《「君は俺の花だ」妹に婚約者を奪われた私を、冷徹華道家が溺愛して離してくれません》全部章節:第 91 章 - 第 100 章

107 章節

第91話 最後の忠告

 澪の足が止まる。 夜風が二人の間を静かに吹き抜けた。「……美羽ちゃんの、ことなんだけど……」 拓真は言いにくそうに視線を伏せる。 ここで話すべきか。 迷いがなかったと言えば嘘になる。 けれど――。「澪には、知っておいてほしい」 その声は真剣だった。澪の表情が強張る。しっかりと体を拓真の方に向けて向き合った。「美羽が……どうしたの?」 拓真は小さく息を吐いた。「最近、様子がおかしい」「様子……?」「あいつ、この前の華道展のあとから、神宮寺さんのことをやたら気にするようになった」 澪は思わず眉を寄せる。 展覧会の日。 美羽は確かに会場へ来ていた。 綾人に突然触れようとして、澪が間に入って止めた日だ。忘れることなんてできない。「神宮寺さんのこと、結構調べてるみたいで……」 チラリと見たスマホの検索履歴。 華道になんて興味がないのに、家に増えていく華道の雑誌。「最初は興味本位かと思ってた」 拓真は苦く笑う。「でも違う。美羽ちゃん……何か考えてる」 澪の胸が小さくざわついた。「この前も言ってただろ。『拓真さんを返してあげる』って」 その言葉を聞いた瞬間、澪の脳裏にあの日の美羽の笑顔がよみがえる。 無邪気で。けれど、どこか底知れなかった笑み。「正直、あのときは意味が分からなかった。あの後、俺、家に帰ってからも言われたんだ。『お互い、欲しいものを取り返そう』って」 拓真は苦しそうに続ける。「今なら分かる。あいつは、最初から俺のことが好きだったわけじゃない」 その先を口にするのをためらう。けれど、もう隠す必要はなかった。「……美羽ちゃんの目的は、澪の大切な人を奪うことだ」 静かな夜に、その言葉だけが重く落ちた。「そんな……」 澪は思わず息を呑む。「どうして……?」「理由は分からない。でも、純粋な恋心なんかじゃない」 拓真は自嘲するように笑う。「俺は、一度それを見誤った」 美羽の涙。 甘える声。 守ってあげたくなるような仕草。 全部、本物だと思っていた。 だから気づけなかった。「もう同じ失敗はしたくない」 拓真は真っ直ぐ澪を見た。「だから伝えたかった。」「……」「もし何かあったら、一人で抱え込むな。神宮寺さんを信じろ」 その言葉に、澪は目を見開いた。 まさか拓真の口から、そんな言
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第92話 頬を撫でる手

 神宮寺家へ戻る頃には、空はすっかり藍色に染まっていた。 澪は門の前で一度足を止め、小さく息を吐く。 胸の中にあった重たいものは、不思議なくらい静かだった。 終わった。 本当に、終わったんだ。 そう思うと、自然と足取りも軽くなる。 玄関の扉を開けると、佐伯が穏やかな笑顔で迎えてくれた。「お帰りなさいませ、澪さま」「ただいま帰りました」 そのやり取りだけで、心の中がほぐれていく。「綾人さまは自室にいらっしゃいますよ」「ありがとうございます」 澪は小さく頭を下げ、そのまま綾人の自室へと向かった。     ◇ 静かに扉をノックする。「綾人くん、帰りました」「入っていい」 中へ入ると、綾人は小さな花器に花を生け終えたところだった。 澪の姿を見ると、その手を止める。「……お帰り」 いつもよりもその声が柔らかく感じた。澪の目の奥がほんのりと熱くなる。「ただいま」 綾人はそれ以上何も聞かなかった。 澪が話し始めるまで、静かに待ってくれる。 その優しさが、たまらなく愛しかった。「……ちゃんと、終わらせてきました」 綾人はゆっくり頷く。「ああ」「謝ってくれて……あと、お別れもしっかりしました」「そうか」「私も、自分の気持ちをちゃんと伝えられました」 少しだけ笑う。「もう、大丈夫です」 その言葉を聞いた瞬間。綾人の肩から、ふっと力が抜けたように感じた。(……心配してくれてたんだ。) 行ってこいと言ってくれた。 信じていると言ってくれた。 でも、それは不安がなかったという意味じゃなかった。
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第93話 澪への依頼

