All Chapters of 元夫の目は節穴?名門令嬢が電撃再婚!: Chapter 311 - Chapter 320

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第311話

景はゆっくりと部屋へ入ってきた。赤くなった絃葉の目元にしばらく視線を留め、低い声で尋ねる。「ばあちゃん、また俺の悪口?」祖母は目尻を拭い、無理に笑顔を作った。「誰がわざわざ、あなたの悪口なんて言うものですか。絃葉に、あなたのいいところを話していたのよ」景は絃葉のそばまで来ると、ごく自然に彼女の手を取った。その手のひらは温かかった。「食事も終わったし、俺たちはそろそろ帰るよ」祖母が慌てて尋ねた。「もう帰るの?」「絃葉は明日、海城へ戻らなければならないんだ。今夜は早めに休ませたい」......屋敷をあとにし、二人は並んで歩いた。どちらも何も話さなかった。冬の陽光が斜めから降り注ぎ、二人の影を長く伸ばしている。京城の冬は凍えるほど寒く、刃のような北風が吹きつけるたびに、頬がひりひりと痛んだ。それでも絃葉の手は景にしっかりと握られており、その温もりさえあれば、どんな寒さにも耐えられるような気がした。不意に景が口を開いた。「絃葉、明日は俺と山に登らないか?」一度言葉を切り、懐かしむような声で続ける。「子どものころ、夏休みに京城へ来るたび、一人で山に登っていたんだ。そのころから、いつか愛する人ができたら、必ず一緒に登ろうと思っていた」絃葉は微笑んだ。「いいよ。そういえば私、一度も登ったことがないかも」幼いころ、京城には何度か来たことがあったものの、いつも慌ただしく行って帰るだけだった。両親はそばにおらず、祖父も会社の経営に追われていたため、どこかへ遊びに連れていってもらう機会はほとんどなかった。彼女の夏休みは、絵を描いたり、モデルとしてランウェイを歩いたり、祖父の釣りに付き合ったり、机に向かって宿題を片づけたりして過ぎていった。絃葉も景も、裕福な家庭に生まれ、何不自由なく華やかに育ったように見える。だが、その心の内側には、大きな暗闇と満たされない思いが広がっていた。絃葉はずっと、悠と青波を羨ましく思っていた。二人には円満な家庭があり、両親は愛し合っていた。その愛情に包まれながら、のびのびと育ち、家族団らんの時間を過ごしてきたのだ。絃葉は、そんな温かさを一度も味わったことがなかった。......その夜は早く休むと決めていたはずなのに、二人とも約束を守れな
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第312話

絃葉は笑いをこらえながら説明した。「写真はちゃんと角度を考えて撮らないと、背が低くて太って見えることがあるって意味よ」景は自信満々に答えた。「安心しろ。俺には才能がある」絃葉は眉を上げた。「じゃあ見せて?」景はすぐに写真を彼女のスマホへ送った。絃葉は一目見ただけで、思わず顔を手で覆った。心の中で「うそでしょ......」と叫ぶ。心配していたとおり、見事なまでの「事故画」だった。思わず文句を言いかけたが、景がSNSのカバー画像に設定したのも、まさにその写真だった。絃葉は言葉に詰まり、せっかくの彼の情熱を削ぐことができなかった。景は、褒めてほしいという期待に満ちた目で尋ねた。「どう?きれいに撮れてるだろう?」絃葉は苦笑した。「......まあ、悪くはないかな。今度、私が撮り方を教えてあげる」言葉の裏にある意味を察した景は、不満そうにスマホを取り出した。しばらく写真を見つめたものの、やはりどこが悪いのか分からない。そこで仲間内のグループチャットへ写真を送った。景【みんなの意見が聞きたい。この写真に写っている女性は、きれいに見えるか?】湊は即座に返信した。湊【また違うやり方で惚気るつもりか?もう勘弁してくれ。】正真は、丸々とした自分の息子の写真を貼った。正真【俺の息子のほうがかわいい】湊は呆れた顔のスタンプを送った。景は大真面目に返した。景【ふざけずに、客観的かつ専門的に評価してくれ】湊【角度がひどい。画質もいまひとつ。せっかくのモデル体型を、ずんぐりむっくりに撮っている。最低評価】正真【同感。】景は心に大きな傷を負い、無言でSNSのカバー画像を元の青空と白い雲へ戻した。しかし、彼の投稿を絶えず確認している優奈は、すでにスクリーンショットを保存していた。写真に写っているのが絃葉だと、ひと目で分かった。二人で京城へ戻っただけでなく、一緒に山へ登り、景は絃葉の写真をカバー画像にまで設定したのだ。きっと絃葉が無理に頼んだに違いない。それに、景はわずか数分で元の画像へ戻している。明らかに適当に応じただけだ。どうやら京城にあるあの土地を利用し、一刻も早く政略結婚の話を進めるよう、景に迫る必要がありそうだった。優奈はすぐに景へ電話をかけた。
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第313話

