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All Chapters of 不惑の森: Chapter 21 - Chapter 30

32 Chapters

21話

後悔は、棘のように胸の奥に刺さったままだ。 十年経った今も、抜ける気配はない。だからこそ、春樹そっくりの〝彼〟を見つけた時、浩美は怖いと思った。 自分がしでかした罪のせいだけではない。 直樹を守ると約束したのに、自分の不幸ばかりに囚われて、何もできなかった。でも、今は違う。 浩美は一度、深く息を吸った。 もう、怖くて逃げるだけの無力な子供じゃない。立ち向かう力くらいはあるはずだ。 今度こそ、守りたいものから目を逸らしてはいけない。「──直。俺は、何があってもお前を守るから」浩美は直樹から目を逸らさず、そう言った。 しかし向かい合った直樹は、小さく首を振った。 そして静かに、浩美の手を取る。「もういい。いいんだ、浩美。そんな約束、果たさなくていい」 「直……?」 「お前は十分やってくれたよ。俺、知ってるから」直樹は浩美の手を包んだまま、ゆっくりと言葉を続けた。 「このコテージを見ればわかる。ここがずっと使われてないなんて、嘘だろ。浩美、今でも頻繁にここへ来てるよな? それで森に入って、春樹を探してる。そうだろ?」浩美は何も答えられなかった。 錆びついたようなざらつきが、喉の奥に引っかかっている。「春樹がいなくなってから、俺たちが村を出るまでの一年もそうだった。お前、毎日森に入って、暗くなるまで帰ってこなかった」遠い記憶を辿るように、直樹の声が静かになる。「帰ってくると、そのままウチに来るんだ。寝込んでた俺の枕元で、『春さん、今日も見つからなかった。ごめん』って……泣きながら」 「……」 「そんなお前を見かねて、おじさんがお前を全寮制の学校に入れるまで、ずっと毎日。それでも長期休みになるたび村へ戻ってきて、また森へ入った」直樹の指先が、浩美の手をきゅっと握る。「それを今も続けてる。十年間ずっと」胸の奥が、鈍く痛んだ。自分ではとうに慣れたつもりでいた。
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22話

「え?」直樹は瞬きを繰り返した。「俺は直樹がいいって言ったんだ。好きな方で呼んでいいなら、俺は直樹の方を選ぶ」浩美に耳元で囁かれ、直樹は動揺を隠せなかった。「な、なんで? 春樹じゃなくていいの? あんなに『春さんの方じゃないのか』って、しつこいくらい聞いてたのに」 「もちろん、春さんのことは好きだよ。今でも尊敬してる。あの人からもらった〝言葉〟は、今だって俺の救いになってる」浩美はそこで一度、言葉を切った。「でも今になって、ようやく認められたんだ。春さんの言う通り、俺はあの人を通して、ずっと別の誰かを見てた。春さんはそれに気づいてたからこそ、俺の気持ちを否定しなかったんだと思う」そう言うと、浩美は抱擁を緩めた。 そして当惑したままの直樹の頬へ、そっと手を添える。「直樹。たとえお前が本当は誰であったとしても──今だけは、直樹でいてくれ」色の薄い瞳が、真っ直ぐ直樹を見つめる。「俺は直樹に、ここにいてほしい」再び強く抱きしめられ、直樹は息をするのもやっとだった。「浩、美……」何と言えばいいのかわからない。 頭の中はぐちゃぐちゃなのに、何かを返さなければという気持ちだけはあった。迷った末、直樹はおずおずと浩美の背中へ腕を回した。 その瞬間、浩美の身体がわずかに緩む。「直樹。これでやっと、本当のことが言える」浩美は直樹の耳元へ顔を寄せると、低い声で囁いた。「俺はずっと──子供の頃から、お前のことが好きだったんだ」 「……⁉」意味を理解するより先に、唇を塞がれた。頭の中が真っ白になる。 逃げることも、押し返すこともできないまま、直樹はされるがまま浩美の唇を受け入れた。首筋に回された手が、襟足の髪を優しく梳く。 それだけで、どうにかなってしまいそうな甘い不安が身体の奥から込み上げた。「……っ、ふ……」 「直、樹」名
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23話

