LOGIN「皆で紫月さんを祝おう!」章良が音頭を取り、再び興奮気味に拍手を送った。「おめでとう!」「紫月さん、すごいじゃないか!」「紫月さん、初めて会ったときから、君には並外れたデザインの才能があると見抜いていたよ!まさか、こんな完璧な設計案が君の手から生まれるとはな。これからは同じ部署の仲間だ。俺の設計案にも、ぜひアドバイスをくれよな!」全員が口々に称賛と祝福の言葉を並べていた。純粋に同業者の優れた才能へ敬意を表する者もいれば、内心の嫉妬を押し隠し、うわべだけの言葉を口にする者もいた。「皆さん、ありがとうございます。創博の仲間に正式に加わることができて、本当に嬉しいです。これからは一生懸命仕事に励み、さらに素晴らしい作品を生み出して、同僚の皆さんと助け合いながらともに成長していきたいと思います」紫月は微笑みながら答え、その瞳には誠実そうな光が宿っていた。夕凪は紫月を見つめながら、まるで見知らぬ他人を見ているように感じた。昨日まで無邪気で、仕事中もサボってばかりだったあの子が、どうして今日は別人のようになっているのか。夕凪には到底理解できなかった。夕凪は全身が冷え切っていくのを感じながら、拳をきつく握りしめた。そして突然、勢いよく立ち上がり、大声で叫んだ。「彼女は嘘をついています!その案を作ったのは私です!彼女じゃありません!私の設計図を盗んだんです!」言い終わるや否や、会議室は水を打ったように静まり返った。全員が一斉に振り返り、驚きの目を夕凪に向けた。「君は……?」章良が怪訝そうな顔をした。茜がすぐに立ち上がり、説明した。「大島部長、彼女も紫月さんと同じ臨時スタッフで、瀬戸夕凪といいます」章良は眉をひそめ、夕凪を見据えた。「彼女が君の設計案を盗んだと言うのか?証拠はあるのか?」夕凪は紫月へ視線を向けた。しかし紫月の顔には動揺も恐怖もなく、まるで夕凪がこう出ることを最初から予想していたかのようだった。紫月は夕凪に微笑みかけた。「夕凪さん、私の設計案に使うための資料やデータを、夕凪さんがたくさん集めて整理してくれましたよね。その節はありがとうございました。夕凪さんのご恩は決して忘れませんから。でも……いくら手伝ってくれたからといって、私の成果を自分のものだと主張するなんてひどいです。これ以上私を
「クライアントの吉岡社長は、与謝蕪村の熱烈なファンだそうだ!このデザイン案を見たら、どれほど喜ぶか、今から楽しみだな!」「なるほど、そういうことか。すごいな!一体誰が考えたんだ?吉岡社長の好みをどうやって調べたんだろう?」会議室のあちこちで視線が交錯し、一体誰の作品なのかと皆が周囲を見回した。章良は深く感心したようにうなずき、口を開いた。「それでは、正解を発表しよう。この設計案は、我が設計部が手がけたものではない。今回新たに入った臨時スタッフの一人が手がけたものだ!」その言葉に、室内が再びどよめいた。最後列のドアの近くに座っていた夕凪は、驚きと喜びで胸がいっぱいになった。驚いたのは、昨夜徹夜して仕上げたばかりの図面が、なぜ今日、章良の手元にあるのかということだ。嬉しかったのは、章良をはじめとするその場の全員から認められ、高く評価されたことである。激しく胸が高鳴り、興奮で頬が熱くなる。このあと章良が自分の名前を呼び、皆の前に立たせてくれるのだろう。いつ呼ばれてもいいように、少し腰を浮かせてそわそわと身構えていた――「星野紫月さん!」章良が微笑みかけたのは、茜の隣に座る紫月だった。紫月はすぐに立ち上がり、皆のほうを振り返る。割れんばかりの拍手が響き渡る中、紫月は頬を赤らめ、照れくさそうにはにかんでみせた。その一方で、夕凪の顔からはさっと血の気が引いた。まさか……紫月が。どうしてこんなことに?そんなはずがない。若い顔立ちに恥じらいを浮かべる紫月を見つめながら、夕凪の思考は完全に停止していた。たとえ会社の誰かが自分の図面を盗んだのだとしても、それが紫月だとは夢にも思わなかった……章良はにこやかに言った。「紫月さん、みんなにこのデザインのコンセプトを説明してくれないか?」その言葉を聞き、夕凪は一瞬、ほっとした。――あれは私が描いた設計図だ。紫月は見たことがあるだけ!しかも彼女は毎日、仕事をサボってアイドルの追っかけやネットのゴシップ、ゲームばかりしている……デザインのことなんて何もわかっていないのに、コンセプトを説明できるはずがない!夕凪は、紫月が顔色を変えてしどろもどろになる姿を今か今かと待ち構えた。しかし紫月は少しも動揺する様子を見せず、いっそう輝くような笑顔を浮かべて、ペ
