三久はバッグへ伸ばした手を引っこめ、仕方なく席に戻って食事を続けた。静かな空間に、食器の触れ合う小さな音だけが響いていた。三十分ほど、二人は一言も交わさず、食事を終えると申し合わせたように立ち上がった。外に出ると、久留美がすでに会計を済ませていたことを知った。「今度お前が久留美さんに食事を奢って、この借りは返しておけ」由樹が言いつけた。三久はその右斜め後ろを歩き、廊下の突き当たりを曲がる時、その言葉に頷いて応じた。「はい、社長」言い終わった瞬間、ふいに腰を抱き寄せられ、体が由樹の胸の中へと引き込まれた。曲がり角の先には個室があり、店員が皿を持って足早に通り過ぎていく。三久がぶつかりそうになるのを見て、由樹が咄嗟に彼女を抱き寄せたのだ。だがその店員は、すぐ手元の扉を開けて中へ入っていき、そもそもこちらへ向かってきたわけではなかった。三久はびくりとして、片手でお腹をかばいながら、顔を由樹の胸元に押しつける格好になった。ほんの少しの沈黙の後、三久は由樹を押しのけて体を起こし、驚いた顔で彼を見上げた。「今、誰か来てたから」由樹は素っ気なくそう説明した。三久が振り返ると、廊下には人影一つ見当たらなかった。眉をひそめて、問い返す言葉が喉元まで出かかったその時、突然、廊下の突き当たりを一瞬よぎる後ろ姿が目に入った。紫織だ。あの大きくせり出したお腹を見れば、すぐに分かる。スマホで写真を撮った際のフラッシュが光り、その眩しさが三久の目に突き刺さった。「行くぞ」由樹はそれだけ言い残すと、長い脚で歩き出し、肩幅が広く腰の引き締まった後ろ姿だけを三久に残した。道具。その言葉が、三久の頭の中をよぎった。由樹にとっての自分の立ち位置が、一気に鮮明に見えた気がした。由樹は彼女に対して、取り繕うような気遣いすら見せず、何も知る必要のない単なる道具として扱っているのだ。三久は廊下に並ぶ薄暗い明かりの下を通り抜けながら、前を歩く背筋の伸びた男の背中を見つめた。窓の外から吹き込む夜風に、心の中がざわつき、じくじくとした痛みが広がっていく。レストランの入口で、由樹は先に外へ出て、車のそばで待っていた。三久はバッグから車の鍵を取り出した。「社長、ご自分で運転してお帰りください。梨々香がこの近く
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