「は?」直樹は小首を傾げた。「だって結局、お前──」浩美が楽しそうに目を細める。「俺が春さんばっかり頼るのを見て、嫉妬してたんだろ?」 「なっ……!」図星を突かれ、直樹は反射的に立ち上がろうとした。 だが、その前に浩美の腕が伸びる。 逃げようとする身体をソファの背へ追い込み、そのまま覆いかぶさるように抱きしめられた。「直樹。直樹、直樹、直樹──」 「おい、名前連呼するなよっ! この二世! ヒロミちゃんめ!」直樹がバンバンと背中を叩くと、浩美は堪えきれないように笑い始めた。「あはははっ! ついに直樹の本領発揮だな。俺、お前にそれ言われるの、意外と好きかも」 「わ、わ、変態!」 「ほーら、変態だぞ」慌てて身を引いた直樹を、大きく腕を広げた浩美が捕まえる。「直樹──」今度はふざけた響きではなかった。 顎をそっと持ち上げられ、そのまま唇が重なる。 最初は、啄むような軽い口づけだった。 一度離れて、また触れる。 それを繰り返すうちに、キスは少しずつ深くなっていった。先ほどとは違う熱に戸惑いながらも、直樹はもう逃げなかった。 触れてきた舌に、おずおずと応える。絡み合った熱が、唇から身体の奥へゆっくり溶けていく。「んっ……ふ……」息が苦しい。 それなのに離れたくないと思っている自分が、どうしようもなく恥ずかしかった。浩美の指が、直樹のシャツのボタンに触れる。 一つ。また一つ。 ゆっくりと外され、開いた胸元から滑り込んだ手が、骨の形を確かめるように肌を辿った。「あっ……浩美、ちょっと、待っ」直樹はとっさに、その手首を掴んだ。 すると浩美はすぐに動きを止めた。 一瞬だけ直樹を見つめ、それ以上何もせずに身体を離す。 「……ごめん」そして、さっき自分で外したボタンを一つずつ丁寧に留め始めた。
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24話

「はい、どうぞ」 「ん、ありがとう」差し出されたカップを受け取ると、浩美はダイニングテーブルの向かいに座る直樹をちらりと見た。 ぼんやりとコーヒーを啜る姿は、一見いつも通りだ。 けれど、首筋に点々と残った赤い痕が、昨夜ベッドの中で起きたことをありありと物語っている。そこから色々と思い出してしまい、浩美は慌てて手元のコーヒーに口をつけた。「あ、うまい。……あれ? でも、ここってインスタントしかなかったよな?」何気なく聞くと、直樹は少し居心地悪そうに視線を逸らした。「ああ。置いてあるやつ使った。インスタントでも、それなりに美味しく淹れる方法があるんだよ」 「へえ」 「俺、一応バリスタの資格持ってるから」 「えっ!?」危うくカップを取り落としそうになった。「お前、そんなにコーヒー好きだったっけ?」こくりと頷いた直樹は、照れくさいのか、妙にかしこまった顔で答えた。「大学受験の勉強してた頃にハマったんだ。それで結局、大学には行かずに専門学校へ通って、店で見習いしながら資格を取った。将来はマイスターの資格も取りたいと思ってる」その口調には、静かながらも確かな意思があった。 浩美は、なんだか不思議な気持ちで直樹を見つめた。──そうか。 当たり前のことなのに、今さら気づいた。 こいつは、昔の直樹でもなければ、春樹でもない。十年という時間を生きてきた、今の直樹なのだ。 いくら幼なじみとはいえ、浩美は村を去ってからの彼を何も知らない。 誰と出会い、どんな場所で暮らし、何を好きになって、何を目指して生きてきたのか。自分の知らない十年間が、直樹にはある。 それなのに浩美は、目の前の彼を十年前の直樹や春樹に当てはめようとしていた。それなのに今の彼を、昔の春樹や直樹に当てはめようとしていた自分が恥ずかしかった。そう思うと、少し恥ずかしくなる。 同時に、嬉しくもあった。彼は森の〝魔〟でも
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25話

