元夫の目は節穴?名門令嬢が電撃再婚! のすべてのチャプター: チャプター 471 - チャプター 480

533 チャプター

第471話

「今から君のところへ行く。待っていてくれ」絃葉が止めるより早く、景は通話を切ってしまった。絃葉は困ったように笑った。このまま来させなければ、きっと向こうで心配のあまり耐えられなくなるだろう。そう思い、彼の好きにさせることにした。ちょうどいい。彼が来れば、今回の芝居も見せてあげられる。――景は佳樹に、一番早い便を予約させた。しかしファーストクラスはすでに満席で、エコノミークラスしか取れなかった。今回は目立たないよう、同行させたのも佳樹一人だけだった。座席に腰を下ろすと、隣に座る女性が長い間、彼の顔を見つめていた。やがて女性は突然サングラスを外し、驚きと喜びの入り交じった声を上げる。「もしかして、景?」そこで景は初めて、隣にいるのが優奈だと気づいた。わずか数か月会わなかっただけなのに、彼女はひどくやつれ、以前より一回りも老けて見えた。すぐに分からなかったのも無理はない。景は淡々と視線を外し、目の前に置かれていた雑誌を手に取ってページをめくった。「君か」優奈は彼のすぐ隣に座り、その近さに、長らく静まっていた胸の鼓動が再び速くなっていくのを感じた。しかし景は顔すら上げず、まるで彼女が存在しないかのように振る舞っていた。長い指でページをめくるその姿からは、人を寄せつけない冷気が漂っている。それでも優奈は気にする様子もなく、かえって少し身を寄せ、わざと優しい声で話しかけた。「景もTN国へ行くの?出張?」景は依然として沈黙したままだった。ただ、ページをめくる指先に少し力がこもった。声を聞いた前の席の佳樹が振り返り、優奈と目が合うと、仕方なく礼儀正しく会釈した。そしてすぐに前を向き、胸の内で嫌な予感を覚えた。どうしてこの女は、どこまでもつきまとってくるのだろう。いくら話しかけても無視され続け、優奈の胸に苛立ちが込み上げた。しかし考え直した瞬間、ある疑念が浮かぶ。景がこのタイミングでTN国へ向かうということは、まさか絃葉に会いに行くのだろうか。絃葉が重傷を負ったことを、すでに知っている?いや、そんなはずはない。絃葉はガレスの支配下にあり、情報が外部へ漏れることなど絶対にない。それに景の表情は、あまりにも平静だった。事情を知っているようには見えない。
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第472話

飛行機が着陸するなり、景は疫病から逃げるかのように、振り返りもせず混雑した人波をかき分け、足早にVIP専用通路へ入っていった。佳樹は息を切らしながらあとを追い、ようやく彼に追いついた。「待ってくださいよ、社長......!何かに追われてるんですか?いくら何でも速すぎますよ」佳樹は肩で息をしながら文句を言った。景はまだ恐ろしさが残っているようにネクタイを緩め、低い声で答えた。「厄介なモノに絡まれた」佳樹は言葉を失った。「......」景はスマホを取り出し、すぐに絃葉へ電話をかけた。「今、空港に着いた。どこにいる?現在地を送ってくれ。すぐに向かう」病院のベッドに横たわっていた絃葉は、困ったように笑った。「急がなくていいよ。まずホテルで少し休んで。私、今ちょうど大きな仕掛けを進めているところだから」景はわずかに眉を寄せた。「どんな仕掛けだ?俺にも言えないのか?」絃葉はスマホに表示された優奈のフライト情報を見て、胸が大きく跳ねた。「......景、もしかして飛行機で楠原に会った?」景はすぐに察した。「ああ、会ったが......まさか、君が仕掛けている相手というのは楠原優奈なのか?」絃葉の心臓は、喉元までせり上がるほど緊張した。「彼女に何も言ってないよね?私のことは話してない?」彼女がこれほど緊張しているのを見て、景は、その計画が間違いなく優奈に関係していると確信した。声を低くして答える。「ほとんど話していない。途中で席まで替えた。安心しろ。既婚者としての節度はきちんと守った」その言葉に絃葉は吹き出し、張り詰めていた気持ちが一気に緩んだ。「それならよかった。あの人がTN国で人を雇って、私を殺そうとしたの。でも、その計画には気づいてる」景の胸が一瞬にして締めつけられた。「何だと?大丈夫なのか?病院にいるということは、まさか怪我をしたのか?」絃葉は慌てて説明した。「違う違う。これにはわけが......」仕方なく、計画の全容を簡潔に景へ伝えた。そこでようやく景は、優奈が今回TN国へ来ること自体が、絃葉の周到に仕掛けた罠の一部なのだと理解した。すべてを聞き終えると、景はさらに深く眉を寄せた。「なぜ事前に俺へ話さなかった?どうして一人で決めたんだ?」自分を
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第473話

