All Chapters of 冷徹CEOとの離婚後、私は夫の忠実な部下と恋に落ちた: Chapter 11 - Chapter 20

40 Chapters

親友との会話

唯はカフェの扉を押し開けた。柔らかなドアベルの音が響く。足取りは軽かった。窓際の席で手を振っているのは、大学時代からの親友・美咲だった。 「唯!  久しぶりー! 」美咲は急に抱き着いてくる。そんなところも昔と変わっていなくて懐かしかった。「もう、三年ぶり? 結婚してからは全然会えなくて寂しかったよ」  唯はいつものように柔らかな笑みを浮かべ、美咲の背中を優しく叩いた。  「ごめんね、美咲。涼さんの仕事が忙しくて、私も家のこととかで……」「そうなんだ、まあ家も広そうだもんね」美咲は冗談めかして言った。くすくすと二人で笑いあってから、向かい合って座った。店内は午後の柔らかな日差しが差し込み、観葉植物の緑が落ち着いた雰囲気を演出している。唯は今日も完璧に身支度を整えていた。淡いベージュのニットに膝丈のスカート、髪は丁寧にまとめて、夫・黒崎涼の妻として恥ずかしくないように完璧に装った。今、誰が唯を見ても、きっと褒めてくれる。そう思いながら支度をして出てきた。でも、美咲はそんなことには気づいた様子もない。ただ、じっと唯を見つめた。「なんか、雰囲気変わった?」「そう?」「服装とか」「それは……、涼さんに言われて」昔着ていたような服は、妻にはふさわしくないからと全部捨てられて、新しい服を買い与えられていた。上等で、どこに出しても恥ずかしくない服。でも、私らしくはない……。ふいにすべりこんできた寂しさに、唯は無理やりふたをして笑った。つられたのか、美咲も笑う。ちょうどそのとき、注文のカフェラテが運ばれてきた。受け取ると、美咲がついに本題と言わんばかりに口を開く。「で、どう?  結婚生活」「普通だと思うよ」
last updateLast Updated : 2026-04-18
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元恋人の影

唯はカフェから帰宅したその夜の間中、スマホの画面をぼんやりと見つめ続けた。真っ白な、離婚届のテンプレート。そして――翌日の午後。インターホンが鳴った。唯はエプロンを外しながら玄関へ向かった。宅配かと思いきや、モニターに映ったのは見知った顔だった。長い黒髪をストレートにして、ブランドもののコートを完璧に着こなした女性。化粧は濃すぎず、でも存在感が強い。いかにもキャリアウーマンという雰囲気なのに、どことなくセクシーさもあった。――佐倉彩音。涼の元恋人で、今も黒崎グループで働いている。「こんにちは」流石に知り合いともなると、ドアを開けないわけにも行かない。仕方なくドアを開けると、彩音は微笑んだ。でも、笑顔なのに、目が笑っていない。「久しぶりね」「お久しぶりです……」「突然ごめんなさい。でも、話しておきたくて」彩音は勝手に靴を脱ぎ、リビングへ入っていく。唯は止めることもできず、ただ後ろをついていった。ソファに腰を下ろした彩音は、優雅に脚を組んだ。唯とは違う、長くて肉感的な足。ストッキングの光沢がなまめかしかった。今も涼とは繋がっていると、この間言っていたけれど――それはどういう意味なのか、と思うと苦しくなった。彼は唯には触れない。それなのに……。「あなた、三年も涼さんの妻をやってきたんでしょう? お疲れ様ね」声は甘いのに、棘がある。「あの……、何か、ご用なんですか?」そう言うしかなかった。彩音の態度はあまりにも傍若無人だったし、意味が分からなかった。「これを見て」彩音はバッグからスマートフォンを取り出し、写真を一枚見せた。若い頃の涼と彩音が、笑いながら並んでいる。性的な写真が出て来るのかと思って怯えていた唯
last updateLast Updated : 2026-04-19
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静かな反抗

