Semua Bab 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―: Bab 81 - Bab 90

99 Bab

第81話……返事は二種類だけだ

 赤い砂だけが吹き荒れる惑星シャンプールに、重たい朝が来た。 サンブルク商会の支店ビル。 その会議室では、若き支店長レンギンの前に各工区の所長たちがずらりと並ばされていた。 窓の外は荒野、机の上には収支表。まるで人の命まで数字の一部に組み込まれているようだった。 ひとりの所長が、恐る恐る口を開く。「さ、流石にその部分の経費削減は、工員の生命に著しく危険かと……」 その瞬間、レンギン支店長の顔から笑みが消えた。「何を言ってるんだ!」 机を叩く乾いた音が響く。「いつも言っているだろう? 返事は、はい、か、やり遂げます、の二種類だけだ。何回言わせる気だ!」 所長は肩をすくめる。 だが支店長は追い打ちをかけた。「それとも何か? 結婚したばかりの奥さんを連れて、人っ子一人いない辺境廃鉱区へ飛ばされたいのか!?」「……い、いえ」 所長は顔を青ざめさせ、唇を震わせた。「は、はい。やり遂げます」 レンギンは、今度は満足げに笑った。「そうだ、その調子だ。そうすれば我らの賞与は上がる。万々歳じゃないか。これを皆がウインウインの好循環というのだよ!」 会議室には乾いた追従笑いが広がる。「……は、はい。その通りです」 中には進んで支店長を持ち上げる者までいた。保身か、習性か、あるいはもう諦めているのか。 少なくとも外から見分けはつかなかった。 その一部始終を、ツーシームたちは離れたホテルの一室からモニター越しに見ていた。 昨夜、彼女が秘書ローターへ握らせた金貨は、しっかり役に立ったらしい。「こういうのを見ちゃうと、人間ってのは、どうもねぇ……」 ビッグベアが腕を組み、渋い顔で呟く。 隣にいるノーム人のエジルへ目を向けるが、エジルは作り笑いを貼りつけたまま、返事に困っていた。 笑うしかない者の顔だった。 その時だった。 支店ビルの隣のコントロールタワーから、耳をつんざくような巨大警報が鳴り渡った。 モニターの向こうでも空気が変わる。 レンギン支店長だけは眉ひとつ動かさなかったが、まだ善意の残っているらしい所長のひとりが会議室を飛び出し、血相を変えて総合コントロール室へ駆け込んだ。「どうしたんだ、一体!?」 管理員は顔面蒼白のまま、震える声で答えた。「ど、毒性廃棄物タンクが二つ破裂しました……それも、気化しやすいタイプの危険
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第82話……恩をあだで返す

 聖帝国暦六四五年十一月中旬――。 アーヴィング大公国がルドミラ教皇国へ差し向けた援軍艦隊は、教皇国領の要塞サーペントを包囲する帝国艦隊と、ついに正面から遭遇した。 前衛に出していた策敵艦から、鋭い通信が飛び込む。「敵と思しき艦影発見! 位置、N八九一―六一!」 その報を受けた司令長官パウルスは、ただちに命じた。「全艦艇、艦隊戦用意! 縦陣を解き、方陣へ展開せよ!」「了解!」 命令は瞬く間に全艦へ伝播し、左翼を担う第二艦隊司令ユリウスのもとにも届く。 彼の指揮下には、戦闘艦と輸送船を合わせて大小八百五十隻。 これほど大規模な艦隊を正式に率いるのは、彼にとってこれが初めてだった。 旗艦ハンニバルの艦橋は、張りつめた空気に満ちている。 ユリウスは戦術盤を睨みつけたまま、次々と指示を飛ばした。「防御シールド艦艇を前方へ展開!」「ビーム砲艦は横陣二列! 射界を重ねろ!」「了解!」 ハンニバルそのものは、なお攻撃的な主火器を使えない。 だが、その圧倒的な防御力と通信処理能力は、旗艦としてはこの上ない。 青白い表示光の中で、巨大戦艦はまるで戦場全体を抱え込む城のように沈んでいた。 ユリウスは緊張を押し殺しながら問う。「敵の総数は?」 情報士官が苦い顔で応じる。「妨害電波と小惑星帯の遮蔽により、不明です!」 その時だった。 老臣グレゴールが、場違いなほど落ち着いた足取りで茶を運んでくる。 今回の彼は名誉参謀のような立場で、これといった実務は与えられていない。「若様、敵は小惑星帯を利用して布陣しておりますな」 彼は静かに湯気の立つ茶杯を差し出した。「あまり急がず攻めるのがよろしいのでは?」 その言葉に、大公から派遣された作戦参謀たちが一斉に咳払いし、露骨に視線で制してくる。 グレゴールは、わざとらしく肩をすくめた。「おっと、失礼、失礼」 そそくさと下がっていく老臣の背を見て、ユリウスの口元にわずかな笑みが浮かんだ。 胸を締めつけていた緊張が、ほんの少しだけほどける。 その頃には、前面の防御シールド艦が電磁防壁を幾重にも展開し終え、その後方では四百隻に及ぶビーム砲艦が、寸分の乱れもなく戦列を整えていた。 艦首砲身には青白い光が満ち、今にも死を吐き出さんとしている。 ユリウスは深く息を吸い、静かに、しかし力強く命じ
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第83話……見えざる敵

