大阪の喧騒をいなすように、そのバーはひっそりと佇んでいた。琥珀色の灯りが満ちるカウンターの片隅。並んで腰を下ろした二人の間には、濃密な沈黙と、どこかちぐはぐな空気が流れている。「珍しいなオヤジ。あんたがこんな場所に誘うなんて」槇村が不満げに視線を落とした先には、場違いなほど鮮烈な、橙色のノンアルコールカクテルがガラスの縁を濡らしていた。夜の闇を拒絶するようなその色彩は、彼の頑なな心を映しているようでもある。「たまには親子の語らいをってのは変かい?」宏一は、息子のまとう刺々しい警戒心を、むしろ愉しむように細めた目で眺めた。グラスを傾けるその指先には、年輪のような余裕が滲んでいる。都会の夜の片隅で、交わるようで交わらない二人の視線が、静かに火花を散らしていた。「あんたがこういった真似をする時は、たいていが嫌な話だ」苦々しさを隠そうともせず、槇村は手元のロックグラスを一気に傾けた。琥珀色の液体が喉を焼き、氷がカランと、夜の底で虚しく乾いた音を立てる。その無骨な拒絶を、槇村はどこか哀愁を帯びた苦笑いで受け止めた。「否定はしないよ」吐き出された言葉は、重く、そして静かに、二人の間のわずかな隙間へと沈み込んでいった。「宏一が大阪の地を踏んでから、もうどれほどになるだろうな」「さあな……七年、いや、八年か。急に何なんだよ」槇村の瞳の奥にある真意を計りかね、宏一は探るような視線を返す。「東京支部を、お前に任せたい」唐突に投げつけられたその一言は、静まり返った部屋に重く響いた。あまりに予期せぬ申し出に、宏一はただ、言葉を失うしかなかった。「俺が東京に……」槇村の口から零れ落ちた言葉は、にわかには現実の音として響かなかった。宏一の脳裏に、夕暮れの光のなかで微笑む鈴華の姿が、鮮烈なほどの色彩を伴ってよぎる。だが、その残像を掻き消すように、槇村の低い声が追い打ちをかけた。「鈴華は連れてはいけないよ」自身の秘められた独白をそっくりそのままなぞられたような衝撃に、」宏一の思考は完全に停止した。店の空気が急激に重さを増し、胸を圧迫する。影のなかに沈む槇村の瞳が、自分のすべてを暴いているようで、宏一はただ彫刻のように硬直するしかなかった。
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