ねる。「夕食は私がご馳走します。皆さん、食べられないものや苦手なものはありますか?」海斗は彼女を見て言った。「外で食べよう」凛も頷く。確かに、そうだ。戻ってから準備をするのは手間がかかるし、何よりみんなを空腹で待たせてしまう。拓海に至っては、空港から直接会社に駆けつけてきたのだから。海斗もまた、凛に料理を作らせることが大変になってしまうのではないかと案じていた。海斗が「そうだな」と答え、こう続けた。「俺の苦手なものは知っているだろ?」凛は頷く。すでに日和から聞いていた。海斗が他のメンバーに視線を向けた。「お前らの好きなものでいい」そう促されると、謙介と拓海も遠慮を捨て、特に苦手なものはないと伝えた。凛は先日、翼の誕生日祝いで使った個室の料理屋を思い出す。静かで落ち着いていて、味もなかなかだった。彼女はさっそくその店を予約した。凛は海斗の車に乗った。普段は海斗の車に同乗する拓海だが、謙介を一人にはしておけないという名目で、今回は謙介の車に回った。店へ向かう道中、凛の携帯に日和から連絡が入る。「凛さん!教授に論文大丈夫だって言われました!」日和が飛び上がって喜んでいる姿が目に浮かび、凛は小さく笑った。「夕飯は食べた?」「まだです」と、日和はお腹をさすりながら答える。「私もお腹空いたところなので、これから何か食べに行くところでした」「じゃあ、こっちにおいで」と、凛は通話を切り、料理屋の住所を伝えた。ついでに、どんな面々がいるのかも、メッセージで伝えておく。全員顔見知りだ。日和は、センチュリーに乗ってすぐに駆けつけた。それを見て海斗が問いかける。「どうしてこの車を選んだんだ?」日和は悪戯っぽく笑う。「凛さんの友人として一生そばにいるって誓ったから!」そう言って日和は、凛が自分の車を登録してくれたことを思い出し、一人でにやけていた。得意げな様子の日和を見るに、何やら自分には内緒の秘密があるらしい。海斗が凛に視線を向けると、日和は即座に凛を引き寄せながら小声で言った。「この車のこと、お兄ちゃんに言わないでくださいね!取られちゃうから!」凛はいまいち理解ができなかった。「とにかく!お
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第392話

そして、食事を終えて個室を出たところで、竹内兄妹と凛に遭遇したのだった。「竹内社長、凛さん」と、千晴が率先して声をかけた。悠真に至っては目をキラキラと輝かせる。「凛さん!凛さんもここにご飯食べに来たの?こんな遅いのに今からご飯?」好意を隠そうともしない。凛は頷いた。「仕事が終わったところなの」悠真が不満げに呟く。「竹内グループ、凛さんのこと使いすぎじゃない?」「ちょっと個人的なことがあったの」そう凛に言われてしまえば、悠真もそれ以上は何も言えなかった。凛は、美雪の視線が自分に向けられていることに気づいていた。それはカメラマンがモデルを見るようなものではなく、もっと粘着質な視線だった。凛はチラリと美雪を見る。すると、美雪が微笑んだ。「また会いましたね、凛さん」凛も挨拶を返す。続けて日和も笑顔で挨拶をし、凛と日和の二人はそのまま腕を組んで個室へと入っていった。海斗はその後ろから続いて歩いていた。視線は一切ぶれず、誰にも目を向けない。もちろん、熱心に声をかけてきた美雪も例外ではなかった。またしても、好意を向けたのに相手にされない結果になった美雪。兄である利明の表情はみるみる険しくなっていく。しかし、美雪は大丈夫というように微笑んだ。そして、海斗の後ろにさらに二人の部下が付き従い、そのまま中へ入っていく姿を見送った。千晴が不思議そうに言う。「悠真、竹内社長の後ろについてたもう一人の男の人、あれって葛城弁護士だよね?」謙介の名は千晴も知っていた。もちろん、利明も謙介の名前を、離婚案件で名の知れたトップクラスの弁護士として聞いたことがあった。ただし本人を見たことはない。未婚の海斗が離婚を専門とする弁護士と?まさか凛が?利明は目を細めた。「お兄ちゃん、どうかしたの?」利明の視線の先に凛がいることに気づいた美雪は、胸をざわつかせる。「凛さんと谷口社長はもう離婚したはずなのに、なぜ弁護士なんかを?千晴さん、何か知っていますか?」千晴にもわからなかった。だが何となく予測はできる。まさか……景山グループまでとばっちりを受けるんじゃ?「私はお先に失礼しますね。何かあったら、いつでも連絡してください」そう言い残した千晴は、悠真の腕を引きながら足早にその場を後にした。しかし、悠真の視線はまだ凛の
