All Chapters of 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています: Chapter 121 - Chapter 130

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会いたい理由

 翌日の夜。 仕事を終えて帰宅した佳苗は、どこか落ち着かない気持ちを抱えていた。 昨日聞かされた話が頭から離れない。 悟が直接会いたがっている。 その言葉自体は不思議ではなかった。 むしろ予想できたことかもしれない。 問題は、その理由だった。 夕食を終えた後、佳苗は参考書を閉じた。 文字を追っていても頭に入らない。 珍しいことだった。「気になるか」 向かいで新聞を読んでいた雄吾が言う。 佳苗は苦笑した。「分かります?」「ああ」 最近はもう隠す気にもなれない。 雄吾には大抵見抜かれる。「会うつもりなのか」 静かな問いだった。 佳苗は少し考える。 そして首を横に振った。「分かりません」 それが本音だった。 会いたいわけではない。 けれど、逃げたいとも思わない。 以前の佳苗なら違っただろう。 会うのが怖かった。 顔を見るだけで苦しくなった。 でも今は違う。「何を言われるかは分かる気がするんです」 佳苗はぽつりと言った。 雄吾は黙って聞いている。「戻ってきてほしい、とか」「やり直したい、とか」「そういう話ですよね」 雄吾は否定しなかった。 それが一番可能性の高い内容なのだろう。 佳苗は窓の外へ視線を向ける。 夜の街が静かに広がっていた。「でも」 そこで言葉を切る。「聞いたところで答えは変わらないんです」 自然と口に出た。 そして、自分でも驚く。 本当にそう思っていた。 悟が謝っても。 後悔していても。 やり直したいと言っても。
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答えは決まっている

 その週の土曜日。 佳苗は近所のカフェで資格試験の勉強をしていた。 休日の午前中は比較的空いている。 窓際の席に座り、参考書を開く。 問題を解く。 間違えた箇所に印を付ける。 それを繰り返していた。 だが。 気が付くと同じページを眺めている。 集中できていなかった。 理由は分かっている。 悟のことだ。 正確には。 悟が会いたがっているという話だった。 佳苗はペンを置く。 窓の外へ目を向けた。 休日の街は穏やかだった。 買い物帰りらしい家族連れ。 手を繋いで歩く夫婦。 楽しそうに笑う子供たち。 そんな光景を見ながら、佳苗はふと考える。 もし。 あのまま離婚を選ばなかったら。 自分は今、何をしていただろう。 答えは簡単だった。 多分。 今も苦しんでいる。 悟の顔色を窺いながら。 恵の存在に傷つきながら。 何も変えられずにいただろう。 佳苗は小さく息を吐いた。 スマートフォンを取り出す。 画面には雄吾からのメッセージが届いていた。『昼は食ったか』 思わず笑ってしまう。 本当に変わらない。 佳苗は短く返信を送った。『まだです』 すぐに返事が来る。『食え』 たった二文字。 それなのに、少しだけ気持ちが軽くなる。 佳苗はスマートフォンをしまった。 その時だった。「佳苗さん」 聞き覚えのある声がした。 顔を上げる。 そこに立っていたのは三浦だった。 佳苗は目を丸くする。「三浦先生?」「偶然
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最後に一度だけ

 その日の夜。 佳苗はリビングのソファで参考書を開いていた。 昼間はあまり集中できなかったが、三浦と話したことで気持ちが整理された気がする。 問題集に視線を落とす。 数問解いたところで、テーブルの上のスマートフォンが震えた。 雄吾だ。 仕事関係の連絡だったらしい。 短く返信を打ち込み、画面を閉じる。 だが数秒後。 再び通知音が鳴った。 今度は別の相手らしい。 雄吾が画面を見て小さく眉をひそめる。「三浦か」 佳苗は顔を上げた。 何となく予想がつく。 雄吾はメッセージを読み終えると、スマートフォンをテーブルへ置いた。「向こうから返事が来た」 佳苗は静かに待つ。「会うなら一回だけでいいらしい」 予想通りだった。 佳苗は驚かなかった。「悟さんが?」「ああ」 雄吾は頷く。「離婚届を提出する前に、一度だけ話したいそうだ」 部屋が静かになる。 時計の秒針だけが規則正しく時を刻んでいた。 佳苗は参考書を閉じる。 そしてゆっくり息を吐いた。「しつこいですね」 思わず本音が漏れる。 雄吾がわずかに笑った。「まあな」 佳苗も苦笑した。 昔ならこんな言い方はしなかっただろう。 相手を悪く言うことに罪悪感があった。 けれど今は違う。 悟を嫌っているわけではない。 ただ。 もう振り回されたくなかった。「会いたくないか?」 雄吾が尋ねる。 佳苗は少し考えた。 そして首を傾げる。「どうでしょう」 不思議だった。 会いたいわけではない。 でも怖くもない。
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最後の面会

