私は藤崎静香(ふじさき しずか)。岸本大輔(きしもと だいすけ)と婚約する前日、彼の幼なじみ・雨宮雅美(あまみや まさみ)が、私にピアノを弾く手を折られたと嘘をついた。激怒した大輔は、私を無理やり海外の医療支援チームへ送り込み、そのまま見捨てた。それからほどなくして、彼が向こうで結婚するという知らせが届いた。誰もが、私がその日のうちに飛んで戻り、式をぶち壊しに来ると賭けていた。それほどまでに、私は彼を愛していたからだ。けれど彼は、式が終わるまで待っても、私からの連絡をひとつも受け取れなかった。私は海外で死んだも同然と思われ、そのまま完全に姿を消した。五年後。救急に、交通事故で重傷を負った患者が運び込まれてきた。家族は名指しで院長の執刀を求めた。手術室で、私はマスクをつけたまま静かにメスを取る。「麻酔、準備して」まだ麻酔が入る前だった彼は、いきなり私の手首をつかんだ。次の瞬間、目に涙をにじませる。「静香……お前か?」私はその手を振りほどき、冷えた目で麻酔担当の医師を見る。「患者が興奮しています。量を増やして」……大輔は手術台の上で、私を食い入るように見つめていた。「静香……生きていたんだな。やっと戻ってきてくれた」私は無表情のまま彼を見下ろした。「岸本さん、手を離してください。私はあなたの執刀医です。あなたの『静香』ではありません」大輔は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑った。「まだ怒ってるのか?五年も経ったのに、相変わらず気が強いな。あのときお前を海外の医療支援に回したのは、少し頭を冷やさせるためだ。雅美の手を傷つけたのは、お前だろ?素直に非を認めるなら、岸本家の妻の座はまだお前のものだ」こんなときでさえ、彼はそれを恩情のつもりでいるらしい。周囲の医療スタッフたちは顔を見合わせ、息をひそめて成り行きを見守っていた。私は止血鉗子を手に取ると、まだ血のにじむ傷口の縁を迷いなく挟んだ。「ああっ!」大輔は痛みに悲鳴を上げ、体を大きく跳ねさせた。「静香!何するんだ!本気で頭がおかしくなったのか!」額に脂汗を浮かべながら、大輔は信じられないものを見るような目で私を見た。「岸本さん、傷口からの出血がひどいんです。失血でこのまま死にたくないな
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