絃葉はすぐそばに立っていたため、電話の内容を一言残らず聞いていた。景の険しい横顔を見上げ、胸がわずかに沈む。「景、私のせいで仕事に影響を及ぼす必要はないの......」景は首を横に振り、彼女の言葉を遮った。「大切に思っている人を使って、俺を脅すことは絶対に許さない。それが俺の一線だ。楠原家の土地は確かに重要だが、代わりがないわけではない」その声には、揺るぎない確信が込められていた。「むしろ困るのは楠原家のほうだ。俺が別の土地を選び、データも共有しなければ、彼らのEV分野における研究開発は確実に不利な状況へ追い込まれる。だから彼女からの条件には、俺にとって何の魅力もない」絃葉は小さくうなずいた。「それならいいけど......私、景の判断を信じるわ」帰りの飛行機でも、二人はずっと指を絡め合い、その手を離さなかった。今回の京城への旅を通じて、絃葉は景の痛みを以前より深く理解し、愛おしく思うようになっていた。それでも、彼女から何かを問いただすことはしなかった。誰の心にも、他人に踏み込まれたくない場所がある。景がまだ心を開く準備をできていないのなら、そのときが来るまで静かに待つつもりだった。それから景の予定はますます立て込み、文字どおり各地を飛び回る生活になった。だが、どこにいても、誰と会っていても、必ず写真を撮ってLINEで絃葉へ送ってきた。初めのうち、絃葉にはその写真の意図が分からなかった。景色や料理を見せたいわけでもないらしく、どの写真も妙に変わった角度から撮られている。やがて彼女は、それが自分に現在地や予定を報告するための写真なのだと気づいた。絃葉は呆れたように笑いながらも、胸が温かくなるのを感じ、メッセージを返した。絃葉【わざわざ報告しなくても大丈夫よ。信じてるから】しかし景は頑なに譲らなかった。景【これは夫として当然の務めだ】そのメッセージが届いたとき、絃葉はちょうど悠とヨガを終えたところだった。悠は汗を拭きながら腰を下ろし、スマホを確認すると、突然声を上げた。「え?!絃葉!見てよこれ。誰かがあんたの悪い噂をばらまいてる!」絃葉は顔を上げた。額にはまだ細かな汗が浮かんでいる。「どんな噂?」「ひどすぎる!」悠は勢いよく立ち上がった。「いったい誰なの
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第314話

