「……ハァ……ハァ……」 夜の森を、荒い呼吸が裂いた。 「助けて……お願い……誰か……」 足をもつらせ、少女は振り返る。 月明かりの下、白い影が立っていた。 「良い子だから……さぁ、こっちへおいで」 優しい声だった。 逃げ場は、もうない。 「いやよ……来ないで……!」 悲鳴は途中で途切れた。 水面が、静かに揺れる。 そして、何もなかったかのように——夜は閉じた。 常夜湖の朝。 死体が見つかったのは、午前五時だった。 若い女が、水面に浮いていたらしい。 俺がその連絡を受けたのは、朝食の席だ。 「また……女子大生だって」 そう言うと、向かいに座る妻は味噌汁を一口飲み、小さく首を傾げた。 「二十歳前後なの?」 「らしい。……また聴取で仕事が止まる。」 「最近は、残業続きだもんね。 いつもお疲れ様。」 妻は、ふっと笑った。 俺は白瀬孝一。 常夜湖の管理業務を任され、久遠市に越してきて三年になる。 妻の名は、白瀬いろは。 どこにでもいる、仲の良い夫婦だ。 .......少なくとも、俺はそう思っている。 常夜湖での事件は今回で三人目だった。 全員、女子大生。 全員、失血死。 全員、常夜湖の近く。 「怖いわね。本当に……」 いろはは湯呑みの縁をなぞる。 その指が、やけに白く見えた。 午後。 仕事帰りに、ひとりの女子大生と会った。 桐野澪。 湖底に沈んだ旧久遠村を、卒業レポートにまとめているらしい。 旧久遠村...今や、この常夜湖に沈んでいる村。 とても昔の話だが洪水災害により壊滅状態に... 100年以上前の話だ。 そこに興味をもつ若い子も珍しい。 「過去の洪水災害で資料を調べてみたら 面白いものを見つけたんです!」 彼女は目を輝かせて言った。 「当時、常夜流しと言う言い伝えがありまして... その内容がまた奇妙で...」 胸の奥が、わずかにざわつく。 「しかも、その年の満月の日に——」 「こらこら、君はオカルトをレポートに あげるつもりかい? なら私は専門外なんだが...」 澪は言葉を飲み込んだ。 「……いえ、...すいません。」 少々強く言いすぎたかな?.
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