All Chapters of 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています: Chapter 151 - Chapter 160

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最後の離婚協議

 翌日。 空はよく晴れていた。 佳苗はいつもより少し早く家を出る。「行ってきます」 玄関でそう声を掛けると、雄吾がリビングから顔を上げた。「ああ」 いつものように頷く。 それだけかと思った。「終わったら連絡しろ」 その一言に、佳苗は思わず笑みをこぼす。「はい」 静かに頷き、ドアを閉めた。 電車へ揺られながら窓の外を眺める。 あの日、この街を泣きながら歩いた自分が嘘のようだった。 あの頃は何も持っていなかった。 仕事も。 自信も。 未来も。 でも今は違う。 だから、ちゃんと終わらせよう。 そう思えた。 約束の時間より少し早く着くと、三浦が先に待っていた。「おはようございます」「おはようございます」 三浦は穏やかに微笑む。「昨夜は眠れましたか?」 佳苗は苦笑した。「少しだけ緊張してしまって」「それで普通ですよ」 三浦は優しく頷く。「ただ、あまり構えなくても大丈夫です」「はい」「先方からは、こちらの条件に異論はないと聞いています」 佳苗は静かに息を吐いた。「もちろん、その場で細かな確認はあると思います。でも、必要以上に心配しなくて大丈夫ですよ」 その言葉に肩の力が抜ける。「ありがとうございます」 三浦は時計へ目を向けた。「そろそろですね」 その言葉とほぼ同時に、入口が開いた。 悟だった。 スーツ姿のまま、一礼する。 その後ろには、相手方代理人の弁護士が続いていた。 佳苗はゆっくり立ち上がる。 以前のような恐怖はない。 怒りもない。 ただ静かに頭
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最後の願い

 部屋を包んでいた静寂を破るように、悟がゆっくりと口を開いた。「一つだけ……」 相手方代理人が悟を見る。「少し、お話ししてもよろしいでしょうか」 三浦は佳苗へ視線を向けた。 佳苗は小さく頷く。「大丈夫です」 三浦も静かに頷いた。「では、手短にお願いします」 悟は深く息を吸う。 佳苗を見つめた。 その目には、以前のような焦りも苛立ちもなかった。「佳苗」 名前を呼ぶ声が静かに響く。「本当に……すまなかった」 佳苗は黙って聞いていた。「最初は認めたくなかった」 悟は苦く笑う。「恵と一緒になれば幸せになれると思っていた」 視線を落とす。「でも違った」 部屋は静まり返っている。「佳苗が家にいてくれたこと」「笑ってくれていたこと」「毎日、当たり前のように飯があって、洗濯された服があって……」 悟はゆっくり首を振る。「全部、当たり前じゃなかった」 その言葉に、佳苗は何も答えない。「俺は失ってからしか気付けなかった」 悟は小さく笑った。 自嘲するような笑みだった。「だから今さら戻ってきてほしいとは言わない」 その言葉に、三浦も静かに目を細める。「そんな資格がないことくらい、ようやく分かった」 悟は真っすぐ佳苗を見た。「だから」 一度だけ深く頭を下げる。「幸せになってくれ」 佳苗は静かに息を吸った。 長い時間が流れた気がした。 恨んだ日もあった。 泣いた夜もあった。 どうして自分だけが、と思ったこともある。 でも。 今はもう違う。「……ありがとうございます」 佳苗は穏やかに微笑んだ。「私も」 一度言葉を区切る。「悟さんと過ごした時間が、全部不幸だったとは思っていません」 悟がゆっくり顔を上げる。「楽しかった思い出もあります」 佳苗は静かに続けた。「だから、その思い出まで嫌いにならずに、新しい人生を歩いてください」 悟は何も言わなかった。 ただ目を閉じ、小さく頷く。 それで十分だった。 三浦が静かに書類を閉じる。「それでは、本件につきましては以上となります」 その一言で。 長く続いた離婚協議は、静かに幕を下ろした。
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おかえり

