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All Chapters of 100日後に離婚する嫁: Chapter 41 - Chapter 50

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 晶子さんはダイニングテーブルの上に並べられた私の料理と、義母の黒い煮物をジロジロと見比べた。「うわ、本当だ。お母さんの煮物、めっちゃ美味しそう! ……っていうか、真由美さんのご飯って相変わらず味が薄そうねえ。これ、豚肉の炒め物? 色が全然ついてないじゃない。これじゃ食べた気がしないわ。お母さんの煮物があってよかったー」 晶子さんは、ケラケラと甲高い声で笑いながら言った。 他人の家にアポなしで押しかけてタダ飯を食いに来た分際で、いけしゃあしゃあと料理の文句を垂れる。 その神経の図太さは、隕石でも跳ね返せそうだ。(タダ飯を食いに来たくせに、よくもまあ偉そうに) 私の脳内でツッコミが炸裂する。 以前の私なら彼女の態度に傷ついて、「どうして私ばかりこんな目に」と苛立っていただろう。 けれど今の私の心は完全な氷点下だ。 彼らの言葉は、ただの不快なノイズとして耳を通り抜けていくだけ。 怒りよりも、彼らのドン引きするような非常識さを観察対象として見つめる自分がいた。(あとでしっかりメモに取っておかなくちゃ) 私がそんな事を考えた時。 晶子さんの視線が、私の足元で小さくなっている陽菜に向いた。「それにしても、陽菜ちゃんは本当におとなしいわねえ。女の子だからかしら?」 晶子さんは大げさにため息をつくと、自分の息子たちを指差した。 2人の悪ガキは、すでに和也のゲーム機を奪い取ろうとして取っ組み合いの喧嘩を始めている。「男の子2人なんて、毎日が戦争なんだから! 体力は底なしだし、部屋はすぐに散らかすし。私なんて毎日疲れ果てちゃって、自分の時間なんて1秒もないのよ。真由美さんは子供が1人だけで、しかも女の子でしょ? 本当に楽でいいわよねー」 出た。 世の母親たちが最も忌み嫌う、子供の数マウントである。「本当にそうよねえ」 晶子さんの言葉に、義母が深く頷いて同調した。「1人っ子じゃ、和也が可哀想だわ。早く2人目の男の子を作らないと
last updateLast Updated : 2026-04-12
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 別に専業主婦が悪いわけじゃない。 各家庭の方針があるから、夫が外で働いて妻は家庭をしっかり守る分担は、アリだと思う。 子供や自分が体が弱いとか、働けないケースがあるもの分かっている。 ただ、ワーママに比べれば時間の余裕があるだろうな、というだけだ。 もちろん晶子さんの健康に問題はない。 時間に余裕があるはずなのに息子2人をろくに躾もせず、人の家に上がり込んでタダ飯たかっているわけで。 というか、私は知っている。 晶子さんはパチコンコが趣味だ。 休日の夕方、パチンコ屋から出てくる晶子さんと出会ったことがある。 その時の彼女は、悪びれもせず「今日は1日パチってたわー。負けちゃってさんざんよ」などと言っていたっけ。 あの日は休日だったので、子供たちは旦那さんに任せていたらしいが……。 あの時だけパチンコをやっていたとは思えない。常連なのではないかと私は疑っている。 一方の私は、地元の中堅企業でフルタイムで働いている。 毎朝6時に起きて朝食を作り、陽菜を保育園に送り届け、9時から5時まで働き、息つく暇もなく保育園まで迎えに行って夕食を作る。 さらに30年ローンを組んだ家の頭金500万円は、私の独身時代の貯金から捻出したものだ。 毎月のペアローンも、きっちり半分私の口座から引き落とされている。 生活費は折半で、何なら陽菜の子供用品などは私のお金から出している。 対する夫の和也は、休日はソファと同化してスマホゲームに熱中し、家事も育児も一切手伝わない。 この状況でどうやって2人目の子供を産み、育てろというのか。 私に細胞分裂でもしろと仰るのだろうか。 というか、私の収入が家計のほぼ半分を占める現状、産休育休を取ったら貯金を取り崩す羽目になる。 最近、和也は仕事の飲み会が多いとかであまり家計にお金を入れなくなった。 そんな状態で私の収入が長期間減ってしまったら、回らなくなるのでは? 義母も晶子さんも、何なら和也も、そのへんの事情は分か
