【今日の昼は運転の練習をしてないから、仕事が終わってからやるぞ】康平の送り迎えは美穂子がしてくれるし、凛も仕事帰りに運転の練習をすることに異論はなかった。それに、A大学に赴任することを海斗に直接伝えられる。ところが、海斗はなかなかその隙を与えてくれなかった。今日の海斗は、驚くほど厳しい。これだけ熱心に教えてくれているのだから、凛も手を抜くわけにはいかない。真剣に説明を聞き、一つひとつ覚えていく。海斗は何度か、どうしてA大学のことを自分には教えてくれなかったのかと聞きかけたが、真剣そのものの凛を見るたびに言葉を飲み込み、結局は黙って指導に徹した。凛はもう、車庫入れと縦列駐車まで一通りできるようになっていた。気づけばかなりいい時間になっていたので、海斗が口を開く。「今日はここまでだ」「うん」凛がシートベルトを外そうと手を伸ばす。海斗もベルトを外しながら、その細い手を見つめていたが、とうとう我慢できなくなって、自分から尋ねた。「凛、何か言うことはないのか?」凛は顔をあげて海斗を見つめ、数秒ほど考えてから、ようやく思い出す。「3月からA大学で働くことになったの」海斗が低い声で、わずかに不満をにじませる。「日和には午後の段階で言ったらしいな」「今日、日和さんには会わないけど、あなたには直接会えるから」そう言ってシートベルトを外し、車を降りようとした凛の手を、海斗が引き寄せた。同時に海斗も身を寄せてきて、笑みを含んだ彼の深い瞳が、ずっと狙っていた獲物でも見るように凛を捉えている。不意に縮まった距離に、凛の呼吸が一瞬止まり、身体が強張った。「俺には直接言うつもりだったんだな」「……うん」凛が小さく答える。それだけで海斗は満足したらしい。手首をつかんでいた手を離すと、その指先で凛の手のひらをそっとなぞった。羽根が触れたような感触に、凛の身体がかすかに震える。慌てて手を引き、凛は逃げるように車から降りた。冷たい風に当たって、ようやく少し頭が冷える。全く、海斗は油断も隙もない。……実家を売り払った小林一家は、賃貸で暮らしていた。引っ越しを終えたばかりの家には、柚葉の両親しかいない。二人がようやく片づけを終え、ソファでひと息ついていると、玄関をノックする音がした。隆平が扉を開けると、そこに
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