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第393話

美雪の動揺に一番最初に気づいたのは陸だった。海斗が孤児である凛を選んだことではなく、凛が孤児ということを聞いた瞬間に、美雪の様子がおかしくなったからだった。陸も初めて凛と会った時から、彼女の中に利明の父である茂の面影を感じていた。しかし利明は何の反応も示していないし、本人であるはずの秀明の息子すら疑っていないのに、自分は一体何を疑っているのか。そう思って、一度はその疑念を振り払った。ところが美雪のこの反応を見て、陸の疑念は深まったのだ。空港の保安検査場へ向かう利明を見送った後、陸は「君も凛さんの顔に見覚えがあるの?」と切り出した。美雪は心臓が口から飛び出しそうになるほど動揺した。「どういう意味?」凛さんが君の父親に似ている。もしかしたら、君の父親の隠し子かもしれない……しかしそんなことを口にするのは、あまりにも無遠慮すぎる、と思った陸は言葉を飲み込んだ。「なんとなく見覚えがあるような気がしたからさ」美雪は陸が考えていることを察した。だから軽く微笑み、言葉を濁すように答える。「私もそんな気がしたけど、思い出せないの」陸は慌てて言った。「世の中には似た人も多いから、どこかで見かけただけかもしれないな」「その通りね」二人はお互いに疑念を抱えたまま。早く凛さんの素性を調べなければ、気が気じゃない……美雪は焦りを募らせたのだった。……個室の中。凛は大量の料理を注文し、なるべく早く作ってもらえるようにと、給仕係に伝えた。日和は不思議そうに凛に聞いた。「なんでこのお店なんですか?何か特別なことがあるとか?」「この前、茅野先生のお誕生日会をここでやったんだけど、その時にすごく美味しいと思って。結構本格的だし、森田さんも長らく外国料理が続いていただろうから、きっとこういう方がいいと思って」凛の心遣いを感じた拓海は温かい気持ちになり、たとえ海斗から冷たい視線を向けられようとも、今は気にならなかった。正直なところ、外国の料理は本当に口に合わなかったのだ。実は海斗も同じだった。短期出張なら耐えられるが、長期となれば専属の料理人を連れて行くほどだ。今回の出張は短くも長くもなかったが、拓海は何食か我慢の限界を迎え、本当に食事が喉を通らないこともあった。しかし、出張手当が高かったことが、せめてもの救いだった。
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第394話

凛もそこまで思い至っていなかったため、謙介の分析を聞いて、日和とお互いに顔を見合わせて驚いた。日和は興奮して、片手を高く上げた。凛もそれに続き、彼女の手と自分の手を合わせる。パシッという小気味よい音が個室に響いた。海斗がスープをよそい、凛の前に置いてくれたので、上機嫌な凛は、「ありがとう」と笑みを見せた。海斗はふと思った。もしかして、智也はこうした彼女の笑顔を何度も見てきたのではないだろうか?自分が最初に出会った凛は泣いていた。それから出会う凛はいつも冷たく、たまにふざける日和の前で見せるわずかな笑みを除けば、誰に対しても一線を引いて心を許さない態度だった。長く接してようやく見られるようになったこの自然な微笑みも、ごく僅かしかない。しかし、智也は凛と4年も過ごしている。自分よりもずっと長いのだ。凛は彼の為に食事を作り、仕事と家事を両立させる忙しい日々を送ってきた。