絃葉はしばらく考えてから言った。「今年の企画責任者が誰なのか、調べてもらえる?」顔の広い悠は、すぐに返事をしてきた。「......企画を担当しているのは楠原優奈よ!絃葉、絶対に行っちゃ駄目!どう考えても、あんたを陥れるための罠。いろいろ聞いてみたけど、今の楠原優奈は令嬢たちの間で中心的な存在になっているの。裕福な家の奥さまたちからも気に入られていて、みんな自分の娘を彼女と付き合わせたがっているそうよ」絃葉は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。温かな母娘の絆を祝うパーティーなどではない。明らかに、自分を陥れるため周到に仕組まれた罠だった。「そこまでして私を招待したのなら、行ってあげるわ」悠は焦った声を上げた。「どうしてわざわざ乗り込むのよ!私は招待状を持っていないから、一緒に行くこともできないし......やっぱり駄目だよ!あいつはきっと、ほかの人たちと一緒になってあんたを仲間外れにするつもりよ!」絃葉の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。「大丈夫よ、悠。少なくとも、一人だけは必ず助けてくれる人がいる」「誰よ?あんた、海城の令嬢たちとはほとんど付き合いがないのに」絃葉は唇を結び、静かに笑った。「安心して。ちゃんと考えがあるから」......金曜日、午後6時半。絃葉は月光のように白い、肩を出したロングドレスをまとい、一人でパーティー会場に姿を現した。上質なシルクサテンは真珠のような光沢を放ち、裾に施された精緻な同色の刺繍が、歩くたびに水面のような輝きを見せる。清楚さと優雅さを併せ持つ装いだった。絃葉が現れると、すぐに数人の令嬢が注目した。ほどなくして、そのうちの二人が彼女のもとへ歩いてくる。「そのドレス、限定品ですよね。初めまして、神田加寿子(かんだ かずこ)です。父は貿易会社を経営しています」「私は橋本美玖(はしもと みく)です。実家はジュエリー会社を経営しています」「西尾絃葉です。多磨城から来ました。実家は主に自動車部品を扱っていて......」彼女が言い終わるより早く、加寿子と美玖は、まるで疫病を避けるかのようにさっと後ずさった。加寿子の顔には、あからさまな軽蔑が浮かんでいる。「あなたが西尾絃葉だったの?私たち、あなたみたいな人と付き合うつもりはありませんから」
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第315話

その場にいた全員が声のした方へ目を向けた。深緑色の上品なフォーマルドレスをまとった、気品あふれる中年女性が、ゆったりとした足取りで歩いてくる。帯にあしらわれた翡翠の帯留めは、照明を受けて柔らかな光沢を放っていた。手には精巧な作りの小さな限定品のバッグを携え、立ち居振る舞いのすべてに洗練された美しさが漂っている。「美術界の巨匠、松生先生の奥さまだわ!」人混みの中から、小さな声が上がった。加寿子と美玖の母親は慌てて笑顔を作り、彼女を迎えにいった。「松生さん、どうしてこちらへ?」しかし里美は、二人に目を向けることすらなかった。まっすぐ絃葉のそばへ歩み寄ると、その手を優しく握った。「絃葉は、主人が誰よりも目をかけている教え子であり、私たち夫婦が娘同然に大切にしている子です」里美は周囲を見回した。声こそ大きくはなかったが、逆らうことを許さない威厳が込められていた。「この子を侮辱することは、松生家を侮辱することと同じです」絃葉は里美を静かに見つめ、すべて分かっていたというような笑みを浮かべた。罠だと知りながら、このパーティーに出席したのは、里美なら必ず自分の味方になってくれると確信していたからだ。そして、その予想は正しかった。里美は絃葉の手の甲を優しく叩いてから振り返り、加寿子と美玖の母娘を冷たく見た。「先ほど、あなた方が絃葉に浴びせた言葉は、すべて聞いていました。絃葉とは今日が初対面で、恨みを買った覚えもないはずです。それなのに、名家の人間ともあろう者が、一人の女性の過去を持ち出して人格まで攻撃するとは、あまりにも卑劣です」里美の鋭い視線が、刃のようにその場の人々をなぞった。「神田さん。私の記憶が正しければ、お嬢さんは3年間の海外留学中、外国男性と親密に抱き合い、意識が朦朧とした様子で街を歩いているところを、メディアに撮影されていましたね......ネットに出た情報は、簡単には消えませんよ」加寿子母娘の顔は、たちまち紙のように青ざめた。里美は続いて、美玖母娘へ目を向ける。「それから橋本さん。お嬢さんは2人の男性から立て続けに婚約を破棄され、30歳を目前にした今も独身ですね。その理由が何だったのか、私が病院から診療記録を取り寄せて、思い出させて差し上げましょうか?」美玖母娘は怯えたように
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第316話

