Alle Kapitel von 5年ぶりに再会した安藤さんは、また理性を失った: Kapitel 21 – Kapitel 30

30 Kapitel

第21話

美由も、博史に自分が最低な女だなんて思われたくない。そして、それ以上に博史をもう傷つけたくなかった。だが、どうしようもないのだ。1時間後、車は郊外に入り、美由のアパートから少し離れた駐車場に停まった。「ありがとう」美由は、博史がなぜここで車を停めたのか分からなかったが、お礼を言ってドアを開け車を降りた。しかし、駐車場を出たところで、博史がついてくるのに気づき、美由は不思議に思って振り返った。「何してるの?」博史はスマホと車のキーをズボンのポケットに入れながら言った。「お前の家に傘を取りに行く」美由は、ことさら冷静に答えた。「明日、配達サービスに頼んであなたの家に送るから」「もうここまで来たんだし、自分で取りに行く」「もう遅いから、迷惑なんだけど」オレンジ色の暖かい街灯が二人を照らし、淡い光の輪が浮かび上がる。あたりは静まり返っていた。博史は黙り込み、美由の穏やかな瞳を見つめる。何の感情も宿していない彼女の目は、澄んでいるのに、ひどく冷たくて無情に見えた。やがて、博史は仕方なさそうに言った。「もう夜中の1時半だ。運転してて眠いんだ。このまま帰ったら事故るかもしれない。お前の家でコーヒーを一杯飲ませてくれ。目を覚ましたい」美由はスマホを取り出した。「代行を呼んであげるよ」博史は鼻で笑うと、美由からスマホをひったくった。そして不機嫌そうに言う。「美由。まさか俺が、骨の髄まで憎んでる元カノに何かすると思ってるのか?」またスマホを奪われ、美由は腹を立てた。「博史、私は弁護士だよ?自分の身を守る意識くらいはあるの。あなたが私を憎んでいるからこそ、自分の安全を守らなきゃいけない。スマホ返して」博史はニヤリと笑い、美由のスマホを自分のポケットにしまった。そして声を潜め、わざと陰険な雰囲気を作って、一言一言区切るように言った。「俺がお前をどうにかしたいと思ったら、弁護士だろうが警察だろうが関係ない。そんなのは無駄だ」博史のことを知らなかったら、今の言葉で本気で恐怖を感じていただろう。しかし、美由は心底疲れ果てていたので、博史の感情が読み取れない黒い瞳を見上げ、少し懇願するような声で言った。「博史。私たち、もう別れて5年も経つの。一体何がしたいの?」「別に何も。ただお前の家でコーヒーが飲みたいだけだ」博史はあざ笑う
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第22話

3階についた。美由は鍵をさしドアを押し開け、部屋の明かりを点ける。ハイヒールを脱ぎながら言った。「あなたに合うスリッパがないから、靴下のままになっちゃうけど、ごめんね」そう言ってバッグを壁のフックに掛け、疲れた足を引きずり、部屋の中へと入った。博史は美由に続いて部屋に入り、後ろ手でドアを閉めた。彼は部屋をぐるりと見渡し、一気に顔を曇らせ、その瞳に暗い影を落とした。ソファ、小さなローテーブル、それに二つの低い棚、そして小さな冷蔵庫。リビングにあるのはそれだけだった。ただ、小物のセンスは良く、余計な物がなくて綺麗に片付いており、それなりに温かみはあった。博史は視線を下げてシューズラックを見た。男性用の靴が一つもないのを確認すると、口角をわずかに上げた。博史はゆっくりと歩みを進め、二人掛けのソファに腰を下ろした。美由が熱いコーヒーを淹れて、博史の目の前のローテーブルに置く。「インスタントでごめんね。すごく熱いから、少し冷ましてから飲んで」博史は顔を上げて美由を見た。「傷薬はあるか?」「怪我したの?」美由は眉を顰め、彼の体を観察した。「あるのか?」博史が再び尋ねる。「あるよ。ちょっと待って」美由は振り返って部屋に入り、軟膏と消毒用の綿棒を持って出てきた。その優しい声には心配が滲んでいる。「いったいどこを怪我したの?」手を差し出す博史に、美由は薬を渡した。「座れ」博史は自分の隣のソファをポンポンと叩いた。美由は彼が手当てを手伝って欲しいのだと思い、深く考えずに彼の隣に座った。すると、博史は身をかがめ、美由のドレスの裾をめくり、その足首を掴んで自分の太ももの上に乗せた。「何するの?」美由は驚いて慌てふためき、勢いよく脚を引っ込めると、緊張してドレスの裾を直した。博史は眉をひそめ、ドレスの上から再び美由のふくらはぎを掴んだ。「動くな」そのまま脚を引き寄せた。美由のふくらはぎが再び博史の太ももに乗せられ、彼女の体は思わず後ろに倒れ込み、ソファの肘掛けに寄りかかった。男女が二人きりの密室で、裾をめくられ、脚を掴まれて……このまま何も始まらないわけがない。「博史、離して……」美由は脚を引き抜こうと必死にもがいた。「脚に怪我してるだろ」そう言われた美由ははっとして、自分のかかとをちらり
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第23話

