景はゆっくりと部屋へ入ってきた。赤くなった絃葉の目元にしばらく視線を留め、低い声で尋ねる。「ばあちゃん、また俺の悪口?」祖母は目尻を拭い、無理に笑顔を作った。「誰がわざわざ、あなたの悪口なんて言うものですか。絃葉に、あなたのいいところを話していたのよ」景は絃葉のそばまで来ると、ごく自然に彼女の手を取った。その手のひらは温かかった。「食事も終わったし、俺たちはそろそろ帰るよ」祖母が慌てて尋ねた。「もう帰るの?」「絃葉は明日、海城へ戻らなければならないんだ。今夜は早めに休ませたい」......屋敷をあとにし、二人は並んで歩いた。どちらも何も話さなかった。冬の陽光が斜めから降り注ぎ、二人の影を長く伸ばしている。京城の冬は凍えるほど寒く、刃のような北風が吹きつけるたびに、頬がひりひりと痛んだ。それでも絃葉の手は景にしっかりと握られており、その温もりさえあれば、どんな寒さにも耐えられるような気がした。不意に景が口を開いた。「絃葉、明日は俺と山に登らないか?」一度言葉を切り、懐かしむような声で続ける。「子どものころ、夏休みに京城へ来るたび、一人で山に登っていたんだ。そのころから、いつか愛する人ができたら、必ず一緒に登ろうと思っていた」絃葉は微笑んだ。「いいよ。そういえば私、一度も登ったことがないかも」幼いころ、京城には何度か来たことがあったものの、いつも慌ただしく行って帰るだけだった。両親はそばにおらず、祖父も会社の経営に追われていたため、どこかへ遊びに連れていってもらう機会はほとんどなかった。彼女の夏休みは、絵を描いたり、モデルとしてランウェイを歩いたり、祖父の釣りに付き合ったり、机に向かって宿題を片づけたりして過ぎていった。絃葉も景も、裕福な家庭に生まれ、何不自由なく華やかに育ったように見える。だが、その心の内側には、大きな暗闇と満たされない思いが広がっていた。絃葉はずっと、悠と青波を羨ましく思っていた。二人には円満な家庭があり、両親は愛し合っていた。その愛情に包まれながら、のびのびと育ち、家族団らんの時間を過ごしてきたのだ。絃葉は、そんな温かさを一度も味わったことがなかった。......その夜は早く休むと決めていたはずなのに、二人とも約束を守れな
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