Semua Bab 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Bab 631 - Bab 640

831 Bab

第631話

【今日の昼は運転の練習をしてないから、仕事が終わってからやるぞ】康平の送り迎えは美穂子がしてくれるし、凛も仕事帰りに運転の練習をすることに異論はなかった。それに、A大学に赴任することを海斗に直接伝えられる。ところが、海斗はなかなかその隙を与えてくれなかった。今日の海斗は、驚くほど厳しい。これだけ熱心に教えてくれているのだから、凛も手を抜くわけにはいかない。真剣に説明を聞き、一つひとつ覚えていく。海斗は何度か、どうしてA大学のことを自分には教えてくれなかったのかと聞きかけたが、真剣そのものの凛を見るたびに言葉を飲み込み、結局は黙って指導に徹した。凛はもう、車庫入れと縦列駐車まで一通りできるようになっていた。気づけばかなりいい時間になっていたので、海斗が口を開く。「今日はここまでだ」「うん」凛がシートベルトを外そうと手を伸ばす。海斗もベルトを外しながら、その細い手を見つめていたが、とうとう我慢できなくなって、自分から尋ねた。「凛、何か言うことはないのか?」凛は顔をあげて海斗を見つめ、数秒ほど考えてから、ようやく思い出す。「3月からA大学で働くことになったの」海斗が低い声で、わずかに不満をにじませる。「日和には午後の段階で言ったらしいな」「今日、日和さんには会わないけど、あなたには直接会えるから」そう言ってシートベルトを外し、車を降りようとした凛の手を、海斗が引き寄せた。同時に海斗も身を寄せてきて、笑みを含んだ彼の深い瞳が、ずっと狙っていた獲物でも見るように凛を捉えている。不意に縮まった距離に、凛の呼吸が一瞬止まり、身体が強張った。「俺には直接言うつもりだったんだな」「……うん」凛が小さく答える。それだけで海斗は満足したらしい。手首をつかんでいた手を離すと、その指先で凛の手のひらをそっとなぞった。羽根が触れたような感触に、凛の身体がかすかに震える。慌てて手を引き、凛は逃げるように車から降りた。冷たい風に当たって、ようやく少し頭が冷える。全く、海斗は油断も隙もない。……実家を売り払った小林一家は、賃貸で暮らしていた。引っ越しを終えたばかりの家には、柚葉の両親しかいない。二人がようやく片づけを終え、ソファでひと息ついていると、玄関をノックする音がした。隆平が扉を開けると、そこに
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第632話

その頃、柚葉はB市にいた。利明と付き合い始めたばかり。利明が仕事で忙しい中、自分がわざわざ会いに行くことで、利明への想いの強さを伝えようとしていたのだ。A市で何が起きているのか、柚葉はまだ何も知らない。今は利明と二人、キャンドルの灯るレストランで食事をしている。邪魔されたくなくて、携帯もわざわざマナーモードにしていた。食事を終えて店を出ると、美雪とばったり出くわした。美雪がにこやかに笑う。「偶然ね。ここで食事してたの?私も友達とすぐ近くのお店にいたのよ」柚葉は信じなかった。自分の病気が利明にうつらないか、美雪が警戒して、自分を見張っているのはわかっている。しかし、利明は特に疑う様子もなく、たずねた。「友達はもう帰ったのか?」美雪は頷く。「みんなはこのあと別のところに行くんだって。でも私、心臓があまり良くないから、夜更かしもできないし行かないことにしたの。今から帰ろうと思ってるんだけど、今日は車で来てなくて。お兄ちゃん、一緒に帰っていい?」利明は柚葉を振り返った。「この後、柚葉をホテルまで送る約束なんだ」美雪は笑った。「いいよ。一緒に行く」柚葉も頷いて言った。「そうしよう。利明、美雪ちゃんを女の子一人でタクシーで帰らせるのは心配でしょ?」確かに妹を一人で帰すのは気がかりだったので、利明も了承する。二人で柚葉をホテルまで送ると、美雪は空気を読んで笑った。「お兄ちゃん、せめて部屋まで送ってあげなよ。私は下で待ってるから」それ以上言わなくても、兄ならわかるだろう。自分が身体のせいで夜更かしできないことは知っているのだから、長居はしないはずだ。美雪は二人に向かって手を振った。部屋の前まで来ると、柚葉は少し遠慮がちに言った。「利明、美雪ちゃんが下で待ってるし……少しお茶でもっていうのはやめておくね。また明日」利明は腕時計に視線を落とす。「お茶くらいの時間ならあるさ」柚葉は身体をずらして扉を開けた。「じゃあ、どうぞ」利明がソファに腰を下ろす。柚葉が本当に飲み物を用意しようと背を向けたところで、利明がその手首をつかんだ。引き寄せられた柚葉は、そのまま利明の膝の上に座る。一気に呼吸が浅くなった。「利明……」「怖がらないで。ただ、少し抱きしめたかっただけだから」利明は彼女の腰に腕を回した。やがて柚葉
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第633話