美由が「痛い」と一言でも言えば、博史は自分のことのように心を痛めたものだ。しかし、例外もあった。初めて博史と結ばれた夜、彼は一切の手加減がなかった。美由がいくら押し除けて、やめてと泣いて、痛いと叫んでも、彼は決して美由を離そうとしなかったのだ。この男は、自分がどれほど強靭であるか全く自覚がないのだ。もう少しで、美由は限界を超えて気を失うところだった。後になって博史はこう言った。「経験がなかったから、そういうビデオを見て勉強したせいで、お前が苦しんでいるのか、感じているのか区別がつかなかったんだ」それは、博史がこれまでに一番長く謝り続けた出来事だった。思い出が溶岩のように心臓を流れ、美由の胸に鈍い痛みが広がる。薬を塗り終えた博史が横を向いて美由を見た。視線が絡んだ瞬間、美由は我に返った。恥ずかしそうに頬を熱くし、慌てて目を逸らすと、脚を下ろした。「ありがとう」美由は立ち上がり、少し遠慮がちに一歩下がった。「もう遅いから、コーヒーを飲んだら早く帰った方がいいと思うよ」博史はコーヒーを手に取り、少しだけ口をつけた。「まだ熱い」「氷入れる?」「いらない」「じゃあごゆっくり。飲み終わったらカップはそこに置いておいていいから。帰る時、ドアを閉めるのだけ忘れないでね」美由はそれだけ言うと、博史を一人リビングに残して部屋に入った。時刻はすでに深夜1時45分。数分後、メイクを落とした美由がパジャマを持って部屋から出てきて、横の狭いバスルームに入った。バスルームの明かりが点き、水の流れる音がはっきりと聞こえてきた。博史は背もたれに寄りかかり、バスルームの方へ視線を向けた。見なければよかった、と博史は後悔した。すりガラスは半透明で、光と影でシルエットのみが見える。中のオレンジ色の温かい光が、美由の滑らかな体のラインをすりガラスに浮かび上がらせていた。ザーザーというシャワーの音とともに、美由が体を洗うゆっくりとした動作が、光を通してぼんやりと映し出される。博史は視線を外し、真っ暗な窓の外へと顔を向けた。体が火照ってたまらず、博史はネクタイを緩めると、スーツのジャケットを脱いでソファに放り投げた。ごくりと唾を飲み込み、胸を激しく上下させながら長く息を吐き、シャツの上のボタンを外した。水の音は鳴
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第24話

