だが、由樹が手を加えた契約書に、抜かりなどあるはずがなかった。三久はいくら読み返しても、活路を見つけ出すことはできなかった。「それで、署名はするの?」梨々香は少し焦れったそうな口調で尋ねた。「私たち、まだ行くの?行かないの?」三久はしばらく深い沈黙の中にいたが、やがて資料をパタンと閉じ、深く息を吸い込み、言った。「署名する。そしてこの街を離れる」彼女は迷いなくペンを手に取り、書類の末尾に自分の名前を書き記した。梨々香は興奮を隠せない声で叫んだ。「私、何があっても全力で応援するから!仕事がなくなったって、私があんたとお腹の赤ちゃん、二人とも養ってあげるわ!」「ありがとう。明日、会社へ退職合意書を提出する。いい知らせを待っていて」署名を終えた瞬間、三久の胸の重荷はたちまち軽くなった。それでも、心の片隅に、苦い思いが消えずに残っていた。梨々香はその晩からさっそく荷造りを始め、新天地での生活への期待に、夜遅くまで眠れずにいた。……同じ頃、夜の病院。由樹が病室を後にした。彼が去るとすぐ、病室のドアが静かに開かれた。「お母さん、どうして由樹さんを帰らせちゃったのよ?今夜は付き添ってもらう予定だったのに……」千歳の不満げな声が、途中で不意に途切れた。入ってきたのは幸子ではなく、洲人だったのだ。「何しに来たのよ!」洲人は両手をポケットに突っ込んだまま、病室の中をゆっくりと見回しながら歩き、最後に千歳のベッドの足元で立ち止まった。「村上さん、自分の口から言ってみろよ。どうやってあの階段から落ちたんだ?」「私……もちろん、三久に突き落とされたのよ!」今日は大勢の見舞客がやって来ており、千歳はずっとその主張を繰り返していた。そうでなければ、自分で勝手に足を滑らせて転んだと言うわけにもいかない。それでは、あまりにも格好がつかないからだ。洲人はポケットから小さな黒い物体を取り出し、千歳の目の前へと冷ややかに差し出した。「これに見覚えは?」千歳は一目で、それが自分のハイヒールのかかとだと気づいた。かかとには黒みがかった赤色の美しいダイヤモンドが一粒あしらわれており、とても美しい。一目惚れして購入したお気に入りの靴だった。「ええ、私のだけど。それがどうしたというのよ」「このかかとには、誰かが接
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