絃葉が西尾グループの海城における全事業を率いるようになって以来、景は、彼女が短期間で急速に成長し、以前にも増して成熟した有能な経営者になっていくのを感じていた。しかし、一人の女性があまりに早く成長し、何でも一人でこなせるようになることが、必ずしもよいとは限らない。これでは、夫である自分の存在意義がまるでないように思えてしまう。「急いでくれ」景は眉間を揉み、再び命じた。佳樹は振り返り、何とも言えない表情で彼を見た。「社長、私も調べましたが、すべて奥様の計画どおりに進んでいます。正直なところ、社長が行っても、あまり手伝えることはないかと」景の苛立ちは、さらに強くなった。「黙れ」佳樹は黙って、口にチャックをする仕草をした。それ以上は何も言えなかった。――優奈は飛行機を降りると、すぐにタクシーで病院へ向かった。病院の正面玄関では、拓海が手下の一人を待たせていた。優奈は意気揚々と病院へ足を踏み入れ、尊大な態度で尋ねた。「まだ生きているでしょうね?」「ご安心ください、楠原様。意識ははっきりしています」優奈は口元をわずかに上げた。「それならいいわ」サングラスを押し上げ、大股で廊下の突き当たりにある病室へ向かうと、勢いよくドアを開けた。病院のベッドでは、絃葉が青ざめた顔で横たわり、全身に何本ものチューブをつながれている。その姿を目にし、優奈の得意げな笑みはいっそう深くなった。手下に外で待つよう命じると、サングラスを外し、凶悪な笑みを浮かべながら絃葉へ近づいた。絃葉は目を閉じたまま、病室内のすべての物音をはっきりと聞いていた。優奈は近づくなり彼女の顎を乱暴につかみ、頬を何度か叩いた。「絃葉、まさか自分がこんな目に遭うとは思わなかったでしょう?」優奈は病室を見回すと、ますます愉快そうに声を上げて笑った。「ずいぶん有能だったはずなのに、今はどうしたの?まな板の上の魚みたいに、ベッドで転がっているだけじゃない」冷笑を浮かべながら身を屈め、絃葉の耳元へ顔を寄せる。その声には、どす黒い悪意が満ちていた。「自分が勝ったとでも思っていたのかしら?今の自分の姿を見てみなさい。落ちぶれた野良犬以下よ。景がこんな姿を見たら、あなたを選んだことを後悔するでしょうね」指で絃葉の青ざめた顔をなぞ
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第474話