そうだった。自分たちに「今後」なんてないのだ。美由はうつむき、何も答えなかった。博史は体を斜めにし、窓辺に寄りかかったまま、焦る様子もなく尋ねた。「彼氏と別れてどれくらい経つんだ?」美由は冷ややかな声で言った。「もう寝るから、帰ってくれる?」博史は美由の帰れという言葉に耳を貸さなかった。「あいつは一度も会いに来なかったのか?」美由は苛立ちを見せた。「帰るの?帰らないの?」二人の会話は噛み合っていなかった。お互い相手の意図は分かっているのに、それを取り合おうとしない。博史は口元に笑みを浮かべ、苦々しく軽く息を吐いた。まるで気にしていないかのような軽薄な態度を装いながら、しつこく食い下がる。「まだあいつのことが好きなのか?」美由は極限まで疲れていたので、これ以上博史と関わるのが嫌になり、考えるよりも先に口に出してしまった。「うん、すごく好きだよ。本当に大好き。だから、もう帰ってくれる?」博史は唇を引き結び、うつむいて床を見つめた。しばらくの沈黙の後、彼の全身から徐々に冷たいオーラが放たれ始めた。再び顔を上げて美由を見た博史の目は、真っ赤に充血していた。その真っ赤な目と視線がぶつかり、美由の心臓は鞭で激しく打たれたように震え上がった。血肉が飛び散るほどの鞭で叩かれた錯覚に陥り、息をするのさえ痛かった。指先が微かに震え、美由はギュッと拳を握りしめる。こんなにも自分を憎み、怒っているというのか?5年経った今でも、自分がまだあの男を愛していると聞いて、目を赤くするほどに……博史はありったけの力を振り絞ってようやく口角を上げ、冷たく笑った。「俺とお前が一緒にいた4年間は、あいつの金には敵わなかったってことなのか?」美由は身を切られるような思いで、力なく言った。「もう5年も経ったのに、どうしていつまでもこだわるの?」「どうしてあんなに金が大事だったのか、理解できないんだ」美由はこれ以上話したくなかった。この件を掘り返されるたびに、身を切り刻まれるような苦痛を味わうのだ。逃げ出したくなった美由は、背を向けて部屋へ歩き出した。しかし、博史が足早で近づき、美由の手首を掴んで引き戻す。美由は手首の骨が砕けそうなほどの痛みを感じ、怒って口を開いた。「博史、痛い」「答えろ」博史はその四文字を、噛みしめるように言
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第25話

しばらくして、博史は泣き顔よりもつらい笑顔を見せた。唇をきゅっと結んでうなずき、それから長いため息を吐きだした。彼は一言も口にしなかった。瞳に宿る失望がまるで炎のように燃えさかっている。博史が背を向けた。そして、ソファのそばのジャケットとネクタイを掴み、大股で部屋を出ていった。美由は、力なく壁にもたれかかり、博史の去っていく背中を見つめていた。心臓をえぐり取られたみたいだった。血がだらだら流れて、息もできないくらいに痛い。声を殺そうと両手で必死に口を覆ったが、涙はダムが決壊したみたいに、一気にあふれ出してきた。壁を伝ってずるずるとしゃがみ込む。体の震えが抑えられない。口を必死に塞いでいるから、喉からは嗚咽が漏れるだけ。涙で視界がにじみ、顔も手の甲もひどく濡れた。痛い、すごく痛い……どうしたらいいの?ごめんなさい、博史。本当に、ごめんなさい…………11月、深津市に大雨が降った。海沿いのこのあたりも、ようやく最初の寒波がやってきた。気温は18度。じっとりと湿った寒さだ。吹きつける風は骨身にしみる。美由は数日前、大家から通知を受け取っていた。家が取り壊されるため、強制立ち退きで、期限は半月。その間に引っ越さなければならなかった。もともと仕事で忙しかったので、立ち退きの知らせはまさに寝耳に水だった。週末に菖蒲と会って引っ越しの話をしたら、菖蒲はテーブルを叩いて、男気たっぷりに言った。「水鏡ヶ丘に2LDKの部屋が一つあるから、何も言わないでそこに住みなよ。家賃もいらないから」水鏡ヶ丘のマンションは、雄太が結婚前に菖蒲に贈ったものだった。だから、菖蒲の個人資産になるため、公正証書の手続きは美由が手伝っていた。美由はそこに行ったことがある。30坪以上あってかなり広く、内装もきれいで温かみのある部屋だった。なにより、部屋の窓から充の家が見える。この一点で、美由はとても心が動いた。「菖蒲、空いてるなら私に貸してほしいな。これからの調査にも都合がいいし」菖蒲はそこでようやく気づいた。「向かいの棟にあの充ってクズ男が住んでるんだよ。彼に付きまとわれるか心配じゃないの?」「大丈夫」美由はきっぱりとした口調で言った。「まだあの男の母親が真犯人だって疑ってるの?」美由はうなずいた。「うん。それから、あの
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第26話

