All Chapters of 元彼に「赤ちゃんが欲しい」と言われて、タオルをお腹に詰めてたら振られましたが、有名フォトグラファーの彼に愛されています♡: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話 ふたりの新居

◇◇◇ 結局、家に帰ったのは夜の九時過ぎ。 くたくたになった俺は、出張中の透利さんに『すごくねむいです』とメッセージを送ったのを最後に、ソファで力尽きて眠ってしまっていたらしい。 ふと目が覚めて時計を見ると、もう朝の八時を過ぎている。 「やばい……! 透利さん、朝に帰ってくるんだった……!」 心臓が跳ね上がる。慌てて起き上がると、シャワーを浴び、着替えを済ませてからキッチンへと飛び込んだ。 以前は家事だけをしていればよかったけれど、今は仕事に加えて、二人の食事もしっかり用意したいと思っている。 仕事で神経をすり減らした後の家事は、正直に言えば結構大変だ。けれど、こうして忙しく立ち働いている方が、余計な不安に飲み込まれなくて済む。自分の性に合っているのかもしれないと、最近ようやく気づき始めていた。 ――トーストの香りがキッチンに広がり始めたその時、玄関の鍵が開く音がした。 「ただいま」 大好きな人の声に、俺は玄関へと駆け出す。 そこには、少し疲れは見えつつも、相変わらず穏やかに微笑む透利さんの姿があった。 「おかえりなさい、透利さん! ごめんなさい、今急いで朝ごはん作ってて……」 「いいですよ、そんなに慌てなくても。……顔、まだちょっと眠そう」 そう言って透利さんは、荷物を置くのももどかしそうに、俺の腰を引き寄せて優しく抱きしめた。 彼の体温と、どこか安心する香りが鼻先をくすぐる。 「……仕事、頑張りすぎじゃない? メッセージ、途中で切れてたから心配したよ」 「あ……すみません。寝落ちしちゃって。でも、今の仕事、すごくやりがいがあるんです」 俺が胸を張ってそう言うと、透利さんは「そっか」と満足そうに目を細めて、俺の額に柔らかなキスを落とした。 あの日、テカポの星空の下で誓い合った未来。 それは、ただ守られるだけの毎日じゃなくて、お互いに自分の足で立ち、支え合いながら歩んでいく日々だった。 俺を「パパ」と呼ぶ子どもたちの笑顔と、俺を「家族」として愛してくれるこの人の体温。 その両方が、今の俺の宝物だ。 「さ、冷めないうちに食べましょう。今日は透利さんの好きなワンプレートですよ」 「ふふ、楽しみ。ずっと食べたかったんです」 繋いだ手に力を込めて、俺たちは明るい光が差し込むリビングへ
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最終話 何度でも隣で

俺と透利さんは、去年の夏、自治体の制度を利用して正式に「パートナー」として書類を提出した。 結婚式なんて大それたことは気恥ずかしくてできなかったけれど、ご両親や透花さんを交えて旅行に行き、美味しい食事を囲んで、記念の写真を撮ってもらった。 俺にはもう、帰る実家はないと思っていた。けれど、透利さんの家族が俺を「家族」として温かく迎え入れてくれたことが、何よりも、何よりも嬉しかった。 繋いだ手のひらから伝わってくる、透利さんの体温。 薬指で静かに光る指輪を見るたびに、あの日、テカポで誓った言葉が胸に蘇る。「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」 落ち着いた店内に、店員さんの柔らかな声が響く。 案内された棚には、作家の手仕事による一点ものの皿や花瓶、繊細な食器たちが整然と並んでいた。店内に飾られたドライフラワーと相まって、どれもが特別に見えてしまい、俺は次々に目移りしてしまう。 オーナーさんがいくつか勧めてくれた中で、ふと一つの花瓶に心が止まった。「これ……あまり見ない色ですね。すごく、綺麗……」 吸い込まれるような色味に思わず呟くと、オーナーさんが優しく微笑んで教えてくれた。「こちらは、リューズガラスといって、浜辺で集められたガラスのかけらを溶かして作られたものなんですよ。どれも世界に二つとない一点もので……素敵でしょう?」 