エレベーターを降りてホールに出た瞬間、タイミングよく隣の部屋のドアが「ガチャリ」と開いた。会いたいと思ったら、本当に会えちゃった。実花の唇に、自然と柔らかな笑みが浮かぶ。だが、そこに立っていた湊の様子は、どこか異様だった。湊は氷のように冷たい無表情で突っ立っている。いつもは完璧に着こなしているシャツの襟元は珍しく乱れ、目の下にははっきりと濃い隈が浮かんでおり、一睡もしていないことは誰の目にも明らかだった。「……やっと帰ってきたのか」湊の口から飛び出したのは、棘のある冷ややかな声だった。「てっきり、そのまま引っ越したのかと思ったよ」「ええ、そのつもりよ。三日後に引っ越す準備をしているの」実花は昨日の征二郎との会話を思い出し、言葉の裏も読まずに素直に頷いた。その瞬間、湊の纏う空気がさらに数度下がった。彼は低く、嘲るような冷笑をこぼす。「はっ……お前って本当にチョロいんだな。あんな風にほんの少し優しくされただけで、尻尾を振って戻るのか?脳みそ腐ってんじゃないのか?」いくら何でも言い過ぎじゃない?まさかもう、私が征二郎様から厚遇されて黒田家に戻ることを知っているの?相変わらず耳が早いわね。実花は少し眉をひそめたが、彼が黒田家という泥沼に足を踏み入れることを危惧してくれているのだろうと好意的に解釈し、軽く溜息をついた。「別にチョロいわけじゃないわ。でも、向こうの居心地が良くても悪くても、行かなきゃいけないのよ。どうしても、自分自身で直接向き合って確かめなきゃいけないことがあるから」母の過去に一体何があったのか。あの権力者の黒田当主に、あんな歯切れの悪い態度をとらせるような秘密を、絶対に暴かなければならないのだから。実花の瞳に宿る揺るぎない決意を見て、湊は堪えきれないほどの怒りが腹の底から湧き上がるのを感じた。「自分自身で直接向き合うだと……?」湊の声は、地を這うように低く、ドスが利いていた。「瀬戸の妻として、今更責任感でも芽生えたって言うのか?それとも、今までの自分の態度を反省して、関係をやり直すためにヨリを戻そうとでもしているのか?」「……え?」実花はきょとんとして瞬きをした。話が全く噛み合っていない。「世間中を巻き込んで盛大にノロケていたじゃないか。動物園デート、ずいぶんと
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