last updateLast Updated : 2026-04-13
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「あら、真由美さん。黙ってないで、おもてなしの準備をしてちょうだいな」 私が無言で立っていると、義母がパンパンと手を叩いて私を急かした。「ほら、ボケッと立ってないで。この子たち、お腹空かせてるじゃないの。ささっとハンバーグでも焼いてあげて!」 まるで、自分の家の家政婦にでも命令するような口調だ。「あ、私には冷えたビールね! グラスもちゃんと冷凍庫で冷やしてあるんでしょうね? ぬるいビールなんて飲めないからねー」 晶子さんも、悪びれることなく注文を追加してくる。「おっ、俺もビールおかわり。あ、冷凍庫に唐揚げあっただろ? あれも揚げてくれよ。ハンバーグのついででいいからさ」 和也までもが、当然のように便乗してきた。「ちょっと和也、唐揚げが冷凍なの? 唐揚げは生肉から漬け込んで作るものでしょ? 真由美さん、フルタイムで働いてるからって、家事の手抜きはよくないわよー。和也が可哀想になっちゃう」 晶子さんが口元を隠してクスクスと笑う。「冷凍の唐揚げで許してあげるなんて、和也は優しいわねえ」「ほんとそれな。俺、毎日こんな味気ない飯食わされてんだぜ。姉ちゃんの旦那が羨ましいわ」 和也が肩をすくめて、被害者ぶってため息をついた。  義母と晶子さんが「まあ、可哀想に」と声を揃えて同情する。 私は、自分の足元を見つめた。 ピカピカに磨かれたフローリングが目に入る。  私が毎週末、膝をついて水拭きしている床だ。  私の独身時代の貯金が注ぎ込まれた、私の家。 それなのにここは今、彼らのための無料ファミレス兼居酒屋として踏みにじられている。    腹が立つという感情すら、もはや湧いてこない。  彼らの身勝手な言葉の数々は、私の脳内の録音テープにただの証拠データとして記録されていくだけだ。「……はい、かしこまりました」 私は顔の筋肉を動かして、最高の営業スマイルを作ってみせた。「ハンバーグと唐揚げですね。ビールもすぐにお持ちします」
last updateLast Updated : 2026-04-14
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44:無法地帯

 パチパチパチッ。 ジュワァァァァ――。 170度に熱した油の中に、片栗粉をまぶした冷凍鶏もも肉を落とす。 高い音が立って、細かな油のしぶきがコンロの周りに勢いよく跳ねた。 換気扇を「強」にしてフル稼働させているにもかかわらず、キッチンにはむせ返るような油の匂いが充満している。 隣のコンロでは、急ごしらえのハンバーグがフライパンの上で肉汁を滴らせていた。 火の通りを良くするために真ん中を凹ませた肉の塊から、ジュージューと食欲をそそる音が鳴っている。 コンロの前に立ち続ける私の顔面には、熱気がもろに吹き付けていた。 額からじわりと汗がにじむ。 跳ねた油の数滴が手の甲に当たってチクリと痛んだが、私は眉一つ動かさずに菜箸で唐揚げをひっくり返した。 料理だって、陽菜のためであれば苦にならない。 あの子が「おいしいねー!」と笑顔になってくれるのであれば、喜んでハンバーグを焼こう。 ちょっとくらい油が跳ねたって平気だ。 でも……。 ふと視線を上げて、対面式のキッチンカウンター越しにリビングを見渡す。 そこはもう、私の知っている「くつろぎの我が家」ではなくなっていた。 完全に無法地帯のサバンナか、動物園の猿山である。「うりゃあー! 必殺パーンチ!」「ぐわー! やられたー! 次はおれの番だ、待てー!」 晶子さんの息子たち、小学校低学年の2人の悪童兄弟が、奇声を上げながらリビングを走り回っていた。 彼らは私が選んで買ったお気に入りのクッションをフリスビーのように投げ合い、3人掛けのソファをトランポリン代わりにしてボヨンボヨンと飛び跳ねている。「あー、こらこら。あんまりドタバタすると埃が舞うでしょー」 ソファの端に座っている晶子さんは、口先だけでまったくやる気のない注意をしている。 彼女の右手には私がさきほど冷凍庫から出したばかりの、冷たいジョッキが握られていた。「んんーっ! プハーッ! やっぱり他人が淹れてくれたキンキン