 大公国艦隊並びに帝国第二総軍艦隊は、小惑星帯外縁を挟み、長く膠着していた。 互いの距離は、戦列ビーム艦が照準を維持できる限界線上。 虚空を裂く光槍は幾度も交差し、小惑星の表皮を焼き、破片雲を銀砂のように散らした。 だが、その砲撃に決定的な意味はなかった。遠距離戦は損害を抑えるかわり、戦果もまた乏しい。 大公国軍の目的は、帝国軍によるサーペント要塞の解囲である。 しかし帝国軍は小惑星帯を即席の防壁に変え、岩塊の陰へ砲艦を潜ませ、機雷帯を重ね、進撃路そのものを障壁にしていた。 無理に押せば、艦列は裂かれ、逆に包囲される危険すらあった。 その停滞が、十一月下旬、唐突に崩れた。「緊急入電。帝国軍別働隊と思われる艦隊が、後方の惑星ペルーンへ降下。現地守備隊は敗走。ペルーンは敵占領下に入った模様です」「なんだと」 パウルス元帥の司令部に、押し殺した悲鳴が走った。 惑星ペルーンは、ルドミラ教皇国への派兵における後方集積地である。 弾薬、燃料、修理部材、食糧。大公国艦隊がこの宙域に踏みとどまるための物資が、そこに蓄えられていた。 パウルスは戦術表示を見据えた。前面には小惑星帯に籠る帝国第二総軍艦隊。背後には奪われた補給拠点。攻めれば障壁、留まれば飢える。「ここは慎重を期す。前線部隊を収容し、戦線を一時後退させる」「畏まりました」 大公国艦隊は攻勢を中止した。 各艦は順次、敵射程外へ退き、輸送艦群より最低限の補給を受け始めた。 その間、パウルスの座乗艦では、各艦隊司令並びに幕僚が作戦室へ集められていた。 立体星図の中で、赤い敵勢力圏がペルーンを覆っている。「まずいことになったな」「はい。我が方は集積地並びに退路を同時に失った形です」「援軍である我らが、これ以上の危険を冒す必要はありますまい。撤退すべきかと存じます」 幕僚の多くは撤退を唱えた。 戦術上、それは正しい。 だが、帝国施政時代より「不敗の猛将」と呼ばれたラプーチク中将だけが、静かに首を横へ振った。「ルドミラ教皇国がここで敗れれば、帝国が次に向ける刃は我ら大公国だけになります。その理を承知のうえで、皆様は撤退を主張なさるのか」 作戦室が沈黙した。 目前の危険だけを見れば、撤退は上策である。だが星域全体を見れば、それは未来の孤立を買う選択でもあった。 パウルスは諸将を
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第84話……ノーム人の値段