優奈は顔を青くし、信じられないという目で絃葉をにらんだ。「どうして......どうして私だと分かった」絃葉は冷笑した。「秘密はいつか必ず漏れるものよ。ホテルで何者かに狙われていると気づいた時、真っ先に思い浮かんだのがあなたの顔だったからね」優奈はゆっくりと顔を上げ、陰険な目を向けた。「だから何?いつも善良な人間を演じるのが好きだったのに、今日はどうしたの?これだけ大勢を使って私を罠にはめて、いったい何をするつもり?」絃葉は冷気を帯びた穏やかな声で答えた。「あなたが私にしたことを、そのまま返すだけよ。もう何度もあなたに機会を与えた。以前、私と悠が雪山で道に迷った件も、あなたの仕業だったでしょう?」優奈の目に、かすかな動揺がよぎった。「言いがかりはやめて!」「事実かどうかは、自分が一番よく分かっているでしょう」絃葉は冷たく言い放った。「今回はもう容赦しないわ。拓海、大河、この女を現地の組織へ引き渡して。生きて出られるかどうかは、本人の運次第よ」優奈の顔から血の気が消え、声が震え始めた。「あなた......わ、私を売るつもり?そんなの犯罪よ!楠原家があなたを許すはずがないわ!」絃葉は振り返り、彼女を見下ろした。「いいえ。TN国へ来たのはあなた自身の意思。あなたと接触した人間も、全員現地の人間よ。この件と私に、何の関係もないわ」優奈は完全に絶望した。全身を震わせながらその場へひざまずき、何度も額を床へ擦りつける。「ご、ごめんなさい......本当に反省してる!お願い、今回だけは許して。もうこんなことしないから。これからは遠く離れて、絶対に近づかないから......お願いします......」絃葉は、少しの憐れみも浮かべずに彼女を見下ろした。「私はこれまで、誰に対しても寛容に接し、必ず逃げ道を残してきた。でもあなたは何度も、私の越えてはならない一線を踏みにじった。もし事前に警戒し、独自の情報網からあなたの計画をつかんでいなければ、私は今頃、遺体すら見つからない状態になっていたかもしれない。私は今まで、一度もあなたを傷つけていない。それなのに、あなたは私を追い詰め、命まで奪おうとした。どうしても理解できないの。高校時代、確かに私の成績はあなたよりよかった。でも、あなたも決して悪くなかっ
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第475話

「もう信じないわ。自分がしたことの責任、自分で取ってもらわないと」優奈がなおも何か言おうとした時、景がドアを開けて入ってきた。ダークグレーのスーツをまとった彼は、背筋を伸ばし、冷ややかな表情を浮かべていた。絃葉へ向けた鋭い瞳には、募りに募った思いがあふれている。だが優奈へ視線を移した瞬間、その目は刃物のように冷たくなった。今にも彼女を八つ裂きにしたいとでもいうようだった。優奈は反射的に二歩後ずさりし、必死に懇願した。「景......私たちは長い間一緒に仕事をしてきたでしょう?少なくとも友人ではあったはずよ。お願い、絃葉に私を許すよう言ってよ!これからは一生、どんなことでも下僕になって働くから......!」景は無表情のまま歩み寄り、絃葉の腰を抱いた。「絃葉を陥れた時、一度でも彼女を許してやろうと思ったのか?」続いて絃葉へ告げる。「絃葉、これ以上この女に付き合う必要はない」その口調には迷いがなかった。「連れていかせろ。あとは予定どおり処分すればいい。君がどんな決断をしても、俺は支持する」景が片手を上げると、護衛たちがすぐに歩み寄った。優奈は恐怖のあまり泣き叫んだが、たちまち口を塞がれ、病院のベッドへ縛りつけられた。そして患者に見せかけた状態で、病室の外へ運び出された。病室は再び静寂に包まれた。絃葉は、男たちの手慣れた動きと、抵抗する優奈へ容赦なく拳が振るわれる様子を見て、以前ネットニュースで目にした事件を思い出した。思わず身震いする。「これで本当にいいのかな......あんな場所へ送られたら、たとえ生きて出られたとしても、心を失った抜け殻になってしまう」絃葉は恐ろしさを拭いきれず、思わず目を閉じた。「残酷な人間には、断固とした手段で対処しなければならない」景は彼女の手を強く握り、もう片方の手で顎をそっと持ち上げた。「そうしなければ、反撃してきた時、相手は君よりはるかに残酷な手を使う。だから絃葉、自分を責める必要はないよ。彼女は何度も君を傷つけようとした。そして君はすでに十分すぎるほど情けをかけた。今回のことは、すべて彼女の自業自得だ」絃葉は軽くうなずき、彼の胸へ身を寄せた。「うん......そうだね」景は彼女の全身をくまなく見つめた。どこにも怪我がないことを確認
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第476話