どこか歪で、けれど温かい。 大量生産された既製品にはない、唯一無二の輝きを放つその質感に強く惹かれた。 けれど、俺が迷うよりも早く、隣で俺の反応をじっと見ていた透利さんが口を開いた。「ください」 「えっ……透利さん、でも……」 「珠依が欲しいって思ったんだから、買っていいよ」 迷いのないその口調。こういうところは、出会った頃から変わらず男前で、潔い。 戸惑う俺を置いて、彼は事もなげに会計を済ませてしまった。 丁寧に包まれた花瓶の紙袋を手に、俺たちは店を後にする。 一歩外に出ると、春の陽光が全身を包み込んだ。「あったかい……。なんだか眠くなっちゃうくらい、いい天気ですね」 「……うん」 「折角だから、少し桜を見て帰りませんか? あ、今度はお弁当を持って、お花見とかしたいですね」 振り返って笑う俺に、透利さんはいつもの穏やかな微笑みを浮かべて深く頷いた。 ふと、気づく。
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【番外編①】その後のふたり

浅野さんと「パートナー」としての暮らしにも慣れてきた頃。 相変わらず多忙な透利さんと、変わらず乳幼児ホームで働く俺。劇的な出来事が起きるわけじゃないけれど、こうして穏やかな時間を積み重ねていくことに、ささやかな幸せを感じていた。 あの後、透利さんの世界は大きく広がった。写真集は度重なる重版を記録し、映画作品で製作協力として名前が載ることもあって、今や名前を出せば誰もが「星を撮る人」と認識するような写真家として大成していた。 街を歩けば声をかけられることも増えたし、「ちょっと窮屈だね」なんて話をして、近頃は透利さんもマスクや帽子をつけることが多くなった。近所のパン屋や、二人で足繁く通った小さなカフェ。そんな、かつては気兼ねなく行けていた場所へ気軽に行けなくなったことは、なんというか……正直、寂しいなと思う時もある。 海外での撮影も増えて、二人で顔を合わせる時間は確実に減っている。だからこそ、俺たちは初心にかえって、お互いが顔を合わせている間はスマホにあまり触らないとか、スキンシップを欠かさないとか、そういうことを気を付けるようにしていた。それはたぶん、きっと透利さんも同じことを思ってくれている……はずだ。 「えーと……『今から帰ります』……っと」 仕事終わりに、自宅の最寄駅で降りて、スーパーに寄った帰り道。 手には大きめのエコバッグ。今晩の夕飯と作り置き用の食材が、まぁるく膨らむほどいっぱい入っている。 透利さんは食べる量が以前にもまして増えたし、俺も夜勤がある日は常備菜を準備しておくことが多い。今日は、その「ストック」を作る予定だ。 透利さんにメッセージを送ると、すぐに「迎えに行こうか?」と返信が来る。思わずその文面から溢れ出る優しさと、「早く会いたい」という気持ちに頬が緩みそうになるのを、唇に力をきゅっと込めて我慢する。 出会ってから三年近く経っても、こうして俺のことを気遣ってくれるところとか、変わらぬ愛情を注いでもらっていること。それが何よりうれしいし、そういうところがやっぱり好きなんだと思う。 『今日は透利さんの好きなハンバーグです♪』 『え、マジで? やった』 イェーイ、とピースをしているうさぎのスタンプを送ろうとした――その時だった。 「すみません、週刊クラッシュの記者なんですが。浅野透利さんとのご関係につ
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【番外編②】パパラッチと私生活

