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第5話「常世流しの花嫁。」

작가: 琉球狸
last update 최신 업데이트: 2026-03-09 19:20:53

第五話

いろはに声をかけられ...

リビングに戻ると

いろはは、何事もなかったかのように席に座っていた。

「遅いわよ」

味噌汁の湯気が、静かに揺れている。

さっきまで、あの女がいた場所。

テーブルの下を

思わず見てしまう。

何もない。

乾いた畳。

水の跡も

もう残っていない。

澪は俺の後ろに立ったまま

まだ震えていた。

「……座らないの?」

いろはが首を傾げる。

その仕草は

いつも通りの妻だった。

だが。

俺の中で、何かが変わっていた。

この家は――

普通じゃない。

俺は席に座る。

箸を持つ。

だが

手が震えている。

味噌汁の表面が

わずかに揺れた。

ちゃぷん。

一瞬。

湖の水面を思い出した。

「どうしたの?」

いろはが覗き込む。

距離が近い。

近すぎる。

「……いや」

俺は視線を逸らした。

「澪の件だ」

澪がびくっと肩を揺らす。

「警察に連絡する」

「それまで家でうちらで保護しよう。」

いろはは一瞬だけ黙った...

ほんの一秒。

それから

ゆっくり笑う。

「そうね」

「女の子を一人で外に出すのは危ないわ」

その言葉は

優しい。

だが――

どこか冷たい。

「ねぇ澪ちゃん」

いろはが言う。

「常夜湖について調べてるんだっけ?」

澪の体が

硬直する。

「湖の話よ...」

いろはは

くすっと笑った。

「この辺りにはね」

「昔、ある伝説があったのよ」

俺の箸が止まる。

「伝説?」

「ええ」

いろはは

味噌汁を一口飲んだ。

そして言う。

「村で1番可愛い女の子を五人を常夜に

嫁がせるって言う...ね。」

空気が凍った。

澪が小さく息を飲む。

「……え?」

いろはは平然としている。

「昔の話よ。

常夜に繋ぐ満月が湖を照らす夜...

常夜からあちらの住人が、現世に嫁探しに来る。

と言われててね。

その嫁を献上して、常夜に見送るの。」

俺の頭の奥で

さっきの映像が蘇る。

松明。

白い着物。

花嫁行列。

そして――

水の中へ沈む女。

「ば、馬鹿な」

俺は言う。

「そんな話聞いたことない」

いろはは

ふっと笑った。

「あなた、この土地の人じゃないもの」

そうだ。

俺は結婚して

この家に来た。

元々は

いろはの実家だ。

「だから昔の人は、二十歳になった村の女性を

五人...この常夜湖に沈めて、常夜に嫁いでもらっていた。

でもその常夜にいくのも栄誉なことにされていた」

いろはが言う。

「常世では、歳を取ることがなく永遠の美を

手に入れられる。そう伝えられていたわ。」

その瞬間。

澪の顔が

真っ白になった。

「……永遠の美?」

いろはは

穏やかに続ける。

「ただ、それは明らかな嘘だったのよ。

そんなことあるはずなかったの

本当の理由があったのよ...

罪隠しの......ね...。」

「でもね」

いろはは

ゆっくりと俺を見る。

「罪も...恨みも...」

「完全には消えないの」

その時だった。

――ちゃぷん。

音がした。

俺の足元から。

凍りつく。

ゆっくりと

視線を落とす。

畳。

その上に。

水が滲んでいた。

じわり。

じわり。

まるで

床の下から

水が染み上がってくるように。

「……っ」

澪が後ろで震える。

「孝一さん……」

そして。

畳の中央が

ゆっくり膨らんだ。

ぶく。

ぶく。

水泡。

ありえない。

畳の下で

水が動いている。

次の瞬間。

畳の隙間から――

指が出た。

青白い指。

濡れている。

ゆっくり。

ゆっくり。

這い出てくる。

「……」

俺の呼吸が止まる。

そして。

その指の後ろから

長い髪が現れた。

女の顔が

床の下から

ぬるりと現れる。

目が合った。

真っ黒な瞳。

水が滴っている。

口が開いた。

「……返して……」

声は

水の中から響くようだった。

「……わたしの……」

その瞬間。

俺は叫んだ。

「いろは!!」

だが。

いろはは

まったく動かなかった。

ただ。

その女を見下ろしていた。

そして。

静かに言った。

「だめよ」

女の動きが止まる。

いろはの声は

優しかった。

でも――

絶対的だった。

「この人は」

いろはが言う。

「わたしの旦那さんだもの」

次の瞬間。

女の体が

水に崩れた。

ばしゃ。

畳が一瞬で乾く。

何もない。

最初から

何もなかったように。

静寂。

澪は腰を抜かしていた。

俺も動けない。

だが。

いろはだけが

静かに笑っていた。

「ほら」

味噌汁を差し出す。

「冷めちゃうわ」

澪が叫んだ。

「もう嫌だ!!なんですか!?今の!