【瀬戸グループ社長令嬢、田村志織。現在は瀬戸グループのマーケティング第三部副部長を務める、美貌と才能を兼ね備えたプリンセス……】夕凪の箸が宙で止まった。全身が一瞬でこわばる。志織まで、修一の目に留まろうとしているのだろうか。それに今は、瀬戸グループのマーケティング第三部副部長だという。美貌と才能を兼ね備えている?たしかに見た目は悪くない。だが、才能?夕凪が初めて会ったころ、志織はすでに学校を中退しており、高校さえ卒業していなかった。その後、志織が田村家へ迎え入れられると、慎一郎は彼女を通信制大学へ入れた。本人がどれほど嫌がっても容赦せず、どうにか大学を卒業させたのだ。当時の夕凪には、慎一郎の目的がわからなかった。今になって、ようやくわかった。慎一郎は今日のために、志織を瀬戸グループへ入れる準備をしていたのだ。ただし、このときの夕凪は、まだ慎一郎の本当の狙いには気づいていなかった。慎一郎の計画と企みを悟るのは、もっとあとのことである。このときの夕凪の胸には、いくつもの感情が入り交じっていた。瀬戸グループの本当の令嬢である自分は、夜中まで残業する臨時スタッフに身を落としている。それなのに偽の令嬢は瀬戸グループへ入り、最初から副部長という地位を与えられ、何不自由なく働いているのだ。とはいえ、こうなったのは自分に服役歴があるからだった。いくら納得できなくても、今の夕凪にはどうすることもできない。夕凪はスマホの画面を消した。余計なことは考えず、目の前の夜食を食べることにした。翌朝目を覚ますと、喉は焼けつくように乾き、全身がだるくて力が入らなかった。頭もぼんやりしている。まずい。昨夜の残業で体が冷え、風邪をひいてしまったらしい。どうにか起き上がろうとしたものの、まるで力が入らない。仕方なく茜へメッセージを送り、午前中だけ休ませてほしいと頼んだ。午後になると、夕凪はつらい体を押して出社した。廊下へ出たところで、ちょうど茜と鉢合わせた。茜はハイヒールを鳴らして足早に歩きながら、手にした書類を次々とめくっていた。ちらりと夕凪を見たあと、すぐ書類へ視線を戻し、淡々と告げた。「ちょうどよかった。十分後に会議室で打ち合わせがあるわ」夕凪は急いでバッグを置くと、ノートとペンを手に会議室へ向
三年間刑務所にいただけで、世の中の価値観はずいぶん変わったように夕凪には思えた。大学を出たばかりのZ世代は、家でのんびりショートドラマやゲームを楽しみ、あくせく働くことにはまるで興味がないらしい。紫月には何を言っても響きそうにない。夕凪は説教を諦め、自分の設計図に集中することにした。夜になり、他の社員が全員退社したあとも、夕凪は一人で残業を続けた。「やっと終わった……!」顔を上げ、大きく伸びをする。パソコンの画面には、ようやく完成した設計図が映っていた。疲れきった夕凪の顔に、満足そうな笑みが浮かんだ。目が痛み、ひどく乾いている。手鏡を取り出して見ると、白目は充血して真っ赤になっていた。どうやら画面を凝視しすぎたらしい。外はとっぷりと暮れていた。夕凪は、夜の九時ごろだろうと見当をつけていた。ところがスマホを開き、思わず目を疑った。時刻は、なんとすでに午前一時を回っていた。ぐぅと腹の虫が鳴り、そこでようやく夕食さえ食べていないことに気づく。我ながら、本当によく働くものだ。夕凪は心の中で、そんな自分に拍手を送った。パソコンをシャットダウンし、オフィスの照明を消す。あとは寮へ帰るだけだ。空腹に耐えきれずオフィスビルを出ると、少し歩いた先に赤提灯の屋台が出ているのを見つけた。夕凪はパイプ椅子に腰を下ろし、温かいラーメンを一杯注文した。