 アーヴィング大公国軍総旗艦ハヌマーン。 その中枢に置かれた最高作戦指令室には、重苦しい沈黙が満ちていた。 壁面の戦術投影盤には、小惑星帯外縁の戦線、帝国軍艦隊の防衛線、そして後方を脅かす惑星ペルーンの位置が、青と赤の光点で浮かんでいる。 敵は前にいる。だが、背後にも火がついた。 誰もがその事実を理解していた。 ユリウス・アストレアは、若い身でありながら、発言の場にあった。 周囲には老練な提督、参謀、分艦隊司令官たちが並ぶ。彼らの視線は鋭く、そして重い。「私としましては、まず正面の帝国軍防衛線を撃破し、サーペント要塞を解放した後、後方の惑星ペルーンに対処すべきだと考えます」 その言葉に、議場の空気がわずかに揺れた。 最古参の参謀が、白い眉をひそめる。「だが、正面攻勢が長引けばどうなる。背後のペルーンを奪った敵別働隊が、我らの後背を突く恐れがある。前後から挟まれれば、この艦隊そのものが崩壊しかねぬ。艦隊が失われれば、その後の戦略など存在せん。やはり一旦撤退し、態勢を立て直すべきではないかのう?」 その意見は慎重であり、正論でもあった。 だが、ユリウスは退かなかった。「はい。その危険はあります。ですが、帝国軍の補給線もまた万全ではありません。敵の後方は宇宙海賊たちによって脅かされ、長期戦に耐えられる状況ではないと聞き及びます。リスクはあります。しかし、ここで我らが退けば、サーペント要塞は見捨てられ、教皇国は帝国軍に蹂躙されるでしょう」 ユリウスの声は静かだった。だが、その静けさの奥には、退けぬ覚悟があった。「敵も後背に難を抱えております。ならば、我らが恐れるべきは挟撃ではなく、機を逃すことです」 その続けた一言が、議場の流れを変えた。 ざわめきが走り、何人かの提督が互いに顔を見合わせる。慎重論に傾いていた空気が、少しずつ攻勢論へと動き出していく。 やがて、上座に座るパウルス元帥が重々しく頷いた。「ふむう。敵も後背に難あり、か。ならば、ここで退く理由は薄い。攻勢あるのみだ。以後、帝国軍防衛線突破を主目的として、具体的な作戦案を詰めよ」 一同が姿勢を正した。「はっ」 こうして、作戦の骨子は決まった。 最初の目標は、帝国軍防衛線の突破。 その要となるのが、帝国軍が築城した攻城用小型要塞アイアンオーガである。 小惑星帯を盾にし
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第85話……突破口を求めて

 メイラード号の操縦席は、古い金属と安煙草の匂いで満ちていた。 ツーシームは操縦卓に片肘をつき、目の前に立つエジルを見下ろしていた。 小柄なノーム人の青年は、防寒用の作業服を身にまとい、緊張した面持ちで背筋を伸ばしている。「自由はね、与えられるもんじゃない。勝ち取るもんだ」 ツーシームは低く言った。「誰かが可哀想だと思って、鎖を外してくれるなんて考えるな。鎖を外させるだけの価値を、こっちから突きつけるんだよ」 エジルは唇を結び、深く頷いた。「はい」 その後、二人は短く言葉を交わした。 ノーム人の強制収容所が多い惑星や、労働区の位置。各所の監視網の弱点。制圧しやすい宇宙港。 最後にツーシームは、端末から小さなデータカードを抜き、エジルの手に握らせた。「これを見せりゃあ、話の分かる連中は動く。分からない連中は、あんたが動かせ」「やってみます」「違うね」 ツーシームは笑わなかった。「やるんだ」 エジルはもう一度頷き、小型シャトルへ乗り込んだ。 数分後、シャトルはメイラード号の格納庫から射出され、暗い星間空間へ消えていった。 副長のビッグベアが、腕を組んだまま呟く。「ヤツはやりますかな?」「さあてね」 ツーシームは安煙草を灰皿に押しつけた。「頑張ってもらわなきゃ、アタイたちが坊ちゃんに示しがつかなくなる」「そりゃあ困りますなぁ」「困るだけで済めばいいけどねぇ」 ツーシームは頭をかきながら、次のワープ座標を端末へ入力した。 中古高速船メイラード号の船体が、古い木材のようにぎしぎしと軋む。「行くよ。目的地は惑星ヴァルカンだ」 古びた船体が光の尾を引き、星の海へ滑り込んだ。◇◇◇◇◇「総員、乗船を急げ!」 惑星ヴァルカンの旧軍港に、カタコン将軍の怒声が響いた。 かつて帝国軍の上級大将だった男は、いまや亡命者であり、大公国軍では中将待遇に置かれている。 だが、その声の張りだけは昔のままだった。 彼の前に集まっていたのは、若く精強な兵士ではない。 年齢や負傷を理由に、今回のユリウスの出兵から外された老兵たちであった。 片腕を義手にした者。 片足を引きずる者。 背中の曲がった砲兵。 古い軍帽を大事そうにかぶる退役歩兵。 彼らは退役寸前の強襲揚陸艦を前に、ぼろぼろの装備を担いで並んでいた。「わしらが戦場に
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第86話……古き誇り

