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138話

Author: 東雲桃矢
last update publish date: 2026-07-06 13:03:11

「チクショウ、ずっと韓ドラ観てればいいものを……」

 部屋に入ると、弘泰は忌々しげに呟く。

「さっきはありがとね」

「何がだ?」

「お母さんに私のこと教える時、事件のこと言わないでくれてありがとう。きっと、そっちの方が伝わったのに」

「うちの家族はそういう話好きじゃないからな。ま、とりあえず適当に座ってくれよ」

 正方形の小さなテーブルの前に座ると、千夏は部屋を見回した。家自体は変わってしまったが、部屋の雰囲気はあの頃と変わらない。色あせたサッカー選手のサイン付きポスターも、学習机もそのままだ。

「変わってないね」

「そんなことはないだろ。まず引っ越して家どころか街まで違うし、本棚の中身だって図鑑から漫画になったし、家具もいくつか自分で買ったんだぞ」

「でも、変わらないところもあるよ。あのポスター、小学生の頃も貼ってたよね。机だって同じやつでしょ? それに、配置も前と似た感じだよ」

「お前、よく覚えてるな……。小学生の頃に1回しか来てないのに」

 弘泰が少し引き気味に言うと、ドアがノックされ、弘泰の返事も待たずに開けられた。

 景子はテーブルの上にお茶菓子や麦茶を並べていく。

「お袋
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  • Asymmetry   153話

    「私も、末安さんが好きです」 先に好きと言われていても、想いを伝えるのには勇気がいるようで、緊張で張り裂けそうになる胸をおさえながら、少しこわばった成也の目をまっすぐ見て伝える。「あぁよかった。フラれたらショックで一生退院できなかったよ」 成也は崩折れるように千夏に抱きつき、安堵の息を吐く。「大げさですよ」「そんなことないよ、これでもガラスのハートなんだから。本気で好きになった人にフラれたら、ショック死してもおかしくないね。ね、目閉じて」 熱烈な視線で言われ、千夏は頬を紅潮させながら目を閉じた。少しカサついた、温かい唇と重なる。 傷跡のせいで恋愛を諦めていた千夏は、こんなに幸せなキスができる日がくるなんて思っていなかった。有り余る幸福で、頬に雫が伝う。「泣かないでよ。ただでさえ緊張と幸せでどうにかなりそうなのに、もらい泣きしちゃうじゃん」 そう言う成也の目には、既にいつ零れてもおかしくないほどの涙が溜まっている。「仕方ないじゃないですか、私だってこんな幸せな日が来ると思ってなかったんですから」「ははっ、そうだね。ね、もう一回」 千夏が目を閉じる前に、成也は唇を重ねた。先程よりも長いキスに千夏が成也の腕を掴むと、彼は名残惜しそうに少し離し、啄むようなキスをして、今度こそ離れた。「あー、幸せ。先生の、千夏さんの助手になれて本当によかった」 名前で呼ばれ、千夏は一瞬呼吸を忘れる。そんな彼女を見て、成也は苦笑した。「恋人なんだから、名前で呼んでもいいでしょ? 仕事中は今までどおり先生って呼ぶからさ。千夏さんも、俺のこと名前で呼んで」「せ、成也さん……」 千夏は耳まで真っ赤になりながら名前を呼ぶと、恥ずかしさのあまり成也の胸に顔を埋めた。「可愛いなぁ、俺の恋人は」 成也は千夏をぎゅっと抱きしめ、額にキスを落とす。「大好きだよ、千夏さん。傷ごと愛してる」 これ以上ない愛の言葉に、千夏は幸福の涙で成也の胸を濡らした。