手際よく麺を茹でる店主、どんぶりから立ちのぼる温かな湯気、仕事帰りの疲れた顔で酒を飲むサラリーマンたち。そのありふれた光景を眺めているうちに、夕凪の胸は不意に温かな満足感で満たされた。なんて心地いいのだろう。これこそ、人々の息遣いが感じられる、生きた日常というものだ。かつて刑務所で送った日々とは違う。あそこにあったのは、冷たい床と無機質な壁だけだった。あの日々は、夕凪の心に拭いきれない傷を残した。そのトラウマは、この先も一生ついて回るのだろう。たった三年の服役で、夕凪は以前とはまるで別人のように変わってしまった。それでも、今はこれでよかったと思える。どん底の日々を乗り越え、ようやく人間らしい穏やかな暮らしを取り戻しつつあるのだから。警察が理紗を見つけ出し、彼女が罪を認めてすべての真相が明らかになれば、自分の殺人の冤罪も晴れるはずだ。そうしたら、胸を張っ
夕凪には、紫月が何を言っているのかさっぱりわからなかった。「私が知るわけないじゃないですか。それに、副社長だって言っていたでしょう?おじさんかもしれないって……」夕凪は毎日、設計案のことで頭がいっぱいだった。他のことに気を配る余裕などない。まして、その副社長と自分には何の接点もなかった。ところが紫月はたちまち目を輝かせ、声を弾ませた。「おじさんなんかじゃありません!若くて、ものすごくイケメンなんですよ!」それでも夕凪には、まだ話が見えなかった。「もう、神崎グループの若き後継者、神崎修一(かんざき しゅういち)に決まってるじゃないですか!今回涼崎市に視察に来るご本人ですよ。京央大学を出て三年海外留学した後、二年前に神崎に入社して、わずか一年で、その先見の明と決断力、実務能力を認めさせ、株主たち全員を納得させたんですよ。それで株主の方から副社長に推す声が上がって、満場一致で決まったんです!」紫月は指を折りながら熱っぽく説明した。頬は興奮で真っ赤になり、瞳はきらきらと輝いている。まるで修一が見知らぬ誰かではなく、自分の恋人であるかのようだった。夕凪は気のない声で「そうですか」とだけ返した。「それで、その神崎修一とこの人がどう関係あるんです?まさか、この人が彼の恋人なんですか?」夕凪は画面に映る星海グループの社長令嬢を指差した。紫月はぎょっと目を見開き、信じられないという顔をした。「夕凪さん、冗談はやめてくださいよ!相手はあの神崎修一ですよ?京央の上流階級のお嬢様たちがこぞって狙ってる人なんです。それに、私にとっても理想の王子様なんですから。この女性を恋人扱いするなんて、私の推しに対する冒涜です!」夕凪はますますわからなくなった。「この人は星海グループの社長令嬢なんでしょう?それでも神崎修一には釣り合わないんですか?」神崎修一という男は、いったいどれほどの大物なのだろう。星海グループといえば涼崎市でも指折りの大企業で、桐生グループと肩を並べるほどの力を持っているというのに。紫月は呆れたような顔をした。「釣り合うわけないじゃないですか。京央の名家のお嬢様たちだって、みんな彼の恋人の座を射止めようと必死なんですよ。でも彼、そんな人たちには見向きもしないんです。これまで恋人の存在を公にしたこと
詩乃は御堂グループへ入社し、柊吾とともに峻のアシスタントを務めていた。だが、わずか三日で、峻は詩乃を自分のそばから外すと決めた。無能な人間を、近くに置いておくつもりはない。清音に免じて、チャンスは与えた。それを生かせなかったのは詩乃自身だ。峻を恨む筋合いはない。自分も、清音の思いを裏切ってはいない。「本当に申し訳ありません……社長、信じてください。もう二度と間違えません……!」詩乃は峻の性格をよく知っている。冗談ではなく、一度口にしたことは必ず実行する男だ。目を真っ赤にし、涙を流しながら訴えた。峻はようやく顔を上げたが、その表情は氷のように冷たいままだった。「書類のミスのほかに、自分が何をやらかしたのか、わかっているか?」詩乃は戸惑い、茫然とした。峻はペンを置き、椅子の背にもたれて告げた。「俺とお前は、ただの雇用関係だ。それなのに、社内で俺たちの関係を誤解する者がいても、お前は一度も否定しなかったな」詩乃の胸が大きく揺れた。