絃葉は景の胸から勢いよく顔を上げ、表情を一変させた。「あの健二が、楠原と手を組んでいたの?」景の目は、瞬時に凍りつくほど冷たくなった。低い声で佳樹に尋ねる。「本当にあの健二なのか?」佳樹は険しい表情でうなずいた。「間違いありません。送金元を追跡したところ、確かに森川健二が自分の義父名義の口座を経由して振り込んでいました。それから......」一度言葉を切り、絃葉へ目を向けた。「昨日も楠原優奈と森川健二が電話で話しています。通話時間は20分を超えていました」絃葉は、背筋を冷気が駆け上がるのを感じた。「それなら、今回私を殺そうとしたのも、裏で森川健二が指示していたということ?」景は彼女の手を強く握り、冷え切った声で言った。「どうやらあの男は、本気で君を殺すつもりらしい」絃葉の瞳に一瞬、痛みがよぎった。しかし、すぐに強い決意へと変わる。「......彼が欲しいのは、西尾グループだけだとずっと思ってたけど。まさか、私の命まで奪おうとするなんて」ふと何かに気づき、景を振り返った。「待って。健二も関わっているなら、楠原が私たちに拘束されたことを、もう知っているんじゃない?」佳樹がすぐに答えた。「情報は遮断させていますので、今のところ外部には漏れていないはずです。ただ、念のため一刻も早くここを離れたほうがいいでしょう。調べたところ、楠原優奈が依頼した裏社会の大物、ガレスは彼女の遠縁の従兄だそうです」景の表情がさらに険しくなり、絃葉へ目を向けた。「予定を早めて帰国しよう。ここは海外だ。健二がこちらで動かせる勢力も、軽視できない」絃葉はうなずき、顔を曇らせた。「彼が本気で私を殺そうとしているなら、黙ってやられるわけにはいかない。楠原優奈を使えなくなっても、また別の手を打ってくるはずよ」景は真剣な表情で尋ねた。「俺が手を貸そうか?」絃葉は首を横に振った。「大丈夫。とりあえず自分で対処してみるよ。手に負えなかったら、その時は頼るから」景はしばらく黙っていたが、それ以上は何も言わなかった。「分かった」TN国から無事に帰国し、懐かしい海城の地へ降り立った瞬間、絃葉は大きく安堵の息を吐いた。帰宅すると、真っ先にバスルームへ駆け込み、長旅の疲れと汚れをきれいに洗い流そうとし
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第477話

背中に広がる甘く痺れるようなくすぐったさに、絃葉は反射的に彼の頭を押しのけようとした。「駄目......本当に眠いの......」眠気に包まれた声には濃い鼻音が混じり、妙に色っぽかった。その声を聞いた景の全身は、ますます熱を帯びた。彼は思わず、彼女の体をこちらへ向ける。薄暗い明かりの中、景はその顔をじっと見つめた。頬には淡い赤みが差し、伏せられた長いまつげは、鳥の羽のように美しく弧を描いている。みずみずしい唇は、まるでゼリーのようだった。我慢できず、何度も唇を重ねた。彼女のすべてを腕の中へ溶かし込み、一つになりたいという衝動が込み上げる。景は耐え難いほど苦しんでいるというのに、絃葉はすっかり熟睡していた。行き場を失った欲望に体を焼かれ、宙吊りにされたような苦しさを覚える。無意識に手を伸ばし、彼女の下着へ指をかけて脱がせようとした。しかし結局、眠っている彼女を起こすことができず、頬を軽くつまむだけにとどめた。「まったく、小悪魔め。俺はこんなに君のことを考えているのに......」だが絃葉は、とっくに夢の世界へ旅立っていた。本当に疲れ切っていたのだ。TN国で過ごした3日間は、常に不安と緊張にさらされていた。今の彼女は、限界まで強く押しつぶされたあと、一気に力を抜かれたスポンジのようだった。しかも景がそばにいる。その安心感に包まれ、心から安らかに眠ることができた。絃葉は目を固く閉じたまま、まったく目を覚ます気配がない。これほど美しい女性が目の前にいるのに、手を出すこともできない。景は耐えきれなくなり、結局ベッドを抜け出してバスルームへ向かった。冷たいシャワーを浴び、体中で燃え上がる熱を無理やり鎮める。だが戻って絃葉を抱き締めると、あれほど冷ましたはずの炎が、瞬く間に再燃した。仕方なく彼女に背を向け、言葉では言い表せない苦しみに耐えながら、無理やり眠りにつこうとした。妻が帰ってきたのだから、一晩中愛し合えると思っていた。それなのに実際は、一人で寝るよりもはるかにつらく、苦しい夜になってしまった。景は一晩中悶々として、どうしても眠ることができなかった。ついには書斎へ行き、無理やり仕事へ意識を向け、夜通し書類に目を通した。午前4時頃、何度もまぶたが閉じそうにな
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第478話