last updateLast Updated : 2026-04-15
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 私は陽菜の髪をもう一度、そっと撫でた。「後で、うさちゃんをなでなでして、痛いの痛いの、とんでけーしようね」「うん……」 私は再びリビングへ冷たい視線を向けた。 怒鳴りつける気すら起きない。無駄だと分かっているからだ。 親である晶子さんは、息子たちを放置している。 以前も同じようなことが何度もあったが、私がいくら言っても聞かなかった。 彼らにとって私の言葉など、意味のわからない外国語と同じくらいの勢いで聞き流されるのだ。 だが、私が黙って見ていることで陽菜に悪い影響を及ぼさないか心配ではある。 ママは守ってくれなかったと思わせてしまうのは、忍びない。 でも前に晶子さんと悪ガキ兄弟に強く抗議したら、陽菜は怖がっていた。「ママ、おこらないで。ひな、いい子にするから」と泣きそうな顔で訴えていた。 陽菜は何も悪くないのに。 だから私は、どこまで強く言うべきか悩んでいる。 そうして結果、ただ、「他人の家に上がり込んで、ここまで野蛮に振る舞える図太さ」というものを、野生動物の生態系ドキュメンタリー番組を見ているかのような気分で観察していた。 私が毎日、仕事の合間に献立を考え、週末に膝をついて床を磨き、この家を家族の安らぎの場所にするためにどれだけの労力を割いてきたか。 彼らにとっては、そんなものは1銭の価値もないらしい。 私が無表情でハンバーグを裏返した、その時。「まてー! 逃がさないぞー!」「やだねー! お前、足おっせーの!」 悪童たちの鬼ごっこが白熱し、ついにダイニングテーブルの周りを猛スピードで回り始めた。 ドタバタという足音が、床板を通してキッチンの私にまで振動として伝わってくる。  陽菜が私の足にぎゅっとしがみついた。「おい、テーブルの周り走るなよ。埃が飯に入るだろ」 和也がスマホから目を離さずに文句を言った。 埃が入ることには文句を言うが、子供たちの安全や走り回ること
last updateLast Updated : 2026-04-16
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 ――ガッシャァァァンッ!! 派手な破砕音が、リビングに響き渡った。 私が毎週末、丁寧に水拭きをして磨き上げている明るい木目のフローリング。 その上に、陶器の鋭い破片が四方八方に飛び散る。 同時に、黒い油と醤油の混ざった液体が、フローリングにべちゃりとぶちまけられた。無残な黒い水たまりとシミが広がっていく。 炒め物の豚肉やブロッコリーが、黒い水たまりの中で無惨に転がっている。 ピチャッ。 飛び散った醤油のしぶきの1滴が、キッチンの入り口付近で縮こまっていた陽菜の足に跳ねた。 「ひっ……!」 予想外の音と、足に冷たい液体が当たったことに驚いたのだろう。陽菜は大きく息を呑んだ。 後ずさりしようとして自分の足にもつれさせ、そのままフローリングの上に尻もちをつく。「う、うわぁぁぁんっ! ママぁーっ!」 恐怖と驚きで限界に達した陽菜が、またしても大声で泣き叫び始めた。  リビングの空気が、一瞬だけ凍りついた。 私は陽菜を抱え起こしてあやすが、小さな心はもういっぱいいっぱいだったのだろう。 なかなか泣き止んでくれない。「あーあ。こらこら、ぶつかるからお皿割れちゃったじゃない」 最初に口を開いたのは、悪ガキの母親である晶子さんだった。 彼女は慌てて自分の手元にあったビールのジョッキを高く持ち上げ、中身がこぼれないように避難させている。 割れた皿を見ることも、尻もちをついて泣いている陽菜を助け起こすこともせず、ただ座ったまま呑気に笑った。 テーブルにぶつかった自分の息子の心配すらしていなかった。「ガラス踏まないように気をつけなさいよー。もう、男の子は本当に元気なんだから」 謝罪の言葉は、ただの一文字もなかった。 他人の家の大切な食器を割り、床を汚し、幼い子供を泣かせておいて、「男の子は元気」という言葉1つで全て帳消しにしようとしている「あらあら、もったいないわねぇ。あんなに美味しいお