水鏡ヶ丘。美由は週末に時間を作り、一人で引っ越しをした。荷解きは夜の12時までかかり、もうくたくただった。シャワーを浴びて、布団に潜り込む。夢うつつの中、部屋の外で物音がするのを耳にした。一人暮らしが長い独身女性として、すでに警戒心が身についており、一瞬で眠りから覚めた。スマホを手に取り、時間を確認する。午前5時半。泥棒が活動するにはうってつけの時間だ。美由は恐怖と不安に駆られ、薄手の上着を羽織り、バッグから護身用のスタンガンを取り出して、慎重にドアへと向かった。ドアに耳を当てると、すぐにトントン、とドアを叩く音が聞こえ、驚いて2歩後ずさりした。泥棒がドアをノックするなんて?そんなに大胆なのか?まさか菖蒲?恐怖で心臓が激しく鼓動し、手に汗を握りながらスタンガンを構え、「誰?」と大声を上げた。「ちょっと出てこい」ドアの向こうから聞こえてきたのは、よく知った男の声。太く、穏やかで、魅力的なあの声。博史に似ている。美由は呆然とし、聞き間違いかと思いながら言った。「誰?どうやってうちに入ったの?もう警察を呼んだから。痛い目を見たくなかったら、すぐに出て行って」「博史だ。出てきて話そう」今度こそ、外にいる男が博史だと確信した。美由は完全に頭が真っ白になった。スタンガンを下ろし、慌ててスマホを手に取ると、菖蒲に電話をかけた。電話の向こうの菖蒲は夢うつつで、寝起きの不機嫌さを隠そうとしなかった。「何?今朝の5時半だよ!雄太が帰ってきた時でさえ起きなかったのに、あなたの電話で目が覚めちゃったじゃない」美由は不安げに言った。「ねえ、今、博史さんが私の部屋の外にいるんだけど、一体どういうこと?」「私に聞かれても分からないから!直接聞いてみなよ!」「菖蒲の家なのに、知らないの?」菖蒲は、半分寝ぼけたまま大声で雄太に尋ねた。「ねえ雄太。なんで博史さんが水鏡ヶ丘の部屋にいるの?」スマホから微かに雄太の声が聞こえてきた。「あ、ごめん。言い忘れてたけど、半月前にあの部屋、博史に貸したんだ。半年分の家賃を一括で払ってくれてさ」「嘘でしょ……」菖蒲は一気に目が覚め、勢いよく身を起こし、焦った声で言った。「美由、大変。半月前に、雄太があの部屋を博史さんに貸してたみたい」美由は全身が凍りついた
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第27話

「出て行かないから」美由は首を横に振った。これはただの住む場所とか、家賃の問題ではない。ここに住むのは、佳奈の行動を調べるのに便利だからだ。半年前からこの水鏡ヶ丘に引っ越したかったのだが、家賃が高い上に空き物件も全然なく、計画が今まで延びていたのだ。やっと菖蒲の部屋を借りられることになった。しかも半額で。だから、絶対に引っ越したりしない。それに、博史の部屋ということは、向かいに遥が住んでるということだ。もし遥と頻繁に顔を合わせることになったら、どれだけ面倒くさいか……博史はスマホを取り出すと、チャットの履歴を開いて、美由の目の前に画面を突きつけた。「お前は弁護士だから、俺より詳しいはずだ。チャットのやり取りも、振込の記録も、法的な効力がある。そうだろう?」美由は何も言えなかった。博史は言った。「この部屋には、半月前から俺が住んでる。そのときに半年分の家賃も払った。物事には順番ってものがあるだろう。お前がやってることは、ただの横取りだ」美由は気持ちを落ち着かせ、少しばつが悪そうにパーカーの紐をいじった。「この部屋は菖蒲名義。それに、私は彼女と直接、賃貸契約書を交わした。だから、こっちのほうが、より正式で合法でしょ?もし私と張り合うつもりなら、あなたに勝ち目があるとは思えないけど?」博史は思わず苦笑いを漏らした。窓の外に目をやり、手でこめかみを押さえる。きつく結ばれた唇が、心底疲れてうんざりしている様子を物語っていた。美由は態度を改め、下手に出て頼み込んでみた。「博史、お願い。私は本当にこの部屋が必要なの。あなたはお金にも住む場所にも困ってないでしょ?それに、会社にだって無料で住める寮があるじゃない?迷惑料は払うし、もっといい部屋を探す手伝いだってする。だからお願い、出て行ってもらえないかな?」博史は目を細めて、ゆっくりと美由を見た。その深い瞳の奥は、まったく読めない。しかし、長い沈黙のあと、彼は淡々と言った。「断る」「わかった。話にならないなら、大家さんが来るのを待つしかないね」美由はぐったりとソファに寄りかかり、うつむいて菖蒲に【早く来て】とメッセージを送った。30分後。菖蒲と雄太が来た。二人は言い争いをしながら部屋に入ってきた。菖蒲はずっと、どうして半月も前に部屋を貸したのにひと言もなかったのかと雄太を責
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第28話

