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131話

「たくさん頑張ってたから、ささやかなご褒美」「ありがとうございます。実は、私も末安さんにお礼を用意してたんです」 千夏は小さな紙袋を成也に手渡した。「先生からプレゼントもらえるなんて嬉しいなー。でもなんで?」「末安さんがいなかったら、私は父に襲われていました……。それに、ここまで頑張れなかったと思うんです。だから、ありがとうございました」 照れくささで頬を染めながら礼を言うと、成也は目を丸くした。「そんな風に思ってもらえてたなら嬉しいな。けど、それだけ先生の中で俺の存在が大きいんだなって、自惚れちゃうよ?」 例の完璧な笑顔を向けられ、千夏はドギマギしてしまう。「可愛いな、先生は」「からかわないでください」「からかってないって。ね、それ開けてよ。俺も開けるから」 成也は紙袋から青いギフトボックスを出しながら言う。 千夏は丁寧にラッピングを外し、箱を開けた。中には薄手のストールが入っていた。白と黒の大柄チェックで、仕事中にも身につけられそうだ。「それなら夏でも使えるだろうし、髪をまとめてもいいんじゃない?」 成也はストールを箱から出すと、千夏の首に巻きつける。「うん、よく似合ってる」「ありがとう、ございます……」 気恥ずかしくなって、ストールに顔を埋める。「まさかこんなにいいライターもらえるなんて思わなかったよ。ありがとね、先生。しかも俺のイニシャルまで入ってる」 顔を上げると、成也は嬉しそうにジッポライターを眺めていた。「いえ、気に入っていただけたようで何よりです」 千夏が小さく微笑むと、成也も笑みを返し、甘い空気が事務所に漂う。 「見てるこっちが恥ずかしくなるよ……」 煙草を買いに行っていた幸男は、そっとドアを閉めて気まずそうに頬を掻いた。若いふたりの邪魔をしてはいけないと、煙草を吸いにいつもの喫煙所へ向かった。
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132話

 ひろしが起こした無差別殺傷事件が起きて半年後、彼に死刑判決が下った。それをきっかけに、ゲレティヒカイトの信者は芋づる式で逮捕され、メシアである宗介は行方をくらました。雪花菜のおかげで千夏はマスコミに追いかけ回されることなく、平穏を取り戻しつつある。 桜が散り始める季節、笹塚法律事務所は珍しく暇を持て余していた。抱えている案件といえば借金の過払い金1件で、幸男が担当しているため、千夏と成也は資料の整理をしている。 千夏は少し伸びた髪をポニーテールにし、成也からもらったストールを巻いている。 ふと千夏が顔を上げると、成也は手を止めて外をぼんやり眺めていた。「末安さん、手が止まってますよ」「ごめんごめん、退屈すぎてつい」 悪びれる様子もなく言うと、成也の電話が鳴った。どうやらメールが来たらしい。彼は一瞬怯えたような顔をしてメールを確認する。「暇だし帰りますね。おねーさんからデートのお誘いも来ちゃったんで」 ヘラヘラ笑う成也だが、無理をしているのは明らかだ。「あぁ、気をつけて帰るのだよ」「はーい、お疲れ様です」 成也はカバンを持って事務所から出ていってしまった。「所長、末安さん、何か隠しているように見えますけど……」「人にはいろいろな事情があるものだよ。詮索はよしたまえ」「まぁ、そうですね……」 納得したふりをする千夏だが、釈然としないまま、資料の整理を再開した。 一方成也は、高級マンションの最上階に帰った。足の踏み場もないほど散らかっていた部屋は綺麗に片付けられている。(あんだけ散らかしてやったのに、まだ懲りないのか) 内心舌打ちしながら、笑顔を貼り付ける。 奥にあるひとり掛けのソファには、バスローブを着たグラマラスな美女がいる。歳は30代半ばといったところか、彼女は妖艶な笑みを浮かべて手招きをする。「おかえりなさい、成也。こっちにいらっしゃい、治療の時間よ」 そう言って美女は座ったままバスローブを脱ぎ、大きく足を開いた。「はい、先生」 抑揚のない明るい声で言うと、成也は女性の股に顔を埋めた。広々とした部屋に、水音と女の吐息だけが聞こえる。「ふふっ、いい子ね」 成也の髪を撫でながら、美女は快楽と優越感にうっとりする。