起き上がった頃には、絃葉は空腹のあまり目まいがするほどだった。幸い、景がすでにマンションの下にあるレストランへ、料理のデリバリーを注文していた。先に身支度を済ませた絃葉は、インターホンが鳴るのを聞くと、空腹で目が回りそうになりながら、何も考えずに玄関へ向かった。ところがドアを開けると、そこに立っていたのは静代と潤一だった。三人の視線がぶつかり、空気が一瞬凍りついた。絃葉が身につけていたのは、薄手に仕立てられた淡いブルーのナイトドレスだった。髪は大きなヘアクリップで無造作にまとめただけで、まだ化粧もしていない。唇は景にキスされて少し腫れ、首筋にはいくつものキスマークが残っていた。デリバリーの配達員だと思い、慌てて白いツイードジャケットを羽織っただけだった。何一つ隠す暇がなかった絃葉は、驚きと恥ずかしさのあまり、そのまま逃げ出しそうになった。幸い、その時、景が奥から出てきた。玄関に両親が立っているのを見ると、反射的に眉をひそめた。「どうして二人がここに?」静代と潤一も、そこでようやく我に返った。潤一は慌てて、手にしていた重箱を持ち上げた。「景、会社へ昼食を届けに行ったんだが、角南さんから今日はまだ出社していないと聞いてな。それで、母さんと一緒にここまで持ってきたんだ」普段は高慢な静代も、今回は珍しく、無理に笑みを浮かべた。「そうよ。今日はだし巻き卵と牛肉のしぐれ煮を作ったの。鯛の潮汁もあるわ。それで、その......中へ入ってもいいかしら?」二人の視線がそろって絃葉をかすめ、そのまま景へ向けられた。しかし景は答えず、絃葉のそばまで歩み寄って、その手を握った。彼女の目をまっすぐ見つめる。「絃葉、入ってもらってもいいか?君の判断に任せるよ」静代の顔はたちまち曇ったが、立ち去ろうとはしなかった。「いいよ。私は着替えてくるから、景はご両親とゆっくり話していて」絃葉はそう言うと、すぐに寝室へ戻っていった。潤一と静代は靴を脱ぎ、来客用のスリッパに履き替えて中へ入ると、持参した料理をテーブルへ並べた。静代は、静まり返った室内を見回して眉をひそめた。「もうすぐお昼なのに、彼女は何も作ってくれないの?」景は淡々と答えた。「デリバリーを頼んだ。もうすぐ届く」静代の声が、たちま
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第479話