 非居住惑星ペルーンの地表は、わずか一日で沈黙した。 衛星軌道上から、ツーシーム率いる雑多な艦艇群が砲撃を加えたためである。 モリガンを中心に、廃棄予定だった旧式ビーム艦、民間改造砲艦、鉱山警備艇を寄せ集めた即席艦隊。 正規軍なら鼻で笑うような戦力であったが、簡易防衛施設を焼き払うには十分だった。 地表の砲台は潰れ、監視塔は崩れ、対空陣地は赤黒い溶融痕だけを残して消えた。 だが、本当の戦場は地上にはなかった。 ペルーンの地下深くには、巨大な蟻の巣のような地下要塞が築かれていたのだ。 旧鉱山坑道を拡張し、装甲隔壁を重ね、補給庫、兵舎、発電区画、防衛通路を網の目のように張り巡らせた難攻不落の防衛施設だった。 軌道上からいくら砲撃しても、地表が剥がれるだけで効果はない。 モリガンの艦橋で、ツーシームは通信画面を睨みつけていた。「うっせえなぁ。そんな早くいけるかよぉ」 画面の向こうに映っているのは、ユリウスだった。『だって、間に合わない援軍に意味はないよ』 口調は丁寧だった。だが、その声には焦りが混じっている。サーペント方面の戦線が、それだけ切迫している証拠だった。「分かってらぁよ」 ツーシームは安煙草を噛むようにくわえた。 もちろん、もっと苛立っているのは彼女の方である。 モリガンの周囲には、旧式ビーム艦を中心とした二十隻ほどの艦艇が浮かんでいた。どれも正規艦隊から外され、解体場へ送られるはずだった船ばかりである。 それでも、いまは貴重な戦力だった。 そして、それらの船に乗っている多くは、エジルの呼びかけに応じたノーム人の志願兵たちであった。 志願兵とは聞こえがいい。 実際には、労働施設から逃げ出した脱走者であり、鉱山主や貴族家から追われるお尋ね者である。 帰る場所などない。捕まれば、再教育施設か、もっと深い鉱山へ送られるだけだ。 だからこそ、彼らも必死だった。◇◇◇◇◇ ――G-23地下通路。 そこはペルーン地下要塞の中でも、両軍にとって最重要の要路だった。発電区画、弾薬庫、中央昇降路へ通じる分岐点であり、ここを抜かれれば帝国軍の防衛線は大きく裂ける。 狭い通路には焼けた金属の匂いが充満していた。壁面はビームの焦げ跡で黒く抉れ、床には破片と血が混じった泥がこびりついている。 換気装置は壊れ、空気は重い。 攻撃側
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第87話……十七パーセント

 帝国軍第二総軍艦隊旗艦ビシュヌ。 その艦橋には、前線からの勝利報告が次々に届いていた。「第十七分艦隊、敵前衛を撃退!」「第二十一分艦隊、敵偵察艦を鹵獲!」「第五陣地重砲列、敵分艦隊旗艦と思しき艦艇を撃沈!」 情報士官たちの声が、艦橋の空気を明るくしていく。 戦術投影盤には、小惑星帯の各所で大公国軍の青い光点が押し返され、帝国軍の赤い防衛線がいまだ健在であることが示されていた。 今回、帝国軍はアーヴィング大公国軍の攻勢をあらかじめ読んでいた。 サーペント要塞を包囲すると同時に、その外縁に広がる小惑星帯を利用し、縦深防御陣地を構築していたのである。 航行不能宙域、機雷原、隠蔽砲台、重砲列、機動予備艦隊。それらを複雑に組み合わせた防御線は、実に三列に及んでいた。 攻撃側が第一防御線の一部を突破しても、すぐに第二防御線が現れる。 そこへ左右の小惑星陰から斉射が浴びせられ、背後の予備艦隊が退路を塞ぐ。 突破したはずの敵部隊は、たちまち袋の鼠となり、再び押し戻される。 地形を徹底的に利用した、組織的な防御戦術であった。 第二総軍司令官トラヴァース元帥は、戦術投影盤を無言で見つめていた。 局地戦では勝っている。 防御線も崩れていない。 敵は焦り、こちらは時間を稼げている。 普通ならば、艦橋の空気に合わせ、わずかに表情を緩めてもよい場面だった。 だが、トラヴァース元帥の顔は硬いままだった。 勝利報告が多すぎる。 それは、消耗もまた多いという意味である。 その時、補給本部長ガイアー少将が、青ざめた顔で艦橋へ入ってきた。 手には一枚の報告書が握られている。「元帥閣下……補給状況について、ご報告がございます」 トラヴァースは視線だけを向けた。「読め」 ガイアー少将は一瞬ためらった後、震える声で報告書を読み上げた。「後方補給線より到着した物資量は、予定量の……十七パーセントに留まっております」 艦橋の空気が凍りついた。 トラヴァース元帥は、ゆっくりと報告書を受け取った。 数字を確認する。燃料、弾薬、予備部品、医療物資、冷却材、食料。どの項目も、予定を大きく下回っていた。 次の瞬間、元帥の怒号が艦橋に響いた。「なんだこれは。私を馬鹿にしておるのかね!?」 情報士官たちの声が止まる。 ガイアー少将は額の汗をぬぐいながら、
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第88話……猛将の突破