  数日後。澪はアンジェリケではなく、綾人のアトリエを訪れていた。 窓から差し込む朝の光が、色とりどりの花を優しく照らしている。「おはようございます」「おはよう」 綾人はすでに作業を始めていた。 澪もエプロンを身につけ、花の水替えを始める。 それはすっかりこのアトリエでの澪の仕事になっていた。 しばらく穏やかな時間が流れた、そのときだった。 コンコン、と扉がノックされる。「失礼いたします」 相良が書類を抱えて部屋へと入ってくる。「綾人様、本日届いたご依頼をお持ちしました」「ああ」 綾人は手を止め、相良から書類を受け取った。相良は慣れた様子で一枚ずつ説明していく。「再来月の個展のご依頼です」「それから、こちらはホテルロビーの展示依頼」「こちらは雑誌の取材になります」 綾人は目を通しながら、必要なものだけを横へ分けていく。 そんなやり取りを、澪は少し離れた場所から眺めていた。(すごいな……) 綾人のもとには、毎日のように依頼が届く。 華道家として積み重ねてきた信頼の証。 自分にはまだ遠い世界だと思っていた。「それと……」 相良が、一番下にあった封筒を取り出した。「一点だけ、少し変わったご依頼がございます」 綾人が相良へと視線を向ける。「こちらは……澪さま宛です」 相良は微笑みながら、その封筒を澪の前へ差し出した。「……え?」 澪は目を丸くした。「わ、私ですか?」「はい。」 封筒には確かに書かれていた。『白石 澪 様』 震える手で封を開き、
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第94話 花を好きな気持ち

 イベント当日まで一週間。 澪と綾人は依頼先である地域文化センターを訪れていた。 受付で名前を告げると、一人の女性が笑顔で近付いてくる。「神宮寺先生と白石先生ですね。お待ちしておりました」 三十代後半くらいだろうか。 柔らかな雰囲気をまとった女性は、名刺を差し出した。 まさか自分が『先生』と呼ばれる立場になるなんて思わず、澪は少しだけ戸惑う。「今回のイベントを担当しております、田中です」「白石澪です。本日はよろしくお願いいたします」 澪も慌てて頭を下げる。「こちらこそ、よろしくお願いします」 澪たちは会議室へ案内され、資料を広げながら打ち合わせを始めた。「今回は小学一年生から中学三年生までのお子さんが十五名参加予定です」 田中が資料を見せながら説明する。「華道を教えるというよりは、子どもたちには、まず花を好きになってもらいたいと思っています」 その言葉に、澪は自然と表情を和らげた。「それなら……私にもできるかもしれません」「そう思って、白石さんへお願いしたんです」「え?」 田中はふっと微笑む。「実は先日の華道展で、白石先生のことをお見かけしていました」 澪は驚いて目を瞬かせた。「展示されていた作品ももちろん素晴らしかったんですが……私が印象に残ったのは、白石先生だったんです」「私……ですか?」「ええ」 田中は穏やかに微笑んで頷いた。そして思い出すように言葉を紡ぐ。「花をご覧になっていた小さなお子さんが、転びそうになったでしょう?」 澪は少し考えてから、そんな場面が確かにあったことを思い出して小さく頷いた。「そのお子さんがお花に少し触れてしまったにも関わらず、真っ先にお花じゃなく、その子へ駆け寄りましたよね」「……」「そのあと、お花もきちんと直していて。ああ、この方ならお願いしたいと思ったんです」 澪は思わず胸に手を当てる。 そんなところを見てくれていた人がいたなんて思ってもいなかった。「大切なのは技術だけではないと、教えられた気がしたんです」「ありがとうございます……」 照れくさそうに笑う澪に、田中も優しく微笑み返した。「白石先生は、どうして華道を始められたんですか?」 その問いに、澪は少しだけ遠くを見る。 幼い頃、父に手を引かれ、初めて訪れた華道教室。 最初は難しくて、何をすればいいの
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第95話 花を好きになろう