「で、今日はどうするんだ?」浩美の問いに、直樹は少し考えてから答えた。「んー……とりあえず、森の外を回ってみるよ。昔行ったところを見れば、何か思い出すかもしれないし」 「……あの日のこと、やっぱりまだ何も思い出せないのか?」自然と声が低くなった。直樹の笑顔も硬くなる。「兄貴が消えた日のこと、だよね」 「ああ」 「そうだな。そこだけは、さっぱり」直樹はしばらく黙り込んだ。 やがて何かを思い出したように、わずかに眉を寄せる。「……でも、一つだけある」浩美が首を傾げると、直樹は小さく頷いた。「兄貴のことで、妙に記憶に残ってること」その表情に緊張が滲む。「……兄貴の目が」 「……目?」 「そう」直樹は窓の向こうへ視線を向けた。差し込む朝の陽ざしは燦々と明るく、暗い森の影など、一片も見当たらなかった。直樹がゆっくりと口を開く。「あの頃の春樹、時々変な目をしてたんだ」窓の外で葉が擦れ合う。 その音に呼応するように、直樹のまつ毛がかすかに揺れた。「普段の兄貴なら、絶対に見せないような目」しばしの沈黙。「まるで──誰かを憎んでるみたいな」浩美は眉をひそめた。「憎むって、あの春さんが? 一体、誰を」 「それがわかれば苦労しないよ」直樹は肩をすくめ、マグカップを持って席を立った。 浩美もそれに続こうとする。その瞬間だった。 ぐらり、と視界が揺れた。「……あれ?」反射的にテーブルへ手をつく。 急激な眠気が、頭の芯まで一気に押し寄せてきた。 身体から力が抜ける。「なんだ、これ……?」どうにか踏ん張ろうとしたが、膝が言うことをきかない。 そのまま床へ膝をついた。頭が重い。 視界が滲む。
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26話

あの日は、雨だったのだろうか。 それとも、晴れていたのだろうか。それすら、もう思い出せない。 だから今は、柔らかな春の小雨に濡れる森の姿を、目に焼きつけておくことにした。 細い雨が枝葉を濡らし、森全体をしっとりと沈ませている。「何をしているんですか? 〝神父様〟」声を掛けると、目の前の大きな背中がびくりと揺れた。 ゆっくりと振り返った〝神父様〟は、まるで迷子になった子供のような目をしていた。彼がいたのは、林道を進んだ先にある空き地の隅だった。 しゃがみ込み、地面に掘った小さな穴へ何かを埋めようとしている。「それ……子供の服、ですか?」 「直樹──どうして、こんなところに……」〝神父様〟は弁解するように両手を上げた。 その拍子に、手にしていた布がぽとりと地面へ落ちる。「直樹、これはね、故国にいる年老いた母が送ってきたものなんだ。彼女はいまだに、私に子供がいると思い込んでいてね。少し惚けているんだろう。私に息子なんていないのに……」そして、逃げるように話題を変える。「それより直樹、君こそどうしてここにいるんだい? 傘も差さずに。こんなに濡れているじゃないか!」そう言って伸ばされた手を、直樹はがしりと掴んだ。「……っ!」〝神父様〟が息を呑む。 あまりにも冷たい手に驚いたのだろう。「直樹!? こんなに冷えて……まるで幽霊みたいじゃないか」男は慌ててその手を擦ろうとした。けれど直樹は、それを許さなかった。 掴んだ手首を離さないまま、静かに言う。「その通りですよ、〝神父様〟」 「……え?」 「実は俺、直樹じゃないんです」男の顔から、表情が消えた。 直樹は微笑んだ。「俺は、春樹なんですよ」 「──っ!?」男の顔に、ありありと悪寒が走った。 掴まれた腕を振りほどこうとする。 だが、びくともしない。
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27話