それだけ、彼女は彼を4年も愛していた。そう考えると、智也が彼女の笑顔を見ていないはずがない。絶対に、何度も見ていたはずだ。海斗の心がふいにざわついた。グラスの水でその込み上げてくる感情を押し流そうと、一気に飲み干す。そんな海斗を見て、日和が尋ねた。「お兄ちゃん、何でそんなにお水飲んでるの?凛さんのお会計でも気にしてるわけ?」凛も続けた。「ここは値段も手頃だから、そんなにびっくりするような金額にはならないよ」先ほどの複雑な感情などどこかへいってしまった海斗は、凛と彼女の前に置いたスープを冷ややかな目で見て、言った。「まだ飲まないのか?」凛は大人しく一口すすった。温かいスープが胃に染み渡り、空腹が一気に呼び覚まされる。皆、食事に集中した。頃合いを見て、海斗が改めて言った。「景山グループがこの提訴を知るかどうかは気にしなくていい。問題になるのは、谷口がいつ、どんな形でホシゾラ・テクノロジーを去るのかということだけだから。あいつが辞めようがどうなろうが、小林がその金を返さなければならない事実は変わらない」最後の一言には確かな決意が籠もっていた。食事が終わった。海斗に3日間の有給休暇を与えられた拓海は、笑顔で「ありがとうございます」と返す。謙介と拓海が帰っていくのを、凛は見送った。そんな中、日和は頭を抱えていた。お兄ちゃんも、
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第395話

車が南山ヒルズ9号棟の前で停まった。すると、玄関先でモップを手に持った美穂子が、腰に手を当ててなぜだか怒っている。だが、車から降りてきたのが凛たちだと分かると、その険しい表情を緩めて微笑んだ。「凛さん、日和様、お帰りなさい」その直後、運転席から大柄な海斗が姿を現し、美穂子は目を丸くした。「海斗様もいらしてたんですね」海斗はドアを閉めると、低い声で言った。「なんだ?迷惑だったか?」「とんでもない!おかえりなさいませ!」美穂子はそう言いながら、海斗の心の声は嬉しさで弾けているに違いないと思った。凛はすでにジャーマン・シェパードの頭を撫でていたが、美穂子に声をかけることも忘れない。「どうしてモップなんか持ってたんですか?」海斗も続けて聞く。「追い払ったのか?」日和が不思議そうに言った。「谷口社長?でも、入院中なんでしょ?」すると、美穂子が吐き捨てるように言った。「彼じゃなくて、母親の方が来たんです」その言葉には嫌悪感が溢れていた。三人は揃って、怪訝な顔で美穂子を見た。美穂子の説明を待たずして、凛が聞き返す。「智也のお母さんが?何をしに?」「息子が飲まず食わずだから、凛さんに会いに来てほしいって言いに来たみたいです」美穂子は真面目な顔で吐き出した。「本当に説得するなら、いっそあの世に行く準備でもしろって言ってやりたいですよ。元気な時は毎日ぎゃあぎゃあ騒ぐくせに、病気になったら今度は飲まず食わずで、人に機嫌を取らせるんですから。追い払ってやりましたよ。ダイトとコマキも、あの女の服を噛みちぎって威嚇していました」凛は二匹の犬に言った。「甘すぎるわ」犬たちがしっぽを振って、凛に擦り寄ってくる。「でも、よくやったね。後でご褒美の骨をあげるから」美穂子が不安そうに眉をひそめた。「谷口家の人たちには、本当に困りましたね。ここにも住み続けられそうにありませんし」「特別宿舎の改装はもう始まっていますし、あまり大がかりなこともしないので、すぐに引っ越せますから」凛はそう言って、皆を家の中へと促した。海斗はずっと聞きそびれていたことを尋ねる。「部屋はどのくらいの広さなんだ?」日和が答えた。「少し手狭だけど、凛さんが一人で住むなら十分じゃないかな」凛は新しい家の間取りを説明した。140平米で2LDK、
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第396話