いろはさんは何をしたんですか!?

もうこんなとこに居れません!!!」

澪は怯えて混乱している。

そして...俺も目の前に起きている現状を

もう...理解ができない。

澪の問いに、いろはは落ち着きながら...

「あなたは、もう思い出したかしら…」

いろはの声は

静かだった。

だがその言葉は

氷の針のように

俺の頭の奥に突き刺さった。

「……何をだ」

声が掠れる。

いろはは

ゆっくり首を傾げた。

「常夜流しよ」

その名前を聞いた瞬間――

ズキン。

頭の奥が、激しく痛んだ。

「っ……」

視界が揺れる。

何かが、脳の奥で軋む。

まるで

閉じられていた扉が

無理やりこじ開けられるように。

「……思い出して」

いろはが、優しく言う。

「あなたは――」

その時だった。

澪が叫ぶ。

「やめてください!!」

澪は、俺の腕を掴んだ。

「孝一さん苦しんでるじゃないですか!」

いろはは

少しだけ驚いた顔をした。

それから

くすっと笑う。

「優しいのね。」

だが

その目は

笑っていない。

「でもね」

いろはは、静かに言った。

「これは必要なことなの」

その瞬間。

頭の奥で、何かが弾けた。

――満月。

夜の湖。

松明の列。

白い着物。

花嫁行列。

俺は

その列の中にいた。

いや...

違う。

俺は――

見ていた。

岸の上から。

村の男たちと一緒に。

「……やれ。」

誰かが言った。

水面が揺れる。

五人の花嫁が

湖へと押し出される。

「やめて……」

女の声。

涙。

叫び。

だが

誰も止めない。

そして。

その中に――

いろはがいた。

白無垢。

長い黒髪。

泣いている。

俺を見ている。

「孝一……」

その声。

震えている。

「助けて……」

俺は。

動かなかった。

いや。

動けなかった。

村長が言った。

「これで村は守られる」

松明の光が

水面に揺れる。

いろはの体が

湖に沈んでいく。

腕が伸びる。

必死に

水面を掴もうとする。

「孝一!!」

その叫び。

だが。

俺は。

――目を逸らした。

次の瞬間。

水面が閉じた。

静寂。

そして。

水の中から

無数の手が

現れた。

沈められた

女たちの手。

青白い腕。

恨み。

怒り。

絶望。

そのすべてが

湖の底で

渦巻いていた。

――思い出した。

「……俺は……」

声が震える。

「俺は……」

澪が

震えながら言う。

「孝一さん……?」

俺は

ゆっくり

いろはを見る。

彼女は

微笑んでいた。

とても

優しく。

「思い出した?」

俺の喉が

乾く。

「……お前を」

声が震える。

「俺は……」

いろはは

静かに頷いた。

「ええ」

そして

ゆっくり言った。

「あなたは」

「わたしを」

「湖に沈めた人だもの」

空気が凍る。

澪の顔から

血の気が引く。

「……え.?..」

俺の心臓が

狂ったように打つ。

「嘘だ……」

だが

いろはは

首を振る。

「嘘じゃない。」

その声は

とても静かだった。

「三百年前...あなたは...

この村の男だったの...

優しくて...笑顔が素敵でね...」

いろはの目が

ゆっくり細くなる。

「その人は、わたしの――」

「婚約者だったのよ」

沈黙。

重い。

重すぎる沈黙。

やがて

いろはが

立ち上がった。

足音が

畳に響く。

ゆっくり

俺の後ろに回る。

耳元で

囁く。

「でもね」

息が

首筋に触れる。

冷たい。

「大丈夫」

いろはは

微笑んだ。

「怒ってないわ」

その瞬間。

湖の映像が

脳裏に蘇る。

沈んでいく

いろはの顔。

涙。

絶望。

そして

最後に浮かんだ

笑顔。

「だって」

いろはが言う。

「わたし」

「あなたを迎えに来ただけだから」

その時。

――ちゃぷん。

また

足元から音がした。

今度は

一つじゃない。

ちゃぷん。

ちゃぷん。

ちゃぷん。

畳の下から

無数の水音が

響き始めた。

澪が震える。

「……なに……これ」

俺は

ゆっくり

床を見る。

畳が

波打っていた。

まるで

湖の水面のように。

そして。

いろはが

静かに言う。

「三百年よ」

その目は

もう

人間じゃなかった。

「わたし」

「ずっと待ってたの」

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