 三浦とともに建物を出る。 春の日差しが眩しかった。 佳苗は思わず目を細める。「終わりましたね」 三浦が穏やかに微笑む。「はい」 佳苗も笑顔で頷いた。 不思議だった。 もっと涙が出ると思っていた。 もっと胸が締め付けられると思っていた。 けれど今、心の中にあるのは静かな安堵だった。「佳苗さん」 三浦が優しく声を掛ける。「本当によく頑張りました」 その一言で、張り詰めていた糸がふっと緩む。「ありがとうございます」 佳苗は深く頭を下げた。「三浦先生がいてくださったから、ここまで来られました」「私は少しお手伝いしただけですよ」 三浦は笑う。「ここまで歩いてきたのは、佳苗さん自身です」 佳苗は目頭が熱くなるのを感じた。 何とか笑顔を作り、もう一度頭を下げる。「本当にありがとうございました」 三浦と別れ、駅へ向かおうと歩き出した、その時だった。「あ……」 思わず足が止まる。 建物の前。 街路樹の下に、一人の男性が立っていた。 見慣れたスーツ姿。 雄吾だった。 佳苗に気付くと、静かに歩み寄ってくる。「先輩……」「終わったか」 佳苗は何も言えなかった。 ただ、小さく頷く。「はい」 その一言を口にした瞬間だった。 胸の奥へ押し込めていたものが、一気に溢れ出す。 ぽろり、と涙が頬を伝った。「あれ……」 泣くつもりなんてなかった。 ちゃんと笑って終わろうと思っていた。 なのに。 涙は止まってくれない。
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お祝い

 駅へ向かう途中。 佳苗は何度も目元をハンカチで押さえていた。「もう泣き止んだか」 雄吾が少し困ったように尋ねる。 佳苗は照れ笑いを浮かべた。「すみません……」「謝るな」 雄吾は静かに言う。「今日は泣いていい日だ」 その言葉に、佳苗はまた泣きそうになった。「先輩」「ん?」「そういうこと、さらっと言いますよね」「そうか?」「自覚ないんですね」 佳苗が苦笑すると、雄吾は不思議そうに首を傾げた。 本当に分かっていないらしい。 佳苗は小さく息をつく。 この人らしいな、と思った。 駅の手前まで来たところで、雄吾が足を止めた。「今日は帰る前に寄るぞ」「え?」 佳苗は目を瞬く。「まだどこか行くんですか?」「ああ」 雄吾は短く頷く。「今日は祝いだからな」「お祝い……?」「離婚成立の」 佳苗は言葉を失った。 そんなふうに考えたことはなかった。 離婚。 普通なら、お祝いするような出来事ではない。 けれど雄吾は、ごく自然に続けた。「新しい人生の始まりだろ」 佳苗は思わず立ち止まる。 胸の奥が熱くなった。 離婚したことを祝うのではない。 新しく歩き始める自分を祝ってくれるのだ。 そう思った。「先輩……」「何だ」「ありがとうございます」 佳苗は少しだけ涙ぐみながら笑う。「こんなふうに祝ってもらえるなんて、思ってもいませんでした」 雄吾は照れくさそうに視線を逸らした。「大したことじゃ
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乾杯

 雄吾に連れられて入ったのは、駅前の落ち着いたイタリアンレストランだった。 店内には穏やかな音楽が流れ、窓際の席へ案内される。「わあ……」 佳苗は思わず辺りを見回した。「こんなお店、久しぶりです」「そうか」 雄吾はメニューを開きながら頷いた。「好きなものを頼め」「でも……」「今日は遠慮する日じゃない」 その一言に、佳苗は小さく笑う。「はい」 二人はそれぞれ料理を注文した。 しばらくして、前菜が運ばれてくる。 透明なグラスへ炭酸水が注がれた。 雄吾がグラスを持ち上げる。「佳苗」「はい」「おめでとう」 たった四文字だった。 佳苗は胸が熱くなる。 ゆっくりとグラスを持ち上げた。「ありがとうございます」 軽くグラスが触れ合う。 小さな音が静かな店内へ響いた。「やっと終わりましたね」 佳苗がぽつりと呟く。「ああ」 雄吾も頷く。「長かった」「本当に」 履歴書を書いていた頃を思い出す。 採用祝いで植物園へ連れて行ってもらった日。 仕事で失敗して落ち込んだ日。 恵と会った日。 離婚協議。 いろいろな出来事があった。「全部、先輩のおかげです」 佳苗は真っすぐ雄吾を見る。「先輩がいなかったら、私は今も前へ進めていなかったと思います」 雄吾は少しだけ困ったように笑った。「俺だけじゃない」「え?」「お前が頑張ったからだ」 佳苗は首を振る。「それでも」 言葉を探す。「一人だったら、頑張れません
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その意味

