【2019年2月下旬】東京都・新宿区 キヨミに与えられた源氏名は、「アカリ」だった。 面接のとき、キヨミは終始無表情で、ほとんど笑わなかった。 オーナーは彼女の顔をじっと見つめ、ため息混じりに言った。 「君はもっと笑いなさい。底抜けに明るい笑顔を見せなさい」 「笑顔、ですか」 困ったな、と思う。大学のサークルで写真を撮るときもほとんど笑顔なんて人に見せたことはない。その必要性がわからなかった。ただ、風俗はサービス業だ。客には愛想よく振る舞った方がよいということはわかる。 笑顔……笑顔の練習。自分が鏡に向かって「ニカッ」とした笑いを浮かべている姿を想像しては、何やら寒気がした。これは意外な難題かもしれない。 「そうだ、アカリというのはどうだろう?“名は体を表す”というだろう? アカリという名で働きなさい」 オーナーが言う。“名は体を表す”。 この場合、真逆だろう。体を無理やり名に当てはめようとさせられている――そんな印象しかキヨミは持てなかった。 ※ 【2019年3月中旬】 キヨミがソープランドに勤め始めて、数週間。 店は歌舞伎町の雑居ビル1階から、地下2階にあった。 店の名前は『ディープ・ブルー』。外装は地味だが、薄暗い店内は意外と清潔だった。 ホステス専用の待機室には鏡と化粧棚がいくつか並べられ、長めのソファが1つに、折り畳み式の椅子が複数個置いてある。それからマッサージチェアが1台、テレビが1台、本棚にはマンガやファッション誌が並んでいた。 客の多くは中年層で、スーツを着たホワイトカラーが多かった。料金は1時間で18,000円、2時間で32,000円。ただ相場よりもだいぶ安い価格帯らしく、「格安店」と言われていた。それでときどき、大学生や外国人の客が訪れることもあった。 ホステス同士の関係は、表面上は和やかだったが、裏ではたびたび客の取り合いのようなことも起きていた。アカリはまだ新人ということもあり、指名も少なく、そういった争いとはまだ無縁だと思っていた。 しかし、早くも問題は起きた。重鎮クラスの、源氏名を「マミ」と言う熟女ホステス――年齢は25歳で通していたが、恐らく30代後半だろうとのもっぱらの噂だった――が、ある日突然、キヨミの前に立ちはだかったのだ。 「アンタ昨日、アタシの客を盗ったね!」 化粧の濃い顔が、怒りで歪んで
최신 업데이트 : 2026-04-17 더 보기