「柚葉、今すぐA市に帰ってきなさい!」激昂している隆平に、柚葉は眉をひそめた。「お父さん、何があったの?」「何があったと?よくもそんなことが……」隆平が答える前に、瞳が電話を奪い、まくしたてる。「何があったんですって?よくそんなこと聞けるわね、柚葉!あれだけのことをしておいて、どの面下げてお義父様にお金を出してくれなんて頼んだのよ!」やはり、14億円のことだった。だが、もう受け取った金だし、それに、祖父が自分の意思で出してくれたもの。「瞳さん。あれはお爺様自身のお金なんだし、誰にどう渡すかなんて、お爺様本人の自由でしょ?」「はあ!?今度は私に説教するつもり!?お義父様も、あれだけ頭の切れる人だったのに、最後の最後であなたみたいな小娘に騙されるなんてね!いい?お義父様は調査委員会から調べられているのよ!松田家ももう調べられている今、小林家も例外じゃないんだからね!お爺様があなたに渡した14億円。それをきっかけに学術不正や横領まで疑われてるのよ!これがどれだけ大変なことかわかってる!?知らないようだから、教えてあげるわ。有罪になれば刑事罰。財産は没収、それに懲戒免職。これまでの名誉だって剥奪されるし、業界にもいられなくなる。研究成果まで全部無効になるかもしれない。それだけじゃなくて、身内にまで影響が出るのよ!うちの息子は公務員を目指してたのに、これでもう台無し!お爺様が何十年もかけて築いてきた人脈も信用も、全部なくなる……あなた、自分が本当に最低だって分かってるわけ?自分が恥知らずな真似をした挙げ句、両親には老後の蓄えまで吐き出させた。家まで売りに出させ、今じゃ賃貸暮らしでしょ?なのに、それだけじゃ飽き足らず、ずっとあなたを可愛がってきたお義父様までこんな目に遭わせて!悠々自適の老後を送れるはずだったのに、これじゃ刑務所で老後を過ごすことになるわ!この恩知らず!」一方的に罵倒された柚葉。顔から血の気が引いていく。耐えきれず、電話を切った。震える手で利明に電話をかけながら、部屋を飛び出す。以前だって、利明は自分と英樹を助けてくれた。今回だって、きっと助けてくれる!電話がつながり、利明の声が聞こえた。「どうした、柚葉?」「利明……」声が震えた。怖くて、涙が次から次へとこぼれてくる。「ま、待って…
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第634話