 食事を終え、二人は店を出た。 夜風が昼間の熱気を少しだけさらっていく。 駅までの道を並んで歩きながら、佳苗は何度もさっきの言葉を思い返していた。『全部終わってからじゃないと、お前に失礼だと思ってた』 それは、どういう意味だったのだろう。 考えれば考えるほど、胸が落ち着かない。「寒いか」 雄吾がふと尋ねた。「え?」「さっきから黙ってる」 佳苗ははっと我に返る。「すみません」「何か考え事か」「……はい」 正直に答えると、雄吾はそれ以上は聞いてこなかった。 その気遣いがありがたくもあり、少しだけもどかしい。 駅前の信号で立ち止まる。 赤信号。 行き交う車のライトが二人を照らした。 佳苗は意を決して口を開く。「先輩」「ん?」「さっきの言葉なんですけど」 雄吾が静かに佳苗を見る。「離婚が終わるまで、余計なことは考えないようにしていたって……」 そこまで言って、佳苗は言葉に詰まる。 聞いてしまっていいのだろうか。 もし自分の勘違いだったら。 そう思うと、急に怖くなった。「……いえ、何でもありません」 佳苗は慌てて笑って誤魔化した。「忘れてください」 そう言って俯こうとした、その時だった。「佳苗」 雄吾が静かに名前を呼ぶ。「勘違いじゃない」 佳苗はゆっくり顔を上げた。 雄吾は真っすぐ佳苗を見つめている。 逃げることも、誤魔化すこともしなかった。「ただ」 少しだけ苦笑する。「今日はやめておく」「……え?」
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いつも通り

 翌朝。 佳苗は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。 カーテンの隙間から差し込む朝日をぼんやり眺める。 昨夜のことを思い出した途端、顔が熱くなった。『続きは、また今度だ』「……もう」 布団へ顔を埋める。 あんな言い方をされたら、気になって眠れるはずがない。 何を言おうとしていたのだろう。 もしかして。 いや、でも。 考えれば考えるほど分からなくなる。「佳苗」 リビングから雄吾の声が聞こえた。「朝飯できてるぞ」「は、はい!」 慌てて返事をする。 鏡を見ると、頬がほんのり赤い。「落ち着いて、私」 小さく深呼吸をしてから部屋を出た。「おはようございます」「ああ、おはよう」 雄吾はいつもと変わらない。 新聞を読みながらコーヒーを飲み、佳苗へ「座れ」と椅子を引く。 昨夜のことなど何もなかったかのようだった。 佳苗は思わず雄吾を見つめる。「何だ」「い、いえ」 慌てて目を逸らす。 どうしてこんなに平然としていられるのだろう。 気になっているのは、自分だけなのだろうか。「具合でも悪いのか」「違います!」 少し大きな声が出てしまう。 雄吾は不思議そうに首を傾げた。「そうか」 それ以上は何も聞いてこない。 佳苗は味噌汁を一口飲みながら、小さくため息をついた。 どうやら今日は、本当にいつも通りらしい。 会社へ向かう道でも。 駅のホームでも。 雄吾は普段と変わらなかった。 仕事の話をして。 資格試験の勉強は順調かと尋ね。 無理はするなと言う。 それだ
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私からも

 昼休み。 佳苗は会社近くの公園で一人、ベンチに座っていた。 春の風が心地よく吹き抜けていく。 スマートフォンを見る。 画面には、植物園で撮った写真が映っていた。 花を見ながら笑っている自分。 その少し後ろには、写真には写っていないけれど、雄吾がいた。「懐かしいな……」 まだ仕事が決まったばかりの頃だった。 あの頃は毎日が不安で仕方なかった。 それでも雄吾は何も急かさず、ただ隣にいてくれた。 写真を次へ送る。 食べ歩き。 ガラス細工。 離婚成立のお祝い。 気付けば、スマートフォンの中には雄吾との思い出が少しずつ増えていた。「私……」 自然と笑みがこぼれる。 好き。 その気持ちは、もう疑いようがなかった。 でも。 だからといって、全部雄吾へ任せるのは違う気がした。 いつも助けてもらって。 守ってもらって。 告白まで待つだけなんて。「それじゃ駄目だよね」 佳苗は小さく呟く。 雄吾はきっと、ちゃんと伝えてくれる。 そんな気がする。 でも、自分も逃げたくなかった。 気持ちは、自分の口で伝えたい。 たとえ先に言われたとしても。 ちゃんと返事をしよう。 そして、自分の想いも伝えよう。 佳苗は空を見上げた。 青空がどこまでも広がっている。 少し前まで、この先の人生なんて真っ暗だと思っていた。 なのに今は違う。 未来を考えるだけで、少しだけ胸が弾む。「佳苗さん」 会社の先輩が手を振りながら歩いてくる。「休憩終わるよ」「あっ、はい!」 佳苗は慌てて立ち上がった。 会社へ戻る足取りは軽い。 もう迷わない。 恋からも。 未来からも。 逃げない。 もし先輩が気持ちを伝えてくれたなら。 今度はきちんと、自分の言葉で答えよう。 そして。 自分の想いも、ちゃんと伝えよう。 待つだけの恋は、もう終わり。 そう心に決めた佳苗は、小さく微笑みながら会社への扉をくぐった。
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今度の土曜日

