All Chapters of 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています: Chapter 131 - Chapter 140

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隣にいる人

 園内へ足を踏み入れると、色とりどりの花々が二人を迎えた。 春の植物園は思っていた以上に賑わっている。 家族連れ。 年配の夫婦。 カメラを持った人たち。 それぞれが思い思いに休日を楽しんでいた。 佳苗はゆっくり辺りを見回した。 見覚えのある景色だった。 整えられた花壇。 温室へ続く道。 池の周りに植えられた木々。「ここ……」 思わず呟く。「前に来た植物園ですよね」「ああ」 雄吾が頷いた。「覚えてたか」「覚えてますよ」 佳苗は少し笑った。 採用が決まった日。 お祝いだと言って連れて来られた場所だ。 あの頃はまだ仕事も始まっていなかった。 離婚協議も途中だった。 将来が不安で仕方なくて、それでも必死に前を向こうとしていた頃だ。「また来たかったかと思ってな」 雄吾が何気なく言う。 佳苗は目を瞬いた。 そんな理由だったのか。 少しだけ胸が温かくなる。「来たかったです」 素直に答えると、雄吾は小さく頷いた。 二人はゆっくり園内を歩く。 花壇を眺め。 温室を回り。 途中で珍しい植物の前に立ち止まる。「これ、本当に植物なんですか?」「説明にはそう書いてあるな」「信じられないんですけど」 佳苗が真顔で言うと、雄吾が小さく笑った。 本当に小さな笑みだった。 けれど佳苗は見逃さなかった。 最近気付いたことがある。 雄吾はよく笑う。 本人に自覚はないだろう。 昔からそうだったのかもしれない。 ただ。 佳苗が知らなかっただけで。
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写真

 植物園の中を歩きながら、佳苗は何度も深呼吸をしていた。 別に疲れているわけではない。 ただ。 心臓が落ち着かない。 原因は自分でも分かっていた。 先ほど腕を掴まれたことだ。 たったそれだけ。 本当にそれだけのことなのに。 思い出すたびに頬が熱くなる。「暑いのか」 不意に雄吾が言った。 佳苗は飛び上がりそうになる。「えっ?」「顔が赤い」 佳苗は慌てて頬を押さえた。「き、気のせいです」「そうか」 雄吾はあっさり引き下がる。 その様子に少しだけ安心する。 もし追及されたら誤魔化せる自信がなかった。 二人はそのまま園内を歩いた。 やがて大きな花壇の前へ辿り着く。 色とりどりの花が一面に咲いていた。「綺麗ですね」 佳苗は思わず足を止める。 雄吾も隣へ並んだ。「ああ」 短い返事。 けれど視線は花壇ではなく佳苗の方を向いていた。 もちろん本人は気付いていない。 佳苗も気付かなかった。 その時だった。「すみません」 突然、声を掛けられる。 二人が振り返る。 年配の女性だった。「よかったら写真撮りましょうか?」 佳苗は一瞬意味が分からなかった。 数秒遅れて理解する。 自分たちのことだ。「えっ」 思わず雄吾を見る。 雄吾も少しだけ驚いた顔をしていた。「せっかくですし」 女性はにこにこしている。 完全に善意だった。 佳苗はどう反応していいか分からない。 写真なんて。 雄吾と二人で。 考えたこともなかった。
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帰り道