利明が柚葉の涙を拭おうと手を伸ばした瞬間、美雪は呼び止めた。そしてバッグからティッシュを取り出して差し出す。「これ使って」利明が涙に触れることすら、美雪は警戒していた。ティッシュを受け取った利明が、柚葉の涙を拭うと、柚葉はその手を強く握りしめる。「利明、お願い……助けて……」その声はひどく震えていた。もし、本当にお爺様に何かあったら、自分を一生許せない。柚葉が泣く姿に弱い利明は、すぐに頷いた。「わかった。何とかするから、もう泣かないで」美雪は黙って二人を見ていた。柚葉が少し落ち着いたところで、ようやく口を開く。「いつA市に戻る?航空券、私が取ろうか?」一刻も早く戻って状況を確かめたい柚葉は、翌朝一番の便を希望した。美雪は柚葉に携帯を渡し、必要事項を入力させ、その場ですぐ航空券を取った。「今夜は私がここにいるよ。朝になったら空港まで送るから」「僕が残る」「お兄ちゃんが残ったら、お母さんはどう思うかしら?」その一言で、利明は黙った。彰菜は柚葉との交際を止めこそしなかったものの、柚葉を気に入ってはいない。「大丈夫、ここには私がいるから。お兄ちゃんはそろそろ帰って」利明が反論する。「でも美雪だって身体が弱いんだから、ちゃんと休まないと」これでは堂々巡りだ。今の柚葉には、どちらが残るかなどどうでもよかった。ただ一刻も早くA市へ戻り、何が起きているのか確かめたい。結局、3人は車の中で過ごし、まだ夜も明けないうちに柚葉を空港へ送った。柚葉が飛行機に乗るのを見届けてから、兄妹はようやく家へ戻った。ところが帰宅早々、母親に問い詰められる。「二人とも、昨日の夜はどこに行ってたの?」利明は答えに詰まったが、美雪はあくびをしながら平然と言った。「最近ちょっと気分が沈んでたから、お兄ちゃんに頼んで、山まで日の出を見に行ってたの」美雪のことを疑いもしない母親は、その額を指先で軽くつついた。「美雪、自分の心臓のことわかってる?徹夜までして、日の出を見るなんて」「徹夜なんてしてないよ、お母さん」美雪は可愛らしい顔で母親を見上げる。「車の中で休んでたし、薬もちゃんと飲んだよ。今回だけ。もうしないから」「何があって落ち込んでたの?」彰菜は心配そうに美雪を見つめた。「一番大切なのは、いつも穏やかな心でいること
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第635話

A市。飛行機を降りた柚葉は、その足で松田家へ向かったが、もう門の中にすら入れてもらえなかった。以前は親切にしてくれた執事や使用人たちでさえ、今では柚葉を見る目に怒りをにじませている。何を聞いても誰一人答えず、最後には目の前で門まで閉められた。仕方なく、柚葉は両親が借りている家へ戻った。指紋認証で玄関を開けた瞬間、リビングのソファに座る隆平と百合、そして叔父夫婦が目に入る。全員、見るからに険しい顔をしていた。柚葉はてっきり瞳に頬を叩かれるものだと思っていたのだが、次の瞬間、顔に飛んできた平手打ちは、俊介のものだった。「お前のせいで、松田家はめちゃくちゃになっちまったんだよ!」大の男が本気で振り抜いた一発だった。耳の奥がキーンと鳴り、頬には激痛が走る。それどころか、口の中には鉄のような血の味が広がった。それでも、ソファに座る両親は駆け寄ってこずに、ただ冷たい目で娘を見ていた。「帰ってくる気はあったのね」と、立ち上がった瞳。手を上げこそしなかったが、その視線は刃物のように鋭い。けれど柚葉の胸を本当に抉ったのは、両親の冷たい目だった。柚葉は両親にすがりつこうとしたが、声も出ず、ただこみ上げる激痛に身を震わせるしかなかった。「柚葉、本当に最低な人間ね」と瞳が吐き捨てる。「お爺様が無事であることを、せいぜい祈ってなさい。もし本当に刑務所に入るようなことになったら、私はあなたたち一家を一生許さない。会うたびに罵ってやるし、あなたには会うたびに手を上げてやる」俊介と瞳はそのまま立ち去った。二人にも、片づけなければならないことが山ほどある。ドアが閉まると、部屋には冷え切った空気だけが残り、両親は再び無言のまま柚葉を見つめた。かつてないほどの恐怖に襲われ、柚葉は泣き崩れて両親の足元に這いつくばった。「わざとじゃないの……こんなことになるなんて知らなかった!凛さんよ、凛さんが告発したの。私とおじいちゃんに復讐するために!」百合は力なく口を開いた。「まだ他人のせいにするのね。全部の始まりが自分だってことすら、まだわからないの?今回のことで少しは変わったと思ってたけど……それは、私たちが少し期待しすぎたみたいね」「お母さん……」柚葉は百合に手を伸ばしたが、無情にも振り払われた。百合は立ち上がり、冷淡に見下ろす。「あな
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第636話