 惑星ペルーン陥落の報は、敵味方の区別なく、戦域に展開するすべての艦艇へ届いた。 帝国軍の各艦では、沈黙が広がった。後方へ打ち込んだはずの楔が折れたのだ。 しかも補給線は海賊や所属不明艦に荒らされ、物資は届かない。 前線で勝利を重ねているはずなのに、戦争全体の天秤が傾き始めていることを、兵たちは本能で感じ取っていた。 一方、大公国軍の艦隊では歓声が上がった。 これで後背を突かれる恐れは薄れた。 サーペント要塞解放作戦は、まだ続けられる。 総旗艦ハヌマーンのパウルス元帥は、ただちにユリウスへ感謝の通信を送った。 惑星ペルーンの奪回は、戦略上の危機を救った一手であり、その功績は疑いようがなかった。 だが、その報に対して、少し違った感情を抱く者もいた。 第六高速分艦隊司令官、ラプーチク中将である。 彼は自艦の作戦指令室で、拳を机に叩きつけた。「……ぐぬぬ。またあの資源屋の小倅に出し抜かれたか!」 幕僚の一人が慌てて進み出る。「閣下、お気を確かに。これで我が方の敗北は遠のきました。むしろ喜ぶべき報告かと」「そんなことは分かっておる!」 ラプーチクは幕僚の言葉を一蹴した。「だがな、あの小倅は若い。しかも、大公の覚えがめでたい。今回の功績まで加われば、次の椅子は大公国軍全体の最高指揮官になるやもしれん」 彼は歯を剥き出しにした。「つまり、このままでは私は永遠に、あの小倅の下で槍働きをするだけということだ!」 幕僚たちは顔を見合わせた。 ラプーチクは勇猛であり、戦場での実績もある。 だが、功名心もまた人一倍強い。 彼にとって、ユリウスの成功は味方の勝利であると同時に、自らの影を薄くする脅威でもあった。「……しかし、閣下」「しかしもクソもあるか!」 ラプーチクは戦術投影盤を睨み、指揮杖で一点を突いた。「K-728Eポイントに総攻撃をかける!」 幕僚たちが息を呑んだ。 そこは小惑星帯の中でも特に狭く、帝国軍の火線が重なる危険宙域である。 これまでの威力偵察では、突破困難と判断されていた。「第六高速分艦隊の全艦へ命令。先頭艦は最大戦速。後続は間隔を詰めろ。退く艦は撃沈して構わん。ためらう者は、最初からこの艦隊にいらん!」「りょ、了解しました!」 命令は乱暴だった。 だが、単なる無謀ではない。 ラプーチクはこれまで、
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第89話……巨艦、耐える