  • Asymmetry   152話

     乱雑にドアを開けると、部屋は真っ暗だった。手探りで電気スイッチを見つけて電気をつけると、掠れたうめき声が聞こえた。「末安さん!」 ベッドに駆け寄ると、成也は眩しそうに何度も瞬きをする。成也が生きていることに安堵し、千夏は急いでベルトを外していく。「先、生……? ここは危ないって……」 成也の声はとても弱々しく、かなり衰弱してしまっているのが素人目でも分かる。 上半身のベルトを全部外すと、千夏は成也を抱き起こし、そのまま力強く抱きしめる。「末安さん、もう、終わったんです、助かったんですよ。東堂紫織は逮捕されました」「そっか、よか、った……」 千夏が涙声で言うと、成也は涙を流してそのまま気を失ってしまった。 院長である紫織が逮捕されたことにより、他の精神科医が院長になり、病院は一新した。それでもこの病院で紫織から性的暴行を受けた患者達は、ここにいると思い出してしまうからと、別の病院へ転院した。成也もそのひとりだ。 東堂紫織は不動産屋の名刺を見つけてしまい、成也が自分の元から離れようとしていることに気づき、彼を監禁したそうだ。他の被害者については、現在取調中とのこと。 数日後、千夏はコンビニでスナック菓子とコーラを買うと、成也の見舞いへ行く。病室に入ると、成也はベッドの上であぐらをかいて外を見ていた。「末安さん、調子はどうですか?」「だいぶ回復してきたよ」 千夏が袋を渡しながら聞いてみると、成也は小さく笑ってそう答え、コーラを半分近く飲んだ。「本当にありがとね、先生」「改めて言われると照れますね……」 見たことのない穏やかな笑みに、少し戸惑いながらベッドの隣に置いてある椅子に座った。「言っとくけど、このお礼は助けてくれたことに対してだけじゃないよ」「どういうことです?」 千夏が首をかしげると成也は千夏の正面に来て彼女の手を取り、頬をすり寄せた。その仕草に、千夏の胸の鼓動が早くなる。「俺と出会ってくれてありがとう。先生と出会ってなかったら、俺は東堂先生の人形として生きてただろうし、歳を取って先生が若いお気に入り見つけたら、捨てられてたと思う。そうなったら俺は、野垂れ死ぬしかなかった……。本当にありがとう」「それを言うなら私だって……。末安さんがいなかったら、父と向き合うことはできませんでした。きっと、過去に縛られながら生き続け

  • Asymmetry   151話

    「ふふ、怖い? 大丈夫よ。恐怖なんて忘れるくらい、気持ちよくしてから殺してあげるから。さあ、最期の治療を始めましょう」 紫織は舌なめずりをし、いつものように手錠をかけて服を脱がせていく。服をはだけさせた瞬間、勢いよくドアが開く音がした。驚いて振り向くと、千夏と弘泰がトイレから出てきて紫織を睨みつけている。「あなた達、どうして!?」「現行犯逮捕だ、この痴女!」 弘泰は驚いて無抵抗の紫織に手錠をかけると、彼女を突き飛ばして美咲の服を整える。「お前がこんなことされてるって気づいてやれなくて、ごめんな、美咲……」「ううん、助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」 弘泰は美咲の涙を拭うと、ボストンバッグを開ける。中にあるおびただしい数のアダルトグッズを床に叩きつけ、紫織の胸ぐらを掴んだ。「テメェ、よくも美咲を!」「ダメだよ、弘泰!」 千夏は振り上げられた腕を、必死で掴んだ。「離せ! 殴ってやんねーと気が済まねーんだよ!」「美咲ちゃんの前だよ!」 千夏の言葉に我に返り、振り上げた腕をだらりと下げる。紫織を掴んでいた手からも力が抜け、紫織は尻もちをついてしまう。「やっと、先生の暴走を止められてよかったです」 いつの間にか病室に入ってきた茜は、涙をいっぱいに溜めた目で紫織を見下ろす。「そう、あなたが手引きしていたのね……。私の敗因は、あなたの調教をしなかったことかしら」 茜を見上げ、紫織は力なく笑った。「いいえ、犯罪を犯した時点であなたは人として負けです。あなたを信じていた人は、皆失望するでしょう。私も、あなたに失望しています。性被害者を救いたいって言葉、信じてたのに……」 茜はその場で泣き崩れ、紫織の肩を何度も叩く。「おい、ここは俺がどうにかしとくから、お前はあのイケメン助けてこいよ」 弘泰は片手で美咲を抱きしめ、もう片手でスマホを操作している。きっと警察を呼ぶのだろう。「ありがとう、行ってくる」 千夏は病室から出ると、急いで特別室へ向かう。途中、”廊下で走ってはいけません”という張り紙を見かけたが、そんなもの知ったことではない。