唯は朝の六時半に目を覚ました。 いつものようにキッチンに立ち、涼の好物の焼き鮭を丁寧に焼く。 味噌汁の具はわかめと豆腐、ほうれん草のおひたしも完璧に水気を切って並べる。 テーブルセッティングも隙がない。 毎朝の完璧なルーチン。 黒崎家の妻として、必ずこなすべきだと自分に言い聞かせ、三年間も続けてきたのと同じ仕事。でも、今日は少し違った。 涼の好美の味になるように、味付けを調整しなかった。 心の中で、静かに距離を置いていた。(全部を捧げる必要なんてないんだ)涼がダイニングに現れる。 新聞を広げ、唯の顔もろくに見ずに箸を動かす。「なんだ? 味が薄いな」唯は静かに返した。「すみません。次は気をつけます」声はいつも通り、穏やかだった。 でも、胸の奥では小さな反抗の芽が、静かに息を吹き返していた。 以前なら「もっと頑張ろう」と自分を責めていたのに、今はただ「そうか」と受け流すだけ。涼は変化に気づかない。 いつものようにコーヒーを一口飲んで、スマホでスケジュールをチェックし、すぐに会社へ出かけてしまった。 玄関のドアが閉まる音が響いた後、唯はようやく肩の力を抜いた。(今日も、無事に終わった)唯は食器を洗いながら、ふとキッチンの隅に視線を落とした。 そこに、以前使っていたスクラップブックが埃をかぶって置いてある。 結婚してから、デザインの仕事は全部やめてしまった。 涼に「妻として家を守れ」と言われてから、フリーランスの頃の自分は封印されたはずだった。でも、今は違う。 唯は手を拭き、スクラップブックをそっと手に取った。 ページを開くと、昔描いたデザインが並んでいる。 指で線をなぞるだけで、胸が少し軽くなった。(やっぱり、私……デザインが、好き)唯はリビングのソファに座り、こっそりペンを握った。 ちゃんとした紙はなかったから、チラシの裏を使った。 新聞は読んでいる涼だけど、広告
last updateLast Updated : 2026-04-20
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涙の夜

それから数日。夜が、唯を静かに蝕んでいた。その夜も、唯は一人でベッドに横たわっていた。まだ涼は仕事中らしい。集中しているのだろう。書斎からは、微かな物音すら聞こえない。天井の模様をぼんやりと見つめながら、唯は布団を胸まで引き上げた。体は温かいはずなのに、心が凍えるように冷たい。(今日も……何もなかった)唯は目を閉じた。瞼の裏に、今日の出来事が浮かんでくる。朝、唯がいつものように完璧な朝食を並べたとき。涼は新聞を広げたまま、一言も「いただきます」と言わなかった。唯が「おはようございます」と声をかけると、ただ「ん」と鼻を鳴らしただけ。コーヒーカップを置く音が、まるで唯の存在を無視するように響いた。昼過ぎ、唯がスーパーから重い買い物袋を抱えて帰宅した。エレベーターで同じマンションに住む黒崎グループの従業員の奥さんが「社長夫人、いつもお疲れ様です」と笑顔で声をかけてくれた。唯は笑って返したが、家に入った瞬間、力が抜けた。袋を床に下ろし、ソファに崩れ落ちる。社長夫人だなんて。そんな立派な立場じゃなかった。野菜を洗うシンクの水音だけが、部屋に虚しく響いた。夜、唯がリビングで洗濯物を畳んでいると、涼が珍しくスマホを置いて声をかけてきた。「明日の予定は?」唯の胸が少しだけ跳ねた。「特に何も……。何かご用ですか?」すると涼は、ため息をついた。「いや、いい。忘れろ」そのまま立ち上がり、自分の部屋へ入っていった。ドアが閉まる音が、唯の心に小さな亀裂を入れた。忘れろって何?自分から聞いたのに、なんでそんなに自分勝手に会話を打ち切れるの?最近、唯はまるで自分が人間に戻っていくかのように感じていた。これまでは黒崎家の妻として、何もかも封じ込めていたけど――それ以外のことも、していいんだって。そう思った。それなのに
last updateLast Updated : 2026-04-21
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小さなきっかけ

唯は最近、毎日のように離婚届をを引き出しから出して眺めていた。まだ記入はしていない。ただ、見つめているだけだった。でも、その紙の存在が、唯の心に静かな重みを与え続けていた。その日、午後二時過ぎに零の母親・麗子から電話がかかってきた。「唯さん、ちょっと時間ある? 今から来てちょうだい。銀座のいつものホテルラウンジで待っているわ」拒否はできなかった。唯は「わかりました」と答え、急いで身支度を整えた。前回の呼び出しからまだ一ヶ月も経っていない。胃が重くなる。胸がざわついた。ラウンジに着くと、麗子はいつものように窓際の席に座っていた。でも今日はひとりではなかった。隣に、もう一人の女性が同席していた。佐倉彩音——涼の元恋人だ。唯の足が一瞬止まった。彩音は優雅に微笑みながら、手を軽く振った。「こんにちは。今日はお義母様に誘っていただいたの」――お義母様。その言葉に背中が冷たくなった。彼女は涼の妻ではない。それなのに、まるでもう妻にでもなったような態度。そして唯を見る麗子の眼差しも、妻ではない――もっと別の何かを、見るような目をしていた。麗子はコーヒーカップを置き、冷たい視線を唯に向けた。「座って。話があるの」「はい……」唯は背筋を伸ばして席に着いた。心臓の音が自分でもはっきり聞こえる。麗子はすぐに切り出した。「唯さん、あなた最近、涼に何か変な態度を取っていない? 家の中がなんとなく冷たいって、涼から聞いたわよ」ギクリとした。離婚届を入手してから、確かに唯はこれまでとは変わっていたからだった。「妻としてもっと気を遣いなさい。黒崎の家にふさわしくない振る舞いは許されないのよ」唯は唇を軽く噛んだ。「私は……いつも通り、精一杯やっているつもりですが……」完璧な妻ではなかったかもしれないけど。少なくとも唯は、いつも通りに頑張っていた。涼が答えてくれないのも、いつも通りではあったけれど。すると彩音が、甘い声で言葉を継いだ。「でも、涼さんったら最近すごく疲れているみたいよ。きっと家庭のことがストレスになっているんじゃないかしら?」「そう……ですか?」「ええ。唯さん、あなた、もっと明るく振る舞った方がいいわ。私だったら、もっと涼さんの気持ちを考えてあげられるのに……」彩音は意味ありげに微笑み、続けた。「実はね、涼さん
last updateLast Updated : 2026-04-23
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決意の前夜