「私はこれまで、恋愛においても道徳においても、恥じるようなことは何一つしていません。別れることになったのも、裏切られたのは私のほうであって、私が誰かを裏切ったからではありません。どうしても私の過去を裁きたいのなら、その資格があるのは将来、人生をともにする人だけで、ここにいる皆さんではありません。本当に私を愛してくれる人なら、私の過去も含めて、すべて受け入れてくれると信じています」絃葉は2歩前へ進み、優奈との距離を詰めた。その眼差しは鋭く研ぎ澄まされている。「それに、私が経験した恋愛は一度だけです。それより楠原さん、あなたはどうなの?大学時代に他人の恋人を奪い、共同研究の成果を自分のものとして発表して......トイレで生活に困っている学生に平手打ちをし、飲み物を買いに行かせ、靴まで磨かせて......胸に手を当てて、そんなことは一度もしていないと言い切れる?」周囲が一斉にざわめいた。優奈へ向けられる視線は、たちまち複雑なものへ変わる。優奈はよろめきながら後ずさりし、念入りに化粧を施した顔から血の気を失った。「黙りなさい!全部でたらめよ!名誉毀損で訴えてやるわ!」「確かな証拠があるからこそ、私はここで話しているのよ」絃葉の声は、冷たく澄んでいた。「同郷のよしみで、最初はここまで追い詰めるつもりはなかった。でも、あなたが執拗に仕掛けてくるのなら、もう手加減はしない」絃葉は周囲を見渡し、明瞭で力強い声で告げた。「私が、画壇の新鋭として活動している画家・ヨルです。少し前に、その名で慈善基金を設立しました。経済的な事情で学業を続けることが難しい女子学生を、支援するための基金です。私が楠原さんのしてきたことを知ったのは、支援を受けている一人の女子学生から手紙が届いたからです。そこには、楠原さんのいじめによって退学へ追い込まれ、流産し、ついには子宮まで摘出せざるを得なくなった、痛ましい経験が詳しく記されていました」絃葉は手紙と診断書を、一つずつ人々の前に示した。その場にいた全員が、衝撃を隠せなかった。一つは、絃葉が近ごろ美術界で急速に名を上げている画家・ヨルだったこと。そしてもう一つは、優奈の本性だった。海城の社交界で「心優しく慎ましい令嬢」として知られてきた彼女に、これほど醜悪な一面があったとは、誰も想
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第317話

二人は足を止め、振り返った。静代が深い紫色の訪問着をまとい、堂々とした足取りで近づいてくる。里美は無理に笑みを作った。「姉さん、そんな怖い顔をしなくてもいいでしょう?実の姉妹なのに、まるで仇同士みたいじゃない」静代と里美は、間違いなく実の姉妹だった。ただ、両方も夫の姓を名乗っている。さらに静代は多磨城で育ち、里美は京城で暮らしていた。以前、絃葉が会った景の母方の祖父母は、里美の両親でもあった。静代は妹を激しく睨みつけた。「大勢の前で、あそこまで恥をかかせる必要があったの?」里美は気にも留めず、肩をすくめた。「先に私の娘同然の絃葉を辱めたのは、あの子のほうよ。腹の底にどんな思惑を隠しているのか、私に分からないとでも?」静代の冷たい視線が絃葉へ向けられた。「景にどうやって取り入ったのか、これでようやく分かったわ。里美、すべてあなたが仕組んだことだったのね?」里美の目がかすかに揺れた。「それはどういう意味?絃葉と景が結ばれたのは、二人に縁があったからよ。私は仲を取り持ってなんかいないわ。勝手な言いがかりはやめて」だが静代は、妹が裏で糸を引いていると決めつけ、冷笑を浮かべた。「そうかしら?景は私の息子なのに、昔から私よりあなたに懐いている。松生青波より景のほうが優秀なのが気に入らなくて、わざと西尾絃葉みたいな女をあてがったんでしょう?」絃葉はその場に立ち尽くし、頬を激しく平手打ちされたような衝撃を受けた。静代の言葉には、あからさまな侮辱は一つもなかった。それでも一言一言から、自分に対する軽蔑がはっきりと伝わってきた。里美の声が、一気に大きくなった。「その言い方はやめてもらえる?私と景が親しいのは、幼いころのあの子を主に世話していたのが私だからよ。姉さんは仕事ばかりで、その後に生まれた二人の息子にかかりきりだったでしょう!それに、私が景を妬んでいるなんて......私が景に抱いているのは、ただ不憫だという思いだけ。できることなら、青波のように自由で幸せに生きてほしいと、心から願っているわ!それから、『絃葉みたいな女』ってどういう意味?絃葉のどこが悪いのか、逆に聞かせてもらいたいわ。姉さんが気に入っている楠原優奈の、いったいどこが優れているの?さっき絃葉が明らかにしたこと、姉さんも聞いた
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第318話

