LOGIN「悪かったな。この間、お前との電話を一方的に切って」 「気にしてないよ。啓太郎にも大人の事情があることはわかってるから」 そんな立派なものはない。むしろ、子供じみた葛藤というべきなのだ。 料理を温めた裕貴が皿をテーブルに並べ、ついでにワインも開けて二つのグラスに注ぐ。グラスを受け取った啓太郎は、代わりに包みを押し出した。「やる。プレゼントだ。珍しいんだぞ。俺が、せがまれる前に自発的にクリスマスプレゼントを買うなんて」 「おれも、いつくれるのか待ってたんだ」 生意気なことを言いながらも、包みを受け取った裕貴は嬉しそうに口元を綻ばせている。開けていい? という問いかけに頷くと、さっそく裕貴が包みのリボンを解く。 自分が買ったプレゼントを目の前で開けられるのは、かなり気恥ずかしい。できるならベランダにでも逃げ出したい心境だ。 包みを開けた裕貴は、啓太郎が何を買ったのか知ると、小さく噴き出した。「もしかしてこれ、これからもおれを外に連れ出すって意味?」 「おっ、俺の気持ちが伝わったか」 「そのまんまじゃん。お出かけセット」 生意気なことを言いながらも、裕貴はマフラーを首に巻き、手袋もしてみせてくれた。思ったとおり、色合いが裕貴の雰囲気によく合っている。「……一応、お礼言っておくよ。ありがとう」 「可愛くねー」 啓太郎がぽつりと洩らすと、裕貴はニヤリと笑った。「ウソだよ。すごく嬉しい。おれの周りにいる人間の中じゃ、啓太郎が一番趣味がいいと思う」 その口ぶりに、あることに思い至った。「親父さんや博人さんから、プレゼントはもらったか?」 「兄さんからは時計。それこそ、引きこもりにはいらないものだと思うんだけどね」 兄心だと思うと、啓太郎は笑う気にはなれない。裕貴は話しながら、手袋をした手をしきりに動かし、ついでに感触を確かめるように自分の頬を撫でてみたりして、その仕種がなんとも小動物めいており、見ていた啓太郎は内心でドキリとしてしまう。口が裂けても本人には言えないが――可愛かったのだ。 微妙に視線を逸らし、グラスに注がれたワインを口に含む。博人と父親、どちらが持たせたのかわからないが、口当たりが軽くて飲みやすい、美味しいワインだ。「親父さんは?」 「あの人に、そんなもの期待するだけ無駄だよ。クリスマスプレゼントは、父親の元気な姿
「……切ったのか。あのうっとうしい髪に、慣れてきたところだったのに」 「ひどいなあ」 そう言って裕貴はちらりと笑うが、どこかぎこちない。啓太郎の腕を取ってイスに座るよう促すと、ダッフルコートを片付けてからキッチンに向かった。「ちょっと待ってね。準備するから」 食器を手に戻ってきた裕貴が、オードブルのいくつかの料理を皿に取り分けてレンジで温め始め、その傍らでスープも鍋に入れて火にかける。キッチンでよく動くほっそりとした後ろ姿を眺めながら、沈黙で間がもたなくなった啓太郎は再び口を開く。「メシ、みんなで食ったのか?」 「みんなと言っても、おれと父さんと……兄さんの三人だよ」 まっさきに啓太郎が疑問に思ったのは、博人は千沙子を伴ってこなかったのかということだった。ただ、裕貴が千沙子を嫌っていることを思い出し、遠慮してもらったのだと勝手に解釈した。イブは肉親と過ごして、クリスマス当日を夫婦で過ごすのだと考えれば、不思議ではない。「そういえば、親父さんが帰ってくるって、博人さんがこの間言ってたな」 「あの人はいつも突然なんだ。事前に連絡してくるなんて、珍しいんだよ。そして息子二人を振り回して、当たり前みたいに父親として振る舞うんだ。こっちはいい迷惑だよ。この髪だって……」 最後はぼやきに近い言葉を洩らして、裕貴が軽く頭を振る。啓太郎はぶっきらぼうに言った。「それはそれで、似合ってるぞ。落ち着かないなら、また伸ばせばいいだろ」 振り返った裕貴が目を丸くして見つめてくるので、居心地が悪くなった啓太郎は意味なくイスに座り直し、目を逸らす。すると遠慮がちに裕貴が呼びかけてきた。「……啓太郎」 「なんだ」 「もしかして、おれがいないときに部屋に来た?」 「ああ……」 「おれが出ないから、気になった?」 俺の分は悪くなるばかりだと思いながら、啓太郎は正直に答えた。「――当たり前だ。今度から……外に出るときは電気ぐらい消していけ。何事かと思うだろ」 「父さんが急かすから、消す暇がなかったんだよ」 わざと不機嫌な表情を作った啓太郎とは対照的に、裕貴ははにかんだように笑いかけてくる。 目に滲むようなその笑顔を見て、ここまで胸を塞いでいた重い感情の塊がスウッと溶けていくのが啓太郎にはわかった。「もしかして啓太郎、おれがわざと無視しているとか思った?