それからしばらくすると、英樹が調査を受けているという話は、少しずつ業界の外にも広まり始めた。その頃、智也はすでに望月グループの会社で働いていた。配属先はマーケティング部で、肩書きは部長だった。もう誰も彼を「社長」とは呼ばないが、とはいえ「部長」と呼ばれる立場ではある。ただ、日用品を主力とする老舗企業は、規模もスピード感もIT業界とはまるで違っていた。しかも典型的な同族企業で、縁故も多い。仕事の能力以上に、人付き合いや根回しが重要視されていたこの会社に、入社したばかりの智也は、なかなか馴染めずにいた。それに、社内には新しいものを取り入れることを嫌う空気が強く、同業他社と比べても商品の売れ行きは芳しくない。智也からすれば、完全に立て直しの必要な案件だった。それでも宏明の会社へ行けば、グレーな仕事まで求められるうえ、そもそも宏明自身が柚葉と関係を持っている。そう考えれば、この会社は十分ましな選択だろう。入社後、智也は社内の問題処理に追われながら、病院に梨花の面会に行き、辞めたがる胡桃を宥める日々を送っていた。さらに自分自身も、食事制限を守り、決まった時間に薬を飲み、免疫力を上げるために運動も続けている。毎日が隙間なく埋まっていた智也に、世間の噂に耳を傾ける余裕などない。唯一の例外は、毎日こっそり裏アカウントで凛のSNSを確認することだけ。たとえ何も更新されていなくても、疲れている時ほど覗いてしまう。だから、英樹の件を知ったのも、正人が会社まで知らせに来たからだった。智也が入社してからというもの、正人は何かと会社へ顔を出すようになっていて、受付係の人も正人を見るなり、「谷口部長なら中にいます」と声をかけるようになっていた。正人は智也のオフィスへ入るなり、とんでもない話を投げ込んだ。「松田さんが捜査を受けてるらしいよ。松田家、小林家、さらに松田さんの息のかかった門下生たちまで軒並み調べられてるって。原因は松田さんが柚葉さんに14億円を渡したことみたい」何に使う14億円だったのかは、言うまでもない。柚葉の名前を聞いた瞬間、智也の目に浮かんだのは嫌悪だけだった。何も言わない。正人は椅子をくるくる回しながら考え込む。「誰が通報したんだと思う?松田さんを恨んでる相手かな?それとも、柚葉さんを嫌ってるやつ?いや、凛さん
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第637話

智也は淡々と答えた。「柚葉の子どものことに関しては、俺に責任があるからな」正人は心底呆れた。もういい。この話は蒸し返したくない。「柚葉さんのほうは、こっちで人をつけて見ておくよ。それより最近、相当忙しいらしいじゃん。そんなに大変なのか?」智也も柚葉の話を続ける気はなく、真顔で聞き返した。「正人、お前は望月グループをどうしたい?」「どうって?」最初は意味がわからなかった正人も、すぐに表情を改める。「どういう意味だ?」「この会社は、そろそろ本気で事業転換しないと先がない。俺なら、お前を押し上げられる」正人がごくりと喉を鳴らす。智也を望月グループへ呼んだ理由は二つあった。一つは、行き場を失った友人に道を作るため。もう一つは……できることなら、自分の力になってほしかったから。たとえ兄に勝てなくても、せめて会社の中に、自分が心から信用できる人間を置いておきたかったのだ。「智也、俺は……」ほんの一瞬だけ迷い、正人はすぐに聞いた。「何が欲しい?」智也が望んでいるのは、ただの一部長としてではなく、もっと違う立場で、もう一度凛の前に立つことだった。相手が海斗であれば、なおのこと。正人は胸が高鳴る一方で、内心そっと唾を飲み込んだ。望月グループで竹内グループに挑む?さすがに分が悪すぎるのでは…………その頃、柚葉自身も調査を受けていた。英樹から金を受け取ったこと自体は事実だが、その金がどこから出たのかは、本当に知らない。「私は何も知らない」と訴える以外、出せる証拠は何もなかった。しかも柚葉の存在そのものや、以前、マイクロチップ開発プロジェクトに入った経緯まで掘り返され始めた。すでに終わったはずの話が再び出てきて、場合によっては英樹に不利な材料にまでなりかねない。柚葉はもう、何も言えなくなっていた。以前の裁判でも、凛は自分の発言の綻びをことごとく拾ってきた。今、目の前にいる調査担当者たちは、それ以上に鋭い。今の自分の周りで、最も大きな力を持つ一族といえば神谷家だと思い、事情聴取を終えた柚葉は部屋を出ると、真っ先に利明へ電話をかけた。だが、利明は電話に出ない。続いて美雪にも電話をかけ、利明に何かあったのかと聞いた。電話の向こうで、美雪が静かに答える。「柚葉さん、今回はお兄ちゃんでも駄目だと思う」「ど
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第638話