 その日の夕方。 佳苗は仕事を終え、会社の玄関を出た。 少し暖かくなった風が頬をなでる。 離婚が成立してから数日。 心は驚くほど穏やかだった。 もちろん、寂しさがまったくないわけではない。 けれど、不思議と後ろを振り返ることはなかった。 駅へ向かって歩いていると、スマートフォンが震えた。『仕事終わったか』 雄吾からだった。 佳苗は自然と笑みを浮かべる。『今終わりました。これから帰ります』 送信すると、すぐに返信が届く。『悪い。今日は少し遅くなる』 佳苗は画面を見つめ、小さく頷いた。 最近、雄吾は仕事が忙しそうだった。『分かりました。夕飯は何か作っておきますね』 そう送ろうとして、指が止まる。 すぐに次のメッセージが届いた。『その代わり』 代わり? 佳苗は首を傾げる。『今度の土曜日、空けておいてくれ』 思わず鼓動が速くなる。 土曜日。 予定はない。 けれど、どうしてだろう。 その一文だけで胸が落ち着かなくなる。『もちろんです』 佳苗が返信すると、少し間を置いて返事が届いた。『ありがとう』 たったそれだけ。 理由も。 行き先も。 何一つ書かれていない。 それなのに。 佳苗はスマートフォンを胸へ抱きしめるように持った。「もしかして……」 思わず呟く。 すぐに首を振った。「期待しすぎちゃ駄目」 自分に言い聞かせる。 でも。 あの日。 『続きは、また今度だ』 そう言った雄吾の横顔が脳裏に浮かぶ。 佳苗は小さく頬を押さえた。 胸が苦し
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落ち着かない三日間

 土曜日まで、あと三日。 たった三日なのに、佳苗には一週間にも十日にも感じられた。 仕事中は何とか集中できる。 電話対応をして、書類を整理して、先輩へ確認を取る。 忙しくしている間は、余計なことを考えずに済む。 けれど、一息つくと駄目だった。『今度の土曜日、空けておいてくれ』 雄吾から届いたメッセージが頭に浮かぶ。 そして、その後に続く。『続きは、また今度だ』 あの言葉まで思い出してしまう。「佳苗さん」「はい!」 急に声を掛けられ、佳苗は思わず立ち上がった。 周囲の社員が驚いたようにこちらを見ている。「あ、ご、ごめんなさい」 顔が一気に熱くなった。 先輩社員が苦笑する。「そんなに驚かなくても。コピーお願いしていい?」「あ、はい!」 佳苗は慌てて書類を受け取った。 コピー機へ向かいながら、自分で自分に呆れてしまう。「私、何やってるんだろう……」 こんなことで動揺するなんて。 まるで学生の頃の初恋みたいだ。 昼休み。 食堂で昼食を食べていると、向かいに座った女性社員が佳苗の顔を覗き込んだ。「佳苗さん」「はい?」「何かいいことあった?」「え?」「最近ずっと機嫌いいよね」 佳苗は思わず箸を止めた。「そうですか?」「うん。それに今日は何だかそわそわしてる」「そ、そんなこと……」「デート?」 その一言で、佳苗は危うくお茶を吹き出しそうになった。「ち、違います!」 慌てて否定する。 女性社員は「あはは」と笑った。「ごめんごめん。でも楽しみな予定がある顔してるよ」
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