** SEになってから、仕事で追われることが日常となっていた啓太郎には、クリスマスという行事を特別だと感じたことはない。せいぜいが、そのときどきにつき合っていた恋人が楽しみにしていた行事だった、という程度の認識だ。しかし今年は違う。 テーブルの上に置いたケーキの箱とプレゼントの包みをじっと見つめながら、啓太郎はテレビもつけずに耳を澄ましていた。少しでも、隣の部屋の気配を感じ取るためだ。だが、壁一枚を隔てて、裕貴の気配や物音が伝わってくることはない。 裕貴はいつでも、息を潜めるように静かに生活している。 いい加減、外にメシを食いに行こうかと考えていると、突然、スマホの着信音が鳴る。思わず辺りを見回してから、ハンガーにかけたスーツのポケットに入れたままなのを思い出し、慌てて隣の部屋に駆け込む。 裕貴のスマホからかかっていると確認して、勢い込んで電話に出る。「もしもしっ」 『……あっ、啓太郎……』 「お前――」 『ベランダに出たら、啓太郎の部屋の電気がついてるの見えたから、もしかして帰ってるのかなって。忙しそうだし、クリスマスとか関係ないのかと思ってたんだ』 裕貴の言葉を聞いて、啓太郎の頭は少し混乱する。まるで、いままで啓太郎が部屋に帰っていることを知らなかった口ぶりなのだ。しかし実際は、啓太郎は一時間ほど前に裕貴の部屋のインターホンを押したし、呼びかけた。『まだ何も食べてないなら、おいでよ。いろいろあるんだ。オードブルも何種類かあるし、ローストチキンもある。ワインだってあるよ。……ケーキだけは、おれが作るつもりだったけど、結局そういうわけにもいかなくて』 どこか啓太郎の反応をうかがうような、遠慮がちな裕貴の誘いに、啓太郎は数秒ほど置いてから応じた。「ケーキなら、心配するな。俺が買ってきている。でかいんだ。さすがにお前一人じゃ食い切れない」 『だったら、啓太郎も食べるの手伝ってよ』 その言葉に安堵して、すぐに行くと告げて電話を切る。次の瞬間には啓太郎は、急いでケーキの箱とプレゼントの包みを手にして部屋を飛び出していた。 インターホンを鳴らすまでもなく、裕貴の部屋の前まで行くと、慌ただしい気配を感じたように中からドアが開けられる。 いつものように裕貴が迎えてくれたのだが、啓太郎はその裕貴の姿を見た途端、咄嗟に声が出なかった。啓太郎
** デパートで買った裕貴へのクリスマスプレゼントは、ある意味、ありふれたものだと言ってもいい。気が利いていないのは、よく自覚している。これではまるで、学生同士のプレゼントのやり取りではないか――いや、今の学生のほうが、もっとシャレたものを選ぶかもしれない。 啓太郎はブランドものにはまったく頓着しないし、興味もない。フロアをうろついていて、人の流れに乗るようにして入ったのが、有名なブランドのショップだったのだ。 楽しげなカップルたちに挟まれ肩身の狭い思いをして、場違いだと思ってショップを出ようとしたのだが、あるものに目が留まった。 裕貴の部屋の前で何度目かの深呼吸をして、啓太郎は抱えた包みに視線を落とす。 プレゼントは二つあった。一つは、柔らかな感触が気持ちいいウールの手袋だ。ピンクと茶色という色の組み合わせが裕貴の雰囲気に似合いそうで、一目で気に入った。そしてもう一つが、同じブランドの白いマフラーだった。これも裕貴に似合いそうな色だ。 この先裕貴が必要とするかどうかはわからないが、啓太郎はできる限り、裕貴を外に連れ出したいと考えている。このプレゼントは、ある意味、その意思表明だともいえる。 もう片方の手に持っているのは、ケーキの箱だ。フルーツがたっぷり入った、二段重ねのショートケーキで、明らかに二人で食べるにしては大きすぎるが、小さいよりはいいというのが啓太郎の考え方だ。 もっとも、このケーキを一緒に食べることを裕貴が許してくれるのか。そもそも、プレゼントを受け取ってくれるのか。そう考えるたびに、インターホンを押そうとする啓太郎の指は動きを止めてしまう。『――また、部屋に来てくれるよね?』 