――聖帝国暦六四五年十二月上旬。 ユリウス率いる大公国軍第二艦隊は、窮地に陥っていた。 撃破されたはずの攻城要塞アイアンオーガが、生きていたのである。 沈黙した外郭火点の奥に主砲群を隠し、第二艦隊が横腹を晒した瞬間を待っていたのだ。 そこへ多数の帝国艦艇が呼応した。 右側面からの奇襲。 それは、艦隊戦において最も避けるべき打撃であった。「全艦、旗艦および重装甲艦の後方へ退避せよ!」 ユリウスの命令が、混乱する第二艦隊に飛んだ。「損傷艦を見捨てるな。動ける艦は、ハンニバルの影へ入れ!」 旗艦ハンニバルは、巨体を軋ませながら艦首をずらした。 敵に対し、あえて投影面積の大きい側面を晒す。 巨大な船体そのものを盾にし、味方艦艇が逃げ込むための避難場所を作ったのである。 この宇宙の片隅では、長距離ビーム砲戦が艦隊戦の主役であった。 そのため、多くの艦艇は前面防御を重視している。 艦首方向には厚い装甲、強力な電磁防壁、熱変換装置、対ビーム拡散板が集中していた。 だが、側面防御は前面ほど厚くない。 ハンニバルでさえ、それは例外ではなかった。 帝国軍のビーム砲火が、ハンニバルの右側面へ殺到する。 側面に展開された電磁防壁が、青白い光を放って受け止めた。 ビームエネルギーは防壁表面で激しい光と熱へ変換され、その威力を急速に減衰させる。 だが、敵の射撃は一発や二発ではない。 攻城要塞アイアンオーガの主砲群、周辺の重砲艦、隠蔽砲台、帝国軍ビーム砲艦列。 それらの集中射撃が、同じ一点へ叩き込まれていく。 防壁が歪んだ。 青い光が赤へ変わり、赤が白へ変わる。 次の瞬間、ハンニバルの右側面防壁が裂けた。「右側面、防壁貫通!」「第二区画、損壊!」「第六防御区画、全壊! 隔壁閉鎖、区画を放棄します!」「第八機関区画、被弾! 火災発生!」 悲鳴に似た報告が、旗艦艦橋へ殺到した。 ビーム砲撃に続き、レールガンの質量弾が飛来する。 超高速で撃ち込まれた金属弾が、艦側面の装甲板を食い破り、内部構造材を引き裂いた。 装甲の破片が通路を横殴りに飛び、隔壁を蜂の巣にする。 艦橋の照明が一瞬、暗転した。 直後、赤黒い非常灯が点灯する。 床が大きく揺れ、士官の一人が壁面端末へ叩きつけられた。 別の通信士官は額から血を流しながらも、震える手
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第90話……勝機

 攻城要塞アイアンオーガを貫いた光。 その発射方向を示す戦術盤の先に、ユリウスはここにあるはずのない艦影を見た。 失われたはずの惑星破壊砲、オーディンの剣。 かつて一撃で星を砕くと恐れられ、その後の戦乱の中で失われたとされていた超兵器である。 その壊れかけた巨体が、無数の舟艇に牽引されながら、小惑星帯の暗がりに沈むように浮かんでいた。 主砲軸からは、まだ白い残光が尾を引いている。 その周囲には、海賊船モリガンを先頭に、解体処分を免れた旧型艦艇が整然と並んでいた。 廃船同然のビーム艦、旧式巡洋艦、鉱山警備艇、武装貨物船。 どれも正規艦隊の基準では二線級以下である。 だが今、その寄せ集めの艦隊が、第二艦隊を救ったのだ。 ハンニバルの艦橋に、通信が開いた。 画面に映ったのは、いつものように安煙草を咥えたツーシームだった。 背後ではモリガンの乗員たちが慌ただしく動き回り、砲撃準備を進めている。 ユリウスは、深く息を吐いた。「ツーシーム、ありがとう。また助けられたね」『いやいや、礼を言うのはこっちだよ、坊ちゃん』 ツーシームは、照れ隠しのように煙を吐いた。『まさか、あんたが秘密裏にこの子を修理させていたとはね。知った時は、ちょいと嬉しかったさ……』 ユリウスは小さく笑った。 だが、その会話は長く続かなかった。 戦場はまだ終わっていない。 アイアンオーガは砕けた。 しかし、帝国軍防衛線はなお健在であり、多数の艦艇が混乱から立ち直ろうとしている。 救われた時間は、ほんのわずかだった。 ユリウスは顔を上げた。「全艦、全速前進!」 彼の声が、第二艦隊全体へ響く。「帝国軍防衛陣地の背後を突く。ここで戦局を決める!」「了解!」 損傷した第二艦隊が、再び隊列を組み直した。 ハンニバルは右側面から黒煙を引きながらも、なお旗艦として先頭に立つ。 シールド艦が前面へ出る。 ビーム砲艦が戦列を整える。 ミサイル艦が残存弾を装填し、駆逐艦が先導位置へ滑り込んだ。 第二艦隊は、帝国軍防衛陣地の背後へ襲いかかった。 その後方宙域には、帝国軍の補給物資を積んだ輸送船団が遊弋していた。 燃料、弾薬、冷却材、予備部品、医療物資。 いずれも、大公国軍が喉から手が出るほど欲している物資である。 ユリウスは即座に命じた。「敵輸送船は、可
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