 約束の日は、一週間後に決まった。 場所は三浦の事務所近くのホテルラウンジ。 弁護士同席ではない。 ただし、何かあればすぐに連絡できるよう三浦にも共有されている。 佳苗自身が望んだ条件だった。 悟と二人で話す。 本当に最後に一度だけ。 それで終わりにするために。 当日。 佳苗は少し早めに到着した。 窓際の席へ案内される。 平日の昼下がりだからか、店内は落ち着いていた。 コーヒーを注文する。 そして時計を見る。 約束の時間まであと五分。 不思議なほど緊張していなかった。 昔なら違っただろう。 会う前から何を話そうか考えて。 嫌われないように気を遣って。 機嫌を損ねないよう言葉を選んでいた。 だが今は違う。 答えは決まっている。 だから迷わない。「佳苗」 聞き慣れた声がした。 顔を上げる。 悟だった。 スーツ姿は変わらない。 けれど以前より痩せて見える。 目の下には薄く隈もあった。「こんにちは」 佳苗は静かに頭を下げた。 悟も向かいへ座る。 しばらく沈黙が続いた。 先に口を開いたのは悟だった。「来てくれてありがとう」「最後ですから」 佳苗は穏やかに答える。 その言葉に悟の表情が少し曇った。 最後。 その意味を理解したのだろう。 店員が飲み物を運んでくる。 二人はそれを待った。 店員が離れると、悟が小さく息を吐く。「何から話せばいいのか分からない」 苦笑混じりの声だった。 佳苗は何も言わない。 悟はしばらくテーブルを見つめていた
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帰る場所

 ラウンジを出たあと、佳苗はしばらく駅までの道を歩いた。 春の風が心地良い。 悟と会ったのに。 思ったより気持ちは穏やかだった。 最後まで復縁を迫られるのではないかと思っていた。 責められることも覚悟していた。 けれど実際は違った。 悟は謝り。 後悔を口にし。 そして最後には幸せになってほしいと言った。 それだけだった。 佳苗は空を見上げる。 どこか肩の荷が下りたような気分だった。 スマートフォンを取り出す。 少し迷ってからメッセージを送る。『終わりました』 数秒後。 返信が来た。『迎えに行くか』 佳苗は思わず笑ってしまった。 本当に変わらない。『大丈夫です』 そう返そうとして。 少し考える。 そして。『でも、一緒に夕飯食べたいです』 と送った。 送信した瞬間、自分で少し驚いた。 こんなことを言うのは初めてかもしれない。 数秒後。『分かった』 短い返事が返ってくる。 それだけなのに。 胸の奥が少し温かくなった。 マンションへ帰ると、雄吾はすでに帰宅していた。「おかえり」 いつもの声。 いつもの光景。 佳苗は靴を脱ぎながら笑う。「ただいまです」 リビングへ入る。 どこか安心する匂いがした。 夕食の準備をしていたらしい。「どうだった」 雄吾が尋ねる。 佳苗は少し考える。 悟と何を話したのか。 どんな顔をしていたのか。 説明しようと思えばできる。 でも。 一番最初に口から出たのは別
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当たり前じゃない