 イベント当日。 地域文化センターには、朝から子どもたちの元気な声が響いていた。「おはようございます!」 元気よく挨拶をする子。 少し恥ずかしそうに母親の後ろへ隠れる子。 会場には十五人の子どもたちが集まっていた。 澪は思わず胸の前で手を握る。(緊張する……) そんな澪の隣で、綾人は静かに会場を見回していた。「大丈夫だ」 澪は思わず綾人を見上げる。「……はい」 その一言だけで、不思議と肩の力が抜けた。 子どもたちが全員集まり、定刻になる。まずは田中が前へ出た。「今日は、とっても素敵な先生をお呼びしています」 子どもたちの視線が一斉に澪へ集まる。 澪は深呼吸をして、一歩前へ出た。「皆さん、こんにちは」「こんにちはー!」 元気な返事に思わず笑みがこぼれる。「今日は、一緒にお花で遊びましょう」 その言葉に、子どもたちの表情がぱっと明るくなった。 『学ぶ』ではなく『遊ぶ』という言葉をあえて使った。 その一言だけで、会場の空気が柔らかくなる。「先生、お花って難しい?」 一番前に座っていた一人の男の子が手を挙げて言う。 澪は少し体を屈めて、その子と目線を合わせた。「難しくないよ」「ほんと?」「うん」 澪は一本のガーベラを手に取る。「みんな、お友達と一緒にいると楽しいでしょう?」 子どもたちが頷く。「お花もね、お友達がいると嬉しいんだよ」 そう言って、ガーベラの隣へ小さなカスミソウを添える。「わぁ」 あちこちから小さな歓声が上がる。「だから今日は、お花のお友達を探してあげようね」「やりたーい!」 子どもたちが一斉に笑った。 その笑顔を見て、澪も自然と笑う。懐かしい気持ちで、胸がいっぱいになる。 昔、宗一郎先生も、こんなふうに話してくれた。 難しいことは何も言わなかった。 花が好きになるように。 ただ、それだけを教えてくれた。 今、自分も同じことをしている。 そう思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。 教室が始まると、子どもたちは思い思いに花を選び始めた。「先生! この赤いお花がいい!」「私はピンク!」「ぼく、この葉っぱ好き!」 会場は笑い声でいっぱいになる。 澪は一人ひとりの作品を見て回りながら、「いいね」「その組み合わせ、素敵」「そのお花、喜んでるね」 そう声を掛
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第96話 もっと

  子どもたちへの華道教室を終えてから、数日が過ぎた。 アトリエには、いつもの穏やかな時間が流れている。 澪は花材を整理しながら、何度も綾人のほうへ視線を向けていた。 話したいことがある。 そう思うのに、なかなか言葉が出てこない。「……綾人くん」 意を決して声をかけると、作品を生けていた綾人が静かに顔を上げた。「なんだ」 澪は胸の前で手を組み、小さく息を吸う。「あの……」 一度言葉を切ってから、真っ直ぐ綾人を見つめた。 綾人は何も言わず、続きを待ってくれる。  その優しさに背中を押されるように、澪は続けた。「また、ああいうお仕事がしたいです。子どもたちと一緒にお花を生けていて、本当に楽しかったんです」 あの日の子どもたちの笑顔が思い浮かぶ。 花を抱えて嬉しそうにはしゃぐ子。 自分だけの作品を誇らしそうに見せてくれた子。 帰るときに、「また先生に会いたい」と手を振ってくれた子。 その一つひとつが、今でも胸に残っている。「花を好きになってくれる子が増えたら嬉しいなって思って……」 澪は少しだけ照れくさそうに笑う。「もし私にもできる仕事があるなら、もっと挑戦してみたいです」 綾人は澪の表情を見つめたあと、ふいに視線を隣へ向ける。「相良」「はい」 声を掛けられた相良は、まるで待っていたかのように一冊のファイルを持ってきた。「澪さま。こちらを」「……?」 澪が受け取って開くと、そこにはいくつもの資料が綴じられていた。『市立小学校 華道体験教室』『高齢者施設 季節の生け花イベント』『商業施設 親子ワークショップ』 思わず目を見開く。「この依頼は……?」 相良が穏やかに微笑んだ。「すべて、綾人さまに来ている、ワークショップのご依頼です」「え……?」 澪は驚いて綾人を見る。「俺が断っている案件だ」 綾人は落ち着いた口調のまま続けた。「時間がなくて、とてもじゃないが引き受けることができない」 その隣で、相良もひとつ小さく頷いた。「もしこれを澪さまが引き受けてくださるなら、こちらとしてもとても助かります」 華道を広めたいという気持ちは綾人にもあるのだと、相良は教えてくれた。綾人もそれを否定しない。「俺がお前の予定を決めるつもりはない。でも、興味があるなら、俺から先方に話は通す。むしろ……俺よりも澪
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第97話 幸せな毎日