「さっきから、そう言っているじゃないですか?」春樹は前屈みになると、すっと男の顔を覗き込んだ。 途端、男は短い悲鳴を上げて身を引き、背後の木の幹に背中を打ちつけた。春樹は、その様子を笑顔のまま見つめていた。 この顔が、男を何よりも怯えさせている。 それをわかったうえで、さらに追い打ちをかける。「残念ですよ」 「……な、何が……」 「もし貴方が〝神父様〟なんて呼ばれていなければ、もっと早く正体に気づいた人がいたかもしれない」男の顔が強張った。「神戸で起こした事件の記事を偶然見つけて、問い合わせる人だっていたかもしれない。でも、誰もそうしなかった」春樹は静かに目を伏せる。「村の人たちは、誰一人として貴方の本名を知らなかったから。〝神父様〟なんて大層な呼び名だけを信じて、安心しきっていた」 「……」 「本当に、残念です」春樹が目を伏せた、その瞬間だった。 男は力任せに腕を振りほどくと、春樹の脇をすり抜けた。そのまま背後にぽっかりと口を開ける森へ駆け込もうとする。 だが、一歩も入れなかった。 春樹が素早く回り込み、その進路を塞いだからだ。「どこへ行くんです?」男が息を呑む。「この森に逃げ込んだら、終わりですよ」春樹は背後の暗い森へ、ちらりと視線を向けた。「貴方が拐した少年たちが、きっと逃がしてくれない」 「……っ」 「俺、何度か見ましたよ。この森で」春樹は微笑む。「貴方が連れてきた子供たちを」男の顔が、ぎくりと強張った。「バ、バカなっ!」突然、声を荒らげる。「そんなはずないだろう! オレはちゃんと、あの子らを生きて街へ帰している!」 「……」 「ただ……ただ、服を少し、記念にもらっていただけだ!」ぬかるみに膝をついた男は、背中を丸めて震え始めた。 春樹はゆっくりとそ
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28話

「違うっ!」途端、男が勢いよく身体を起こした。 「違うっ! 違うっ! オレはやっていない! 結局、あれは失敗したんだ! 春樹なら知っているだろう!? お前が止めに来たから──」男はじりじりと膝行りながら後ずさる。 そして突然、もつれるように立ち上がると、背を向けて森の奥へ駆け込んだ。春樹はその後ろ姿を眺めながら、ゆったりとした足取りで自らも森へ入っていく。──いくら逃げても無駄だ。 この森で、俺の知らないことなどないのだから。前方では、男の巨体が木々の間をふらふらと逃げていく。 春樹はその背中へ、静かに言葉を投げかけた。「俺はあの日、直樹がいないことに気づいて、すぐこの森へ向かいました」男の足が、わずかによろめく。「貴方がいつも少年たちを連れてきていた、この場所に」春樹は足を緩めない。「俺がここへ着いた時、貴方は直樹に手をかける寸前だった。あの子は地面に倒れて、頭から血を流していた」男の肩がびくりと揺れた。 足取りはよたよたとおぼつかなかったが、それでも前へ進もうとするように、両手だけが必死に宙を掻いていた。「暴れたから、殴ったんでしょう? そのせいで、直樹はあの日の記憶をすべて失った」そこで春樹は、わずかに目を伏せた。「……まあ、それは今はいい」再び男を見る。 神父の背中が、うす暗い木々の間をぬっていく。「あの時、血だらけの直樹を見た俺は、頭に血が上って貴方に掴みかかった。でも、体格の差には勝てなかった」淡々とした声が、濡れた森に響く。 鳥の声が遠くの空へと消えていく。「俺は貴方に首を絞められて──」 「埋めた!」男が突然振り返った。 立ち止まり、狂ったように両腕を広げる。「だって、そうするしかなかった! お前はオレの正体に気づいていたから!」男は後ずさった拍子に木の根へ足を取られ、ぬかるんだ地面へ派手に倒
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29話