瑶子と隆がB市から戻ってきたため、凛は二人を夕食に招待するつもりだった。引っ越した時、彼らはちょうど凛自身が欲しいと思っていた観葉植物を引っ越し祝いとして贈ってくれたし、つい最近もB市のお土産を買ってきてくれた。観葉植物も焼き菓子も、値段だけ見れば大げさな贈り物ではない。だからこそ、今の凛でも気負わず受け取れた。瑶子は本当に気遣いのできる人だ。高価な物ではなく、相手が負担に感じない形で「気にかけている」と伝えてくれる。そういう小さな心遣いこそ、凛にはありがたかった。だから数日前から、どの店なら二人に失礼がなく、それでいて自分の身の丈にも合うか、ずっと考えていた。相手は本物の名家の人間、かといって、自分の身の丈を超えるような店を選べば、かえって背伸びしているように見えてしまう。何軒か候補を挙げ、実際に食べにも行ったが、結局行き着いたのは川端庵だった。やっぱり杏さんが選んだ店だ。ここなら間違いないだろう。その日の昼も、海斗は凛の運転練習に付き合っていた。凛も教習コースの走行に随分と慣れてきている。教習所内の筆記試験は合格済みのため、教習所内のコース練習が終わり次第、路上教習に進む予定だった。車を停め、凛は海斗に伝える。「今夜、あなたのご両親を食事に招待したの。康平は千石鍼灸院にいるし、美穂子さんも南山ヒルズにいるから、海斗も帰れば温かいご飯が食べられると思うよ」昨晩、両親と日和がわざわざ見せつけてきていたため、この食事のことを、海斗は昨夜の時点ですでに知っていた。しかも露骨に自慢するのではなく、「明日、凛さんと食事するんだけど、この服でいいと思う?」と、一人ずつ聞いてきたのだった。瑶子も、隆も、日和も……全員がそう海斗に聞いた。もちろん、全員すでに何を着ていくかなんてことは、自分で決めていた。要するに、呼ばれていない海斗を蚊帳の外にして楽しんでいるだけなのだ。海斗が呼ばれていないのも、海斗が同席すると瑶子と隆がしゃべりにくいという理由からだ。二人が凛と自分が交際することに最初から反対していないというのはわかっているし、両親が凛に何か話したいのだろうということも察した。それでも海斗は一応、釘を刺す。「凛は目上の人をすごく大事にするから、困らせるようなことは言わないでくれよ」すると隆に即座に返された。「
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第639話