last updateLast Updated : 2026-04-17
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 私は自分の目を疑った。 いや、疑うという感情すら湧かなかったかもしれない。 妻がキッチンで立ち働き、自分の娘が目の前で尻もちをついて泣き叫んでいる。 床には醤油の海が広がり、鋭い破片が散乱している。 その光景を前にして、この男は「うるさい」と吐き捨てて、自分だけ食事を持って安全な場所へ逃亡したのだ。 片付けの手伝いはおろか、「陽菜、大丈夫か」という一言すらなかった。「ちょっと真由美さん! ぼけっと見てないで、早く床拭きなさいよ!」 寝室に逃げ込んだ和也の背中を見送った義母が、今度は私に向かって命令を飛ばした。「お醤油のシミが床についたら取れなくなるじゃない! それに、和也があとでここを通って、足でも切って怪我したらどうするの! うちの大事な跡取りなんだから、早く破片を片付けなさい!」 自分の孫たちが割った皿だ。 それを片付けるように親である晶子さんに言うのではなく、キッチンの奥にいる私に命じてくる。 それも、和也が怪我をしないためだという。 フローリングに黒い水たまりが広がっている。 陶器の破片が無惨に散らばっている。 そのすぐ横で、小さな体を丸めて大泣きしている陽菜。 ビールをちびちびと飲みながら、ふんぞり返っている義姉。「早く拭け」と喚き散らす義母。 我関せずと背中を向けて、鍵のかかる部屋へ逃げ込んだ夫。 悪童どもも当初は皿が割れたのに驚いていたが、また騒ぐのを再開していた。 誰1人として「ごめんなさい」も「手伝うよ」も、言わない。 誰も陽菜を気にかけようとしない。 あまりにも一方的で絶望的で、いっそ滑稽ですらある光景を視界に収めた瞬間。 プツンッ。 私の脳のずっと奥のほうで、何かが音を立てて弾け飛んだ。 それは、「良き妻でいよう」という努力だったかもしれない。「波風を立てないように、平和な家庭を築こう」という、結婚以来ずっと守り続けてきた決意――今となっては呪い――だったかもしれない。 それ
last updateLast Updated : 2026-04-18
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48:真由美の決意

 換気扇の低い回転音だけが、キッチンに響き続けている。 私は手元のコンロのスイッチをひねり、火を落とした。 つい先ほどまで唐揚げを揚げていた油の匂いと、フライパンの上で焦げかけたハンバーグの匂いが、キッチンの空気を重くどろりと濁らせていた。 足元では、陽菜が床に座り込んだまま大声を上げて泣いている。 小さな体は恐怖で強張っていた。 無理もない。 ダイニングでは悪ガキどもが暴れまわり、部屋はぐちゃぐちゃ。 大人たちは怒鳴り合っている。 こんな状況は怖くて仕方ないだろう。「早く拭きなさいって言ってるでしょ!お醤油のシミが取れなくなるじゃないの!」 リビングからは、義母の耳ざわりなキーキー声が飛んでくる。「そうよ真由美さん。ガラスの破片が散らばってて危ないわよー。和也が怪我したらどうするの」 晶子さんもソファに深々と腰掛けたまま、相槌を打っている。 息子たちを叱るわけでもないのに、手元のビールジョッキだけは手放そうとしない。「あっちでテレビ見ようぜ」「おう、ゲームしよー」 原因を作った悪ガキ兄弟は、割れたお皿の破片を器用に避けて、テレビの前のスペースへと移動していった。 ごめんなさいの一言すらない。 私は片付ける意志を放棄した。 今すぐ床を拭き、破片を拾い集め、和也が不快な思いをしないように立ち回り、義母たちに頭を下げる。 今までなら、波風を立てないためにそうしていた。 でも今は、その気力が少しも湧いてこない。「ちょっと真由美さん! 聞いてるの!? 早く動かないと床がダメになるわよ!」 義母がさらに声を張り上げる。 しかし彼女の声は、私の中で言葉としての意味を完全に失っていた。 あれは耳を傾ける価値のある人間の声じゃない。 例えば、テレビのバラエティ番組から流れる薄っぺらい笑い声とか。外を走る車のエンジン音、頭上で回り続ける換気扇の音。 それらとまったく同じ、ただの耳障りな生活音に成り下が
last updateLast Updated : 2026-04-19