裕貴にそう問われながら、返事もせずに電話を切ってしまったことが、啓太郎の心に大きなしこりとなっていた。我ながら最低の対応だったと思う。 そのことを謝罪するために、クリスマスプレゼントという小道具が必要だったというのも、男らしくない。 考えるだけでは裕貴に謝ったことにはならないと、やっと覚悟を決めて啓太郎はインターホンを押した。 しかし、応答はなかった。眉をひそめながら数回押したが、結果は同じだ。啓太郎は体の奥からせり上がってくるような不安を感じつつ、通路に面したダイニング側の窓の前へと移動してみる。カーテンが引かれているので中の様子は見え
**** 息を呑んでモニターに見入っていた面々の口から、低い感嘆の声が洩れる。それは啓太郎も同じで、緊張のためさきほどから痛んでいた胃が、やっと苦しみから解放してくれた。「……問題なし、でいいよな?」 誰ともなく尋ねると、数人の男たちが揃って素直に頷く。啓太郎は深々と息を吐き出した。「検索プログラムのテストは、これで終了、と」 言い終わると同時に、拍手と雄叫びが上がる。年内いっぱいはかかるだろうと、絶望的観測がされていた検索プログラムのテストが、なんとクリスマス・イブの夕方に終わったのだ。しかも、無事に。 もちろん、すべての仕事がこれで終わったわけではない。カットオーバーまで、まだやるべき仕事はあるのだ。 だが間が悪いことにというべきか、よかったというべきか、よりによってクリスマス・イブの日に、プロジェクトの一つの山場を問題なく越えてしまった。 普通の人間なら――今日という日を楽しみたいと切望していた人間なら、この瞬間に仕事に対するモチベーションが下がっても誰も責めないはずだ。少なくとも啓太郎は、帰る人間を暖かい眼差しで見送ってやりたい。 ぐったりとして自分のデスクについた啓太郎は、ズキズキと痛むこめかみを揉む。次の作業に取りかからないと、と思うものの、さすがに一息つきたい。 先にメシを食いに行こうかと考えていたところで、ふいに頭上から声をかけられる。「あれっ、羽岡さんは帰らないの?」 「俺には、クリスマス・イブを楽しむ相手もいないからな。それに、暇な奴同士、飲みに行けるほど元気も持て余してない。おとなしく仕事をしていたほうが建設的だ。街の空気に中てられなくて済む」 「そうは言っても、心当たりぐらいあるんじゃない? 今のこの時間ならまだ、プレゼントを十分調達できるだろうし」 啓太郎は顔を上げて、ニヤニヤと笑っている男性社員を見上げる。「はあ?」 「何事も、サプライズが大事ってこと。いつも残業ばかりの彼氏が、突然プレゼントを手に現れたら、彼女は大喜び」 だから、そんなものはいない――、と口中で呟いた啓太郎だが、およそ一週間前、裕貴と交わした電話のやり取りが急に思い出される。あれ以来、裕貴から連絡はない。 きっと、自分の態度に怒ったか、傷ついたのだ。そう考えるたびに啓太郎の胸はキリキリと痛む。 裕貴が何か言ってくるま
「兄さん、か。お前もそう思っているか?」 啓太郎が怒っていると口調から感じたらしく、電話の向こうで必死な声で裕貴が言う。『兄さんみたいだとかそうじゃないとか、関係ないよっ。あの人の言葉なんて、啓太郎が気にする必要ない』 「でも、誰よりもお前を知っている人だ」 『それは、そうだけど……。兄さんと啓太郎は違うよ』 困惑したような裕貴の声に息苦しくなり、啓太郎は無意識のうちにネクタイの結び目に指をかけていた。会社でなければ緩めているところだ。「……それでお前、なんでメッセージを送ってきたんだ。俺が博人さんと会ってメシを食ったのは、聞いてわかったんだろ。いまさら俺に――」 『兄さん、啓太郎に変なこと言わなかった?』 「変なことって?」 裕貴はまた口ごもり、今にも電話を切りたそうな気配を漂わせたが、すかさず啓太郎は重ねて尋ねた。「変なことってなんだ」 『――……兄さん、おれのことになると、人が変わるんだ。昔、おれが学校でいじめられたとき、学校だけじゃなく、いじめた子の家にまで押しかけて、いじめた本人とその子の親にまで土下座させたことがある。