こぼれ続けていた涙も、不自然に止まった。峻がそんなことまで知っているとは思わなかった。仕事ばかりの彼に、社内の噂など耳に入らないと高をくくっていたのだ。顔を赤くしたり青くしたりしながら、詩乃は言葉に詰まった。「わ、私は……」詩乃は、峻も自分に好意があるから、特別に社長付きアシスタントとして採用してくれたのだと思い込んでいた。だが、目の前の冷酷な顔を見て、そんな勘違いはとても口にできない。「本当に、私が間違っていました。これからは二度と……」「これからはない。出て行け」峻は短い言葉で、有無を言わさず会話を打ち切った。取るに足らない相手と、これ以上言葉を交わすつもりはなかった。詩乃は涙を浮かべたまま、不満を押し殺して部屋を出た。一方の夕凪は、自分が帰った直後に、詩乃が峻のアシスタントを外されたことなど知る由もなかった。実際、この処分は夕凪とは何の関係もない。詩乃自身が仕事でミスを犯したためだ。そもそも詩乃の関心は、初めから仕事には向いていなかった。ようやく峻のそばで働けるようになり、恋を進展させる絶好の機会だと思っていたのだ。ネットで男心を惹くテクニックをいくつも調べ、熱心にメモまで取っていた。だが、その成果を一つも試せないまま、呆気なくチャンスは
刑務所の門を出た瞬間、冷たい風が吹き抜け、枯れ葉がカサカサと舞い落ちた。真冬だというのに、瀬戸夕凪(せと ゆうなぎ)は目を閉じ、外の空気を貪るように胸いっぱいに吸い込んだ。三年前、裁判長から重々しく非情な判決が言い渡され、殺人の罪で懲役三年が確定した。そして今日、ようやくその刑期を終えたのだ。ふと視線を上げると、遠くの路肩に艶やかな漆黒の高級車が停まっていた。見覚えのある一台だった。心臓が、大きく跳ねた。――あの人だ。御堂峻(みどう しゅん)。途端に、三年前の光景がまざまざと脳裏に蘇る。法廷で、峻は夕凪が彼の初恋の相手――涼風清音(すずかぜ きよね)を殺害したと
「ふざけんな!たかが掃除のおばちゃんの分際で、俺に楯突こうってのか。ただで済むと思うなよ……!」惟人が激昂して腕を振り上げ、力任せに打ち下ろしてきた。夕凪の背後は壁だった。逃げ場などどこにもない。迫ってくるその手を、目を見開いたまま見つめることしかできなかった。「唐沢さん、相手はただの清掃員ですよ。そこまで熱くなることはないでしょう」ちょうどその時、ドアを押し開けて司が入ってきた。にやにやと笑いながら。司の姿を見て、惟人の腕が宙で止まった。彼は忌々しげに舌打ちして、手を下ろした。司が、早く行けとばかりに夕凪へ目配せをした。夕凪ははっと我に返った。顔面は蒼白だった
夕凪は静かに首を横に振った。多恵はほっと息をついた。「やっぱりね。あんたがちゃんと教養のある子だってことくらい、見てりゃ分かるわよ。ここで掃除してるのは今だけで、いつかは絶対ここを出て行く人だって……」夕凪の胸が、また小さく震えた。そうだ。自分だって、峻や清音と同じ涼崎大学を出た人間なのだ。「あんたには人に言えない事情があるんだろうし、私もこれ以上詮索はしないよ。でもね、これだけは言わせて。あんたはいい子だよ。何があっても絶対に諦めちゃ駄目。つまずいたって、そこからまた立ち上がればいいんだから……」多恵の声には、力強い優しさがこもっていた。夕凪はたまらず目頭が熱
「はい、間違いありません」夕凪が力強く頷いた。若い刑事が信じられないといった顔で首を傾げた。「しかし、当時の捜査では段野悠雨と被害者の間にいかなる接点も確認されていません。現場付近を通りかかった警備員というだけの人物だったはずですが……」少し考え込んでから、若い刑事は圭吾の方を振り返った。「課長、これはやはり……段野悠雨の周辺を洗い直す必要がありますね」圭吾は厳しい顔で深く頷いた。「ああ。すぐに取りかかれ。段野と被害者の本当の関係を、底の底まで徹底的に洗え」「了解しました」……涼崎署を出た夕凪は、冬の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出した