「俺のなかでは、タイミングを見て自分から発表したいって思ってたんだ。マスコミ各社に事務所の名義で正式にFAXを送って、SNSにも、俺の言葉で書いた直筆のメッセージをアップする……そんな手順をずっと考えてた。でも、撮影ですごく忙しくて……」 透利さんの言葉は、どこか自信なさげだった。語尾があやふやになって、そのまま消えるように無言になる。 「それって、『まだ後回しでもいいか』って思ったからじゃないんですか」 自分でも驚くほど、刺々しい言葉が口から零れ落ちる。言ってからすぐに、しまったと思った。 けれど、一度口をついて出たものは、もう元には戻せない。 透利さんは俺の言葉に反論するでもなく、ただ困ったように眉尻を下げた。 (……違う、そうじゃない。本当はこんなことが言いたいわけじゃない……) もっと透利さんに「怖かったんだ」って甘えたかったし、二人で共有できる未来の話がしたかっただけなのに。どうして俺は、こうやって自分たちを傷つけるようなことばかり言ってしまうんだろう。 「そういう風に言われたら……否定はできないかな。先延ばしにしていたのは事実だし、クライアントの仕事には納期があるから、どうしてもそっちを優先しなきゃいけない。でも、珠依の気持ちも聞いたうえで、ちゃんと準備を進めたいって思ってたんだ。ただ、なかなかそこまで手が……」 透利さんはそこまで言いかけて、ふっと言葉を切った。 「あー」と低く呟きながら、片手で額を押さえる。そのまま、整えられた前髪を乱暴にがしがしと掻いた。いつもはスマートで余裕のある透利さんが、珍しく取り乱したように見える。 「……言い訳してごめん。俺が甘かった。その一言に尽きるよ」 「…………」 「珠依の言う通りだ。しかも、結果的にそれで珠依に怖い思いをさせた。本当にごめん」 はっきりと言い切られて、彼が深く頭を下げる。その誠実すぎる謝罪に、さっきまで尖っていた心の内側の棘が、しゅんとしぼんでいくのが分かった。 思わず、唇をきゅっと固く引き結ぶ。この人の優しさに、また甘えようとしている自分がいて、ちょっと自己嫌悪してしまう。 今度は自分から、その胸に額を押し付けるようにしてそっと凭れかかる。透利さんの心臓の音が、すぐそばでトクン、トクンと鳴り響いていた。 「……ごめんなさい、意地悪な言い
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【番外編③】好奇の視線

透利さんがパートナーシップの公表に踏み切ってからの数日間は、嵐のような日々だった。 マスコミ各社からの取材依頼が殺到し、透利さん自身が設立して代表を務める事務所側が異例の速さで一律「お断り」の姿勢を貫かなければならないほど、その波は強大だった。 ただでさえ過密な撮影スケジュールを抱えている透利さんだ。その合間を縫うようにして、一つひとつの質問に誠実に応えることは物理的に不可能に近い。 透利さん自身、自分の言葉で想いを伝えることで、世間の理解や法整備の議論が少しでも前に進むのではないか――そんな風に考え、相当な葛藤を抱えていたようだけれど、公人としての発信力よりも、透利さんが本当に大事にしたいこと。それは、魂を削るような撮影という仕事と、そして何よりも、隣にいる俺との穏やかな時間だった。 「今は、珠依との生活を守ることが最優先だから」 そう言って苦笑いする彼の優しさに、俺は胸が締め付けられる思いだった。 ……けれど、現実は、彼らが望むほどそう上手くは回らない。 マンションの周囲には、いつの間にか路駐の車が絶え間なく停まるようになった。 昼夜を問わずカメラを構えた記者が張り付き、物陰からこちらを伺っている。それだけならまだしも、同じマンションの住人や近隣の方々にまで「どんなパートナーなのか」「二人はどんな様子だったか」と、根掘り葉掘り聞き回っているという噂も耳にした。 そうした無遠慮な取材の断片は、テレビのニュース番組で「注目のパートナーシップ」として、お祝いムードの体裁を借りて切り取られ、電波に乗る。 『実際にお見かけになってみて、どんな方でした?』 『うーん……本当に、普通の方ですよ。いつも挨拶してくれますし、感じは良いですね』 『浅野さんと同い歳くらいの男性、ということでしょうか』 『えーっ、どうなんでしょう……私が見た感じだと、二十代くらいですかね。少し年が離れているようにも見えました。背は低めで……でも、ふたりとも毎日仲良くお買いものに行っている姿を見かけてます』 俺は毎日、それを形容しがたい複雑な気持ちで見つめるしかなかった。世間が祝福を口にする一方で、静かな日常が、砂時計の砂がこぼれ落ちるように削られていくような感覚が、どうしても拭えなかったからだ。 *** 「衛藤先生、今朝のニュース見ました? 浅野透