……南山ヒルズ11号棟。智也が退院した後、何を言っても食事をとらなかったので、困り果てた正人は、結局谷口家に連絡を入れるしかなかったのだ。胃痙攣での入院に加え、飲まず食わずだと聞いた家族は気が気ではなく、すぐさま南山ヒルズへと駆けつけた。家族が必死で説得しても、智也は首を縦に振ろうとはしない。食欲がないだけでなく、会社からは絶え間なく仕事の電話がかかってくる。そんな心身ともに限界の息子を見て、親が心配しないわけがなかった。梨花は、凛が9号棟に住んでいることを知るや否や、智也を説得してもらおうと直接会いに行くことにした。ところが、行ってみるとボディーガードと番犬に阻まれて中に入れない。仕方なく外から大声を張り上げたのだが、出てきたのは凛ではなく、モップを振り回して追い払おうとする気の荒い使用人だった。おかげで服はひどく汚れ、二頭の犬にまで噛みつかれた。何年も愛用してきた高級な羽毛のダウンコートだったが、今回で中がすべて飛び出してしまうほど無残な姿になってしまった。お気に入りのコートすら、使い物にならなくなった。梨花が文句を言いながら戻ってきた時、誰も連れていない様子を見て、健吾は失敗を悟った。「凛のやつ、顔も見せてくれないのか?なんて冷酷なんだ」「いないみたいだった。こんな時間まで、どこの誰と遊んでいるのかしらね」梨花は癖で凛を批判しようとしたが、彼女はもう谷口家の嫁ではないことに気づく。彼女が誰と付き合おうと、自分たちには口を出す権限すらないのだ。梨花はふんっと鼻を鳴らした。しかし、凛のせいで息子が廃人のようになっているのが悔しくてたまらず、溜飲を下げるためにも彼女の悪口を続けようとした。「離婚歴のある女なんて、まともな男が相手にするわけがないんだから」ちょうど電話を終えて戻ってきた智也がその言葉を耳にし、すぐさま詰め寄った。「母さん、何でまだ凛のこと悪く言うんだよ?」責められた梨花は苦笑いをしながら言い訳をする。「別に悪くなんか言ってないわ。ほら、うどんを作っておいたから、少しでも食べて」「食欲ないんだ」智也の答えは相変わらずだった。明らかに衰弱しているのに、無理を続ける息子を、梨花はもどかしそうに見つめた。「智也、こんなになって、一体誰を罰しているの?」智也は寂しげに目を伏せた。
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第397話

朝早く、凛はダイトとコマキの吠える声を聞いた。二匹がいくら吠えようとも、健吾は門の前で直立不動のまま、冷静さを装ってボディーガードに言った。「凛を呼べ。直接会って話がしたい」相変わらず、偉そうな態度だ。しかし、ボディーガードたちが相手にすることはない。彼らの任務は、谷口家の人間を誰一人として南山ヒルズ9号棟に入れさせないことなのだから。物音を聞いて出てきた美穂子は、相手が智也の父親であるとすぐに気づいた。親子だけあって、顔立ちが瓜二つなのだ。「本当にしつこい人たちね」美穂子は呆れて怒鳴った。「あなたたちはヒルか何かなの?凛さんがお宅にいた時は、こき使うだけこき使っておいて。いざ離婚したら、今度は息子にご飯を食べさせてくれって?あつかましいにも程があるわ。本当に、恥ずかしくないわけ!ああ、そうだった。あなたたちには、最初からそんな感情なんてないんだっけ」健吾は軽蔑するように美穂子を見て言った。「たかが使用人の分際で、偉そうに説教をするな」「いい年をして、人の職業を蔑むなんて、本当に見苦しいわ。親子って、やっぱり似ちゃうものなのね。あなたも息子も本当に、ろくでもない。凛さんに会わせろって?笑わせないでちょうだい!「凛さんに会いたい人がどれだけいると思ってるの?みんな自分から頭を下げて訪ねてくるんだよ。そんなあなたみたいな、すっとぼけた顔で、偉そうに会いにくる人なんていないんだから」健吾の顔色は怒りのあまり、赤色を通り越して、もう青ざめていた。「使用人と話している暇はない。いいから、凛を呼べ」「朝からこうして立って警備員ごっこをしているくらいだし、暇はありそうだけどね。