その反対もあって、兄弟だけで生活しているのを心配して、おれに親身になってくれた近所の人を、どうしてだか遠ざけたこともある。他にいろいろあったけど、おれの知らないところでもっとあると思う」 「つまり博人さんが俺に、お前と関わるなと言ったんじゃないかと心配してるのか」 『啓太郎に嫌な想いをさせたんじゃないかって、心配で……』 嫌な想い――は、現在進行形でしている。裕貴の口から博人のことが出るたびに、啓太郎の苛立ちは沸点へと確実に近づいていく。これはもう八つ当たりではなく、明らかに裕貴へと向けた感情だ。 俺に対して、自分の兄のことを言うなと怒鳴ってやりたかった。俺はお前の兄代わりではないのだとも。できないのは、大人としての最低限の節度があるからだ。「博人さんが俺に、お前が心配しているとおりのことを言ってたとしたら、どうなんだ?」 『どうって……』 「大事なお兄さんの言うとおりにするのか?」 啓太郎の知っている裕貴なら、意地悪な問いかけに気丈に言い返してくるはずだった。だがこのときの裕貴は違う。 ひどくうろたえたように小さく声を洩らし、黙り込んだのだ。思いがけない反応に啓太郎は罪悪感を覚え、心の中で自分を
「楽しくは、ない」 啓太郎はこう答えながら、ベッドに片手をついて裕貴の胸元に顔を伏せる。もちろんもう片方の手では、裕貴のものの愛撫を続けていた。「ドキドキしている、というほうがわかりやすいか? 男の体にこんなふうに触るのは初めてだけど、どうすればお前が気持ちいいか、そんなことを考えながらお前に触って、お前が反応してくれると、本当に心臓の鼓動が大きくなるんだ」 舌先で裕貴の胸の突起をくすぐると、裕貴の体が大きく震える。「もっと、お前が気持ちいいと感じることをしてやりたくなる。……俺が金を払うんだ。だからお前は、もっと感じてみせろ。そうやって俺を満足させるんだ」 たっぷり突起をくすぐ
素っ気なく裕貴に手招きされ、部屋に上がる。すでにダイニングにはいい匂いが漂っており、キッチンを見ると、まな板の上には切りかけの野菜があった。「作りかけでなかったら、本気で追い出したんだけどね」 裕貴がさらりとそんなことを言い、キッチンに戻る。もう一度拳を握り締めてから、アタッシェケースをテーブルの足元に置いた啓太郎は、コートとジャケットを脱いでからイスに腰掛けた。「ビールは……」 「冷蔵庫の中から出して、勝手に飲んでよ」 啓太郎は言われるまま、腰を落ち着ける間もなく立ち上がると、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出す。 直接缶に口をつけて飲みながら、今日はガラス戸が開いたままの隣の
**** 仕様書の変更が少なかったことに気をよくして、啓太郎は久しぶりに定時に会社を出ることができた。システムのテストも順調に進み、会社を出る啓太郎の足取りは軽い。 もっとも、こんな幸せが長くは続かないことを知っている。明日にはまた仕様書の変更やバグの嵐、外注先のプログラマが逃げ出すかもしれないのだ。 それでも、今だけは――。 ささやかな幸福感を味わいながら啓太郎が向かったのは、電子商品を専門に扱う小売店が集まっている街だった。もちろん、一昨日、隣人である裕貴に頼まれたものを買いに行くためだ。大型量販店に行っても扱っていないのはわかりきっている。だったら最初から専門店に向かう
スープに入っているすり身団子も塩加減がちょうどいい。スープ自体は薄味だが、牛肉の味噌炒めが味が濃いので、あまり気にならない。 一人暮らしの青年が作るにしては、あまりに見事というしかない食事だ。 きれいに平らげて満足の吐息を洩らした啓太郎は、ビールを飲みつつ裕貴をうかがう。マウスを動かし、キーボードを叩き、その合間に器用に左手で箸を動かし食事をしており、なんとも慌ただしいし、消化に悪そうだ。 すっかりゲームに没頭して、もしかすると啓太郎の存在など忘れているのかもしれない。 手を合わせてご馳走様をすると、啓太郎は遠慮しながら裕貴に声をかけた。「おい、食べ終わったんだけど」 「食器