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【番外編④】消耗していく心

透利さんが週刊誌の対応に追われる傍ら、俺は人目を避けるようにして、コソコソと職場への往復を繰り返していた。通勤で使う電車の中でも、出来るだけ目立たないように帽子とマスクをして。時間さえ許せば、透利さんが自分の車で職場まで俺を送ってくれることもあった。それは、とてもありがたかったのだけれど……。 「……おはようございます」 「あ……衛藤先生」 職場の空気は、いつになくぎこちない。モザイクがかかった写真とはいえ、周りの人はやっぱり俺なんじゃないかと、服装と背格好で分かったみたいだ。 誰一人として週刊誌の話題を直接口にはしないけれど、向けられる視線が「察している」と語りかけてくるようで、肌を刺すような冷たさを感じる。 子どもたちも以前のような屈託のない笑顔を見せてはくれなくなって、どこか遠慮がちだ。 誰かに何かを言われたわけではない。ただ、目に見えない境界線が俺の周りに引かれて、ひとりだけ世界から取り残されたような……そんな深い孤独感に、毎日押しつぶされそうになっていた。 「はぁ……」 漏れ出た吐息に、はっとして肩を落とす。 まただ。無意識のうちに溜息をつく自分が、自分でも嫌になる。 (この状況を好転させられるのなら、俺が出来ることは何でもしたい。だけど……) 一連の重圧を一身に背負っているのは、パートナーである透利さんだ。俺の独断で動くことは、かえって彼と自分の生活を危険にさらしかねない。 何もできない自分の無力さに沈みながら、今日も今日とて重い足取りで帰路につく。 (……せめて、ご飯だけは美味しいの作って、透利さんのことを支えなきゃ) マンションの周囲に人影がないことを確認し、ホッとしてエントランスへ踏み出した――その瞬間だった。 「すみませーん! YouTubeで配信者やってる者です。あのー、失礼ですが浅野透利さんのお相手の方ですよね?」 黒い機材を片手に、小走りで男が突進してきた。手にはゴープロらしきカメラ、胸元にはマイクのようなものが固定されている。 無断で撮影されていると悟った瞬間、恐怖で血の気が引き、反射的に顔を背けて腕で隠すように俯いた。 「やめてください。撮影はちょっと、本当に困るので」 「いや、モザイクとかはこっちで編集してかけるんで!」 男は躊躇いもなく距離を詰め、無遠慮にレンズを向けてくる。逃げるように
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【番外編⑤】透利さんの実家で

あの後、俺は周囲の喧騒を避けるように、透利さんの実家へと身を寄せることになった。 これからの一週間、慣れない環境に身を置くことへの緊張で、自然と顔が強張ってしまう。「珠依くん、お待たせ。さぁさぁ、早く乗って」 ちょうど長期休暇中だった透花さんが迎えに現れたのは、真っ赤な外車のオープンカーだった。 初夏の風を切るエンジン音が、閑静な住宅街でひときわ異彩を放っている。パパラッチの影に怯え、じめじめと湿っぽく沈んでいた俺の気分を吹き飛ばすように、透花さんは「アタシは何を書かれたって平気よ」と快活に笑い、アクセルを軽く煽った。「うわっ、透花さん、スピード!」 「大丈夫大丈夫、法定速度はちゃんと守ってるから! あっ、でもシートベルトはしっかり締めておいてね? あたし、トロトロ走る車はガンガン追い越していくタイプだから」 「う、あ、はいっ……宜しくお願いします」 俺が命を預ける思いでいつもより数段強くシートベルトを締め直すと、透花さんはサングラスの奥でいたずらっぽく目を細める。蛇行するように細い道を抜け、パパラッチの追跡を撒くように何度も鋭いハンドル操作を繰り返してから、高速道路の流入路へと一気に躍り出た。***「珠依くん、久しぶり。長距離移動でお疲れでしょう? さあ、ゆっくりしてね」 目的地に到着すると、玄関先にはお義母さんとお義父さんが温かな笑顔で待っていた。 久方ぶりの再会に、強張っていた胸の奥がふわりと緩む。車を降りて改めて見上げた透利さんの実家は、俺の想像を遥かに超えた邸宅だった。