そんなに警備員の仕事がしたいなら、管理会社にでも応募しな」美穂子の言葉に追い詰められ、顔を青ざめさせたり赤らめたりしている健吾を、凛は廊下から見ていた。「美穂子さん、ボディーガードに追い払ってもらってください」「分かりました!」美穂子の合図で、ボディーガードたちが健吾に近づいていく。手を出されそうになった健吾は声を荒らげた。「凛、お前は目上の者に敬意を払うということを知らないのか?今や名の知られたお前が、こんなことをして竹内グループとの取引に影響が出てもいいのか!」「好きに言いふらせばいいですよ」凛は目をそらさずに言い返した。「大ごとにした
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第398話

そもそも、この「服」は自分が着るためのものではなかったから、今さら捨てることに何の未練もない。凛は健吾を見て言い放った。「私がなぜ離れられないと思うんですか?この4年間、私はあなたたちに尽くしてきました。先に、私を裏切ったのは、あなたたちの方ですから。それに、離婚の原因は、なにも浮気だけじゃないですから。智也が何もしなかったこと、見て見ぬふりをし続けたこと、そしてあなたたち家族に傷つけられ続けたこと……家もシロアリのせいで崩れるんです」凛は冷めた目で初老の健吾を見た。「意味、分かりますか?」健吾は、またしても返す言葉を失った。この瞬間、健吾は理解した。智也に対する凛の未練は、微塵も残っていない。凛を失ったことは、息子である智也の後悔にとどまらず、谷口家そのものの、取り返しのつかない後悔になるのかもしれない。「もう智也のために私を説得しに来る必要はありません。あの家を片付けた時に、私は自分の心も一緒に片付けましたから。智也に会えなんて言う暇があるなら、病院で健康診断でも受けさせてきたらどうですか?」言うべきことは、もうすべて言った。健吾も立ち去った。犬に噛まれなかっただけ、梨花よりはましだろう。ようやく静けさが戻った。美穂子は心の中でため息をつく。最初は智也の財布を空にして、そのお金を凛に返してあげようと思ってあの家を売ったのに、今ではあの蛭みたいな一家が入り込んで、凛を苦しめにやってくるようになってしまった。「一刻も早く引っ越さないと……」美穂子が独り言をもらす。凛も言った。「あっちも急がせてますので」逃げ続けるのも解決にならないし、完全に縁を断ち切るのも難しい。いっそ地球の裏側にでも行くしかないのだろうか。だが、凛にはどうしても理解できなかった。あんなにも自分のことを嫌っていた人たちが、今になってどうしてこうも粘着質なのか。美穂子の言う通り、本当に蛭みたいだ。絡みついてきて吐き気がする。朝食を終えると、海斗の運転手が門の前で待っていた。車のドアを開けたが、中に海斗の姿はない。運転手が説明した。「社長は深夜に海外から連絡が入り、早朝5時の便で出国しました。凛さんの休息を邪魔したくなくて、黙って出たそうです。そこで、凛さんのスケジュールに何かあったら連絡することと、自分が送り迎えを担当
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第399話

地下にある科学研究室へ入る前には携帯を預ける必要があるため、凛が電源を切ろうとした時、通知が届いた海斗からのメッセージだった。後ろには人が並んでいたので、凛は横にずれて、列の最後尾にもう一度並び直し、メッセージを開く。【急な用事で海外に行くことになった。帰国日は未定。移動時は運転手をつけて、何かあったらすぐ森田に連絡しろ】行動予定の共有と、自分に言い聞かせるようなそのメッセージを見つめながら、凛は思った。これはどう考えても、ただの仕事上のパートナーという範囲を超えている。だが、友人という感じでもない。返信に悩んだ凛は、しばらく考えて、一言だけ返した。【了解】【うん】速攻で返事が返ってきた。画面をしばらく見つめていたが、順番が来たため、凛は電源を切る前に一言だけ追加する。