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133話

 翌朝、千夏が出勤すると幸男が難しい顔をして座っている。「おはようございます、所長。どうかしました?」「おはよう、本条さん。末安さんが出勤してこないのだよ。遅刻というような時間ではないが、いつもはやくに来てるから少し心配になってね……」「それは珍しいですね。時間になっても来なかったら、連絡してみます」 成也の出勤時間は知らないが、いつも千夏よりはやく出勤し、お茶を淹れてくれる。彼が千夏より遅い時間に出勤してきたのは、ほんの2,3回程度だ。「あぁ、頼んだよ」 この時ふたりは、遅くても10分もすれば成也は出勤してくると思った。だが30分経っても、成也は出勤するどころか、連絡すら寄越さない。「おかしいですね、末安さんが連絡もしてこないなんて」 成也に電話しようとスマホを出すと、ちょうど成也からメールが届いた。(どんな言い訳考えたんだろ?) 女の子と遊ぶから休みます、とでも書いてあるんだろうと思いながらメールを開くと、そこには予想すらしていなかった言葉が並んでいた。”今までお世話になりました。急で申し訳ないのですが、仕事を辞めます”「えぇっ!?」 突然の辞職メールに思わず声を上げると、それに驚いた幸男が肩を揺らした。「ど、どうしたのかね? 大声を出して……」「あ、すいません……。末安さんから、辞職メールが来たんです」 千夏は幸男の席に行くと、メールを見せた。幸男は一瞬だけ目を丸くし、小さく唸る。「むうぅ、どういうことだね? これは」「よく分かりません。けど、このメール、違和感があるんです」「違和感?」「はい。これを見てください」 千夏は今まで成也から送られてきたメールを幸男に見せた。どれもタメ口で、時折皮肉交じりのメールも入っている。「えぇと、君達は交際していたのかね?」「はぁっ!? なんでそうなるんですか! 違いますって、よく見てください。どれも何気ないやり取りです。私が言いたいのは、末安さんは私には敬語を使わないということです」「違ったのか、それはすまない。ふむ、確かに……。しかし、辞めるとなると流石にちゃんとしようと思ったのではないのかね?」 幸男はバツが悪そうな顔をし、後頭部を掻きながら言う。
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134話

「いえ、末安成也はそんな男じゃありません。あの人が私に敬語を使うのは、部外者や依頼人の前だけです」「そ、そうかね……」 千夏に気圧され、幸男は少しだけ後ずさる。「うーん、でも、いったい誰が……」 幸男のことなど気にせず考え込んでいると、以前成也と過去を打ち明けあった日のことを思い出す。そこにヒントがあるはずだと、必死にその時の会話を思い返す。『そう、治療続行中。けど、東堂精神科から退院しないとね』「そうか!」「うおぉっ!? 今日の本条さんは落ち着きがないのだよ……」「すいません、所長。末安さんを探してきます!」 千夏はカバンを肩にかけると、幸男の返事も聞かずに事務所から出ていってしまった。「困ったものだね。まぁ、暇だからいいがね」 残された幸男は、ぽりぽりと指先で頬を掻き、呑気に大きなあくびをした。 千夏はスマホの地図を頼りに、東堂精神科病院までやってきた。この病院は事務所からバスで10分、歩いて3分の場所にある。