 駅へ向かう道は、休日を楽しんだ人たちで賑わっていた。 買い物袋を提げた人。 楽しそうに笑い合う学生たち。 小さな子どもの手を引く夫婦。 その流れに混じって、佳苗と雄吾もゆっくり歩く。 食事を終えたばかりで、二人ともどこか満たされた気分だった。「今日はありがとうございました」 佳苗がぽつりと言う。 雄吾は歩調を緩めることなく答えた。「何がだ」「全部です」 佳苗は笑った。「植物園も、ご飯も」 少し考えてから付け加える。「すごく楽しかったです」 雄吾はしばらく黙っていた。 やがて、小さく頷く。「なら良かった」 たったそれだけ。 それだけなのに、佳苗は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。 駅へ着き、電車へ乗る。 休日の夕方ということもあり、車内はほどよく混んでいた。 幸い、二人並んで座れる席が空いている。 佳苗は窓際へ腰を下ろした。 電車がゆっくり動き出す。 窓の外を流れる景色を眺めているうちに、不意に眠気が押し寄せてきた。 朝から歩き回っていたのだ。 疲れが出ても不思議ではない。「眠いなら寝ろ」 隣から声がした。 佳苗は苦笑する。「そんな子どもじゃないです」「さっきから欠伸してる」「……見られてました?」「見える」 佳苗は少し恥ずかしくなって視線を逸らした。 そのまま窓にもたれる。 ガタン、と電車が揺れた。 身体が小さく傾く。 そのたびに目が覚める。 眠るまいと頑張るのだが、瞼は正直だった。「佳苗」「はい……」 返事をしたつもりだった。 でも自分でも驚くくらい気の抜けた声が出た。「寝ろ」 短くそう言われる。 佳苗は小さく笑った。「起きてます……」 その言葉を最後まで言い切る前に。 再び電車が揺れた。 こつん、と小さな音がする。 佳苗ははっとして顔を上げた。 いつの間にか雄吾の肩へ頭を預けてしまっていたらしい。「す、すみません!」 慌てて身体を起こそうとする。 だが。「そのままでいい」 雄吾が静かに言った。 佳苗は動きを止める。「でも……」「どうせあと十分くらいだ」 何でもないことのように言う。 佳苗は返す言葉を失った。 鼓動だけが妙に大きい。 こんなに近くにいるのは初めてだった。 雄吾は窓の外を見たまま動かない。 照れている様子もな
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隣にいる理由

 最寄り駅へ着くと、佳苗は慌てて身体を起こした。「すみません……」 恥ずかしくて雄吾の顔を見られない。 肩に寄り掛かったまま眠ってしまうなんて、どう考えても失態だった。「悪い」 雄吾は立ち上がりながら短く答える。 その声はいつもと変わらない。 佳苗だけが一人で動揺しているようだった。 二人は電車を降り、改札を抜ける。 夜風が火照った頬に心地よかった。 駅前のロータリーには人影もまばらで、昼間の賑わいが嘘のように静かだ。「今日は歩いたな」 雄吾がぽつりと言う。「そうですね」 佳苗は笑った。「明日、筋肉痛かもしれません」「運動不足だな」「否定できません」 そんな他愛のない会話が続く。 以前なら、沈黙が怖かった。 何か話さなければ。 機嫌を損ねないようにしなければ。 そんなことばかり考えていた。 でも今は違う。 話さなくても落ち着く。 同じ道を並んで歩いているだけで、不思議と安心できた。 マンションが見えてくる。 佳苗は足を止めそうになった。 今日という一日が終わってしまうのが、少しだけ惜しかったのだ。「どうした」 雄吾が振り返る。「いえ」 佳苗は慌てて首を振った。「何でもありません」 エントランスへ入り、エレベーターに乗る。 二人きりの静かな空間。 ゆっくりと階数表示が上がっていく。 佳苗は鏡に映る自分を見た。 少し疲れた顔。 それでも、どこか満たされた表情をしている。 エレベーターが止まる。 廊下へ出ると、雄吾がふと口を開いた。「今日は誘って正解だったな」 佳
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気付いてしまった気持ち

 その夜。 佳苗はベッドへ入っても、なかなか眠れなかった。 時計を見る。 もう日付が変わろうとしている。 それなのに目は冴えたままだ。「はあ……」 小さくため息をつく。 目を閉じると、今日一日の出来事が次々と思い浮かんだ。 植物園。 写真。 食事。 電車の中。 そして。『今のお前の方がいい』 雄吾の声が、何度も頭の中で繰り返される。「もう……」 枕へ顔を埋める。 思い出すだけで恥ずかしい。 嬉しかった。 でも、それ以上に困ってしまう。 佳苗は寝返りを打った。 自分でも気付いていた。 もう誤魔化せない。 雄吾と一緒にいると安心する。 笑ってほしいと思う。 褒められると嬉しい。 帰りが遅いと気になる。 隣にいるのが当たり前になっている。 それはきっと――。「好きなんだ……」 誰もいない部屋で、小さく呟く。 言葉にした瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた。 恋をしている。 今さら認めるしかなかった。 けれど。 佳苗はゆっくり目を閉じる。 すぐに告白したいとは思わなかった。 そんな資格があるとも思えない。 離婚はまだ成立していない。 雄吾は自分を保護するように家へ置いてくれているだけかもしれない。 迷惑を掛けたくなかった。 今の関係を壊したくもない。「このままでいい」 自分に言い聞かせるように呟く。 今は。 この穏やかな毎日を大切にしたい。 それだけで十分だ。
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変わらない距離