 あれから数週間。 澪の日常は、少しずつ変わり始めていた。「澪ちゃん、お客様から花束のご注文。お願いできる?」「はい!」 アンジェリケでは、いつも通り花屋の仕事をこなす。 季節の花を選び、色の組み合わせを考えながら一本ずつ束ねていく。「ありがとう。やっぱり白石さんにお願いしてよかったわ」 花束を受け取った常連客が、嬉しそうに微笑む。「娘の誕生日なの。きっと喜ぶわ」「ありがとうございます」 澪も自然と笑みを返した。 花を贈る人。 花を受け取る人。 その間を繋ぐ仕事が、昔から好きだった。 花を通して、誰かに笑顔を届けられる場所が、少しずつ増えていた。(それに……不思議。華道教室に通っていたころのことはずっと忘れていたのに……) 花を好きな気持ちだけは、ずっと残っていた。 胸元に下げた、白い花のお守りも。どうして持っているのか分からなかったのに、手離してはいけないものだとずっと思っていた。(このお守りが……綾人くんと私を、もう一度引き合わせてくれたのかな) 澪は小さく口元を緩め、お守りを指で触った。     ◇「来週は、市立小学校での華道体験教室です」 神宮寺家の応接室。 相良が手帳を開きながら予定を読み上げる。「その翌週は、高齢者施設で季節の生け花イベント。そして、その翌々週には商業施設で親子向けワークショップが……」「……あれ? 手帳、新しくされたんですか? いつも、黒の手帳ですよね」 相良の手元を澪は指差す。そこには、いつもの黒革の手帳ではなく、白い手帳があった。 相良は「ああ」と小さく頷くと、「これは、澪さまの予定を書き込むための手帳です」 と、微笑んだ。「えっ……私の?」「はい。綾人さまに、澪さまのスケジュール管理もするよう申し付けられましたので」 澪は思わず目を丸くした。「これからは、澪さまのサポートもお任せください」 そっと胸に手を当てる相良に、澪は慌てて頭を下げた。「よ、よろしくお願いします……っ」「はい。では、予定の続きをお話させていただきます」 全ての予定を聞き終わるころには、澪の頭はパンクしそうになっていた。そんな澪を見て、相良は笑う。「忙しくなりますね」 少し離れたデスクに座っていた綾人は資料から顔を上げた。「無理はするな」 短く紡がれる言葉。 けれど、その声には
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第98話 招かれざる生徒

 一週間後の地域交流センターの一室。 会場には色とりどりの花が並べられ、参加者たちが次々と受付を済ませていく。 澪は緊張しながらも、一人ひとりへ笑顔を向けた。「こんにちは。本日はよろしくお願いします」「先生、よろしくお願いします」 年配の夫婦。 親子連れ。 友人同士で参加した女性たち。 楽しそうな声が教室に広がっていく。(今日も楽しんでもらえたらいいな) そう思った、そのときだった。「こんにちはぁ」 聞き覚えのある甘い声。 心臓が跳ね、澪の笑顔が固まった。 ゆっくりと振り返る。 そこには、柔らかなシフォンのワンピースを身にまとった美羽が立っていた。「……美羽……どうして」 澪の強張った唇から、声が漏れる。 美羽はそんな澪を見て、にっこりと微笑んだ。「なぁに、お姉ちゃん」 そのまま近づき、 可愛らしいピンクラメのネイルが施された人差し指で澪の頬をつん、とつつく。「そんな怖い顔しないで?」 澪はその手を払うように、小さく一歩下がった。「……帰って」 震える声で、それだけ言う。 しかし、美羽はきょとんと目を丸くした。その瞳が、次の瞬間、いたずらを思いついた子どものように細められる。「えー?」 すっと息を吸ったと思ったら、美羽は少しだけ声を大きくする。「ここのワークショップって、人を選ぶんだ? 帰ってなんて、ひどぉい」 周囲の視線が一斉に集まる。「……どうしたの?」「知り合い?」 小さなざわめきが広がる。澪はぎゅっと拳を握った。(だめ……) ここは教室。 参加者が楽しみに来てくれた場所。 自分の感情で空気を壊してはいけない。 必死に息を整え、ゆっくりと笑顔を作る。「……ご参加ありがとうございます」「うん」 美羽は満足そうに笑った。「お姉ちゃんの華道展の作品を見たらね、美羽もお花に興味が出ちゃって」 まるで本当に憧れている妹のような口ぶり。 周囲も、さっきまでの不穏な空気が消えたからか、微笑ましそうに見守っている。「それにね」 美羽は、にっこりと笑って澪の顔を覗き込んだ。「華道家さんに嫁ぐなら、お花のこと、もっと好きにならないとね」 そして、そのピンクのリップが光る艶やかな唇をそっと澪の耳元に寄せた。「お姉ちゃんみたいに」 その声と笑顔を見た瞬間、澪の背中を冷たいものが走った
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第99話 彼女が見ているもの