「この鯛の潮汁は少ししか作っていないから、景が一人で飲みなさい。ほかの人にまで振る舞うつもりはないわ」ちょうど着替えを終えて出てきた絃葉がその言葉を耳にし、淡々と答えた。「構いませんよ。私には、景がデリバリーで高級フカヒレスープを頼んでくれましたので、あとでそちらをいただきます」それを聞いた静代の顔は、たちまち険しくなった。「フカヒレスープ?景、あなたはこれまで一度も私にフカヒレスープなんて頼んでくれたことがないじゃない。どうして――」景の表情も冷たくなった。「母さんはこの何年も、週に2回はフカヒレスープを食べているだろう。それも必ず最高級のものを要求していた。使用人に調理させていたフカヒレは、俺が知人を通じて最高の仕入れ先から取り寄せたものだ。それでも足りないのか?」潤一が慌てて口を挟んだ。「そうだぞ。家の内外のことは、すべて景が気にかけてきただろう。もう余計なことは言うな。息子を怒らせて何になる?私のカードだって、まだ使えるようになっていないんだぞ」最後は小声でぼやいた。その口調は、まるで不当な扱いを受けた子どものようだった。絃葉は笑いそうになるのを必死にこらえた。その時、景が彼女の手を引いて席へ座らせた。注文していた料理も届き、ダイニングテーブルには、たちまち数々の料理が並んだ。張り詰めた空気を和らげようと、使用人の岩本が4人分の茶碗と箸を用意し、静代と潤一にも座るよう勧めた。静代は絃葉の向かいに座り、何気ないふりをしながら彼女を観察した。冷たい口調で尋ねる。「二人はこれからどうするつもりなの?」景が顔を上げた。「どうするとは?」静代は苛立たしげに言った。「築山家も西尾家も、多磨城では名の知れた家柄よ。まさか、このまま人目を忍ぶように結婚したことにするつもり?すでに婚姻届を出したのなら、当然、結婚式も挙げなければならないでしょう。世間から後ろ指をさされないためにもね」潤一が笑顔で場を取り持った。「そうだ、そうだ。結婚式は挙げるべきだ。景ももういい年だからな。きちんと式を挙げよう」景は淡々と答えた。「それはもちろん。ただし、両親である二人が本気で準備してくれることが前提だ。二人で日を決めて西尾家の祖父を訪ね、式の日取りや段取りを相談してくれ。この件をきちんと進めて
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第480話

絃葉の言葉に、二人は一瞬で黙り込み、そろって彼女へ目を向けた。静代は怒りで顔を青ざめさせた。「何ですって!?築山家へ嫁ぐつもりなら、もう少し私たちを敬いなさい!まだ正式に築山家の嫁として迎えられてもいないのに、何様のつもりよ!」絃葉は一歩前へ出た。その眼差しは冷静で、口調も落ち着いていた。「責めているのではありません。先ほど、お二人が互いに責任を押しつけ合っていた言葉から、事実をまとめただけです。お二人とも。今さら昔、景に優しくしたかどうかを言い争っても、彼が子どもの頃に深く傷つけられたという事実は変わりません」絃葉はさらに一歩前へ出た。その迫力に押され、静代は無意識に一歩後ずさった。「お二人が今すべきなのは、景との関係をどう修復するか考えることです。私はすでに景と婚姻届を提出し、間もなく結婚式の準備も始まります。つまり、これから私は、お二人と家族になるということです」景にとって、母親がこうして言葉に詰まる姿を見るのは初めてだった。絃葉が言い終えると、固く寄せられていた景の眉間がすっと緩み、握り締めていた指も自然にほどけた。彼は絃葉の背中を黙って見つめ、口元にかすかな笑みを浮かべた。何も言わず、彼女が次に何を話すのか静かに待った。「ここで、お二人にはっきり申し上げておきます。これから私は、お二人が夫の気持ちを無視することを許しません。二人の弟へ注いできたのと同じだけの愛情を、景にもきちんと注いでください。そうでなければ......」絃葉がそのようなことを言い出すとは思わず、静代は言葉を詰まらせた。「な、なに?まさか私より上の立場に立つつもり?」潤一も彼女の迫力に気圧されていた。絃葉など、ごく普通のか弱い女性にすぎないと思っていたが、今になって、彼女にも人を圧倒する気迫があると気づいた。それでも強がるように首を伸ばした。「そ、そうだぞ。絃葉、今の言葉はどういう意味なんだ?」「そうでなければ、景に頼んで、皆さんの小遣いをすべて止めてもらいます。築山家の本当の主人が誰なのか、きちんと理解していただく必要がありますから」静代と潤一の顔色が、一斉に変わった。「よくもそんなことが言えるわね!やっとわかったわ......あなたが最近、何かあるたびにお金を持ち出して私たちを脅す理由が。全部こ
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