 恋をしている。 そう認めたからといって、急に何かが変わるわけではなかった。 翌日も。 その翌日も。 佳苗はいつも通り会社へ行き、仕事を覚え、帰宅して勉強をする。 雄吾も相変わらずだった。 朝になれば「おはよう」と言い、夜になれば「おかえり」と迎えてくれる。 必要以上に干渉してくることもない。 優しい言葉を並べることもない。 けれど。 その何気ない距離感が、佳苗には心地良かった。 ある日の昼休み。 佳苗は社員食堂で昼食を取っていた。 向かいには、歓迎会で親しくなった女性社員が座っている。「そういえば佳苗さん」「はい?」「最近すごく楽しそうだよね」 突然そう言われ、佳苗はきょとんとした。「そうですか?」「うん」 女性は笑いながら頷く。「前よりよく笑うし、表情が柔らかくなった」 佳苗は思わず箸を止めた。 そんなふうに見えていたのか。「何かいいことあった?」「え?」「恋とか?」 佳苗は危うく味噌汁を吹きそうになった。「ち、違います!」 慌てて否定する。 女性は「あはは、ごめんごめん」と笑った。「でも本当に雰囲気変わったよ」 佳苗は照れ隠しにお茶を飲む。 恋。 その言葉を他人の口から聞くだけで鼓動が速くなる。 まさか顔に出ているのだろうか。 そんな不安まで湧いてきた。 仕事を終えて帰宅すると、リビングから包丁の音が聞こえてきた。 佳苗は思わず足を止める。 夕食の支度をしているらしい。 エプロン姿の雄吾が、手際よく野菜を切っている。 その後ろ姿を見ていると、不思議と心が落ち着いた。「ただいまです」
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今度は私の番

 週の半ば。 佳苗はいつものように会社を終え、マンションへ帰ってきた。「ただいまです」 返事はない。 佳苗は少し首を傾げた。 靴はある。 もう帰宅しているらしい。「先輩?」 リビングを覗く。 ソファに雄吾が座っていた。 いや。 正確には、身体を預けるようにもたれていた。「先輩?」 佳苗は思わず駆け寄る。 雄吾がゆっくり顔を上げた。「ああ……おかえり」 声がいつもより低い。 顔色も悪かった。「どうしたんですか?」「少し熱があるだけだ」 少し、という顔色ではない。 佳苗は慌てて額へ手を伸ばした。「熱い……!」 触れた瞬間、思わず声が漏れる。 雄吾は苦笑した。「大げさだ」「大げさじゃありません」 佳苗は立ち上がる。「熱、測りました?」「ああ」「何度ですか?」「三十八度ちょっと」 佳苗は思わず眉をひそめた。「それを『少し』とは言いません」 雄吾は答えず、小さく咳をする。 佳苗はすぐにキッチンへ向かった。 冷蔵庫を開ける。 幸い、ゼリー飲料もスポーツドリンクも入っている。 氷枕もあった。 おそらく自分で準備したのだろう。 こういう人なのだ。 誰かに頼るより先に、自分で全部済ませてしまう。 佳苗は氷枕をタオルで包み直し、コップへ水を注いだ。「先輩」 雄吾の前へしゃがむ。「薬、飲みました?」「ああ」「夕飯は?」「食欲ない」 予想通りの返事だった。
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安心する場所