「うーん、どうしよう……」 勢いで病院まで来たのはいいが、成也を探す術がない。他の患者の見舞いに行くフリをするにも、そんな知り合いはいない。 そもそも冷静に考えてみたら、成也があの高級マンションに軟禁されている可能性の方が高い気がしてきた。「マンションに行くべき?」 そう思うも、ここで何もせずにマンションに行くのもためらわれた。「何してんだ?」「きゃっ!?」 驚いて振り返ると、鮫島弘泰が怪訝そうな顔をして立っている。スーツではなくTシャツにジーンズでいるところから、プライベートで来ていると分かる。「弘泰こそ、何してるの」「俺は妹の見舞いだよ。お前は?」「へぇ、妹さんいたんだ。私はね……」 千夏はところどころ誤魔化しながら、成也がこの病院に軟禁されているかもしれないことを伝えた。話している途中、バカにされるんじゃないかと思ったが、弘泰は真面目に話を聞いてくれた。「へぇ、あのイケメンがなぁ。そういうことなら俺と来いよ。妹の見舞い来たってことで」「いいの? というか、さっきの話、信じてくれるの?」「おう。ここじゃ話せないが、俺もこの病院は疑ってるからな」 弘泰は顔をしかめて小声で言うと、すたすたと病院に入っていく。千夏は慌てて弘泰についていった。 ナースステーションで受付を済ませると、弘泰と一緒に彼の妹
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135話

 一緒に病室に入ると、幼い顔立ちの少女がベッドに横たわって眠っている。1度も染めたことがない黒髪をツインテールにしているせいで中学生くらいに見えるが、弘泰の年齢を考えるともう少し上かもしれない。 弘泰に勧められ、ベッドの隣に置いてある丸椅子に腰掛ける。「可愛い妹さんだね。いくつなの?」「俺らより6つ下の18だよ。美咲っていうんだ。美咲は1年以上前に性被害にあって、精神的ダメージが大きくてこの病院に入院してるんだけどさ、時々錯乱状態になって、こうやって薬で眠らされてる……」「そんな……。これは美咲ちゃんのことを軽んじるわけじゃないんだけど、本当にそこまでするほど?」 千夏は言葉を選びながら、疑問を口にする。千夏は父親に危うく処女を奪われかけた。犯人が父だと知った時はショックで気を失ったり、フラッシュバックで思い出して叫びたくなった。 きっとあのまま処女を奪われていたら、今もふさぎこんでいたかもしれない。 美咲の年齢からして、初めてを無理やり奪われた可能性が高い。そうでなかったとしても、錯乱状態に陥るのは分かる。場合によっては薬で眠らさざるを得ないのかもしれない。 だが、1年以上経った今もそこまで酷い錯乱状態に陥ることがあるのだろうか?「お前の言いたいことは分かる。俺もおかしいって思ってるんだ。最初の頃は俺にだって怯えてたけど、今は普通に話してくれる。またあんなに暴れるとは思えないんだ。いくら先生に言っても、あなたがいない時に取り乱したんですって言われてさ……」 弘泰は悔しそうに、膝の上で握り拳を震わせる。「転院は?」「認めてくれない。話はここまでだ。これで俺がこの病院を疑ってるのは分かったろ?」 そう言って弘泰は力なく笑う。千夏にはその笑みが自嘲しているように見えて、胸が締め付けられる。「ほら、あのイケメンな助手探すんだろ? 俺的にはこの階の奥にある特別室が怪しいと思う。最近誰かが入院したみたいで、東堂先生がそこに出入りするのをよく見るんだ」「ありがとう、行ってみる」 千夏は立ち上がってカバンを肩にかけ直すと、病室から出ようとドアに手をかける。
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136話