 悟と会ってから数日が過ぎた。 佳苗の日常は何も変わらなかった。 朝起きて。 会社へ行って。 帰宅して。 勉強をする。 そんな毎日だ。 けれど。 一つだけ変わったことがあった。 もう悟のことを考えなくなった。 気づけば一日思い出さない日もある。 離婚協議のことも。 恵のことも。 今では遠い出来事のようだった。 その日の夜。 佳苗は仕事を終えて帰宅した。 玄関を開ける。 すると珍しく部屋が暗かった。「あれ?」 佳苗は首を傾げる。 雄吾の方が帰宅は早いことが多い。 だが今日はまだらしかった。 時計を見る。 もう八時近い。「残業かな……」 そう呟いてリビングへ向かう。 少しだけ落ち着かない。 別に連絡がないわけではない。 仕事が忙しいだけだろう。 そう分かっている。 それなのに。 何となく気になった。 その時。 スマートフォンが震えた。 画面を見る。 雄吾だった。『遅くなる』 短いメッセージ。 佳苗は思わず笑った。 本当にこの人らしい。『お仕事ですか?』 返信する。 少しして返事が来た。『ああ』 やっぱり短い。 佳苗はソファへ腰を下ろした。 静かな部屋。 冷蔵庫の音だけが聞こえる。 そして。 ふと気づく。 寂しい。 その感情に、自分自身が一番驚いた。 たった数時間。 帰宅が遅いだけだ。 それ
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変わってしまったもの

 翌朝。 佳苗はいつもより少し早く目を覚ました。 理由は分かっている。 昨夜のことを考えていたからだ。 雄吾の帰りが遅かった。 それだけ。 本当にそれだけのことなのに。 自分でも驚くほど気になっていた。「重症だな……」 布団の中で呟く。 もちろん病気ではない。 でも。 何かが変わり始めている気がした。 その感覚を認めるのが少し怖い。 佳苗は小さく息を吐き、ベッドから降りた。 リビングへ向かう。 すると雄吾はすでに起きていた。 いつものようにコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。 その姿を見た瞬間。 なぜだか安心した。「おはようございます」「ああ」 雄吾が顔を上げる。「今日は早いな」「そうですか?」「休みの日だろ」 言われて時計を見る。 確かに普段の出勤時間とほとんど変わらない。 佳苗は苦笑した。「目が覚めちゃったんです」 雄吾はそれ以上聞かなかった。 佳苗も説明しない。 けれど。 何となく落ち着かなかった。 朝食を食べながらも。 コーヒーを飲みながらも。 つい雄吾の方を見てしまう。 そして、そのたびに慌てて視線を逸らす。 完全に不審者だった。「佳苗」 不意に名前を呼ばれる。「はいっ」 思った以上に大きな声が出た。 雄吾が怪訝そうな顔をする。「どうした」「な、何がですか?」「それはこっちの台詞だ」 佳苗は言葉に詰まる。 心臓がうるさい。 まさか気づかれたのだろうか。 いや、そんなはずはない。 まだ自分でも整理できていないのだから。「何かあったか」 雄吾の声はいつも通りだった。 心配しているだけなのだろう。 佳苗は少しだけ肩の力を抜いた。「何もないです」「そうか」 それで話は終わった。 雄吾は再び新聞へ視線を戻す。 佳苗はそっと息を吐いた。 その日の午後。 佳苗は雑貨市へ向かう準備をしていた。 会社の人たちとの約束がある。 鏡の前に立つ。 服を整える。 バッグを持つ。 その時だった。「出掛けるのか」 後ろから声がした。 振り返ると雄吾が立っている。「はい」 佳苗は頷く。「会社の人たちと」「ああ、言ってたな」 雄吾はそれだけ言った。 それだけなのに。 なぜだか少し残念そうに聞こえた。 いや。 違う。 そう聞こえて
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知らない佳苗