夜が静かに更けていた。唯は、リビングのソファに一人で座り、広い部屋をゆっくりと見回した。照明を落とした室内は、いつもより広く、冷たく感じる。高級な家具、大きな窓から見える夜景、キッチンのピカピカのカウンター。すべてが黒崎家の「完璧さ」を象徴しているのに、唯の心はどこも温かくなかった。唯は膝の上に置いたクッションをそっと抱きしめ、3年間の結婚生活を静かに振り返った。出会った頃、唯はフリーランスのデザイナーとして一生懸命働いていた。黒崎グループのプロジェクトで涼と初めて顔を合わせたとき、彼の冷たい視線の中に、少しだけ興味のようなものが感じられた気がした。プロポーズは突然で、言葉は「君なら問題ないだろう」だった。唯はそれを「信頼されている」と受け止めた。結婚式は豪華だった。たくさんの人が祝福してくれた。でも、あのときすでに一方通行だったのかもしれない。唯は笑顔で涼の隣に立ち、夫の腕にそっと手を添えたが、涼の手は唯の手にほとんど力を込めなかった。結婚後の日々は、唯が一方的に与え続けるだけの時間だった。毎朝の完璧な朝食。深夜に帰ってくる涼のために温め直した夕食。アイロンをかけたスーツ、揃えたネクタイ、忘れられない記念日や誕生日に用意した手紙やケーキ。唯はいつも笑顔を絶やさず、「大丈夫よ」と自分に言い聞かせてきた。でも、涼からは何も返ってこなかった。「ありがとう」の言葉はほとんどなく、「今日はどうだった?」という唯の質問には「疲れた」の一言。誕生日を忘れられ、記念日をスルーされ、風邪を引いて倒れても「大事な会議がある」と帰ってこなかった。「全部……私だけが頑張っていたんだ」唯は小さく呟いた。胸の奥が痛いほど締め付けられる。涼は唯を「妻」として必要としていた。家事を完璧にこなし、表向きの妻役をきちんと果たし、黒崎家の顔を汚さない存在として。でも、唯という一人の人間として、愛したり、気遣ったり、興味を持ったりしたことは一度もなかった。唯は立ち
last updateLast Updated : 2026-04-24
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最後の夜

唯はキッチンに立ち、今日の夕食をいつも以上に丁寧に作っていた。これは「最後の晩餐」になるかもしれない——そう思いながら、唯は包丁を握る手に力を込めた。 涼の好物を全て揃えるつもりだった。ご飯は少し硬めに炊き、涼が好きなメーカーの焼き海苔も添えた。明日、離婚届を渡す。 それが決まった今、この家で涼のために料理を作るのは、これが最後になるかもしれない。「せめて、今日だけは……ちゃんと作ろう」唯は心の中で自分に言い聞かせた。 3年間、毎日のように作ってきた料理。 涼が「まずくない」と言ってくれることを願いながら、唯はいつも味付けを調整し、盛り付けに気を配ってきた。 今日もその習慣は変わらなかった。 ただ、心の中はこれまでとは少し違っていた。鍋を煮詰めながら、唯はふと微笑んだ。 結婚当初は、涼が喜んでくれることを想像して胸が躍ったものだ。 今はただ、「これでいいのかな」という静かな疑問だけが残っている。夜九時を少し過ぎた頃、玄関の鍵が開く音がした。「おかえりなさい、涼さん」唯はエプロンを外し、笑顔を作って迎えに出た。 涼はコートを脱ぎながら、唯の顔を一瞬見ただけで、いつものように短く答えた。「ああ」唯はすぐにダイニングテーブルに料理を並べ始めた。 すべてが、今日の唯の気持ちを込めた「最後の晩餐」だった。「今日はすき焼きにしてみました。どうぞ、召し上がってください」涼は無言で席に着き、箸を動かし始めた。 唯は少し離れた椅子に座り、静かに夫の様子を見つめた。 涼はいつものように、機械的に食べている。 表情は変わらず、味についての感想もない。 ただ、箸を動かす音だけが静かなダイニングに響いていた。唯は自分の分を少しだけ取り、ゆっくりと食べながら、涼の横顔を観察した。 この3年間、何百回と見た顔。 冷たく整った美しさ。 でも、そこに唯への温もりは一切ない。 唯がどれだけ頑張っても、涼の目はいつも遠くを見ているよ
last updateLast Updated : 2026-04-25
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揺らぐ心

