奈緒はその場で固まった。まさか充が「ギル」――つまり兄の存在にまで辿り着いているとは思わなかった。その瞬間、奈緒は心臓が止まるような衝撃を受けた。兄がギルだという事実を知っているのは、この街では奈緒と蘭、そして仁哉だけ。兄と正式に再会し、本人が帰国するまでは、外に漏らすつもりなど一切なかった。兄は電話でも、海外でどんな苦労をしてきたのか決して語ろうとしない。けれど奈緒も蘭も分かっていた。今のギルが異国の地でこれほどの力を持つのに、どれほどの苦難と死線を越えてきたのか――決して平坦な道ではなかったはずだ。奈緒を守るために国内にいてくれている真司だが、何度も急な任務でA国へ飛んでいる。真司は何も話さないが、それだけでも十分だった。兄の周囲には、表には見えない大きな敵がいる。兄の傍、あるいは視界の及ばぬ闇には、強力な敵が息を潜めているに違いない。自分たち母娘には、今のところ兄を助けられるだけの力はない。だからこそ、二人は決めていた。決してギルの正体を外に漏らさないこと。そして兄を脅すための弱点として利用されないこと。兄がギルであることは、家族にとって最大の秘密だった。兄が戻ってくるまでは、何があっても守り抜く。奈緒は即座に平静を取り戻すと、冷めた口調で切り捨てた。「ギルって誰?何を訳の分からないこと言ってるの?」充はゆっくり距離を詰め、奈緒の目を探るように見つめた。「青木グループを潰せるほどの人間なんて、国内どころか世界を見てもそう多くない。奈緒、教えてくれ。お前の後ろには一体誰がいるんだ?」奈緒は視線を逸らさなかった。やはり、充は何かしらの手掛かりを掴んでいる。だからこそ、こんなふうに探りを入れているのだ。なら、なおさら悟らせるわけにはいかない。奈緒はふっと鼻で笑った。「今の青木家を見てよ。本当に外から誰かが手を出さないと潰れないと思ってる?外面だけは立派でも、中はもうボロボロじゃない。青木家を潰すくらい、私一人で十分よ。誰かの力を借りる必要なんてないんだから」以前の奈緒なら、嘘をつけばすぐ顔に出た。目を逸らし、頬を赤くして、何か隠しているのがすぐ分かった。だが今は違う。目の前に立つ奈緒は、あまりにも落ち着いていて、表情にも眼差しにも、何一つ揺らぎがない。もしかして…
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