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第17羽:揺れる大地とペニバン

last update publish date: 2026-04-26 18:31:23
【2011年2月】静岡県・三島市

受験を終えたアズサは、東京の津田塾大学への進学が決まった。私立の難関女子大学だ。

「アズサ、東京行っちゃうんだ」

進学先を決めたことを告げられ、キヨミは不愛想に言う。アズサは軽く肩をすくめ、いつもの余裕のある笑みを浮かべながら返した。

「いろいろ悩んだけどさ、やっぱ一度きりの人生だし、東京の方がやりたいことやれるかなって思って」

キヨミの胸の奥がざわつく。アズサの言うことも理解できる。文芸誌で新人賞を取った彼女の才能を考えれば、今より広い世界に羽ばたくべきだし、東京は正しい選択だ。

「……そうだね。アズサにはアズサの人生がある」

そう口にする一方、本心では“行かないで”と叫びたかった。それに、やはりあの中学時代に情事を重ねた留学生の“ボーイフレンド”との別れを重ねてしまう。

次の瞬間、キヨミは自分にとってもあまりに残酷なセリフを口にしていた。

「じゃあ、私たちの関係もこれでおしまいだね」

毅然とした態度で言ったつもりだったが、声は震えた。このまま自然消滅するくらいなら、自分から終わりにしてしまおう。そんな気持ちが込められた、死刑宣告
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