残業?それとも、怒ってる?凛には判断がつかなかったため、美穂子に電話をかけた。「美穂子さん、海斗は今夜、家でご飯を食べるって言ってましたか?」「いえ、海斗様からは何の連絡もきていませんよ」凛は一呼吸置く。「じゃあ……夕食を作って、会社まで届けてもらえますか?たぶん残業するみたいなので」「もちろんです!」突然、美穂子の声が弾んだ。「凛さん、任せてくださいね!海斗様がちゃんと夕食を食べるところまで見届けて、きっちりご報告しますから」電話が勢いよく切れ、凛は少し呆れながらも、思わず笑ってしまった。川端庵。凛が先に店へ着いていると、日和からあと5分で着くと連絡が来たので、店員を呼び、そろそろ料理を出してもらうよう頼む。5分後、入り口のほうから音が聞こえ、凛は立ち上がった。「こんばんは。どうぞ、こちらへ」瑶子は今日のためにきちんと身支度を整えてきたらしく、上品で華やかな装いだった。隆もスーツ姿で、ただそこに立っているだけで人の上に立つ者らしい威厳がある。その雰囲気は海斗によく似ていた。ただし隆のほうが、より落ち着きと貫禄があり、大人の品があった。品のある人……そう考えた瞬間、凛の頭には茂の姿が浮かんだ。利明と美雪の父親だというのに、なぜか妙な親しみを覚えたあの人。「凛さん」と、日和が凛の隣に座った。「今日はお兄ちゃんがいなくて本当によかったです。もしいたら、私がここに座っただけで、絶対に睨まれましたもん」瑶子が笑う。「この前の連休はA市にいなかったから、引っ越し祝いも人に届けてもらうだけになっちゃったけど。観葉植物、気に入ってくれた?」「はい。すごく気に入ってます」瑶子を見る時、凛の目はいつも少し明るくなる。きっと、瑶子が自分の思い描いていた「母親」の姿に近いからだ。それに、たぶん多くの人にとっても理想的な母親なのだろう。「焼き菓子もおいしくいただきました。隆さんも瑶子さんも、いつもありがとうございます」「凛さんは辛いものが好きでしょう?それで、焼き菓子は口に合わないかなって少し心配してたから、あまりたくさん買わなかったのよ」「そんなことありません。好きです」澄んだ瞳でまっすぐ見つめられ、瑶子の心はまるで若い頃に食べた、できたての綿あめみたいにすっかり柔らかくなった。瑶子は思わず笑い、
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第640話

美穂子は夕食を保温容器に詰め、そのまま竹内グループ本社へと向かった。美穂子は20代の頃から竹内家で働いている。最初は隆の世話をし、その後は海斗の生活を支えてきた。会社の所在地こそ変わったが、美穂子にとって竹内グループは昔から変わらない場所で、今でも社内へ入る権限は持っているのだ。社員用エレベーターで最上階へ上がると、明るく照らされた廊下は、人の気配がなく静まり返っていた。美穂子が社長室のドアをノックしたが返事はなく、海斗本人にメッセージを送っても既読すらつかない。こういう時は、会議室だろう。美穂子が会議室の扉をノックすると、予想通り海斗が中から出てきた。「美穂子さん?」海斗はさすがに驚いた。美穂子が会社へ顔を出すなど、いったい何年ぶりだろうか。美穂子は保温バッグを差し出す。「凛さんに、海斗様は今夜残業するみたいだから、夕食を届けてあげてって言われました」海斗が固まった。「誰が?」美穂子はにっこり笑う。「凛さんですよ」凛?まったく予想していなかった。せいぜい、美穂子に夕食を作ってもらい、帰宅する自分を待っているくらいしか想像していなかったのだ。まさか、凛がこんなことをしてくれるなんて……「海斗様、想像してなかったでしょう?」美穂子は目を細めた。「ご飯ってね、人と同じなんですよ。家で食べてほしいと思うのは、その人を気にかけてるってこと。ちゃんと食べてるか心配して、わざわざ会社まで届けさせるなんて……もう十分、わかりやすい心配の仕方だと思いませんか?」海斗は保温バッグを受け取った。容器越しにも、料理の温かさが伝わってきて、それだけで胸の奥まで温かくなるようだった。「本当に?」まだ半信半疑の海斗。美穂子は大きく頷いた。「凛さんは静かな方ですし、感情を表に出すのも控えめなので、日和さんみたいに、好き嫌いも欲しいものも全部顔に出して大声で言うわけじゃありませんので」海斗は納得した。「凛は確かにそうだな」美穂子は会議室のほうを覗く。「お仕事の最中でしたか?」「いや。大画面で資料を見てただけ。こうしたほうが見やすいから」すると、美穂子が意味ありげに笑った。「それなら急いで召し上がってください。それと、食べ終わったらすぐ凛さんにご連絡をお願いしますね。海斗様が食べ終わるのをしっかり見届けると、凛さんと
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