唯は振り返って、ダイニングテーブルの上に置いた離婚届を見た。白い紙が、柔らかな照明の下で静かに浮かび上がっている。唯はもう一度その紙を見つめてから、ゆっくりとダイニングの明かりを消した。部屋が暗くなった瞬間、唯の足が止まった。出口に向かおうとした体が、まるで引き戻されるように動かなくなる。「……本当に、これでいいの?」唯の声は、自分にしか聞こえないほど小さかった。唯は暗いダイニングに立ち尽くしたまま、3年間の結婚生活を静かに思い返した。その中に何一つとして温かいものがなかったことに気がついた。一度気づいてしまうと、もうどうしようもなかった。涙が、静かに頰を伝った。唯は慌てて手の甲で拭ったが、次から次へと溢れて止まらない。暗い部屋の中で、唯は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣いた。(どうして……どうしてこんなに辛いの?)「もう少し頑張れば、涼さんの気持ちが変わるかもしれない」と信じたがっている弱い自分が、まだ胸の奥に残っていた。「離婚したら、本当に後悔しない? この家を出たら、私はどこへ行けばいいの?」そんな疑問が、頭の中でぐるぐると回った。そして、真っ先に考える疑問がそれであることに、唯はなんだか安心した。そう、もう愛なんかなかったのだ。最初は確かにあったけど。今はもう、なかった。◇◆◇その少し前、まだ涼が執務室にいた頃。黒崎グループ本社では、高倉櫂が社長室の前で涼と向き合っていた。「社長……少し、お話がよろしいでしょうか」櫂の声は遠慮がちだった。涼は書類から目を上げず、短く答えた。「何だ」「奥様のご様子が……最近、どこか元気がないようにお見受けします。体調も優れない日が続いているようですし、もしよろしければ、少しお気遣いいただいたほうが&h
last updateLast Updated : 2026-04-26
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終わりの朝

朝の光が、黒崎家のダイニングに静かに差し込んでいた。唯は、昨夜自分がテーブルに置いた離婚届の前に立っていた。白い紙が朝の柔らかな光を受けて、冷たく輝いている。唯は両手を軽く握りしめ、深く息を吸った。心臓の音が耳の奥で大きく響いている。(もう、迷わない……)ふとした瞬間を「良い思い出」だと思っていた時期もあった。でも、今は違う。あの出来事さえも、結局は唯が一方的に温もりを感じようとしただけだった。涼はいつだって冷たく、唯の気持ちに寄り添うことは一度もなかった。階段を降りてくる足音が聞こえた。唯の背筋が自然と伸びる。「おはようございます、涼さん」唯の声は、いつもより低く、落ち着いていた。涼はテーブルに置かれた白い紙に気づくと、足を止めた。無言で離婚届を手に取り、内容に目を通す。表情は一切変わらない。ただ、冷たい視線が唯に向けられた。唯は震えを抑え、はっきりと言った。「離婚してください」その言葉を口にした瞬間、唯の胸にこれまで感じたことのない静けさが広がった。3年間、毎朝完璧な朝食を用意し、深夜に帰る夫のために料理を温め直し、笑顔を絶やさず「大丈夫」と言い続けた日々。すべてが、この一言で終わる。涼は離婚届をテーブルに戻し、唯をじっと見つめた。感情の欠片も感じられない、いつもの冷ややかな目。唯は痛みを堪えながら、その視線をまっすぐ受け止めた。結婚してから今日まで、涼の目はいつもこうだった。唯を「妻」として必要としてはいたが、「黒崎唯」という一人の人間として見てくれたことは一度もなかった。長い沈黙の後、涼は淡々とした、感情を一切含まない声で言った。「……サインする」その一言が、唯の心の中で何かを決定的に切り離した。最後の迷い、過去にすがろうとした弱い気持ち、すべてが音を立てて崩れ
last updateLast Updated : 2026-04-27
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