  • Asymmetry   150話

     真夜中、紫織はヒールを鳴らしながら薄暗い廊下を歩く。彼女は今夜、美咲を殺す。(どうやって殺そうかしら? 刺すのはダメね、隠蔽工作に困っちゃう。違う、どうやって自殺したことにしようかしら?) そう考えるだけで自然と笑みが零れ、下半身がじんわりと熱くなる。 幼少の頃から、紫織は親に可愛がられてきた。「紫織は可愛いというより綺麗な子だね。綺麗なもので囲んで、もっと綺麗になろうね」 彼女の両親はそう言って美しいものを紫織に買い与え続けた。そして紫織も、自分を美しくするために美しいものしかそばに置かなかった。 友達もおもちゃも、見た目で選んでいた。 それは大人になった今でも続いており、自分のコレクション用の病棟まで作った。 屈辱と羞恥は、美しい者をより美しくする。そう信じてやまない紫織は美しい患者を入院させ、辱め、彼らが屈辱と羞恥で頬を染め、苦痛に歪むのを見てうっとりしていた。 だが屈辱と羞恥よりも、美しい者をより際立たせるものを、彼女は知ってしまった。 死である。 散る花が美しいように、息絶えていく彼らはとても美しい。そう思ってしまった。 特に自分の手の中でじりじりと命の火を燃やし、息絶える姿は紫織に絶大なエクスタシーを与え、絶頂へ導いてくれる。 恐怖と絶望で潤んだ瞳は、紫織にとって最高の媚薬だ。「考えただけで濡れてきちゃうわ」 息を荒くし、タイトスカートの上から太ももを擦ると、美咲の病室に入った。 美咲はベッドの上で仰向けになり、ぼんやりとした目で天井を見上げている。この美しい少女を今から自分の手で殺せると思うと、喘ぎ混じりの吐息が零れる。(この子でこんなに興奮するなら、成也を殺す時、どうなっちゃうのかしら? 新しい子を見つけて殺すのもアリね) 愛しい美青年のことを考えながら、美咲の頬に触れる。美咲は小さく身体を跳ねさせると、恐怖で瞳を潤ませた。「最期の1日はどうだったかしら? っていっても、ずっと寝てたものね。いい夢は見られた?」 美咲は質問に答える代わりに、静かに涙を流す。紫織はその涙を赤い舌でチロリと舐めとった。

  • Asymmetry   149話

    「本当か?」 弘泰が手を離すと、茜は咳こみながら首を縦に振る。「院長があんなことをしてるのに気づいたのは、半年前です。尊敬している先輩がクビになったのがきっかけでした。先輩は院長が患者に性的暴行をしているのに気づいて、それを問い詰めてクビになったんです。それで、私はこの半年、証拠集めをしていました。院長のパソコンの暗証番号を知るのに時間がかかってしまいましたが、証拠はそのパソコンの中にあります」「この写真は、パソコンの中にあった写真ですか?」 千夏の問いに、茜は大きく頷いた。「そうです。昨日院長とあなたが院長室から出ていった後、こっそり忍び込んでUSBメモリにコピーしたんです。今まではいつ戻ってくるのか分からなくて、怖くてこんなことできなかったんですが、弁護士さんと院長の会話で、院長が会議に行くと分かったので実行したんです」「まさか聞かれてたなんて……」 自分の浅はかすぎる詰問を聞かれていたと思うと、恥ずかしくて顔が熱くなる。「荻原さん、末安さんは今どうしてるか分かります?」「末安さんは、まだ特別室に監禁されています。ですが、院長の性格からして、明日には違う場所に連れて行ってしまうと思うんです」「なら、チャンスは今夜だけということですか……」 千夏は集まった情報を整理しながら、成也と美咲を助ける方法を探す。(思い出せ、千夏。今までの事件全てを。きっと末安さんから学んだことだってあるはず。所長だって、色んなことを叩き込んでくれたんだ。どれが役に立つ? どれをどう応用する? 考えろ) 必死で思考を巡らせ、彼らを助ける作戦が組み上がる。(ていっても、ほとんど丸パクリだね、これは) 出来上がった作戦に苦笑すると、3人は怪訝な顔で千夏を見る。「こんな時に何笑ってんだよ」「ごめん、作戦思いついたの。きっとこれでうまく行く」 誰にも聞かれないようにと、4人で小さな円になり、小声で作戦会議を始めた。

