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第8話

Author: 一途な皇帝陛下
やはり、響也の読みは当たっていた。

大輔はまったく諦めていなかった。

その日、私が診察をしている最中にスマホが鳴った。

見覚えのない番号だった。

通話に出ると、受話口の向こうから大輔の、ひどくかすれた声が聞こえてきた。

「……静香。

悪かった……全部、俺が悪かった……

頼む……一度でいい、会いに来てくれないか。

顔を見るだけでいい……お願いだ……」

その声には、すがりつくような響きが混じっていて、痛々しいほど弱々しかった。

私はしばらく黙ったまま、スマホを握っていた。

「岸本さん。私に会いたいの?

……いいわ。屋上に来て。そこで待ってる」

電話を切ると、私の目に冷たい光がよぎった。

病院の屋上は風が強く、白衣の裾がばさばさとはためいている。

大輔は杖をつきながら、額にびっしりと汗をにじませていた。

それでも、どうにかここまで上がってきたらしい。

私の背中を見つけた瞬間、彼の目がぱっと輝いた。

「静香!」

ふらつきながら駆け寄り、私の手をつかもうとする。

私は身をひいてそれをかわし、冷たい視線を向けた。

「そこから動かないで。

もう一歩でも近づ
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