 ぐつぐつ、と鍋の中でおかゆが静かに煮えている。 佳苗は木べらでゆっくりとかき混ぜた。 卵を溶き入れ、最後に少しだけ刻んだねぎを散らす。 胃に負担が掛からないよう、味付けも薄めにした。「……できた」 小さく呟き、器によそう。 湯気がふわりと立ち上った。 佳苗はお盆におかゆと水、それに薬を並べてリビングへ戻る。 雄吾はソファではなく、いつの間にか寝室のベッドへ移っていた。 眠っているのかと思ったが、ドアを開ける音でゆっくり目を開く。「起こしました?」「いや……」 少しかすれた声だった。「食べられそうですか?」「……頑張る」 その返事がおかしくて、佳苗は思わず笑ってしまう。「頑張るって」 雄吾も苦笑する。「食欲がない時は、食べるのも仕事だからな」「確かにそうですね」 佳苗はベッド脇の小さなテーブルへお盆を置いた。「熱いので気を付けてください」 雄吾は身体を起こす。 佳苗が背中へクッションを差し入れると、「悪い」と短く礼を言った。 おかゆを一口。 ゆっくり飲み込む。 それを見届けて、佳苗はようやく安心した。「食べられます?」「ああ」 雄吾はもう一口運ぶ。「うまい」 その一言だけで十分だった。 佳苗の肩から力が抜ける。「良かった」 ほっとしたように笑う。 雄吾は半分ほど食べたところでスプーンを置いた。「もう十分です」「無理しなくていいですよ」 佳苗は器を受け取る。「残りは後で温め直します」「ああ」 短いやり取り。 それだけなの
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看病の翌朝

 翌朝、佳苗はいつもより少し早く目を覚ました。 目覚まし時計より先に目が覚めたのは久しぶりだった。 寝室を出ると、リビングはまだ静かだった。 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。 佳苗はそのままキッチンへ向かい、お湯を沸かした。 昨日の残りのおかゆを温め直す。 冷蔵庫から梅干しを取り出し、小皿へ添えた。 熱は下がったとはいえ、まだ本調子ではないだろう。 そう思いながら準備をしていると、寝室のドアが開く音がした。「おはようございます」 佳苗は振り返る。 雄吾がゆっくりとリビングへ入ってきた。「……おはよう」 昨日より顔色は良い。 少し安心した。「熱はどうですか?」「さっき測った」 そう言って体温計をテーブルへ置く。 三十七度一分。 あと少しだ。「下がってきましたね」「ああ」 佳苗は笑顔になる。「良かった」 雄吾は椅子へ腰を下ろした。 まだ少し気怠そうではあるが、昨日のような辛そうな表情はない。「おかゆ、温めました」「悪いな」「悪いしか言わないですね」 思わず笑ってしまう。 雄吾も少しだけ口元を緩めた。「そうかもしれん」 佳苗は器を差し出す。 雄吾は昨日よりもしっかりとした手つきでスプーンを持った。 一口。 また一口。 今日は止まらない。 それだけで嬉しかった。「食欲、戻ってきました?」「ああ」 雄吾は頷く。「助かった」 その一言が、佳苗には何より嬉しかった。 誰かの役に立てた。 ただそれだけなのに、胸がじんわりと温かくなる。
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無理をする人

 昼休み。 佳苗は休憩室でスマートフォンを開いた。 雄吾から連絡はない。 それが少し気になってしまう。「寝てるのかな……」 小さく呟いて画面を閉じる。 わざわざ「熱はどうですか」と聞くのも、何だか大げさな気がした。 会社では仕事中なのだから。 心配ばかりしていても仕方がない。 佳苗はそう自分に言い聞かせると、午後の仕事へ戻った。 その日の仕事は少し忙しかった。 電話対応に、伝票の整理。 先輩社員に教わりながら、一つひとつ確認していく。「佳苗さん、助かった」 上司にそう声を掛けられ、思わず笑みがこぼれた。「ありがとうございます」 少しずつではあるけれど。 役に立てることが増えてきた。 その実感が嬉しかった。 定時を少し過ぎて会社を出る。 帰り道、スーパーへ立ち寄った。 まだ本調子ではない雄吾のために、消化の良いものを買って帰ろうと思ったのだ。 豆腐。 うどん。 りんご。 ヨーグルト。 買い物かごを見下ろしながら、佳苗は苦笑する。「お母さんみたい」 思わず自分で突っ込んでしまう。 レジを済ませ、マンションへ戻る。「ただいまです」 返事はない。 佳苗は靴を脱ぎながら首を傾げた。 リビングへ入る。「……え?」 思わず声が漏れた。 ソファには誰もいない。 代わりに、テーブルの上へ一枚のメモが置かれていた。『会社へ行ってくる』 佳苗は思わずメモを持ち上げる。「えっ?」 時計を見る。 もう夕方だ。 熱が下がったとはいえ、今日は休むと言っていたは
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