静代は優奈をかばってくれたものの、明らかに自分の潔白を証明するよう求めていた。進むことも退くこともできなくなり、優奈は強い挫折感に襲われた。今夜は絃葉を失墜させるどころか、逆に自分が高い地位から引きずり下ろされてしまった。そう考えると、嫉妬の炎が胸の中で激しく燃え上がる。周囲を見回したが、つい先ほどまで彼女を取り囲み、盛んに機嫌を取っていた令嬢たちは、すでに一人残らず姿を消していた。強烈な危機感が、波のように押し寄せてきた。今、楠原家や社交界で手にしている地位はすべて、優奈が長い年月をかけ、慎重に立ち回って築き上げてきたものだった。それが絃葉の出現によって、積み上げてきた好印象も長年の苦労も、一夜にして崩れ去ろうとしている。優奈の胸にはさまざまな感情が渦巻き、いつまでも鎮まらなかった。彼女は再びスマホを手に取り、野々花へ電話をかけた。「野々花、今から会えない?少し話したいことが」電話の向こうの野々花は、快く応じた。「いいよ。ちょうど時間が空いているから。場所は楠原さんが決めて」その瞬間、優奈の脳裏にある考えが浮かび、口元に冷たい笑みが刻まれた。「前に会った店にしましょう。大事な相談があるの」電話を切ると、優奈は窓の外で次第に暮れていく空を見つめた。その眼差しは、徐々に暗く深いものへと変わっていく。絃葉が大勢の前で自分に恥をかかせたのなら、こちらも手段を選ぶ必要はない。今度こそ、必ず絃葉に代償を払わせてやる。優奈は少し乱れたドレスを整え、再びまっすぐ背筋を伸ばした。今がどれほど惨めな状況でも、最後まで品位だけは保たなければならない。この勝負は、まだ始まったばかりだ。最後に笑うのが誰なのかは、まだ分からない。優奈はハンドバッグを手に取り、ハイヒールを響かせながら出口へ向かった。一歩一歩、強い意志を込めて歩いていく。――今日受けた屈辱は、いつか必ず百倍にして返す。絃葉、今に見ていなさい。――里美への感謝を示すため、絃葉は彼女を自分がよく利用する会員制スパへ招き、全身トリートメントを受けることにした。個室にはアロマオイルの香りが漂い、二人の女性セラピストが、優しい手つきで施術を行っていた。心地よく落ち着いた雰囲気の中、二人の会話も次第に深いものになっていく
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第319話