「千夏」「何?」 1秒でもはやく行きたいところを呼び止められ、つい声が低くなってしまう。「15分で戻ってこいよ。東堂先生に見つからないようにな。見つかったら何されるか分かんねーし、上手い言い訳思いつかねーから」 弘泰の顔は真剣そのもので、本当に千夏を心配してくれているのが伝わる。「ありがとう、できるだけはやく戻ってくるね」 千夏は安心させようと弘泰に笑いかけ、病室を後にした。 病室を出ると、ナースステーションがある方向と逆の方向へ進む。弘泰が奥と言ったからには、この廊下の突き当りにあるんじゃないかと考えた。 千夏の予想は当たり、廊下の突き当りのドアは他と違って木製で出来ている。ドアにも”特別室”というプレートがついていた。(ここに末安さんがいるかもしれない……) 期待と不安が入り交じる気持ちを落ち着かせるために2,3回深呼吸をすると、人がいないか辺りを見回してから中に入った。 広々とした部屋にはモダンなテーブルセットやクローゼットがあって、ホテルの1室のようだ。 奥に設置されたベッドに誰かが寝ているのを見つけ、はやる気持ちを押さえて、足音を立てないように近づいた。 ベッドに寝ている人物に、千夏は絶句した。 ずっと探していた成也が、固く目を閉じている。それだけならまだしも、物々しい拘束具でベッドに拘束されていた。黒い首輪と手枷が短い鎖で繋がっており、顔の横に両手が置かれている。「誰? 東堂先生じゃないよね?」 成也は目を閉じたまま、かすれた声で言う。「私です、末安さん。本条です」 千夏が手を握りながら言うと、成也は大きく目を見開き、千夏を見つめる。「先生!? どうしてここに?」「あの辞職メールは絶対に末安さんが打ったものじゃないと思ったからです。そんなことより早く逃げましょう」 千夏は拘束具を外そうと、掛け布団をめくった。無数の黒いベルトが、成也をベッドに縛り付けている。これらを外すのは骨が折れそうだ。「ダメ。そろそろ東堂先生が来ちゃうから、布団を戻して逃げて」「でも……」「あの人、自分の思い通りにするためなら、平気で人を殺す。俺は気に入られてて安全だから、逃げて。お願いだよ……」 今にも泣きそうな成也の顔を見て、決して大げさに言っているわけではないと悟る。千夏は渋々かけ布団を戻した。
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137話

「絶対助けに来ますから」 成也の手を握って力強く言うと、後ろ髪を引かれる思いで特別室から出た。 辺りを見回して誰もいないことに安堵すると、美咲の病室へ戻り、ドアを開ける。つい力任せに開けてしまい、大きな音を立ててしまった。それに驚いた弘泰が振り返り、彼女の顔を見て目を丸くする。「どうした? 顔色悪いぞ?」「弘泰、末安さんが、むぐぅっ!?」 成也のことを報告しようとした途端、弘泰に口を塞がれてしまった。「敵地でその話はまずい。今から俺んち行くぞ」 千夏が頷くと、弘泰は手を離した。「ごめんな、美咲。また来るから」 弘泰はあどけない眠り姫に笑いかけると、病室から出た。千夏も美咲の寝顔をもう一度見てから、病室を出る。 美咲の病室から出たふたりの後ろ姿を、ショートカットのナースが物憂げな顔をして見つめていた。「私は……」 ナースは口を噤むと、美咲の病室に入っていった。 弘泰に連れられ、彼の家に着いた。てっきりひとり暮らしをしていると思ったが、2階建ての戸建てということは、家族と暮らしているのだろう。「お袋いるけど、この時間ならたぶん韓ドラ観てて静かだから」 弘泰は気まずそうに言うと、玄関ドアを開けた。「……ただいま」「お邪魔します」 千夏が言い終わったのとほぼ同時に、ドタドタと足音が聞こえ、小太りの中年女性が玄関まで走ってきた。彼女は弘泰の母、景子だ。「あらぁ、可愛いガールフレンドじゃないの。こんな可愛い子、どこで見つけてきたの?」「ちげーよバカ! 千夏だよ! ほら、小学生の頃1回うちに遊びに来ただろ?」(そんな説明で分かるかな?) 千夏は内心苦笑しながらも、事件の話をしない弘泰の優しさに感謝する。「えぇ!? 千夏ちゃんってあの千夏ちゃん!? あらあらまぁまぁ、こんなに可愛くなっちゃってー! そうそう、ヒロくんは……」「あーっ! うるせー! 仕事の話すんだよ、絶対邪魔すんなよな! あとその呼び方いい加減やめろ! 行くぞ!」 弘泰は顔を真っ赤にしながら千夏の腕を引っ張り、景子を押しのけて2階へ行く、後ろからは、あらまぁ、と景子のおっとりした声が聞こえた。