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 廊下の突き当たりにある部屋のドアノブを回す。 和也が逃げ込んだ主寝室とは別の、私と陽菜が普段寝起きしている部屋だ。 部屋の中に入り、ドアをしっかりと閉める。 カチャリ。 鍵のつまみを回し、施錠した。 ドアの向こうで義母がドアノブをガチャガチャと回し、何かを叫んでいる音がする。 けれど分厚い扉に遮られたその音は、もはや別の世界の出来事のように遠く感じられた。 部屋の中は薄暗く、静まり返っていた。 私は陽菜をベッドの上に下ろし、壁のスイッチを押して部屋の明かりをつける。「陽菜ちゃん、お着替えしようね。お醤油、冷たかったね」「うん……おしょーゆ、くさい」 陽菜は泣き腫らした目で、自分の足元を見つめた。 ピンク色のズボンの裾には、黒いシミが点々とついている。 さらに首元のスタイやお気に入りのウサギのアップリケがついた服にも、義母が無理やり口に押し込んだ大根の黒い汁がべったりとこびりついていた。 私はクローゼットの引き出しを開け、ウェットティッシュのパックと新しいパジャマを取り出した。 ウェットティッシュを1枚引き抜き、陽菜の足についた醤油のしぶきを丁寧に拭き取る。 冷たいシートが肌に触れて、陽菜が少しだけ体を縮こまらせた。「ごめんね、冷たかったね。もうきれいになるからね」 別のシートでもう一度念入りに拭く。 次に、大根の汁で汚れた服とスタイを脱がせた。 布地に染み込んだ強烈な醤油の匂いが漂う。 私は汚れた服を丸めて、部屋の隅にある洗濯カゴの底に押し込んだ。 陽菜の服を脱がせたら、黄色のクマの模様が描かれた清潔なパジャマに袖を通させる。 一番上のボタンだけ私が留めてやり、残りは陽菜の小さな指で一生懸命に留めていくのを見守った。「できた」「うん、上手にできたね」 陽菜の頬に残っていた涙の跡を、親指の腹でそっと拭ってやる。 陽菜は安心したのか、こすった目をしばたかせ、大き
last updateLast Updated : 2026-04-20
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 箇条書きで、起こった出来事をありのままに入力していく。 文字を打ち込むたびに、私の頭の中は冴え渡っていった。 私は少し前まで、「どうして私の頑張りをわかってくれないのだろう」と悩んでいた。 いつか理解してもらえると期待もしていた。 でも。 話し合えば理解し合えるなどという幻想は、完全に捨てるべきだ。 彼らは私を人間として扱っていない。 せいぜい、便利な無料家政婦といったところか。 心の中で再確認する。 この人たちは全員、私と陽菜の人生から排除すべき敵だ。 この家はもう、家族が寄り添って暮らすための住処ではない。 今後の戦いに向けて、有利な証拠を集めるための戦場に変わったのだ。 メモアプリを閉じて、今度はブラウザを立ち上げる。 怒りが消え去った頭に浮かんでくるのは、極めて現実的なタスクばかりだった。「どうやって一番確実に、有利にこの家を出るか」 その焦点に向けて、思考を切り替える。 検索窓にカーソルを合わせる。 まず一番大切なのは親権だ。 今日の和也の態度を見れば、彼に父親としての責任感がないのは明らかだ。 泣いている娘を放置してゲームに逃げたという事実は、親権を争う上で必ず役に立つはずだ。 次に、お金と家の問題。 この家を買う時、私は独身時代にコツコツと貯めた500万円を頭金として出した。 和也はそれを「2人の家なんだから俺たちの金だろ」と当然のように受け取っていた。 さらに残りの金額はペアローンを組んで支払っている。 毎月、私の給与口座からもまとまった金額が引き落とされているのだ。 離婚を突きつければ、和也はどう出るだろうか。 あの身勝手でプライドだけは高い男だ。「ここは俺の家だ、お前が出て行け」と喚き散らすに決まっている。「あ。独身時代の貯金は、離婚時の財産分与には含まれない、ですって」 離婚関連の情報サイトを見ていると、そんな一文を見つけた。
last updateLast Updated : 2026-04-21
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