部屋から出てきた菖蒲と雄太は、手をつないでエレベーターに乗り込んだ。雄太は慌てて菖蒲を抱きしめ、「ごめんな、菖蒲」と優しくなだめた。菖蒲は雄太を押しのけて言った。「離れて。離婚を拒んだ方が負けなんだから」雄太は「だったら、俺は喜んで負けを選ぶ」と真面目な顔で言った。菖蒲は思わず笑ってしまったが、すぐに悲しそうに呟く。「美由に悪いことしちゃったな。離婚をちらつかせて無理やり一緒に住まわせるなんて……本当に申し訳ないよ」しかし、雄太はさも罪はないという顔で言った。「だって、仕方ないだろ?美由さんと博史、どっちも頑固で、一歩も譲らないんだから」「美由は彼女のお父さんの事件を調べてるからよ。犯人かもしれない人が向かいの棟に住んでるから、ここにいれば何かと都合がいいの。でも、博史さんのほうは?どうして彼は引っ越そうとしないのかしら?」雄太も眉をひそめて、不思議そうに言った。「確かに。博史はいつも物腰が柔らかくて、誰に対しても礼儀正しいし、紳士的で育ちもいい。でも、今回に限ってはなんであんなに頑固な態度なんだか、俺にもさっぱりわからないよ」「まあ、いいよ。こっちの事は解決したし、私たちは役所に行こっか?」「菖蒲、ごめんて。そんなこと言わないでくれよ。心臓に悪い」菖蒲は唇を結んで、くすっと笑った。雄太は菖蒲の手を取ってキスをする。「さあ、うちに帰って寝直そう」……夜が明けはじめた頃、水鏡ヶ丘の街全体は朝露に濡れ、金色の薄いヴェールに包まれていた。7階のベランダから外を見やると、団地には青々とした緑が広がっていた。元恋人とルームシェア?こんな馬鹿げたことをするなんて、どうかしてると美由は思った。しかし、よく考えてみれば、過去に触れさえしなければ、きっと平和にやっていけるはずだ。博史はソファに深くもたれかかり、大の字に近いような大胆な格好で目を閉じていた。一睡もしていないのかもしれない。飛行機で帰ってきたばかりなのに、「侵入者」に遭遇したのだから、さすがに疲れているのだろう。美由は一人掛けのソファに座っていた。複雑な心境だったが、淡々と言った。「半年分の家賃はもう払ったって聞いたから、私の分の家賃と光熱費をあなたに払うよ」博史は「うん」とだけ、そっけなく応えた。「ルームシェアするんだから、いくつか
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第29話