 雑貨市は思った以上に賑わっていた。 駅前の広場いっぱいにテントが並び、ハンドメイド雑貨や焼き菓子、アクセサリーなどが所狭しと並んでいる。「佳苗さん、こっちこっち!」 同僚に呼ばれ、佳苗は小走りで向かった。 可愛らしい猫の形をした小物入れ。 手作りのアロマキャンドル。 色鮮やかなガラス細工。 どれも見ているだけで楽しい。 気が付けば二時間近く歩き回っていた。「佳苗さんって意外とこういうの好きなんだね」 同僚が笑う。 佳苗もつられて笑った。「私も知りませんでした」「え?」「好きだったみたいです」 本心だった。 結婚していた頃は、こういう場所へ来ることもほとんどなかった。 休日は悟に合わせていた。 悟が興味を持たない場所へ自分から行こうと思ったこともない。 だから。 自分が何を好きなのか。 案外知らなかったのだ。 解散した頃には夕方になっていた。 佳苗は小さな紙袋を一つ抱えて駅へ向かう。 中にはガラス細工のペーパーウェイトが入っていた。 青いガラスの中に小さな星が閉じ込められている。 見た瞬間に気に入った。 誰かに相談することもなく。 値段を気にして躊躇することもなく。 自分のためだけに買った。 それが少し嬉しかった。 マンションへ戻る。 玄関を開けると、リビングからテレビの音が聞こえてきた。「ただいまです」「ああ」 雄吾が振り返る。 休日だったからだろう。 珍しくスーツではなく私服だった。 佳苗は少しだけ視線を逸らす。 最近、自分でも変だと思う。「楽しかったか」 雄吾が尋ねる。「楽しかったです」
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休日の終わり

 雑貨市へ出掛けてから数日が過ぎた。 買ってきたガラス細工は、佳苗の部屋の棚に飾られている。 窓から差し込む光を受けるたび、小さな星が淡く輝いた。 それを見るたびに、少しだけ嬉しくなる。 そんな自分が不思議だった。 以前なら、こんな気持ちにはならなかった気がする。 必要なものを買う。 生活に必要なことをする。 毎日はその繰り返しだった。 けれど今は違う。 好きだから買う。 行きたいから行く。 会いたい人と会う。 そんな当たり前のことを、少しずつ覚えている途中だった。 その日も仕事を終え、佳苗はマンションへ帰ってきた。 エレベーターを降り、自室の前へ向かう。 すると、見慣れた背中が目に入った。「あれ?」 思わず声が漏れる。 雄吾だった。 玄関の前でスマートフォンを見ている。 佳苗に気付くと顔を上げた。「おかえり」「ただいまです」 自然に返事をしてから、佳苗は首を傾げた。「どうしたんですか?」「鍵を忘れた」 一拍置いて返ってきた答えに、佳苗は思わず吹き出した。「先輩がですか?」「ああ」 雄吾は不機嫌そうに眉を寄せる。 だが、その様子がどこか可笑しい。「笑うな」「だって」 佳苗は肩を震わせた。「初めて見ました」 雄吾はため息をつく。「俺も初めてだ」 佳苗はバッグから鍵を取り出した。 ドアを開ける。 すると雄吾が言った。「先に入れ」 佳苗はきょとんとする。「どうしてですか」「いいから」 理由になっていない。 佳苗は思わず笑ってしまった。
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日曜日の約束

 日曜日の朝。 佳苗は鏡の前で三度目のため息をついた。「何で悩んでるんだろう……」 ベッドの上には服が何着か並んでいる。 仕事用ではない。 休日用だ。 ただ、それだけだった。 それなのに決まらない。 いつもなら適当に選んで終わりなのに。 今日は違った。 理由は分かっている。 雄吾と出掛けるからだ。 たったそれだけのことなのに。 妙に意識してしまう。 佳苗は額を押さえた。「落ち着こう」 別にデートではない。 雄吾はそんなつもりではないだろう。 何か用事があって付き合えと言っただけだ。 そう自分に言い聞かせる。 結局、淡いベージュのブラウスとスカートを選んだ。 派手ではない。 けれど少しだけ気に入っている服だった。 リビングへ向かう。 すると雄吾はすでに準備を終えていた。 私服姿だ。 黒いジャケットに白いシャツ。 相変わらず無駄がない。「おはようございます」「ああ」 雄吾は顔を上げた。 そして一瞬だけ佳苗を見る。 本当に一瞬だった。 だが。「それでいいな」 と呟いた。 佳苗は瞬きをする。「何がですか?」「服」 あっさりした答えだった。 佳苗の心臓がどくりと鳴る。 褒められたのだろうか。 多分。 いや、きっと。 でも雄吾はそれ以上何も言わなかった。 本人にその気はないらしい。 佳苗は慌てて視線を逸らした。「行くぞ」 雄吾が鍵を手に取る。 二人でマンションを出る。
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