浩美の声が、風に乗って届く。「俺がわからないとでも思ったのかよ? 昨日も言ったよな、もう迷わないって」 浩美は真っ直ぐ直樹を見つめた。「お前は間違いなく直樹だ。他の誰でもない」そう言うと表情を和らげ、直樹の頭をぽんぽんと叩いた。 けれど、直樹は俯いたまま動かない。「……おい、直樹?」不審に思った浩美が顔を覗き込む。「お前、泣いてるのか?」 「バッ……そんなわけないし」直樹は慌てて顔を背けた。「それより、お前こそなんでここにいるんだよ。あの薬、結構効くやつなんだけど」ごしごしと目元を拭いながら、改めて浩美を見る。 その視線に気づいた浩美は、なぜか得意げに胸を張った。「まあ、コテージの台所にあったコーヒー、全部飲んだからな」 「……は?」 「飲んだっていうか、最後の方はもう食ったに近いけど」ぺろりと舌を出した彼に、直樹は言葉を失った。「嘘だろ。何その無茶苦茶な理屈。いくらカフェインが入ってるからって、そんなのでどうにかなるわけ──」 「いいんだよ。要は気持ちの問題だ。何事も気合いでどうにかなる」 「いや、ならないだろ」即座に突っ込んだものの、浩美の身体は言葉とは裏腹にふらふらと揺れている。 目も半分閉じかけていた。「お前、全然どうにかなってないじゃん」これではこいつも穴へ落ちかねない。 見ていられなくなった直樹は、浩美の腕を自分の肩へ回し、その身体を支えた。「さんきゅ」と浩美は眠たげに呟いた。 そのまま閉じかけていた目を開き、今度は真剣な顔で直樹を見つめる。「なあ、直樹」 「ん?」 「お前が直樹だってことは、もう疑ってない」一瞬、言葉が消える。「でも、どうしてだ?」浩美の黒い瞳が、直樹を真っ直ぐに見つめる。「どうしてお前は、あの日この森で起きたことを、あんなに詳しく知ってる? 春さん
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30話

──浩美はいつだってこうだ。いつも自分を守ろうとしてくれる。 それは、春樹との約束よりもずっと前から変わっていない。浩美は昔から、直樹にとって頼れる〝兄貴分〟だった。 春樹よりも年の近い彼は、いつだって自分と同じ目線に立ちながら、ほんの少しだけ先を歩いていた。 直樹がそこへ追いつくのを待ちながら、さりげなく手を貸してくれる。しかも、守られているこちらにそれを悟らせないほど自然にやってのけるのだ。昔、兄貴につきまとっていた奴に直樹が喧嘩をふっかければ、一緒になって買ってくれた。 一人でつまらなそうにしていれば、何も聞かずに外へ連れ出してくれた。お坊ちゃんのくせに喧嘩はやたら強くて、くだらない悪戯にも嬉々として乗ってくる。 真面目で慎重な春樹とはまるで違う。 だからこそ、一緒にいるのが楽しかった。今になって思えば、直樹は浩美といる時だけ、素の自分でいられたのかもしれない。あの頃の直樹は、兄を守ることに必死だった。 けれど浩美の隣だけは、唯一、気を張らなくてよかった。一見軽そうに見えて、実際かなり軽いところもあるくせに、妙に面倒見がよく、何かにつけて世話を焼いてくる。 その背中に庇われることを、直樹はどこか心地よく感じていた。 浩美の背中は、いつだって頼もしかったから。それなのに、この十年間。 直樹は彼に会いたいと思ったことがなかった。──いや、会いたくなかった。怖かったのだ。 あの事件を境に、自分たちの関係まで変わってしまったことを知るのが。けれど、本当のことを言えば、それも少し違う。 二人の関係が変わったのは、事件の日ではない。もっと前だ。 浩美が春樹への想いを打ち明けた、あの日から。あの時──浩美が春樹に告白した時、実は直樹もコテージまで来ていた。 ちょっとした悪戯を仕掛けようと思い、用事があるふりをして春樹だけを先に行かせたのだ。少し遅れてコテージへ
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