最後に署名と捺印まで必要とする、法的効力を持つ正式なルームシェア契約書だった。博史はペットボトルを置き、ソファに座ってそれぞれの規定をじっくりと読んだ。読み終えると、彼はペンを取って自分の名前をサインし、あらかじめ用意されていた朱肉で捺印した。すると、美由が大きな買い物袋を二つ下げて外から帰ってきた。美由は顔を上げると、博史の深い漆黒の瞳と視線がぶつかり、一瞬意識がぼーっとしてしまった。5年間一人暮らしをしてきたのに、突然男性が――しかも元カレとルームシェアをするなんて。これにはまだ慣れそうもない。適応するには少し時間が必要だろう。美由は視線を逸らし、スリッパに履き替えて中に入った。「サインしてくれた?」「した」博史はスマホを取り出し、美由の前に歩み寄り、QRコードを見せた。美由はそのスマホを見る。「何?」「契約書にある相互協力の義務、費用折半の義務。連絡先を知らなきゃ、協力するにも連絡が取れないだろ?」ルームシェアをする以上、確かに連絡先の交換は必要だった。普段の雨の日の洗濯物の取り込みや、火の消し忘れなど、何かと相手に連絡を取る必要がある。美由は数秒ためらった後、買い物袋を置き、スマホを取り出すと、ラインを交換した。登録が完了すると、美由は自分の電話番号も博史に送信した。博史はうつむいて美由のメッセージを見つめ、不意に黙り込んだ。まるで長い年月と苦難を経て、またスタート地点に戻ってきたかのような気分だった。「今月分の家賃はもう菖蒲に払ってあるけど、来月からあなたの口座に振り込むから」「うん」博史は淡々と答え、スマホをしまって美由のそばにある二つの袋を指差した。「手伝おうか?」「大丈夫」美由は袋を持ち上げ、一つを部屋に、もう一つをキッチンに運んだ。博史はキッチンについて行き、美由の後ろに立って尋ねた。「昼飯は食ったか?」「さっき外で食べてきた」美由は買ってきた食料を冷蔵庫に入れながら答える。言い終わってから、彼女ははっとして振り返り博史を見た。「起きたばかり?」博史は唇を引き結び、頷いた。美由は袋の中から明日の朝食用のインスタントのお汁粉を取り出し、博史に差し出す。「食べる?」博史はそれを見て、軽くため息をついた。料理が苦手な美由が、食事に何のこだわりも持たず、デリ
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第30話

ルームシェア初日は、どうしても気を遣ってしまい、居心地が悪かった。美由は部屋にこもり、事件の資料を読みながら、向かいのマンションに住む佳奈を観察した。夕方、佳奈が中年の男を連れて帰宅するのを発見した。二人はリビングで抱き合ってキスをし、すぐにカーテンを閉めた。美由は衝撃を受けた。あの佳奈という女、もう若くないというのに、一体どれだけの男と関係を持っているの?充が帰ってきて見られるのを恐れないのだろうか?トントン。ドアをノックする音が聞こえ、美由は我に返った。慌てて双眼鏡を引き出しにしまい、ドアの方を振り返った。「何?」「夕飯を作りすぎた。一緒に食うか?」美由はスマホを手に取り、時間を確認した。夢中になると食事を忘れることがよくあった。気づけばもう6時になっている。「食べる」美由はスマホを持って部屋を出て、ダイニングに向かうと、博史の向かいに座った。テーブルには一汁三菜が並んでいる。牛肉の炒め物、白身魚の煮付け、サラダに味噌汁。そしてよそわれた2杯の白いご飯。美由はここ5年、こんなに本格的で栄養満点の家庭料理を食べていない気がした。食べたといっても、この前の台風の日に、博史の家でご馳走になったものだけだった。目頭が熱くなり、うつむいて軽く息を吐いた。博史は箸を取り、肉を一切れ美由の茶碗に入れた。美由は少し慌てた。「自分で取るからいい」博史は何も言わず、自分でおかずを取って黙々と食べ始めた。美由は箸を持つ手を止めた。「この食事、いくらかかった?割り勘にしよう」博史は食事の手を止め、数秒フリーズしたが、再び落ち着いて食べ続けた。「600円くらいだ」「それ以上でしょ?」美由はスーパーの物価に詳しくないが、これらの食材が安くないことくらいは分かっていた。「じゃあ、いくらだと思う?」博史は淡々と尋ねた。美由は首を振った。「分からない。とりあえず、600円渡すね。食べ終わったら私が食器を洗うから」「いらない。食洗機がある」美由は財布から600円を取り出すと、博史のそばに置いた。「じゃあ、私がお皿を下げてテーブルを拭くよ」「ああ」博史は答え、テーブルの上の600円を、ポケットに突っ込んだ。お金を払ったことで、美由の心の負担もかなり軽くなった。二人は静かに食事を続け
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