(……これ、本当に家、なのか……?) 重厚な門構えからして、俺の知る「一般家庭」の定義とは一線を画している。 整備された庭園の奥には、周囲の景観を圧倒するような、広大な平屋の屋根が横たわっていた。 ぽかんと開いてしまいそうな口を必死に閉じ、圧倒されるような思いでその佇まいを見つめ続けた。「こっちが透利の部屋よ。帰省のたびに片付けはしていたみたいだから、珠依くんの個室として使ってね。記者会見が終わったら、透利もこちらに戻ってくる予定だし……アイツが来る前に、こっそり卒業アルバムでもチェックしておいたら?」 透花さんにそう茶化されると、俺は「そんな!」と慌てて手を振って否定する。 けれど、内側では好奇心が疼いていた。学生時代の透利さん。知らない頃の彼を、
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【番外編⑥】愛する人の家族

「私たちはね、珠依くんにそんなふうに遠慮させるために、わざわざここに呼んだわけじゃないわ」 頭を垂れる俺の肩に、お義母さんがそっと手を添えてくれる。 その瞳には、これまでの苦悩を察するような切なさと、それ以上に深く包み込むような温かな慈愛が宿っていた。 「大事な息子が選んだパートナーが、心ない人たちにさらし者にされて、黙って指をくわえて見ているなんて……そんなこと、親としてできるわけがないでしょう? 今はまず、私たちができることとして、珠依くんが心から落ち着ける日々を過ごさせてあげたいの。お仕事のほうは、ちゃんと休みの手配はついているのかしら?」 「は、はい……。今まで年休をあまり使っていなかったので、残りをすべて消化するということで施設長とも話がついています」 「なら安心ね。万が一、ここまでパパラッチが嗅ぎつけてきたとしても、門のところで父さんがしっかり追い払うから。なんならアタシだって、熊手やシャベルを片手に、庭の番人として追い払ってあげるわよ!」 「母さん、それはさすがに野蛮すぎるわよ」 透花さんが苦笑して宥める横で、お義母さんは膝の上で小さく拳を握りしめている。 その姿には、透利さんと俺を守ろうとする強固な意志が表れていた。 「だって、許せないんだもの。こんなに痩せちゃって……! もう、本当に透利も透利だわ。『珠依くんを必ず守る』って、あんなに真っ直ぐな顔で私たちに誓ったくせに!」 お義母さんの溢れる憤りを聞き、胸が熱くなるのを抑えられない。 そんな中、向かいに座るお義父さんが、ふと穏やかな視線を俺に向けてきた。目が合うと、深々と目尻を下げて優しく微笑まれる。 「私も同じ気持ちだよ。記者がうろつくようなら、ホースで水を撒いて追い返してやろうかと思っていたんだ」 「ちょっと、父さんまで何言ってるのよ……。そんなことしたら、『過激な実父』なんて書かれてニュースになっちゃうわよ」 透花さんの二度目のツッコミにも、お義父さんはいたって真剣な表情を崩さない。 「異常だって? なんとでも言えばいいさ。守りたいもののために汚名を着るくらい、親なら当然の覚悟だ。世間がどんなに息子たちの幸せを面白おかしく書き立てたとしても、ここには変わらない生活と、家族の愛がある」 お義父さんは胸ポケットから一枚の紙をスッと取り出し、俺と透花
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【番外編⑦】会えない時間

『珠依の顔も見たい。……もっとちゃんと映してよ』 透利さんのその言い方は、甘えるようでいて、どこか有無を言わせない強制力があった。 焦らすつもりなんてなかったけれど、自分の顔を直接レンズに晒すのは、いつまで経っても気恥ずかしい。 パートナーとして過ごす日々、透利さんが出張先からビデオ通話をせがむのはいつものことだ。 そしてその結末が、最終的にお互いのあられもない姿を画面越しにさらけ出すことになるのを、俺はよく知っている。(……今日は、絶対にダメだ。絶対に!) ここは透利さんの実家なのだ。一応ドアには鍵をかけているとはいえ、自分の心の中にいる理性が『今は、絶対にしてはいけない』と必死に警鐘を鳴らしていた。 