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138話

「チクショウ、ずっと韓ドラ観てればいいものを……」 部屋に入ると、弘泰は忌々しげに呟く。「さっきはありがとね」「何がだ?」「お母さんに私のこと教える時、事件のこと言わないでくれてありがとう。きっと、そっちの方が伝わったのに」「うちの家族はそういう話好きじゃないからな。ま、とりあえず適当に座ってくれよ」 正方形の小さなテーブルの前に座ると、千夏は部屋を見回した。家自体は変わってしまったが、部屋の雰囲気はあの頃と変わらない。色あせたサッカー選手のサイン付きポスターも、学習机もそのままだ。「変わってないね」「そんなことはないだろ。まず引っ越して家どころか街まで違うし、本棚の中身だって図鑑から漫画になったし、家具もいくつか自分で買ったんだぞ」「でも、変わらないところもあるよ。あのポスター、小学生の頃も貼ってたよね。机だって同じやつでしょ? それに、配置も前と似た感じだよ」「お前、よく覚えてるな……。小学生の頃に1回しか来てないのに」 弘泰が少し引き気味に言うと、ドアがノックされ、弘泰の返事も待たずに開けられた。 景子はテーブルの上にお茶菓子や麦茶を並べていく。「お袋! 来んなっつったろ! てか俺が返事してから入れよ。なんのためのノックだよ!」「もう、細かい子だね。大したものないけど食べてってね。麦茶で大丈夫?」「あ、はい。ありがとうございます……」 妙に威圧のある笑みを向けられ、引きつった笑みを返しながら返事をすると、景子は嬉しそうに頷いた。「ゆっくりしてってね」 景子は出ていく前に壁にかけてある写真を一瞥してから出ていった。景子につられて壁を見ると、3枚の写真が飾られている。どれも白い犬との2ショットで、1枚目と2枚目は学ランを着ているが、2枚目の方が少し大人びている。3枚目に映る弘泰は、ブレザーを着ていた。「ホイップっていったっけ、この子」「ん? あぁ、そうだ。老衰しちまったけどな。最後の最後まで俺と一緒にいて、可愛いやつだったよ」 弘泰は写真を見ながら、懐かしむように目を細める。 昔、いじめられて泣いていた千夏に、弘泰が「犬を見せてやるから泣くな」と言って彼女を家に連れていったことがある。その時の犬がホイップと命名された白い雑種犬だ。とても人懐こいホイップは千夏にもすぐ懐いた。またホイップを見に弘泰の家に遊びに行く予定だっ
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139話

「そっか、会いたかったな……」 写真を眺めていると、頭頂部を軽く叩かれた。「何すんの」「感傷に浸ってる場合じゃないだろ。お前の助手はどうだったんだよ」 懐かしい部屋や写真に、つい数少ない楽しかった思い出に浸ってしまったが、弘泰の言うとおり、感傷に浸っている場合ではない。今は成也を助ける方法を見つけなければならない。「そうだったね。末安さんは弘泰の言うとおり、特別室にいたんだけど、厳重に拘束されてたの……。拘束を解こうとしたら、東堂先生が来るから逃げてって言われて……」 話しているうちに弱々しい成也の姿とかすれた声が脳裏に過ぎる。いつもの快活な笑顔は消え、泣きそうな顔をして逃げろと言った成也が、頭から離れない。