その日の夕方。人気がまばらになる。その一方で。ドアの向こうでは、まだ会議が続いている。浅井さんは今日、別件の会議が遅くまで詰まっていると言っていた。支社の代表としての確認事項。現場対応。役所との調整。この件だけでも忙しいはずなのに、他の案件も抱えている。ドア越しに聞こえる浅井さんの声は、低く、切り詰めたトーンだった。抜けられなさそう。合間なく会話が続いているのが、外からでも分かる。「……」特に用があるわけではないし。ちょっと、忙しそうな様子が気になったけれども。そのまま、通り過ぎる。「愛海」ふと、呼ばれる。振り返る先にいるのは、樹。「……今、大丈夫?」「……仕事の話なら」もう、この返答にも慣れてきて。「そのつもり」即答されるのも、慣れてきた。「まだ確認したいところ、あるだろ」「……あります」事実、確認事項がいくつかあって。でも、樹は今日東京に帰るはずだから。メールで確認しようと思っていた。「タクシーで駅向かう」短く言う。「その間でいい」一歩近づく。「だから駅まで見送ってよ」「……」会議室のドアを見る。浅井さんは、まだ中にいる。でも。「……分かりました」断る理由がない。外に出て、呼んでいたタクシーに乗る。後部座席。隣に樹。「駅までお願いします」車が動く。そのまま資料を開く。樹が一箇所で止まる。「この業者の部分」指差す。そこ。TK Network。あの名前。さっき会議で引っかかった場所。嫌な予感がしたところ。「ここ、切った方がいい」「……理由は?」樹が止まる。ほんの一瞬じゃない。明らかに。考えている。いや。言うのを選んでいる。「……なんていうか」言葉を濁す。「……あそこは」そこで止まる。続けない。仕事の話で、この止まり方。私が知っている樹だと、ありえない様子だった。彼は、仕事に関しては。理路整然としていて。少なくとも、誤魔化すような言い方はしない人だったから。「……樹」「……何」「そこ、ちゃんと説明できるはずだけど」沈黙。否定しない。それが答え。樹が少しだけ視線を落とす。「……触るなって言われてる」ぽつりと、小さな声で。「……誰に」答えない。でも。それで十分だった。ちゃんと答えない。その一点で。確定
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