そんな俺の緊張など露知らず、インカメに切り替わった俺の顔を見るなり、透利さんの意地悪な笑みが炸裂する。『……何でそんなに、顔が赤くなってるの?』 「そ、れは……ちょっと、部屋が暑いだけです」 『エアコンついてるはずだけど。ほら、入口のところにリモコンあったでしょ?』 「あっ……本当だ。ちょっとつけてきますね」 逃げるようにベッドから降り、リモコンの元へ歩みを進める。 火照る顔を冷たい空気で誤魔化そうと深く息を吐いたけれど、その不自然な動作一つで、透利さんは俺の動揺をすべて見透かしていた。『珠依……もうちょっと下、映してよ』 「だ、だめ。今日はその手には乗りませんから」 『ええっ? 何か、俺がいつも悪いことをさせてるみたいな言い方だな』 「実際、いつもそうじゃないですか。今日は絶対にダメ……」 言っているそばから、画面越しの透利さんの逞しい裸体に目を奪われる。 タオルがはらりと落ちた先、ズボンの布地がわずかに持ち上がっているのに気づき、心臓が大きく跳ねた。思わず息を呑んだ俺の様子を見て、透利さんはくくっと喉の奥で笑いを漏らす。『もしかして、ベッドの残り香だけで感じちゃった?』 「ち、ちがいます。全然平気……」 『俺は全然平気じゃない。早く会いたいし、触りたい。出張なら我慢もできるけど……今回は自分から距離を置く選択をしたせいかな。一日会えないだけで、すげー欲求不満だよ』 ストレートすぎる言葉にたじろぎ、慌ててスマホのボリュームを下げた。 廊下を挟んだ向こうには透花さんの部屋があるのだ。音漏れには細心の注意を払わなけれ
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【番外編⑧】透利さんの記者会見

透利さんの実家にお世話になってから、五日が経過した。マスコミ各社を集めての記者会見は予定通り開かれ、その様子は複数の主要テレビ局で生放送されることになった。 透花さん、お義母さん、お義父さんと共にテレビの前のソファーに並び、俺たちは固唾をのんでその様子を見守る。『フォトグラファーの浅野氏、アウティングに関する記者会見を予定』 ――数日前からネットニュースはこの件一色で、世間の関心は想像以上に高いようだ。 SNSは極力見ないようにしていたけれど、ニュースアプリのコメント欄が瞬く間に五千件を超えていた、と透花さんが溜息まじりにボヤいていたのを思い出す。 会見予定時刻ぴったりに、黒のスーツを纏った透利さんが現れた。その背後には、弁護士らしき人物が控えている。 代理人を前に立てず、自分自身の言葉で語ることを選ぶあたり、いかにも彼らしい決断だった。『それでは只今より、浅野透利氏によるマスコミ各社へのアウティングに関する記者会見を始めます。本日、司会進行を務めさせていただきますのは……』 長机の前に座り、静かに前を見据える透利さんに、一斉に無数のフラッシュが焚かれる。 普段は星空を追いかけるためにカメラを握っているはずのパートナーが、今はカメラを向けられる側として座っている――その光景は、見ていてひどく不思議で、胸が締め付けられるような感覚だった。『本日は、ご多忙の折、わたくしのためにお時間を割いていただき、誠にありがとうございます。本来であればこのような形でお騒がせするつもりはございませんでしたが、自身の言葉で事実をお伝えしたく、本日の場を設けさせていただきました』 透利さんの落ち着いた挨拶を聞いて、隣に座る透花さんの目がすっと鋭く細められた。『今回の週刊誌による一連のアウティング行為について、私の見解を述べさせていただきます。まず、各社より届いておりました質問状につきましてですが、当初、わたくしはこれらのプライバシーに関わる事項について回答する意思はございませんでした。私という人間は公の場で活動しておりますが、自身の恋愛や、誰を愛するかということは、私人として等しく守られるべき領域であるという強い認識を持っていたためです。 また、先日の報道では「保育施設」との記載がございましたが、これについては明確に訂正させていただきます。私とパートナーシップ制
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