「やっぱあの院長おかしいんだな……」「やっぱ? 弘泰は何を知ってるの? どんなことでもいいから教えて」 少しでも情報を得ようと、縋るような目で弘泰を見上げる。弘泰は困ったように目をそらすと、麦茶を一気に飲み干した。「教えるから落ち着け。ただ、俺の知ってることっていっても、噂話ばかりで証拠と言える証拠はほとんどないんだ」「そうだね、焦っても仕方ないよね……」 千夏は麦茶を飲んで呼吸を整えると、弘泰と向き合う。「ねぇ、末安さんが拘束されてる写真撮ったら、証拠にならないかな」「微妙なところだな……。もしかしたら千夏が不法侵入とかで訴えられるんじゃないか? 警察が出たところで、カルテを出されちゃ下手に身動き取れないだろうし……。ま、この案件は別の課だからなんとも言えないけどな」「そんな……」 手っ取り早く助けられると思っていた作戦を潰され、千夏はがっくり肩を落とす。「そう落ち込むなよ。言ったろ? あの病院には不穏な噂が流れてる。院長に気に入られた患者はなかなか退院ができないらしい。そうでもない患者は、蔑ろにされるって」「そんなの、医者のすることじゃない……」「あぁ、そうだな。この噂を裏付けるように、美咲がいる病棟には美男美女が多いんだ。反対側の病棟は流石に入れないから、向こうにどんな患者がいるかは知らないけどさ」 それは千夏も気になっていたことだが、もしあの病棟に東堂院長のお気に入りが集められているとしたら、1つ疑問が浮かんでくる。
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140話

「あの病棟、女性もいたよ。美咲ちゃんだって」「カモフラージュか、もしくは男も女もいけるか。どっちにしろ、胸糞悪い……」 弘泰は吐き捨てる様に言うと、空になったグラスを持ちそうになり、手を引っ込める。「それ聞くと、余計に美咲ちゃんが心配だね……。なんとか転院できればいいんだけど……」「何を言っても転院させてくんねーからな……。ところで、お前はこれからどうするんだ?」「所長に話して、病院に通う許可を貰おうと思う。じゃないと動けないし」「そんなことして、事務所大丈夫なのか?」「最近仕事が少ないから、大丈夫だと思う。そろそろ行くね、所長に末安さんのこと報告しなくちゃ」「あぁ、気をつけて。病院通うことになったら連絡くれ。俺も一緒に行くから」「ありがとう、すごく心強いよ」 階段を降りると、いっぱいになった洗濯かごを抱える景子と出くわした。「あらぁ、千夏ちゃんもう帰っちゃうの?」 眉尻を下げ、心底残念そうに言う。「はい、お邪魔しました」「また来てね」 満面の笑みを浮かべる景子に少し戸惑いながら適当に挨拶をし、事務所に戻った。「おかえり、本条さん。どうだったかね?」 幸男はパソコンから眠そうな顔を上げる。「末安さんは、東堂精神科病院に監禁されてます」「なんだって?」 眠そうな顔が、神妙な顔つきに変わった。「しかし、何故末安さんは精神科病院にいるのかね? そもそも、彼と精神科というのが繋がらないのだが……」 幸男はあごをさすりながら、首を傾げる。「詳しいことはあまり話せませんが、末安さんは子供の頃、精神科に入院していたんです。そのまま東堂院長に養われているそうなんですが、院長が何故末安さんを監禁しているのかは分かりません」 千夏の話を聞きながら、幸男はパソコンで調べごとをする。千夏が言葉を区切るのと同時に、幸男はほほうと興味深そうにあごをさすった。「東堂紫織、現在36歳。性被害にあった患者を重点的に診察しているようだね。性被害者の女神と呼ばれているそうだ」「性被害者の女神ですって!? 冗談じゃない!」 千夏は怒りのあまり声を荒げ、机を叩く。幸男は驚いて肩を揺らした。
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