男が手を振り上げ、彼女の顔へ粉末を浴びせようとした瞬間、絃葉は素早く反応し、勢いよく車の窓を閉めた。少し離れた車内で待機していた2人の護衛が飛び出し、急いで駆けつける。男は形勢が悪いと見るや、すぐさま逃げ出した。護衛たちがエレベーターホールまで追いついたときには、すでに箱内へ滑り込み、跡形もなく姿を消していた。絃葉の胸に、強い不安が重くのしかかった。車のドアを開けて外へ出ると、地面に散らばった粉末を見つめた。危険を感じ、うかつに触れようとはしなかった。「西尾様、お怪我はありませんか?」二人の護衛が慌てて駆け寄り、緊張した声で尋ねた。絃葉は冷たい目で粉末を見つめた。「ええ。それよりこの粉末が何なのか、確認してください」一人がその場にしゃがみ込み、ハンカチで少量をぬぐおうとした。ところが、誤って指先に粉末が付着した途端、皮膚に焼けつくような痛みが走った。粉末には強い腐食性があったのだ。男は苦痛の声を上げ、慌てて衣服で粉末を拭い取った。「こ、これは......!」もう一人の護衛が驚きの声を上げた。「皮膚を腐食させる化学薬品......顔にかかれば、ひどい傷痕が残ります!」絃葉の背筋に冷たいものが走った。警戒してすぐに車の窓を閉めていなければ、今ごろ顔に取り返しのつかない傷を負っていただろう。パーティーで優奈に反撃した直後に、こんな目に遭ったのだ。誰が裏で指示していたのかなど、考えるまでもなかった。ただ、男は帽子を目深にかぶり、マスクで顔を隠していた。今ごろは服装を変え、人混みに紛れ込んでいるに違いない。追跡するのは、すでに難しいだろう。絃葉の全身から、冷や汗が噴き出した。24時間態勢で護衛がついていなければ、今回は顔に一生残る傷を負っていたかもしれない。胸の底から恐怖が湧き上がり、それ以上その場にいることができなかった。絃葉はすぐに車へ戻り、アクセルを踏んでマンションへ向かった。エレベーターが自宅のある階へ到着し、玄関前で暗証番号を入力しようとした、そのときだった。突然、背後から伸びてきた二本の腕に、身体ごと抱き締められた。絃葉は驚きで全身を震わせた。また襲われたのだと思い、とっさにハンドバッグを振り上げ、振り返りざまに力いっぱい叩きつけようとした。
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第320話

そのころ優奈は入浴を済ませ、フェイスパックをしたまま、ソファでくつろいでいた。差し向けた男が失敗したと知っても、苛立ちはしなかった。絃葉がすでに警戒し、常に護衛をそばにつけていたことは予想外だったが、今夜の一件など、ほんの前菜にすぎない。絃葉にゆっくりと苦痛を味わわせる手段なら、いくらでもあった。スマホの画面が光った。景の秘書からだった。優奈は期待に眉を上げ、笑顔で電話に出た。「佳樹、こんな遅い時間にどうしたの?まさか景が私に何か用事?」「楠原さん、築山社長が、今から静代さんのお宅へ来てほしいとのことです。築山社長もそちらへ向かっています」優奈の目に喜びがよぎった。「分かったわ。すぐ行くと伝えて」電話を切ると、彼女は急いで化粧を整えて着替え、最新作のワンピースを身にまとい、静代の邸宅へ向かった。景が到着したときには、優奈が一足先に来ていた。息子が自分から訪ねてきたうえ、わざわざ優奈まで呼んだことに、静代は密かに喜んだ。ようやく景が考えを改めたのだと思ったのだ。景がドアを開けて入ってくると、静代と優奈は同時に笑顔を浮かべた。「景――」「景、来たのね」静代が笑顔で声をかけた。「こんな遅くに、何か話でもあるの?」景は席に着かなかった。まっすぐ優奈の前まで歩いていくと、冷え切った目で彼女を見下ろした。「俺は短気で、身内に手を出されると容赦しない。しかも理屈の通じない男だ」優奈の笑顔が、一瞬で凍りついた。景は静代へ視線を移した。「これから話すことは、母さんにも聞いてほしい。西尾絃葉は今、俺の女だ。彼女に手を出す者は、俺の敵と見なす」一度言葉を切る。次に発した一言一言は、鋭い氷の刃となって二人へ突き刺さった。「人を使って彼女を脅し、怖がらせるような卑劣な真似も含めて、だ」「西尾絃葉」という名を聞いた途端、静代の顔色が変わった。優奈は無理に平静を装った。「景、何か誤解しているんじゃ......」「誤解?」景はごく小さく鼻で笑い、優奈を冷たい目で見据えた。「俺は誤解など問題にしない。目の前の結果だけで判断する」わずかに身を乗り出すと、凄まじい威圧感が優奈へ降り注いだ。低い声には、何者にも揺るがせない力が込められている。「そちらの得意
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