 ワークショップが始まると、会場には穏やかな空気が流れ始めた。「今日は、皆さんそれぞれが『好き』と思ったお花を選んでください」 澪が優しく声を掛ける。「正解はありません。皆さんが『きれいだな』、『好きだな』と思った気持ちを大切にしてくださいね」 参加者たちは笑顔で頷き、それぞれ花材の並ぶテーブルへ向かっていく。「先生、このお花使ってもいいですか?」「もちろんです」「先生、この葉っぱも一緒にしてみたいんだけど……」「素敵だと思います。それなら、ここにこうやって……」 会場には自然と笑顔が増えていく。 そんな中、美羽は誰よりも熱心な生徒だった。「澪先生、このお花とこのお花なら、どっちが合いますか?」「澪先生、この高さで大丈夫ですか?」 次々と質問を重ねてくる美羽に、澪は他の生徒と接するときと同じように、ひとつひとつ丁寧に答えた。 ふっと湧いて出て来そうになる「どうして?」という疑問を、押し殺しながら。「どちらも素敵ですよ。美羽……美羽さんが好きだと思うほうを選んでみてください」「わかりました!」 美羽は嬉しそうに微笑む。 その姿を見ていた参加者の一人が、感心したように口を開いた。「妹さん、とても熱心ですね」「ええ、本当に」 前回から引き続いて、今回のワークショップも担当してくれている田中も嬉しそうに頷いた。「お姉さんのこと、尊敬されているんですね」「はい! 私、お姉ちゃんみたいになりたくってぇ」 美羽がにっこりと微笑む。 澪も、小さく笑顔を作った。「……ありがとうございます」 胸の奥は、少しだけ苦しかった。 それでも今日だけは先生でいなければならない。 誰に対しても平等に。 誰に対しても優しく。 そう心に決めて、一人ひとりの作品を見て回った。     ◇「それでは最後に、皆さんの作品を見せていただきましょう」 完成した作品が机の上へ並ぶ。「わぁ、素敵!」「みんな違って面白いですね」 拍手が起こる。 子どもも大人も、自分だけの花を嬉しそうに見つめていた。「今日は本当にありがとうございました!」 参加者たちが笑顔で頭を下げる。「白石先生、また参加したいです」「すごく楽しかったです」「花がもっと好きになりました」 その言葉を聞いて、澪も自然と笑顔になった。「こちらこそ、ありがとうござい
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第100話 妹の善意

 ワークショップから数日後。 地域文化センターでは、田中が次回イベントの準備を進めていた。「受付名簿は……これで大丈夫ですね」 資料へ目を通していると、受付から声が掛かる。「田中さん、お客様です」「はい」 顔を上げると、そこには見覚えのある女性が立っていた。「あの……こんにちは」 柔らかな笑顔。 白いブラウスに淡いピンク色のスカート。 先日のワークショップへ参加していた女性だった。「あっ!」と、それが誰かを思い出して、田中は嬉しそうに立ち上がる。「白石先生の妹さん!」「覚えていてくださったんですね」 美羽は照れたように笑うと、丁寧に頭を下げた。「この前は、本当にありがとうございました」「こちらこそ、ご参加ありがとうございました」「すごく楽しかったです」 そう微笑む姿は人当たりがとてもよく、また、礼儀正しかった。「私、お花って難しいものだと思ってたんです。でも、お姉ちゃ……じゃなくて、澪先生のお話を聞いてたら、もっと知りたくなっちゃって」 田中は嬉しそうに微笑む。「きっと白石先生も喜びますよ」 美羽は少しだけ頬を染める。「昔から、お姉ちゃんに憧れてたんです。何でもできて、優しくて。だから私も、少しでも近付きたくて」 その言葉を聞いた田中は、自然とその口元を緩めた。(本当に仲のいい姉妹なのね) そう思った、そのときだった。「実は……」 美羽が少しだけ遠慮がちに口を開く。「何か、お手伝いできることってありませんか?」「え?」「受付でも、お掃除でも、荷物運びでも」「澪先生のお役に立てたら嬉しいなって」 田中は思わず目を丸くする。「ボランティアって、募集されていますよね?」「はい。していますけど……」 最近は参加者が増え、受付や会場設営を手伝ってくれる人が足りなくなっていた。 正直、とても助かる。「もしご迷惑じゃなければ……ぜひ、お手伝いさせてくださいっ」 美羽は勢いよく深く頭を下げた。 田中は少しだけ考えたあと、ぱっと笑顔になる。「はい。白石先生の妹さんなら、こちらも安心ですし、ぜひお願いします!」「本当ですか?」「もちろんです!」 美羽は嬉しそうに両手を合わせ、愛らしく飛び跳ねた。「ありがとうございます!」「白石先生も、妹さんがお手伝いしてくれるって知ったらきっと喜びますよ」 
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