【今から研究室に入るから】携帯の電源を切り、医療用ガウンを着て、研究室へと足を踏み入れた。外に出た時には、すでに夕方5時を過ぎていた。昼食すら食べていない。夢中になると時間を忘れるのが凛の日常であり、本人は特に何とも思っていなかったが、研究開発センターを出ると、そこには日和が待っていた。「凛さん!」日和が駆け寄ってくる。凛はマスクと帽子を外した。「どうしたの?」「誰とは言いませんが、忙しくなると昼ご飯すら食べない人がいるので、心配でたまらないんです」今回ばかりは心配しすぎていたのか、いつも口うるさい兄が自分にお願いしてきたのだ。日和は凛の腕に手を絡め、竹内グループ本社ビルの方へと歩き出す。「美穂子さんがわざわざ届けに来てくれたんですよ。せっかく美穂子さんが毎日凛さんの健康管理のために食事を作ってくれているのに、こんなことしたら怒られちゃいますよ」凛は少し胸が熱くなった。日和がわざと大げさに言っていることくらい、分かっている。それでも、素直に謝った。「後で美穂子さんにちゃんと謝るよ」「もういいですよ。美穂子さんが本当に怒るわけないじゃないですか」社長室の休息スペースには夕食を準備した美穂子が待っていた。凛の姿を見るなり、すぐに料理を並べ始める。「凛さん、ちゃんと時間を決めて食事を摂らないと、元気な身体は作れませんよ」「忙しくて忘れてました。気をつけます」凛が腰を下ろすと、美穂子と日和も向かい側に座った。しかし、彼女たちは食事
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第400話

しかし、宏明が手がけるプロジェクトは市場にまだ大きな余白があり、軌道に乗れば柚葉にとって大きな飛躍の足がかりになる。だから英樹は賛同し、わざわざ柚葉を呼んでその件を相談していた。ついでに、彼女と利明との交際状況についてもいくつか尋ねた。もちろん英樹が、既婚男性と自分が一緒にいることを、認めるはずがない。そこで柚葉は妊娠の事実を英樹に打ち明けることはしなかったが、智也が離婚したことは伝えた。智也という名を聞いただけで、英樹の機嫌が悪くなった。それに、何よりも世間体を気にする英樹に、妊娠していることを知られてしまうのを恐れ、柚葉はそれ以上長居する勇気がなかった。何にせよ、柚葉は智也に会いに行くつもりだったのだ。正人の話によれば、智也は入院してから退院し今に至るまで、何も口にしていないという。それでは困る。もし智也が倒れてしまえば、自分とこのお腹の子はどうなるというのだ?自分に中絶という選択肢はない。子どもがいる限り、自分と智也の繋がりは断ち切れないし、何かあっても彼が身を挺して守ってくれるはず。柚葉は正人から、智也が今、南山ヒルズ11号棟にいることを聞き出していた。急いで車で向かったが、入り口で止められてしまう。丁度そこに、荷物を運んできた胡桃が通りかかった。柚葉を見た途端、胡桃は罵倒したくなったが、なんとか堪える。なにせ、自分はまだ柚葉の妊娠診断書を手に入れていないのだから。証拠を手に入れられないのなら、柚葉の口から聞き出して録音すればいい。そう考え、胡桃は警備員にそのまま通すよう指示をした。しかし、警備員が柚葉に車の番号や名前を登録しないと入れないと告げる。柚葉は胡桃を怪訝そうに見つめていた。二人が車から降りると、いきなり「妊娠したんででしょ?お兄ちゃんとの子なの?」と、胡桃に尋ねられる。胡桃はとっくに携帯の録音アプリを起動していた。柚葉は胡桃の性格をよく知っていた。頭が弱くてすぐに利用されるし、考えがすべて顔に出る。前はお金が原因で殴りかかってきた相手だ。それなのに、自分の腹に子どもがいると知ったからといって、急に態度を変えるだろうか?しかも、妊娠の事実は非常に厄介な問題だ。凛がここを突けば、智也との浮気、自分がいわゆる不倫相手だったという事実が決定づけられてしまう。だから、柚葉は直接
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