  • Asymmetry   148話

     翌朝、虚ろな目をした美咲の病室に、上機嫌な紫織が来た。「あなたのこと、とても気に入ってたんだけど残念だわ。危険なおしゃべり人形は邪魔だもの」 そう言って紫織は美咲に麻酔を投与した。美咲はそのままゆっくり目を閉じる。 午前10時、千夏と弘泰は病院に来た。ナースステーションに行くと、茜が駆け寄ってくる。「美咲ちゃんのお兄さん、私も今から美咲ちゃんの病室に行くので一緒に行きましょう。そちらの方はお友達ですか?」「あぁ、荻原さん。そう、千夏は友達です。千夏、この人は美咲の担当ナースの荻原さん。いつもよくしてくれるんだ」 弘泰は柔和な笑みを浮かべ、千夏に茜を紹介する。「はじめまして」「はじめまして、美咲ちゃんのお見舞いに来てくれる人が増えてとても嬉しいです。では、行きましょうか」 言葉とは裏腹に、茜の表情はかたい。 彼女が成也のことで何か知っているような気がした千夏は、どう探りを入れようか考えながら一緒に病室へ行った。 病室に入ると、美咲は今にも泣きそうな顔をしてベッドに座っていた。「どうしたんだ? 美咲」「お兄ちゃん……、私、院長先生に殺されちゃう。余計なこと言ったから殺すって……」 美咲は震える両の手で、弘泰の腕を力強く握った。「あの女、お前に何を……」「それについては、私が話します」 重苦しい声でそう言ったのは、茜だ。3人の視線が、茜に集まる。「荻原さん、どういうことだ?」「これを見てください」 茜は手紙用の封筒を弘泰に差し出す。弘泰は封筒を受け取ると、中にある写真を出して見た。千夏も写真を覗き見て、悲鳴を上げそうになるのを、両手で口を覆ってなんとかこらえる。「なんだよ、これ……」 写真に写ってるのは美咲よりも幼い少女で、全裸にされて手枷をつけられ、色白の裸体に真っ赤な蝋を垂らされている写真だ。他の写真も見てみると、性的暴行をされている美男美女が写っていた。「東堂先生は、気に入った患者を長期間この病棟に閉じ込めてこんなことをしてるんです。他にも……」「お前! 今までずっと見て見ぬふりしてたのかよ!? なんのための医者だ、なんのためのナースだ!」 茜の言葉は、弘泰が彼女の胸ぐらを掴んだことによって中断させられた。怒りで顔を真っ赤にした弘泰は、我を忘れて茜を罵る。いつ手を上げてもおかしくない。「弘泰落ち着いて!」「う

  • Asymmetry   97話

    「そっか、大変だったね」 頭を撫でられ、つい倚りかかりたくなるのを我慢する。「えぇ、あの頃は、どうして自分が生きてるのか、自問自答していました。いじめがなくなって半年後くらいでしょうか、授業参観があったんです。いつもは母しか来なかったんですが、その日は父も来てくれたんです。授業が終わって雪奈と話していると、彼女の父親に切りつけられました。首の傷は、その時のものです。その後です、私が失声症になったのは」 千夏はそっと後ろ首の傷に触れる。もう何年も昔の傷だというのに、醜く盛り上がったそれ。「どれくらいかは覚えてませんが、私は何日か入院しました。退院すると、ふたりは私の大好物をたくさん用意

  • Asymmetry   94話

    「雪奈ちゃん、私、どうしていいのか分からなくて……」 千夏は少女の胸にうずくまって泣いた。「うちの娘に近づくな、犯罪者が!」 雷のような怒鳴り声が聞こえたかと思えば、後ろ首に焼けるような痛みが走った。「先生!」 大声に驚いて飛び起きると、今にも泣きそうな顔の成也がいた。「夢……? ここは……」「ホテルだよ。警察署で俺が写真を見せたら、倒れちゃったんだ。とりあえず水飲む?」 手渡されたグラスを空にすると、部屋を見回した。スカイブルーの壁紙に、ビビットカラーで描かれた奇抜な女性の絵、壁にかけられた大型液晶テレビ、それを見るのに最適そうなソファ……。どう見ても普通のホテルではない。

  • Asymmetry   89話

    「先生、何食べたいか決まった?」「そうですね、最近あまりお肉を食べてないので、ガッツリステーキでも食べてみたいです」「いいね、食欲の秋だね。じゃあ美味しそうなスイーツもあるステーキ屋さん探そうか」 楽しそうに言う成也の声に、千夏まで楽しくなってくる。これから嫌なことをしなくてはならないが、その先に楽しみがあると思うと乗り越えようと思える。 自分はつくづく恵まれていると、千夏はしみじみ思う。成也は未だに弁護士資格を持ってはいないが、千夏とは別の視点で事件を見て、真実を見つけ出してくれる。 以前は煩わしい存在だと思っていたが、今ではこうして精神面まで支えてくれる、大事な助手だ。 最初

  • Asymmetry   88話

    「そうでしたね……。では、店員さんに持ち帰ると言ってくるのでどいてくれますか?」「ん、分かった」 成也が1歩横にずれると、千夏はレジへ行く。「すいません、やっぱりこれ、持ち帰ります」「分かりました。またのお越しをお待ちしております」 女性店員に見送られ、ふたりは専門店を後にする。「じゃあ警察署行こっか。確か、生活安全課だっけ?」「生活安全課は窓口代わりになったりしますが、実際に捜査をするのは刑事2課の強行係だと思いました」「へぇ、そうなんだ。じゃあさっそく行こうか。警察に相談し終わったら、なんか美味しいもの食べようよ。ごちそうするからさ」 日常会話のように話す成也。千夏には

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